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ゼロの境界線  作者: 陽無陰
第一章 現世と幽世の樹
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1-2 超越者

 ソフィアが足早に向かう先は、一定以上の階級を持つ者だけが使用する事を許可されている専用訓練場。彼女が奏でる軍靴の旋律は硬質な床という舞台において彼女の心情を表現し、その何気ない音でさえも彼女を掻き乱すノイズでしかない。

 そこは、いくつかの銀色のカプセル状の機械が配置されているだけの部屋である。彼女はその内の一つに身を沈ませると、内側にある赤いボタンを押す。すると、開封されていたカプセルの機械は静かに閉じていき、完全に闇に包まれるとソフィアの意識も途絶えるのであった。

 


 世界樹はこの世界を破滅に導きかけた様々な現象を封じ込め、異なる次元に存在している。世界樹を中心として年輪のようにそれぞれ封じ込めた現象を世界として具現化しているのだ。

 世界融合の際に起こった災害の原因は、どの世界が主軸となるか定まっていなかったため、その負荷として物理現象が災害となって襲いかかったものと特定されている。

 世界樹はソフィア達が住む世界を主軸にするためのシステムであり、それぞれ災害となった現象を結晶体として具現化させることにより、その結晶体を破壊する事でソフィア達の世界を主軸の世界として認識させるのだ。

 なので、ソフィア達は自分が生まれ育った世界を守るために世界樹から解き放たれる現象を迎え撃たねばならない。

 しかし、一つ問題点が発生してしまった。

 世界樹に封じ込まれる直前、災害となっていた現象はただ定められた現象を流出するだけの無形から自らの意志で現象を放出する有形へと変化したのだが、既存の兵器では干渉する事が不可能であったのだ。

 災害となった現象は既存の世界の一部として成り立っているのではなく、一つの独立した世界として成り立っている。

 例として挙げるなら、小説の中に居るキャラクターが読み手である読者に干渉はできるであろうか。――答えは、否である。

 既存の世界の一部でしかない人間が独立している現象の世界に干渉する事は、二次元に存在している者が三次元に存在している者に干渉できない様に不可能なのである。

 そこで、世界樹の封印が解け、再び世界に災厄を齎すまでの約二十年間、既存の世界の一部でしかない人間を次元的に独立させる術を模索し、その成果が確かな実となって実現したのである。



 異なる次元に干渉する術を持つ者は超越者(ユーヴァー)と呼ばれている。彼らが他の一般人達と異なる点は、その体内に可能種(デュナミス)が埋め込まれている。その種によって次元を超越することが可能とする質料(ヒュレー)を己が体内に蓄え、他の異なる次元に干渉できる形相(エイドス)へと変化させるのだ。

 超越者が操る形相は、超越者の質料の操作力量に応じて十の段階に分かれている。

 ソフィアは質料の操作力量――変容活動(エネルゲイア)を確認すべく基礎段階から活動させていく。

 


 変容活動レベルⅠ《励起》――蓄積されている質料を基底状態から活動状態へと励起させる。

 変容活動レベルⅡ《設定》――活動状態にある質料を用い、自身を原点とした座標系を設定する。これによって自身を異なる次元へと引き上げさせる。この結果、既存の世界では活動状態にある対象に干渉する事ができなくなる。

 変容活動レベルⅢ《形成》――これまで自身という点でしかなかった形相の他に、新たに点を定める事で点が結び合った線を作り上げる。それによって面を形成する事で他の対象へと干渉する事が可能となる。

 変容活動レベルⅣ《拡大》――面を形成したことで他の対象へと干渉する事が可能となるのだが、《形成》の段階では精々自身が手の届く範囲でしか干渉する事ができない。《拡大》は《形成》によって築かれた座標点を手が届かない範囲へと伸ばし、線の形成範囲を拡大させる事になる。

 公共放送で流れていた青年の行為を解析するならば、金属や爆撃の豪雨を凌げたのは彼が《設定》もしくは《形成》でそれらの干渉を防いだからである。さらに、彼が右手を振り下ろした事で地割れが起きたのは、《拡大》により延長された彼の『線』が地面と接触し、その結果地面が割れたのである。

 ここで、一つ説明しなければならない事項がある。

 仮に、人では到底圧し折る事が困難な大木が描かれている一枚絵があるとしよう。その一枚絵は鉛筆で描かれており、消しゴムで消す事が簡単にできる。

 そして、ここからが本題なのだが、もし消しゴムでその大木の幹を両断するように消す事にした。当然、そこには消しゴムで両断された大木がある。

 もし仮に、これが二次元の一枚絵である大木ではなく、三次元の大木だとしたらどうだろう。

 その両断された大木はきっと地面へと倒され、大きな地響きを立てるだろう。

 テレビに映っていた青年が行った事は、この理屈と同じなのである。

 彼が形成し、拡大した形相は地面へと接触すると、まるでそこに透明な剣で軌跡を描かれた様に引き裂いたのだ。

 ここでもう一つ注意点がある。

 一枚絵の大木は消しゴムにより消された場合、その分の幹も消しゴムの消しカスだけがその残滓となるのだが、三次元に存在する大木の場合だとそうはいかない。大木を両断した場合、その両断した軌跡の分だけ大木の質量が減らされるのではなく、両断した大木の幹に形成された形相がその座標に割り込んだ形となり、大木の質量そのままに両断されるのである。

 より分かりやすく説明するなら、プリンをスプーンで食べる時、スプーンで縦に割ろうとも、掬い上げようとも、押し潰そうとも、その他の如何なる場合においてもスプーンによってプリンの形を変化させる事はできても、質量は変わらないのである。

 形相を用いて三次元の世界に干渉する場合、形相を用いて干渉する以外にその結果に干渉する事はできない。紙の上に描かれた大木を三次元に存在している我々が簡単に引き裂けるように、高位の次元にある形相の結果を三次元に存在しているあらゆる物体は、干渉された結果に逆らえないのである。



 ソフィアは大岩が乱立されている渓谷に降り立つ。

現実世界では形相の効果を試すには素材の問題や被害、そして修復などの問題もあることから仮想世界による訓練が推奨されている。仮想世界といっても、ここで培われた身体の疲労や質料の消費は現実の身体に反映される。痛みなども再現されてはいるが、損傷など悪影響を及ぼすものは現実の身体にフィートバックされない仕様となっている。

 渇いた砂が強く大地を踏みしめた事でジャリっと音を立てる。ソフィアは数ある大岩の中で最も大きさを誇っている岩の目の前に立ち、右手を強く握り締め、正拳突きを放つように腰に溜める。

 ソフィアは呼気を整えると、溜めた力を開放すべく拳を目の前の大岩に突き立つ。拳が放たれた先の大岩は、拳大の大きさの穴が穿たれ、先の景色までをも見通せる。その穴以外に目立った破壊は見られない。拳から放たれた形相は目標の座標以外に影響を及ぼさず、拳の先にある岩だけを大岩から抜き出していた。

 拳を突き放ったソフィアは一呼吸置くと、握り締めていた拳を緩め、手刀へと形を変える。両の手の軌道から放たれる形相は、大岩の周辺部を少しずつ削り出していき、歪であった円形を整えていく。

 研磨されていく大岩が、ほぼ完全な円へと形が整うと、ソフィアは仕上げとばかりに右足を後ろへと引き上げる。ソフィアは引き上げられた右足を身体全体の力を利用し、勢いよく振り下ろす。

 解放された力は大岩ばかりでなく、大地をも引き裂いていき、無理やり宙へと舞い上がらせられた土砂は、再び大地へと還元されていった。

 ずるりと、大岩がずれ落ちると、それを称賛するかの如く拍手が送られる。

 ソフィアが拍手されている音の方へと振り向くと、そこには後を追ってきたフィレスティナがいた。


「お見事です」


「別に《拡大》程度なら鍛えれば誰だってできるわよ」


「まぁ、確かにそれはそうですが……私達が目指すのは、その先ですからね」


「そうね。《拡大》程度では対抗できないらしいから、私達は生き残るためにさらなる力を身に付ける必要があるわ」


「そうですね。ところで、何か苛立っている様に見えますけど、どうしました?」


「……何でもないわ。とりあえず、レベルⅤとⅥの訓練をしたいから手伝ってくれる?」


「ええ、わかりました」 


 ソフィアは一瞬言い淀んだが、何事もない様にフィレスティナを訓練に誘う。

 フィレスティナは、ソフィアのおかしな様子に気付いていたが、彼女には再度問うことなく訓練の誘いに乗るのであった。



 ソフィアとフィレスティナは二人揃って崖上へと駆け上がっていく。

超越者は《設定》を自身に施せば物理法則から切り離される。とはいえ、全ての法則から切り離されているわけではなく、高負荷となった慣性や劣悪な環境などから身を守る分だけ切り離しているのだ。

 超越者が宙を駆ける際に用いる方法は二通りある。

一つが自身と目標となる座標を結び、その結ばれた『線』に沿って自身を移動させる方法。

 もう一つが、自身の足元に面の形相を形成し、それを足場に上へと跳ぶ方法である。

 二人は大岩が乱立している荒野を見下す事ができる場所へと到達すると、訓練方法を提示した。


「じゃあ、私は岩を破壊していくから、フィレスは私に干渉してね」


「分かりました。ですが、私の分も残しておいてくださいね。あなたはやりすぎるところがありますから」


「人をじゃじゃ馬みたいに言わないでくれる?」


「……あれは夏の暑い日の事でした。太陽は燦々と大地を照らし出し、熱気で人々を蜃気楼へと誘い出していたのです。

 だから、ある少女はきっと熱に浮かされていたのでしょう。少女は買い物に出掛け、涼を取ろうと公園の片隅にある人気のアイスクリーム店の出張屋台へと足を運んだのです。  

 ですが、彼女がアイスクリームを一舐めし、至福の時を味わおうとしたその時、無粋な輩が少女の肩を叩いたのです。

 すると、どうでしょう。少女が味わおうとしたアイスクリームは地へと叩き付けられたではありませんか。少女は嘆き悲しみ、悲嘆に暮れていました。

 にもかかわらず、無粋な輩は空気を読まず、少女をデートへと誘います。

それに腹を立てた少女は地面を軽く粉々にし、その無粋な輩にこう宣言します。『これが貴様らの未来の姿だ』と。

 罅割れた大地に眠るアイスクリームを指差し、睨む少女の表情はまさしく悪鬼羅刹の類い。彼らは奪衣婆のような少女に身包みを剥がされずにすむように、すぐさま六文銭代わりに少女へと新しいアイスクリームを差し出すのでした。

 そして、少女は数倍となったアイスクリームにホクホク顔をするのでした。おしまい」


 ソフィアはそっとフィレスティナから顔を逸らす。その可愛らしい顔には一筋の冷や汗が流れている。


「あ、悪女のような女ね」


「そうですね。私としては、小悪魔程度ですが」


「……………………」


「……………………」


「さあ、始めましょうか!」


「ええ、そうしましょう、小悪魔さん」


 尚、この話には追加があって、ちゃっかりと小悪魔に便乗して彼らに奢ってもらった悪女の姿もあったとか。

 ソフィアは眼下に見える岩の一つに目をつけ、変容活動レベルⅤの形相を発動させる。

 変容活動レベルⅤ《再設定》は、これまで自身からしか発生する事ができなかった形相を対象の座標軸へと移し、または再現する事である。

 乱立する大岩の上空に形相を発生させ、真下へと拡張させる。当然のことながら、大岩には穴が穿たれ、見るも無残な姿へと変えられていく。

 自身の行為の結果をソフィアは見届けると、次なる形相を発動させる。

 変容活動レベルⅥ《象限》は《再設定》により発生させた形相を自在に操る事にある。

 ソフィアは球状へと変化させた形相でいくつもある大岩を穿っていく。移動のイメージを固めるためであろう、ソフィアは指揮者のように指を振る。その指示を受けた形相はソフィアの期待に応え、縦横無尽に駆け巡る。球状の形相の動きを止める事などただの大岩にはできるはずもなく、蜂の巣のようになる自身の姿を止められずにいる。

 ソフィアは興が乗ったのか、一つだった形相をもう一つ増やし、さらに穴を穿っていく。

 ソフィアが指揮する形相は、岩を粉微塵に砕く音を立て、大地を耕す旋律を奏でる。

 二つの形相が奏でる協奏曲は激しさを増していき、それと共に土の観客は席を立っていく。

 そして、これが最後とばかりにソフィアは二つの形相を上空へと移動させ、地面の中で交差するように形相を拡張させる。拡大させた面は地面の中で交わり点となると、水平方向へと伸ばし、その面の上にある土を遥か上空へと運ぶ。

 ソフィアが指揮した協奏曲の旋律に対し、大地はスタンディングオベーションをもって盛大に応える。

 ソフィアは自らが指揮した協奏曲の感想を聞こうと隣にいる友人を振り返ると、その友人は実に冷めた目付きでソフィアを見ていた。


「私、言いましたよね。やりすぎないようにと、じゃじゃ馬娘」


 幼子が砂場で作品を作り上げる事に夢中になるように、ソフィアはつい我を忘れて眼下にある全ての大岩を砕いてしまったのである。

 ちなみに、フィレスティナがやっていたことは、《再設定》の際に自身に対する守りを忘れないようにソフィアが纏っている形相に干渉する事であった。さすがに守りを忘れてはいなかったが、何処まで気を配っていたかは怪しいものである。


「――てへ」


「…………」


 誤魔化すように可愛らしく舌を出す友人を、フィレスティアは無言で崖下へと突き落とした。


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