表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

七章


 お金を貸してください、と友は言った。

 病院からそのまま家出したせいで、財布にはほとんどお金が入ってないから、と。

 大学近くにはショッピングセンターがあって、中にアウトドアショップが入っている。

 そこで友は、寝袋を買った。


 大学に行き、部室棟へ。部室には誰もいなかった。

 もう、かれこれ夜の七時だ。活動していた学生も、ほとんど帰ってしまっただろう。

 ……これからずっと部室棟に泊まります、と友は言った。

 面白くて売れる本が出来るまで、ずっとここで本を作ります、と笑った。


 見回りの人が来るかもしれないので、蛍光灯はつけなかった。

 カーテンを閉めて、電気スタンドの僅かな明かりを灯す。これくらいなら、ぎりぎり外には漏れないだろう。

「絵は、逃避だったんです」

 椅子に座り、スタンドの光を挟んで、友は口を開いた。

「毎日聞こえる、お母さんとお父さんの喧嘩から逃げたくて。お話を作ってるときだけは、幸せで、平和でした」

 友はとても懐かしそうに話す。

「色んなところに逃避してたら、そのうちに同人誌ってものを知って。背伸びして、初めて同人誌即売会に行ってみて……そこで、ヒロさんたちと出逢いました」

「僕たちも、初めての即売会だったよ」

「そうだったんですか……」

 友は宝物を見つめるように僕を見た。

「いっぱい読みたい本があったんですけど、サークルの人に声をかけるのが怖くて、それまで何も買えてなくて。でも、ヒロさんのサークルは、ちょうど同年代くらいの人しかいなかったから。思い切って、声をかけてみて……」

〝素敵な本ですね〟。友――あの頃は名前なんて知らなかったが――は、少し恥ずかしそうに微笑んで、僕と咲にそう言ったのだ。

 記憶が蘇る。楽しかった思い出も、苦かった思い出も。

「家に帰って本を読んだら、とっても面白くて。私、すっかり二人のファンになっちゃって。二人が出るイベントには、ずっと出てました」

 そう。友は、売れなかった僕たちの、唯一といってもいいリピーターとなってくれた。

「けど、そのうちヒロさんたち、イベントに出なくなっちゃって。どうしたのかなって思ってた矢先に、大学でヒロさんと会って。すぐ〝night〟さんだって分かりました」

 僕は友を覚えていなかった。〝売れなかった〟ことしか印象になくて、〝買ってくれた人〟を記憶してる余裕なんてなかったから。

「また、〝Witch is night〟みたいなの書いてくれないのかなー、って期待してたんですけど、ヒロさん、昔書いたやつしか出さなかったから。それはがっかりでした」

「……面倒だったからね」

 僕が言うと、友はくすりと笑った。だが、その顔をすぐに曇らせた。

「コミフェで咲さんと会ったとき、すぐ分かりました。憧れだったんです。素敵な絵を描いて、ヒロさんに負けない綺麗な世界観を持ってる。そんな絵を、私も描きたかった。――だから」

 友は哀しげな声になった。彼女がやたらと咲に噛み付いたのには、そんな理由だったのか。

「私とヒロさんは、〝面白い〟小説のおかげで出逢えました。……私は、小説を否定なんてしてほしくない」

「……そうだね」

 素直な気持ちで、僕は言った。

「私はもう、逃げません。逃避ではなく、お話を作りたいから、作ります」

 といって友は、右手の包帯を解き始めた。

「ちょ、ちょっと、それは……」

「……本当は」

 包帯の下にあったのは。

「腱鞘炎なんて、とっくに治っていたのです」

 真っ白で、艶やかな手首だった。

「……そう、だったんだ」

「はい。そうだったのです。私は、悪い子です」

 友はちろりと舌を出して、笑った。

「知ってますか、ヒロさん。――パンダはね、」

 そう言って、パンダフードを頭から被った。

「笹しか食べないのは食糧不足によるもので、本当は肉食なんですよ?」

 友が僕のほうに近づいてくる。その柔らかな右手を、そっと僕の頬に当てて――

「? なにを――」

 そのときだった。

 きぃ、と、文芸部の扉が突然開いた。まさか、警備員に見つかったのだろうか……?

「……お邪魔、だった?」

 大門だった。雰囲気と、うっすらと見える体の線で分かった。

「大門! 一体どうしたの?」

「……残って、パソコン室でテキスト打ってたら、追い出されて。部室で作業しようと、思って、隠れて、待ってた」

 スタンドの明かりだけでは部屋は暗く、大門の顔なんか見えなかったけれど。

 きっと、笑っているんだろうと思った。

「……むぅ」

 友が何故か、僕を見て頬を膨れさせていた。

「な、なに?」

「いーのです。気にしないでください。さ、大門さん、一緒に今後について考えませう」

「……ボク、やっぱり、帰る?」


 その後。三人で、今後について話し合った。

 作る本。

 作りたい本。

 それをやるために――売るためにはどうすればいいかも、話し合った。

 決して、売り上げを伸ばすためではなく。売り上げた後に、楽しんでもらうために。


* * *


>bud:・・・三冊ぅ?

>hiroki:そ。七月のばくおんイベントはもう無理だから、その分三冊作ることにした。


 家に帰るのは久しぶりだった。パソコンを起動させると、すぐさまbudが話しかけてきたので、僕は今までの経緯を話した。

 友や川原先輩との騒動によって、まともに本を作る時間がなかったため、ばくおんイベントは見送ることになった。

 申し込み自体はしてしまったので、参加するだけはするが、売るのは既刊だけだ。


>bud:新刊三冊かー。すげーな。何作んの?

>hiroki:ばくおんと、竹物語と、あとオリジナル

>bud:オリジナルwwwマジすかwww

>hiroki:マジっすwwww


 まずは数を売らなければならないので、〝ばくおん〟〝竹物語〟の新刊は外せない。出来る限り、〝面白いもの〟は作るつもりでいるが。

 それから、オリジナル本は友の提案だった。大門はそれに賛同したし、僕も反対しなかった。

 だから、三冊作ることになった。それだけだ。


>bud:ま、頑張ってな。センセが楽しそうで嬉しいよ

>hiroki:そんなに俺楽しそう?w

>bud:そんな感じがする。お前とのチャット、ちょっと前までずっと空気重かったからさー


 言われてみればそうかもしれない。わざわざ僕も、budに悩み事相談なんてしてしまったし。


>bud:夏コミか。ちゃんと新刊三冊出せたら、三部買いに行ってやるよw

>hiroki:あれ? 仕事大丈夫なの?

>bud:奇跡的に何とか休みとれそうなヨカーン


 長年の付き合いだが、僕はbudに会ったことがなかった。仕事が忙しいらしく、休みを滅多に取れないらしい。


>hiroki:おー、じゃあこっち来たら一度飯でも食おうよ

>bud:いいぜーwんじゃ、頑張れよ。応援してる

>hiroki:ありがと


 会話が終わり、僕はウィンドウを閉じた。さて。休憩もしたし、大学の部室に戻ろう。

 帰ってきたのは着替えを持ってくるためだ。

 パソコンも落とし、ありったけの着替えをボストンバックに詰め込んで、僕は部屋を出た。


* * *


 それからの日々は、あっという間に過ぎていった。

 僕は作品を書き。友が絵をつけ。大門は執筆と、編集作業をして。

 残り時間は一ヶ月弱。なのに三冊作らなければならない。まるで戦争のような忙しさだ。

 けれど。なんだか、楽しかった。


 ……川原先輩とは何度も連絡を取ろうとしたが、ダメだった。携帯も、ツウィッチのダイレクトメッセージもダメ。友や大門に送らせても同じだった。

 彼の抜けた穴は、営業活動だけでなく制作活動でも大きかった。

 だけど、仕方ない。

 結局僕も大門も寝袋を買い、部室に泊まりこんで作った。


 オリジナル本は、ほとんど僕だけで作った。〝Witch is Night〟の構成を見直し、少ないページでまとめられるように短編アレンジしたものだ。それに友の絵をつけて、大門にレイアウトを頼み、新たな作品として制作した。


 夏休み前は、期末テストが枷となった。本は大事だが、さすがに単位を落とすわけにはいかず、僕たちは協力して最低限の勉強でテストに臨んだ。

 ……結果は聞かないで欲しい。


 夏コミまであと二週間。

 テストから解放され、何とかオリジナル本は入稿できた。

 印刷代は、最初のうちに三冊分、印刷所に入金しておいた。全額で三八万円ほど。今までのイベントの売り上げと、僕のゲームの売り上げから何とか捻出した。


 残りの二冊は、オリジナル本と同時進行でやっていた竹物語の進捗は、八〇%。……しかしばくおんはまだ二〇%だった。

 僕たちは睡眠時間を削って、必死に作業した。

 ただ、腱鞘炎を再発しないよう、友には十分休息をとってもらったが。


 あと一週間。ようやく竹物語の本を入稿した。

 残るはばくおん本。

 もうとっくに印刷所の正規の締め切りは過ぎているが――印刷技術の進歩によって、最近は最速二四時間パックというのも存在する。入稿から本を会場に届けるまで、一日でやってくれるという恐ろしいシステムだ。

 コミフェ前なので厳しいところだったが、すんでのところで印刷所の予約がとれた。少なくない部数を刷ってもらうので、さすがに二四時間パックではなく、その前段階の七二時間パックを申し込んだが。

 それでも、デッドラインは後四日。

 ラストスパート。死に物狂いで作業をした。


 そして。コミフェ三日前。

 インターネットで、印刷所のサーバーに、入稿データをアップロードして。

 入稿完了メールを送り終えたのが、締め切り五分前の午後一六時五五分。

「……入稿、完了しました。お疲れ、さまでした」

 僕が部員にそう言うと、目元に深い隈を作った友と大門が、ほぼ同時に机に突っ伏した。

 僕も体中の力が抜けて、気づけば意識が消えてなくなっていた。


 あとは、当日を待つだけ――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ