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厄災の萌し

 アルカレイドの都、そのすみっこにある小さな家。

 手入れの行き届いた小綺麗なその家は、どこをどう見ても不審なところはないのに、何故か人が寄り付かない。

 そんな家の戸口に今、どう見ても場に不釣り合いな身なりの青年が立っていた。すでにノックをして、家主が出てくるのを待っているようだ。


 静かに戸口を見つめる瞳は、日差しを受けてわずかに金色が煌めく、深い紫色。少し細めの目は眦が上がっており、じっと見つめられたなら、良くも悪くも落ち着かない気分にさせられるだろう。

 瞳よりも淡い、ともすれば銀色に見える髪は緩やかに波うち、首の後ろで括られている。そのせいか、彼の纏う雰囲気は凛としている。

 身に纏う服は彼の色彩に合わせているかのように、ごく淡い紫に銀の装飾が施されていた。全体に優美な印象を与えるが、それ故に、腰に下げた剣が扱えるのかあやしいところだ。

 しかし、着ている服は親衛のもの。その凛とした美貌と相まって、気安く近づけない雰囲気を醸し出していた。


 青年の耳に、ぱたぱたと家の中を走る音が聞こえてきた。軽い足取りに混じって囁き声が聞こえる。訝しそうに眉根を寄せた彼だが、戸が開いたところで表情を戻した。

「大変、お待たせしました」

 言いながら出て来たのは、艶やかな蜂蜜色の髪の少女だ。大きめの目は橙色と緑色が混じった不思議な色合い。その目が彼の目と合わさった瞬間、少女は息を呑んだ。取手を持って戸を開けきったまま、手を離すことも忘れて青年を見つめ……言った。

「えっと……家をお間違えでは?」

 てっきり彼の美貌に見蕩れているのか思いきや、少女は彼を、じろりと頭の先から爪の先まで見回してそう言った。

「いえ、ここで良いのです。貴女に用があるのですから。イヴリン様」

 対して彼は、いかにも企みのある笑みを浮かべて少女の名を呼ぶ。その瞬間、イヴリンと呼ばれた少女は開けていた戸を勢い良く引いた。


 つまり、閉めたのである。


 彼は素早く閉じかけた戸を掴むと、少女とは逆方向に力を込める。一見華奢に見えた少女と、よく鍛えているであろう青年との攻防が始まった。

「いいえ間違いです親衛様。わたしの名前はミアですので」

「貴女の兄から聞いてきたのですから間違いありませんよ、イヴリン様」

「ですから違います。人違いですし家違いですからお帰りください親衛様」

「無駄な抵抗は止めませんか。この様子では認めているも同然ですし」

「本当に違うんですよ親衛様。ここにイヴリンという子はいませんから」

 ギリギリと押し比べをした結果、全力で抵抗していた少女は手加減していた青年に負けた。もとより、力比べで勝てるはずがない。

 勢い余って外に飛び出る前に手を離し、仁王立ちして青年を睨みつける。傲然と顎を上げて睨むその様子から、開き直ることにしたようだ。

 そんな少女をにこりと見下ろし、青年は子供を宥めるように、優しい口調で用件を告げる。

「お聞きしていた通りの方ですね。貴女の兄が失踪してしまいましたのでお力をお貸し願いたいのです」

「わたしに兄はいないんですよ親衛様」

「……」

 力比べは降参したが、押し問答まで降参するつもりはなかったらしい。

「では、ミア様。失踪したオズが、何かあれば貴女を頼るようにと仰っていましたので、ご協力願います」

 少女が名乗った名を指せば、途端に顔を歪めて唸り出した。青年の見立てでは、黙って普通の表情でいればなかなか可憐だと思うのだが、いかんせん口も態度も悪いようだ。

「わたしはオズとなんの関係もないしがない娘ですよ。わたしの何を頼るっていうんですか」

 そして往生際が悪い。彼女の兄からはぶっきらぼうで手強く、かなり嫌がるだろうと聞かされていたが、予想以上だ。

「まだ強情を張るんですか」

 呆れ声でそう言いながらちらりと辺りに視線を滑らせると、ちょうど良く近所の住民が通りかかった。おそるおそるこちらの様子を見ていたその女性は、彼と目が合うと、ぎくりと足を止めると同時にぽっと頬を赤くする。

「おはようございます、お嬢さん。ところでこちらのお嬢さんの名をご存知で?」

 あっ、と自称ミアから焦った声が上がる。しかし問いかけられた女性は、青年の美貌に魅了されて真実を口にしてしまった。

「あの……オズの妹さんの、イヴリンさんです」

 ちょっと! と囁きのような悲鳴があがる。それを捕らえて、青年は女性ににこりと笑いかけて礼を言った。

「ありがとうございます。よい一日を」

 顔を真っ赤にして家へ駆け込む女性を見送って、青年は満足そうに笑ったまま、自称ミアに向き直って止めを刺した。

「では、イヴリン様。観念してイヴァン様の捜索にご協力くださいますね」




 青年の名はダレン=ウォードと言った。イヴリンの兄、オズことイヴァンの親衛らしい。なるほど、イヴァンの言葉を忠実に信じていて、イヴリンの性格も聞いていたらしかった。

「ちっ」

 ダレンには観念したように見せたが、イヴリンはまだ諦めていない。表ではダレンが大人しく待っていることだろう。お行儀の良いことだ。阿呆め。

『イヴ、どうするの?』

 訊ねてきた声に、イヴリンは髪を纏めながら悪人面で笑って言った。

「撒くに決まってるでしょ。パル、お願いね」

『承知した』

 最初に訊ねてきた声とは違う声が応えた。




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