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イヴリンのおねだり


 イヴリンにとって、実は『旅』というものは初めてだった。にも関わらず旅支度がある程度出来たのは、あの村を訪れた旅人たちに色々と話を聞いておいたからだ。それに少しくらいは村を出たこともあるので、少々の知識はある。

 しかし本格的な旅は人生で初体験であったから、つい、浮かれてはしゃいでしまったのだ。

(結果、衆目を集めて恥ずかしくはあったけど……まあ、主張は若干通しやすくなったかしらね)

 にやり、と背中に抱きついたままこっそり笑う。その様はまさに悪戯妖精だが、幸いなことに見ているものはいなかった。……お供の妖精たち以外は。




 こうしてイヴリンが大人しくしていたのが良かったのだろう。馬は順調に足を進め、その日の夕暮れには大きな街に着いた。まあイヴリンにしてみればどれも大きな街に見えるのだが、ここはそれなりに大きいということだ。

「旅の要所となる街ですから、それなりに設備や品も整っています。今夜はここで休んで、明日の早朝に出ましょう」

 言いながらイヴリンの背負い鞄を持つダレンに頷いて、イヴリンは可愛らしくおねだりしてみた。

「ダレン様。少し街を見てもいいかしら? もちろん日が落ちる前には宿に行くわ」

「……」

 さっそくか、とダレンの目が細められるが、イヴリンはじっと見つめて譲らない。日が落ちるまでといってももう僅かもないのに、それでも見知らぬ街を覗いてみたかったのだ。

「……必ずですよ」

「ええ!」

 嬉しさに目を輝かせたイヴリンだったが、ダレンにすいと顔を近づけられて固まった。目が、怖い。

「くれぐれも、ご注意ください。また暗がりで襲われぬように。いいですね?」

「……え、ええ。もちろんです」

 なんだか抗えない圧力を感じて、イヴリンはこくりと頷いた。


(ダレン様って意外と心配性なのね)

 イヴリンだって、年若い乙女が暗くなってからウロウロ出歩くものではないと分かっている。まして自分の外見が他人にどう映るかは、分かっているつもりだ。

(だけど、怖い思いはしたくないから早く帰りたいし、ヒュノとパルもいるのよ)

 あんまり心配されるのは不本意だ。

(気にしないで、さっさと楽しみましょう)

 うかうかしているとすぐに日が落ちて真っ暗になってしまう。イヴリンは慌てて観光に走った。


 旅の要所というだけあって、店には相応の品が多い。もちろん住人たちが使う日常品もあるが、それ以上に旅人向けの品が多かった。なかでもイヴリンが一番始めに寄ったのは、やはり服飾店だ。

「こんにちは。これ、全部旅用のマントなんですか?」

 ひょっこり現れた、およそ旅とは無縁そうな外見の少女に、店主の男は一瞬ぎょっとしてから口を開いた。

「ああ、そうだよ。お嬢ちゃんには無縁だろうけどね」

「あら、こう見えてわたし、旅の真っ最中なのよ。けど慣れないものだから」

 言いながら羽織っていたマントを摘んで見せた。

「こういうものしか持っていないのだけど、これ、どうなのかしら」

「はあ……。ま、旅行にはうってつけじゃねぇのかい」

 その子供をあしらうような態度に、イヴリンの口の端がひくりと上がる。

「旅行って……そんな呑気なものじゃないの。妖精を追って、あっちへこっちへ行かなくちゃいけないんだから」

「妖精を追って?」

 店主は思い切り眉根を寄せて訝しむ。イヴリンを頭からつま先までじろりと見回し、黙り込んでしまった。

「あのね、偉そうな騎士に連れ回されてるのよ。だからそれ相応の装備をしたいわけなの。親切に教えてくださらない?」

「騎士に、ねぇ」

 まだ訝しそうにイヴリンをじろじろと見て、それから、小娘の相手に飽きたのか話に納得したのか、数あるマントを大雑把に指差して言った。

「あんたが使うなら、その辺のマントがいいだろう。薄くて軽いから他のより耐久性は劣るが、それなりに保つ」

「まあ、ありがとう! 例えば木の枝がひっかかったり、転んだくらいで破れたりなんてしないのよね?」

 念のためにと確認を取ってみると、みるみる店主の顔が怖くなった。

「あたりめぇだろうが!」

「ありがとう! 明日の朝に騎士を連れてくるわね!」

 びっくりして慌てたイヴリンは、さっと頭を下げると捨て台詞のように言い放って店を後にした。

(ああびっくりした! きっと自分の商品に自信を持ってるのね。良いお店なんだわ)

 小走りで服飾店から離れ、次に目に留まったのは武器や装具の店だ。

「わあ……何かしらあれ。変わった形」

  店に入るにはどこか怖い雰囲気があったため、窓ガラス越しに外からじっくり眺めることにした。興味を惹かれたのは三日月のような刃物の中心部分に、長い棒がついた武器だ。持って振り回すのだろうか。イヴリンには使い方が到底分かりそうもない。

(あれで剣のように斬りつけるの? 扱いづらそうよねぇ。誰が好んで使うのかしら)

 思わず首を捻ってしまうほど、へんてこな武器が他にもあった。しかしそんなイヴリンの目に、自分と同じように動かない影が映っているのを見つけた。

(ん?)

 と思った矢先。

「こういうのは向かないんじゃないかな」

「きゃっ!!」

 間近で声をかけられて飛び上がった。急いで振り返るとそこには、柔和な顔立ちの青年が、これまた柔らかい笑みを浮かべて立っていた。


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