相乗り
月の丘というのは首都に近い森にある。広い森の中に、そう目立ちもしない小さな丘が存在する。そういうものだと知っていてもうっかり通り過ぎてしまいそうな、そんなものだ。
イヴリンたちは一度首都へ向かってから、改めてその丘へ向かうことになった。
「ところでダレン様。お供はその子だけですか?」
「……と言いますと?」
イヴリンがそう言いながら牡馬を指し示すと、ダレンは小さく首を傾げた。ダレンの中で旅と言えば、馬車ではなく馬なのだろうか。
「てっきり馬車が用意してあるのかと思ったのですけど」
イヴリンにとってはただの兄でも、オズは王様と同等の扱いを受ける位だ。豪奢な馬車があっても良さそうだと思ったのだ。が、ダレンは首を横に振った。
「ご期待に添えず申しわけありませんが、馬車は用意していないのです。あの方をお探しするのに、馬車はかえって邪魔ですから」
「……」
その台詞から察するに、ダレンは幾度かイヴァンの追跡をしているのだろうか。そうだとしたら、今まではダレンだけで探し当てたが、今回はそうもいかないという事だ。
「イヴリン様?」
やはり、ダレンは何か知っているのではないだろうか。イヴァンの失踪した理由を。
(でも、聞いても素直に答えないわよね。だからこそ問答無用でわたしを連れて行こうとしたんだろうし)
質問も笑みを浮かべるのもやめてじっと見つめるイヴリンに、ダレンは少し戸惑いながら見つめ返した。数秒のち、イヴリンは生まれた問いをしまい込むことにした。
「イヴリン様。やはり、馬車をご用意致しましょうか?」
考えをまるで変えようとしているダレンに、イヴリンの目がいっきに丸くなる。
「ですが、今、馬車はかえって邪魔だとおっしゃいましたよね?」
「ええ。確かに言いました。ですがそれは、わたしひとりで追う場合です」
そう言いながらダレンの口元には、どこか自虐的な笑みが浮かんだ。
「わたしは妖精たちに好かれているわけではありませんので、聞いて回るより感で探した方が良いのです。ですが、今はイヴリン様がおられます」
にっこりと威圧的な笑みに変えて、ダレンはイヴリンを見つめた。
「無闇に探しまわらずに済むでしょうから、馬車でも問題ないだろうと考えたのですが」
いかがでしょうかと目で問われ、イヴリンはきょとんと瞬く。
「それは、わたしに無駄をするなとおっしゃっています?」
「その通りですイヴリン様。イヴァン様はかけがえのないお方。不在が長くては困りますから」
「まあ。ではしょっちゅう見失うようでは、困るどころではありませんね!」
「ぐっ……!」
ダレンの笑顔に心底驚いた顔をし、イヴリンはダレンの傷を思いっきり抉ってやった。これくらいやり返さなくては、イヴァン追跡に引っ張り出された割に合わないではないか。
町を出たのは昼前。イヴリンの希望で昼食を町で買ってからの出立となった。ダレンとしては携帯食で十分なのだが、共に旅するのは一介の(と言ってもいいものか)娘。遊びではないのにと思うものの、イヴリンの主張を受け入れることにしたのだ。
馬車を用意するとしても、まずは王都まで行かなくてはならない。王都への道程は少し長い。全て徒歩で行くというのはかなり時間がかかってしまう。そういうわけで、町を離れてから二人は馬に乗ることにしたのだった。
(体格的に二人乗るのはわけないが、この荷物の重さは少し負担だろうな……)
嫌がりもせずてくてくと歩く馬の首筋を、労いの意味でダレンは撫でる。イヴリンの鞄は、殊勝にも本人が背負っていた。ダレンが背負って、イヴリンが前に座るのが良いのでは、と提案してみたのだが。
「なんだか束縛されているようで居心地悪いに決まってますもの。どうぞ、前に乗ってくださいな」
と言われてしまった。昼食を買う時にイヴリンはシャツとズボン姿に着替えており、旅をするのに打ってつけの恰好だ。ならば最初からその恰好でいればいいのに、それは嫌らしい。
「さて、ダレン様。この調子ではだいぶ時間がかかりますわね」
馬に乗り馴れていないだろうイヴリンを気遣い、早足程度で進んでいたのだが、これは足を速めろということだろうか。
「え? しかし」
「馬の走らせ方はご存知でしょう? この子に無理のない程度に、適度に飛ばしましょう!」
「いや、イヴリン様は走る馬に乗ったことがおありで? 今は重い荷物も背負っていらっしゃる。かなり揺れますので落馬の危険が」
心の底から気遣うダレンの言葉に、イヴリンは不服そうに睨みながら言った。
「心配は無用です。そんなに心配なら、ダレン様の内蔵が飛び出るくらいきつく抱きついていますから! さあ!」
どうせそう力もないだろうにそんな事を言う。ダレンは困惑して口を開いた。
「しかし、イヴリンさ」
「早く! さっさとこんな旅終わらせましょう!」
「……仰せのままに」
つまり、そういうことか。イヴァンに関わる事は速やかに終わらせたいらしい。