横暴な騎士と横暴な少女
いささか自分都合なイヴリンの要求に対し少しだけ不満を覚えたダレンは、普段自分ひとりだけが騎乗している時のように走らせた。乗り馴れない者ならばしがみつく程には緊張する速さだ。
しかし、イヴリンにそんなささやかな仕返しは効かなかった。決して過ぎることなく適度に回した腕に力を込め、不満すら言わず、平然としているのだ。
「馬に乗ったことがおありで?」
「いいえ!」
「……さようですか」
舌を噛まないように気をつけているようすはあるが、イヴリンからは元気な声が返ってきた。まったく、この少女はただものではない。しばらく進むとダレンは馬の足を緩め、無駄な負担を与えないように気遣った。
首都へは細い道を進み、馬車が往来する大きな街道へ出る必要がある。街道へは馬を十数分走らせればすぐだ。大きな街道だけあってよく整備されており、日に何度か、警備兵の見回りもある。等間隔に道具屋もあるので、旅の初心者もよく利用する。そんなところを通ったこともないイヴリンは興味津々だ。
「面白そうなお店が並んでますね」
「そうですか?」
そっけないダレンの返事だが、目を輝かせたイヴリンはまったく気にならないようだ。
「えっ、武器など売っていますよ? 槍に短剣に斧に……あの筒みたいなものは何かしら?」
問いかけられてちらりと武器屋を流し見、口を開いたダレンだったが、すでに別の店に興味を持ったイヴリンによって遮られた。
「あ、薬屋! どうして色とりどりなのかしら。 あんな色の薬だなんて、身体に悪そう……何に使うんでしょうね?」
「……」
「こんな所に宿屋まで? こんな場所にあっても、泊まる気になりませんよねぇ。ね?」
「……」
「あっ、ダレン様、服飾屋があります! ちょっと下りて、覗いてみましょう!」
イヴリンにとってこういうところは物珍しいだろうと思い、緩めた足をさらに緩めていたのが良くなかった。
「なっ、いけませんイヴリン様! 危険ですから!」
下りて、と言った時にはイヴリンの足は鞍の上につっかかっており、身体はぐらついている。ダレンは慌ててその足をはたき落とし、イヴリンの両手を自分の腹に回してがっちり掴んだ。ついでにイヴリンの頬が背中に激突したが、それを気遣う余裕はない。
「ちょっと、ダレン様!」
突然拘束される形になって、イヴリンやっきになって両手を引き、解放を試みた。しかし小娘の力で振り切れるわけはない。
「まずは大人しくしていただけませんと、手を放すわけにはまいりません」
「くっ……!」
いささか低い声音でそう言われ、イヴリンは心底悔しそうに唸ってから、しぶしぶ腕の力を抜いた。
「そのまま大人しくしていただけると助かります」
「馬鹿力には敵いませんもの。仕方ありませんわ」
イヴリンはしばらく服飾屋を見つめていたが、ダレンに止まる様子はないので諦めた。そして苛立ち混じりに言う。
「で、なんですの? 少し覗くくらいいいでしょう?」
「まず」
とダレンは言った。顔を突き合わせていたら睨んでいるに違いない。
「馬が動いている時は下りようとしないでください。イヴリン様が顔から落ちる可能性もありますし、馬に負担がかかります。下手をすれば馬ごと倒れるかも知れないのですよ」
顔から落ちるのはもちろんごめんだし、この馬を傷つけるのも本意ではない。従って、イヴリンはこれには頷いた。返事はしなかったが。
「それから、これはイヴァン様を探し出して連れ戻すことが目的の旅です。イヴリン様のご興味の向くまま、なんでもかんでも立ち止まるわけにはいきません。よろしいですね」
「……つまり」
これには納得出来ず、イヴリンはダレンの頭を睨みつけて言った。
「わたしを無理やりあの村から引っ張り出して捜索に付き合わせているにも関わらず、わたしの心労は考えてくださらないと、そういうことですか?」
その言葉に、ダレンは一瞬戸惑ってしまった。
「そうではありませんが」
「あーあ! こんな風に色々なものを見る機会が限られているというのに、関わりたくなかった事に強制的に関わらされて、あげく癒しを求めることすら許されないなんて!」
わざと大きめの声でしたイヴリンの主張に、道行く旅人たちもちらりと視線を寄越している。ダレンとイヴリンを見比べて、いったいどういう二人組だと観察されているようだ。
「イヴリン様。なにもそのようなことは申し上げておりません」
「でもわたしの見たいものは見られない。寄りたいところには寄れない、ということなのでしょう?」
これも大きめの声で言うので、周りからの好奇の目が突き刺さる。
「その全てにはお応え出来ないと申し上げました。……申しわけありませんが、イヴリン様よりもイヴァン様を優先しなければなりませんので」
「それじゃあこういった露店は我慢します。でも街なんかで少し覗くくらいはいいでしょう? でなきゃ、やってられませんわ。好きでここにいるんじゃないんですもの」
ちょっと前まで、横暴な騎士と無理やり連れてこられた少女、という見方をしていた周りの人々が、今は少女の勝ち気な態度と騎士の様子を面白そうに見守っていた。ダレンとしては小娘相手に弱気な姿勢は見せられないが、いかんせん分が悪い。
「それはこちらで判断します。よろしいですね」
立場を利用しての猾い言い方だが、ダレンはそう言って話を終わらせようとした。
「横暴です!」
すかさず不満を言うイヴリンにも負けない。
「イヴリン様にはこれくらいで丁度良いのです」
「なんですか。わたしの方が横暴だとでも言いたげですね?」
まさしく横暴だ、とダレンは心の中で思うに留めておいた。