2-3 浴場での面接
『銀の星』の浴場は大人数が入る事を想定していなかったのか、幅は三人が並ぶ程度、長さは向かい合って足を伸ばせば膝のあたりで相手の足が届く程の広さであった。
そして、彼らは一緒に浴槽に入っているのだが、彼らの並びは古参のレイム達と新参のソフィア達が向かい合っている並びである。
「さて、色々あったけど、『銀の星』の概要を説明するよ。まず、部隊とはどのように設立できるか知っているよね?」
「ええ、企業が変容活動レベルⅧの超越者――《神殿の首領》以上を部隊長として任命し、その活動を補佐する事で部隊としての活動を許可されます。前後が逆になる場合もありますが、部隊と企業の補佐はセットになっています。例えるなら、軍人というよりもプロスポーツ選手みたいなものですね」
「そうね。部隊を設立すれば傘下にいる超越者にまで権限を持つものだから、有能な人のみならず、将来有望な人や容姿が良い人まで片っ端から勧誘するのよね。企業の宣伝まで兼ねることがあるから。正直、誘いが邪魔だったわ。私、有望なだけじゃなく、容姿端麗で品行方正だから」
企業の勧誘を思い出したのか、ソフィアは憂いを帯びた溜息を吐く。
「あなたが品行方正なら、世界中の人が品行方正ですね」
「何よ、文句ある?」
茶々を入れるフィレスティナをソフィアはじと目で睨む。
度々話の腰を折る二人を厭う事無く、寧ろ楽しんでいるレイムは話を続ける。
「うん、その認識で正しいよ。それで話を戻すんだけど、『銀の星』は特定企業の傘下にいるわけではなく、唯一の国家直属の部隊なんだ」
その事に二人は驚きを覚えない。
なぜなら、世界融合の災害の元凶となった一族であるため、世界樹制圧の任に就く事は至極当然ともいえ、またそのような人物らを一つの企業が雇うなど酔狂にも程があるからだ。
「一つ質問があるのだけどいい?」
「何かな?」
「私の両親が『銀の星』のサポーターになったわけだけど、何かする必要がある?」
ソフィアが『銀の星』に所属する事になったのは、両親の勧めがあったからである。
なので、その娘としてはその事を聞く必要があるのである。
「ないよ。『銀の星』のサポーターになったからって特別な配慮があるわけじゃない。他の企業のように部隊の超越者を宣伝に使えるわけでもない。正直にいえば、『銀の星』のサポーターになってもメリットは一つもない。精々、僕達を除く団員に行動を指示できる事くらいかな。それでもある程度でしかないけど」
「そう……」
両親の愚行ともいえる行動にソフィアは失望する事はなく、寧ろ感謝していた。彼女の事情を顧みれば、『銀の星』への入団は僥倖であるからだ。
「『銀の星』の構成員はここにいるメンバーだけ。これより増えることは多分ないんじゃないかな? 特に募集もしてないし、入団条件も厳しいから」
「入団条件はどのようなものですか? というか、私いつのまにか入団が決まっていたんですけど……」
「あ、それ私。『銀の星』に入団するならフィレスも入団させるよう言っておいた」
「勝手に人の入団を決めないでください。なんですか、その芸能オーディションに友人を参加させてみたみたいな性質の悪い嫌がらせは」
「いいじゃない。フィレスだって私の所属先で何処に入団するか決めてたみたいだし」
「それは、そうですが……」
つい最近そのような事を言っていただけに、フィレスティナはソフィアの勝手な決断に反対できない。
「まぁ、『銀の星』に所属するかどうかは好きに決めていいよ。退団するのに特に制約とかないし。それで、入団条件なんだけど、能力に関しては変容活動レベルⅠの超越者である《新参者》であろうと入団する事は可能だよ。敢えて入団条件が厳しいといったのは、僕達に採用決定権が大きかったり、経歴や思想に関係するからなんだ。ほら、僕達って気軽に外を歩けない存在じゃないか。だから、僕達に危害を加えるであろう存在は、入団申請時に徹底的に調査されることになっている。とはいっても、経歴に問題ないからといって入団を許可される事はない。経歴に問題はなくてもそれこそどうにでもなるしね。面従腹背の人物を入団させ、内部から裏切りの手を招かせるなんて事にならないよう入団許可は基本的にしない事になっている。だから、入団することがあれば、制圧に必要な優秀な能力を持っているけど、特別な事情があったり、他の部隊では扱いきれない問題児だったりして他の部隊に入団できなかったりする人達だね」
「なるほど。つまり、フィレスの事ね」
「なるほど。つまり、ソフィアの事ですね」
二人全く同時に相方の事を問題児だと指摘する。どちらも一方が問題児であると譲らず、睨み合ったまま膠着状態になっている。
「あと、もう一つだけ入団条件があるぞ」
口を挿んだのは、これまで黙っていたアイン。レイムの説明を補足する必要があると判断し、これまで任せていた説明に口を挿んだのだ。
「『銀の星』に入団できるのは、女性だけだ。レイム以外の男はいらん」
「それはどうしてですか?」
「ここがレイムのハーレムだからだ。別に構うまい? 一夫多妻は五年ほど前に改正された法律だ。男女共に意識がそれに追いついておらず、問題はこれまで度々起こっているが、われらは他の者達と違って仲良く暮らしておる。のう、シェキナ?」
「はい、姉様」
湯による体温上昇による頬の紅潮とはまた違う赤みを差しながら、シェキナはアインに賛同する。
世界融合の災害による人口激減の対処法として、政府は一夫一妻から多夫多妻へと改正している。
しかしながら、それには様々な制約が織り込まれており、未だに物議を醸している。現状では、ほとんどの人が今まで通りの一夫一妻であるのがこの世界の理といえよう。
その理に反して、彼らは世界の真逆を体現していた。
「確か、法律では一夫一妻ではなく、多夫多妻だったと思うのですが……」
「細かい事は気にするな! われらはレイム以外の男はいらんからそう表現したまでだ」
「ねぇ、つまり、入団するならレイムの奥さんになれってこと?」
ソフィアは髪を弄りながら、そわそわとそれが入団条件なのかと尋ねる。
「それは違うぞ、ソフィア。あくまでわれらはレイムのハーレムの一員であり、そのついでに『銀の星』の一員だからだ。『銀の星』にはそれとは無関係に入団できる。もっとも、そなたがレイムのハーレムの一員になりたいというのであればかまわぬがな。ただし――」
ソフィアは感情の表現の波が表情へと現れており、今現在は固唾を飲んでいた。
「二度と表を歩けぬ覚悟をしておけ。われらと親しい関係になるとどうなるか、『人間伐採』で知っておろう?」
『人間伐採』――その言葉が浴場に響くと、その場にいる全員に緊張が奔った。
『人間伐採』――それは、世界融合の災害後に起こった実行者達の関係者を誅罰した事を指す。無関係な人々を己が裁量で裁きを与え、誰もかれもを対象とした事から『魔女狩り』の再来として恐れられた。実行者達が世界樹を作り上げた事、そしてその『魔女狩り』を掛け合わせて人々はその行為を『人間伐採』と呼称したのだ。
「そうなると、『銀の星』に入団するのも不味いかしら?」
「そうなるね。今は鳴りを潜めているけど、いつまた活発するかわからない。こちらも対策を立てているけど、それも絶対ではない。だから、入団するにせよ、退団するにせよ、気をつけた方が良い。その勢力は未だに力を持っていることは間違いないから、もし僕達の関係者だとばれたらどのような目に遭うか過去のそれで想像つくよね?」
二人は神妙に頷く。それも無理はない。実際、人々は世界融合後の災害において、現象災害と人間伐採どちらが恐ろしかったかといえば、ほとんどの人間が人間伐採だったと答えるのだ。
「だから、このように厳重な隔離をしてあるのですか?」
「はい。『銀の星』の宿舎にはできる限り私達三人のいずれかが待機し、超越者の侵入を防げるよう形相を張り巡らしています。この場に来るには、私達がその居場所を教えない限り侵入者は来る事ができません」
フィレスティナが恐れを含みながら訊ねた問いに、シェキナは彼女を安心させるように優しげに答える。
「だからあんな形式になっていたのね」
ソフィア達がこの場に来たのは、彼女達に『銀の星』の宿舎に辿り着ける座標を記載されたメールがあったから。
ソフィアはその厳重な管理に全てが合点した。
超越者には、通常の警備では到底太刀打ちできない。どれほど硬い物質であろうと、超越者の下位次元に位置する限りは破壊されたり、すり抜けたりするのだ。
現に、金銭管理の在り方はこれまでと違い、現金はほとんど使われなくなった。銀行にどれだけ厳重な金庫を管理しようと超越者の前には無意味なのだ。
だから、金銭の遣り取りは全て電子管理されるようになったのである。
「そういうこと。ここは世界一安全な宿舎だよ。ここでは安心して寝ていい」
「レイムが寝かせてくれぬかもしれぬがな」
「昨夜も激しかったですね」
恥じらう二人の女性は非常に可愛らしく、彼女達がいかに幸せであるかも表情から滲み出ていた。
「ねぇ、パパ達は大丈夫かな? 私が『銀の星』に所属している事がばれたら大変じゃない?」
「それに関してだけど、元々保護対象に指定されているから警護に関しては問題ないよ。絶対とは云えないけど、それでも備えはしてある。それで、念のために君達には『銀の星』に直接所属しているのではなく、『銀の星』の傘下部隊として所属してもらうことになっている、表向きはね。そして、彼らもその部隊を支援する事になっているんだ。とはいっても、構成員は君達二人だけだ。募集は全て撥ね退けてくれ。それと、『銀の星』は僕達が構成員というのは公然の秘密だから注意してくれ。誰もが薄々とは気づいているだろうが、それでも公にするには問題がある。話は持ちあがったが、入団する事はできなかったという事にしてほしい。構成員も僕達ではなく、別の人間だという事もね」
「わかった」
「わかりました」
二人は公衆に嘘をつく事に何の躊躇いもなく了解の意を唱える。それだけ彼らの扱いが慎重になっているということだ。
「それと肝心の活動内容なんだけど、『銀の星』は鍛錬だけでその他の活動に関しては基本的には何もしない事になっている。世界樹制圧時にも本部待機を命じられている。勝手に出撃してもいいけど、援護はないと思ってくれ。大まかに活動内容をいえば、時々他の部隊では対処しにくい案件が回ってくる以外は本部で待機及び鍛錬。非常に簡単だろう?」
「楽といえば楽でいいんだけど……」
「本当にそれでよろしいのですか?」
二人の反応も無理はない。世界樹制圧とは、彼らの家系にとって至上の命題であり、世界の強制命令なのだ。
なのに、その彼らが何もしないという事は、明らかに世界の意志に反しているだろう。
「問題ないよ。これは全世界で論議した結果生まれた決定事項だ。だから、僕達は何もする必要はないし、何もしないよう義務付けられている。だけど、ちゃんと僕達が何もしなくとも貢献できるようになっている。僕達は本部に無事でいることで役割を果たせるのさ」
「どういうことでしょうか?」
レイム達の内情を知らないフィレスティナ達には、彼の真意が悟れず、ちんぷんかんぷんである。
「いずれ分かるさ。その時がくればね。少なくとも僕達が無事でいることが世界樹制圧を約束しているのさ。それと、報酬に関してだけど、『銀の星』の報酬は『黄金の夜明け』に所属している時――つまり、これまで通りの君達の基本給に世界樹制圧際の特別手当が付くようになっている。これは他の部隊でも同じなんだけど、制圧の貢献に比例して報酬が個別ではなく部隊別に支給される事になっている。その際、『銀の星』は常にその特別手当がかなり支給される事になっているんだ。僕達は基本的に外に出掛けることはないし、買い物も施設内やネットからのそれだけでそう多くは使い切れない。だから、特別手当のそれを腐るほど余らせる事になると思う。全部とはまではいかないけど、億までの単位は好きに使っていいよ。最終的にその程度の金額ははした金になるくらい貰えるし」
「何ともまぁ……」
「スケールが大きすぎる金銭感覚だよね」
億単位の金額を好きに使っていいと言うレイムの金銭感覚に二人は目眩がした。
しかし、レイムの言う事は尤もなのである。
世界樹制圧とは、まさしく世界が生き残るために重要な命題となっており、人々はそのために協力を惜しまない体制となっている。
だからこそ、企業は救世主となりうる超越者を世界を救った後の広告塔などにしようと目論み、大量に超越者を召抱えているのだ。
「どうしてそこまで貰えるのかと聞きたいのですが……いずれ分かる、ですよね?」
「察しが良くて助かるよ。それとこの件に関してもう一つ注意事項がある。
『銀の星』は報酬は貰えるけど、名声は手に入らない。例え世界樹制圧の際に活躍しても公表はされないし、マスコミとの会見も禁止されている。企業の宣伝に使用されるのも禁止だ。徹底的に所属を隠してもらい、職歴や扱いも『黄金の夜明け』の一職員と同じになる。だから、富はともかく名声や栄光を求めるなら『銀の星』は不向きだ。他の部隊に転属する事をお薦めするよ」
「益々私にうってつけの部隊ね。マスコミに追いかけ回されるなんて真っ平御免だし。まぁ、私の美貌をもってすれば名声なんて勝手について回るけどね」
「そうですね。私もあまり人が多い場所に出たくありません。疲れますから」
ソフィア達がこれまで部隊を設立したり、何処かの部隊に編入しなかったのは、それらが付いて回ってきた事が一つの理由である。ましてや、彼女達の容姿は端麗なだけに宣伝に利用とする者は後を絶たず、下卑た視線に晒されるくらいなら所属しない方がマシと断って来たのである。
だからこそ、『銀の星』の在り方は彼女達にとって都合が良かったのである。
「大体こんなところかな」
「いや、『銀の星』には一つだけ絶対的な規律があるぞ」
「あったっけ?」
「うむ、これはソフィア達のような加入者専用の規律だな」
加入者専用と聞いてソフィア達はアインへと注目する。
「『銀の星』では外部との人間関係に特に注意してほしい。われらを誅伐しようとする者は依然として存在するからな。目に見える脅威など脅威足りえん。もっとも、注意すべきは目に見えぬ脅威だ。われらを害しようとする者は、甘いマスクを被り、われらを骨抜きにしてから骨までしゃぶりつくそうとするだろう。友好的だからといって安心するでない。そういう面従腹背の輩こそが最も危険なのだ。だから、友人はともかく恋人は原則として禁止だな。つくってもよいが、その際には此処の座標を他の誰かに教えてもらえるまで入れないよう処置を施す。われが先程ここをレイムのハーレムと称したのは、それが理由だ。裏切りはわれら全員を危険に晒す。だからこそ、入団する者は何があっても裏切らない人物でなくてはならん。ソフィア、そしてフィレスティナよ。われはそなたらが入団する事もレイムの妻となる事も厭うつもりはない。だから、そなたらも心してほしい。二心を抱かない事を」
「姉様と私は同意見でございます。私達は、レイムと生涯を何があっても共に生き、共に死ぬ事を誓っております。そして、その生き方を誇りに思い、その思いを何があっても変えないと自負しております」
二人の壮絶な覚悟を示すように、彼女らは毅然としている。
その二人の想いに、ソフィア達は気圧されるように身体を引く。
「まぁ、欲求不満になったらレイムに言うがよい。外でのデートは難しいが、閨事くらいならいつでも相手となろう」
緊迫した空気は、一転してアインがおどけたものへと変えた。
その雰囲気に二人は肩の力を抜き、安堵の溜息を吐く。
「僕の意見はどうなるのかな?」
「かまわぬであろう? そなたは家の事情から外の者へは厳しいが、懐に入れた者にはとことん甘い。入団する者であったなら、閨事くらいわけない筈だ。この者らも美人であるしな」
レイムは肩を竦めるだけで、否定の言葉は口から出てこない。つまり、無言の肯定である。
「ということは、もし今から彼へ閨事を申し出れば、彼が相手してくれると?」
「うむ、その通りだといいたいところだが、生憎今夜はわれらが先約だ。明日以降にしてくれ。その際は、順番をどうするか決めようぞ」
「僕の意見は?」
「男に決定権はない!」
ピシャリと断言され、レイムはシェキナに慰めて貰う事にした。
「分かりました。では、その時はお願いします。差し当たっては、それまでソフィアを可愛がりましょうか」
フィレスティナは横に居るソフィアの背後に割り込み、背後から彼女の胸を揉み拉く。
「ちょっと何するのよ!」
「ふふ、ソフィアをつい可愛がりたくなりまして。私、浴場にいるだけに欲情してます」
フィレスティナは艶めかしく笑い、ソフィアの果実を摘む。
「審査が必要なギャグね。というか、私にはそんな趣味はないわよ!」
「私にもそんな趣味はありませんが、ソフィアは例外です。何せ、私の生き甲斐はソフィア弄り。資格にソフィア検定があれば最上級。職としてあるならば、全てを擲ってでもその職に就いてみましょう」
「そんな生き甲斐捨ててしまえー!!」
じたばたと抵抗するが、悲しいかな、手足が絡め取られ、向かいにいるレイム達を足蹴りしないよう気を付けているので碌に抵抗はできない。
「さぁ、皆さんも一緒にこのツンツン娘をデレデレにしませんか? 非常に可愛らしいですよ」
「よかろう。われも硬いものを柔らくするのは好きでな。この素直ではない娘を素直にするのも一興よ」
「はい。皆さんが仲良くなるためにも素直である事は重要ですよ」
アインとシェキナも参戦表明したことで、ソフィアの進退は窮まり崖っぷちである。
そして、唯一の命綱となるであろうレイムをソフィアは涙目で訴えるが、哀れかな、彼は美味しく頂けるのであれば、ペロリと平らげてしまう男なのである。
「~~~~~~!!」
こうして、ツンツン娘はデレデレ娘にはならなかったが、多少は柔らかくなったとさ。