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四章

>bud:で、そのセンパイ、打ち上げはどうだったん?

>hiroki:上手くやってくれたみたいだね。中堅どころの作家とたくさんコネができたってさ

>bud:すげぇコミュ力だなセンパイ。リア充爆発しろ!


 僕は、自宅のパソコンで、budに今までの経緯を話していた。イベント絡みで忙しかったので、落ち着いて話すのは久しぶりだった。


>bud:イベントも終わったししばらく休業ってとこ?

>hiroki:まさか。まだやることいっぱいだよ

>bud:何を?

>hiroki:うちの広告担当に、3chで工作させた


 3chとは、巨大匿名掲示板のことだ。ネットをやっている者なら誰もが行き着く、不思議なサイトである。


>bud:・・・は?

>hiroki:工作だよ。ばくおん同人スレってのが3chであるんだけど、そこで僕たちの本がよかった、って自作自演させたんだ。僕も一緒に手伝って、ID変えて何度もね

>bud:・・・さすがに少し引いたわw


 まあ、引かれるだろうなとは思う。

 しかし、こうした地味な工作も決して馬鹿にはできない。

 にこやか動画やツウィッチと同じく、3chにも不特定多数の人が集まる。何回も好評を流せば、それは別媒体での口コミに繋がる。現に、掲示板での口コミから人気が爆発した同人作品はたくさんある。


>bud:ん・・・真面目な話していい?

>hiroki:? なに?

>bud:色々やってるのはすごいし感心するけど、それでホントに一〇〇〇部いく? 確かにhirokiセンセが指導してすぐ一〇〇部売れたのはすごいけど、同人の小説本って言ったら〝一〇部売れただけですごい〟ってレベルだぜ。それなのに一〇〇〇部なんて、絶望的じゃね


 budの言うとおりだ。小説本で一〇〇〇部売るなんて、正気の沙汰ではない。

 帯の惹句に、十万部達成だの百万部突破だの書かれている一般書籍からしてみれば、取るにも足らない部数だが――同人誌は、テレビや雑誌で広告を打てるわけではないのだ。

 たまにしかないイベントで知名度を稼ぎ、その場で宣伝し、本を売らなければならない。普通に考えれば、二桁部数売ることさえ困難だ。

 だが――



>hiroki:難しいと思う。けど、やれなくはないって思う

>bud:おお。すごい自信だな。

>hiroki:幽体離脱の感覚、久しぶりだったから

>bud:・・・なんだそれ?w


 あの幽体離脱を感じたとき――

 何となく、いける気がしたのだ。


* * *


〝ばくおん!〟オンリーイベント二日後――昼休みの部室。

 僕は部室の上座に立ち、部員たちの顔を見回した。

「日曜日はお疲れ様でした。おかげさまで一〇〇部完売しました。これも皆さんの努力のおかげです。……特に、大門の努力には目を見張るものがありました。スペースに人が途絶えなかったのは、彼の広告によるものと言っていいでしょう」

 イベントに至るまでの部員の努力は、甲乙つけがたいものがあった。しかしあえて大門を褒めたのは、完売した場に彼がいなかったからだ。認めるべきは認め、モチベーションを維持してやらなければ。

 大門は、先輩と友の注目を受けて、ぶるぶる肩を震わせていた。口を小さく動かし、何か呟いている。髪で表情は見えないが……おそらく照れているのだろうか?

「さて。今後の活動ですが、休んでいる暇はありません。現段階で僕たち文芸部に必要なのは、〝知名度の底上げ〟です。なので、僕が考えているプランは次の二点です」

 僕は、机に置いてあるクリアファイルから、プリントアウトした紙を取り出した。

「まず一点。ばくおんのイベントで出した新刊を、書店で委託販売してみようかと考えています。〝虎穴〟という同人ショップです」

 出版社を通した本が書店で売られるように、同人誌にも委託販売を受け持つ同人ショップが存在する。〝虎穴〟は全国にチェーン店を持っているので、日本全土に流通させられる。

「実は、既に連絡をとってまして、一〇〇部ほど委託販売してもらえることになりました」

 少部数だが、新規サークルだから当たり前だろう。むしろ取ってもらえただけでありがたい。

「なので、新たに一〇〇部刷って、虎穴に発送しようと思いますが、大丈夫でしょうか?」

 少し間を空けて、部員の反応を見る。沈黙のままだ。

 完売という実績がよほど効いたようだ。川原先輩でさえ何も口を挟まず、ただ頷いてくれた。

「ありがとうございます。そちらの発注は僕がやっておきます。――では二点目、次に出るイベントですが」

 来たか、と三人が三様に身構える。

「三週間後にある、〝竹物語〟のオンリーに出ようかと思います」

 三人の驚きは大きかった。

〝竹物語〟は、今ばくおんに次いで勢いのある作品だ。アニメで人気に火がついた作品だが、元は漫談社から出ているライトノベルだった。

 竹にまつわる民俗をライトノベルチックにアレンジした作品で、魅力的なキャラクターと入念に練られた伝奇要素によって、多数のファンを獲得している。

 僕はネットからプリントアウトしてきたチラシを部員に配りながら、話を続けた。

「まだばくおんイベントの余韻も引かないうちで心苦しいのですが、手頃で参加者が多そうなイベントはこれしかなかったので、勝手ながら決めさせてもらいました。もちろんかなり強行軍になると思いますので、スケジュール調整は融通します。遠慮なく申し出てください」

 僕は間を空けた。挙手はなし。

 不満が出るかと思ったが、〝三週間後〟と聞いて、部員たちの顔には、反対にやる気がにじみ出していた。

 危険な賭けではあったが、締め切りが近いイベントにしたのは正解だったようだ。〝完売した〟という余韻が引かないうちに、次の新刊作業に移らせれば、湧き出たモチベーションをそのまま維持できる。

「ばくおんではなく竹物語で出す理由はいくつかありますが、一番は知名度の底上げです。単純にジャンルを変えて本を出せば、ファンの新規開拓ができますから」

 しかし、あまりジャンルを変えすぎると〝ジャンルゴロ〟と非難されかねないので、活動はばくおんと竹物語の二種類にとどめるつもりだ。

 と、友が挙手をした。

「……あの。私、〝竹物語〟を読んだことがありません」

「言いにくいが、俺もだ」

 川原先輩が申し訳なさそうに続いた。

 大門は、以前部室で読んでいるのを見たので、おそらく知っているはずだった。

 僕は、にっこり笑みを作って言った。

「大丈夫です。だって、僕も知りませんから」

「……はい?」

 先輩と友が面食らっていた。

 というわけで僕は鞄の中から、部員数分買ってきた〝竹物語〟の原作本を机に置いた。

「まずは原作のお勉強と行きましょう」

 その日は、国語の授業よろしく、部員全員で竹物語を輪読することになった。


* * *


 そうして、忙しい日々が始まった。

 竹物語の原作を勉強し、作品を書く傍ら、部員たちは各々の仕事をこなしていた。

 大門はにこやか動画に動画をアップロードし、掲示板での工作を日夜行う。この前の新刊が〝虎穴〟に委託されるや否や、その事実が知れ渡るように自演していた。

 川原はツウィッチやシクミィで同人作家と交流し、オフ会に積極的に参加して、コネクションを作る。とにかく、いざというとき何でもできそうな人脈を形成することに力を入れていた。

 友は絵の練習をしつつ、流行を取り入れたギャグイラストや、一八禁イラストをピクシィにアップロードしてゆく。大門制作の動画と合わせつつ、友の絵師としての知名度もあげてゆく。

 僕は僕で、主に作品執筆以外は雑用を担当していた。部員たちの行動の補佐、指示、動画や絵のネタ出し、コネを繋げる相手のリストアップ、お茶くみ、愚痴聞き等々。やることはいくらでも見つけることができた。

 それから、活動資金を確保するため、夜になれば同人ゲームのシナリオを書いて、絵師に指示を出して、スクリプトを打っていた。

 そんな日々が続いていって――


* * *


 イベントの日。会場は以前と同じPioだった。

 JR蒲田駅を下り、以前と同じルートで会場へ向かう。

 道中には、午前八時前でもちらほらと、サークル参加者と一般参加者らしき人々を見かけた。ジャンル研究はしていたので盛り上がることは分かっていたが、予想以上になりそうだ。

 面子は友と先輩、僕といつも通りだ。

 昨日も寝るまで絵の練習をしていたのか、友は時折非常に眠そうに目をこすっており、念入りに右手のマッサージをしていた。


 会場につき、ロビーの左手に開かれたドアをくぐると、見慣れた机の列が並んでいた。

 僕たちのスペースを探して、早速設営準備をする。さすがに数をこなしてきたので、みんな手慣れたものだ。

 段ボールを開けていく先輩に、テーブルクロスを敷く僕。

 友は友でコスプレをするため、と会場を出て更衣室へと向かった。


 今回は、新ジャンルを開拓していくため、ばくおんのときと違っていくつか新戦略を導入している。まずは――

「おはようございまーす」

「あ、ども、アメリアさん!」

〝アメリア〟が、売り子だろうもう一人の女性と共に、僕たちの隣のスペースへと入ってきた。

「ぼく、合体なんて初めてなんで……色々教えてください先輩!」

「レイダー君が言うといやらしいのはなぜ」

 アメリアとレイダーこと川原先輩は相変わらず仲がいいようで、早速下品な会話をしている。

 新戦略一。他サークルとの合体スペース。

 今回、僕たちのサークル〝サウザンド〟と、アメリアのサークル〝友達一〇〇人〟は合体スペースである。

 即売会には往々にして、二サークルを隣同士に配置しての、合体スペースというものが認められている。仲のいいサークルたちが、場所を広く使いたいからとか、二サークルの合同誌を出すためとか、そういった用途で申し込むものだ。

 二つ分の机を共有するような形でお互いの本を置けば、〝友達一〇〇人〟の新刊を買いに来たついでに、僕たちの本も見てくれる可能性が生じる。

 先輩は集中してアメリアさんと仲良くなろうとしているようで、まだ交流を初めて三ヶ月目だというのに、合体サークルとして参加することを取り付けていた。

 元より、アメリアは〝ばくおん〟だけでなく、竹物語のイベントにも参加するような姿勢を見せていたので、決してこの展開を狙っていなかったわけではないのだが――それにしたって先輩の交渉力はすさまじい。


 アメリアのことは先輩に任せて、僕はスペースを離れた。新刊を一〇冊ほど抱えて、友が戻ってくるまで挨拶周りだ。

 あらかじめプリントアウトしておいた会場図に、回るサークルは書かれている。とりあえず、五サークルほど……

「どうも、初めまして。〝サウザンド〟のnightです」

 設営が終わったのか、机の向こうで談笑している人たちへ話しかける。

「あ、どもども! 私が〝羊水〟です~」

 前線が後退しつつある頭をかきながら、中年の男性が僕に答えた。

 彼のペンネームは、〝羊水〟――サークル〝梅カリカリ〟主催者。竹物語をメインに活動する中堅どころの描き手である。

「今回は、お忙しいところ、わざわざゲストに描いていただいてありがとうございました」

 新刊を渡しつつ、丁寧に礼を述べる。

「いやいやぁ、ちょうど俺も暇だったからねぇ。それに、うちだってページの余りを上手く埋められたからさ。あはははっ」

〝羊水〟も、机に詰まれた新刊を僕に手渡してくれた。

 新戦略その二。ゲスト原稿の依頼、である。

 他のサークルにイラストなり短編マンガなりを描いてもらって、それを同人誌の後ろのほうにでも載せる。

 描いてくれた人は、大抵〝ゲスト原稿をこちらの本に描かせていただきました〟、とサイトなりピクシィなりで告知してくれる。その結果、興味を持ってくれた人が僕たちのスペースへと来てくれる――

 ……まあ、この戦略に関してはそう上手くは行かないだろう。いくらその作家のファンだとしても、わざわざ一ページ二ページのゲスト原稿につられて、どこの馬の骨とも知らないサークルの新刊を買いにはこない。

 ゆえに、どちらかといえば、他の作家とさらに交流を深めることに重きを置いた作戦だった。

 ゲスト原稿をもらう代わりに、友にも〝羊水〟の本にイラストを一枚提供させた。大切なのはギブアンドテイクである。それが偽りだとしても。

〝羊水〟は何だか話が長そうな雰囲気だったので、僕はさっさと断ってスペースを離れた。

 今回ゲストを依頼したのは、羊水含めて二サークルだ。あとの三サークルは、先輩が仲良くなっていきつつあるサークルなので、新刊を渡すことで交流を持っておく。

 開場までは後四〇分ほど。友がスペースに戻るまでの間、回れるだけ回ってしまおう。


* * *


 友が帰ってきた、と携帯に連絡があったので、僕は挨拶周りを中断してスペースに戻った。

 スペースに戻ると、友が見事に変身して帰ってきていた。〝カタギ〟という、またも手間がかからないようにロングヘアーのキャラのコスプレである。

 基本的には軽くメイクをして、竹物語に出てくる制服を着ているだけだ。それだけなのに、やはり友はとても目を惹く。

「……あんまり、その。見ないでください」

 顔を朱に染めながら、友は言った。前にもコスプレしたというのに、まだ慣れないらしい。

「すっごー! かわいー! 〝カタギ〟そのまんまじゃん!」

 と、見た隣のアメリアが、設営を放り出して友に詰め寄っていた。

「え、あの、その、これは、通販で……」

「通販かー! 通販はあんまり質よくないの多いからやめたほうがいいよー! やっぱ自作だよ自作! あたしの知り合いに詳しい子がいるから今度教えてあげるよー!」

 先輩が特別なのかと思ったが、アメリアも、どうやら人に垣根を作らない性格らしい。話したことがないであろう友にも、曇りない笑顔で接している。

「あわ、あ、は、はい……」

「あはははは! でも可愛いね! 嫉妬しちゃう! 地がいいからかなー?」

 アメリアは友の体にべたべた触る。

「あ、あのぅ……」

 それも太股とか背中とか胸とか遠慮なく。アメリアはただのエロ人間だったようだ。

「先輩、僕たちも行きましょうか」

 女の子同士の微笑ましい(?)絡みを横で見ていた先輩が、ぴくりと体を震わせた。

「……ホントに、やるのか?」

「やりますよ。売れるためです」

「マジかよ……」

「安心してください。僕も嫌です」

 がっくりと先輩は肩を落とした。

 僕は先輩の裾を引っ張って、鞄を担いでスペースを出た。

「お二人とも、頑張って、くださーいっ」

 アメリアにペッティングされている友は、それでも僕たちに笑顔を向けて、ぐっと親指を立てて見送ってくれた。


* * *


 照明がチカチカと点滅している。

 部屋には僕たち以外誰もおらず、静かだった。水の滴る音だけが耳に届く。

「……ほら。先輩。こっち向いて」

「っ、分かったよっ」

「……やっぱりだ。綺麗な顔してますね、先輩」

「ううう、うるさい。黙って、やれ……!」

「だから、顔背けないでください。僕だって初めてなんだから。もっと、こっち見て……」

「クソ、クソ……っ! 何だって、俺がこんな目に……っ!」

 先輩は目に涙を貯め、頬を赤く染めていた。シャツの胸元がはだけている。

「ゆっ、ゆっくり、だぞ……!」

「分かってますって……ほら」

「ん……く、ぁあっ!」

「変な声、出さないでくださいよ。勘違い、されるじゃないですか」

「……ッ! こんなことしといて、勘違いも何もあるか……ッ!」

 普段は自信に満ちた先輩の顔が、弱々しげに歪んでいる。僕にサディスティックな欲望が浮かんだ。

「ほら……もっと……」

「あ、ぁあああっ……!」

 ぴちゃり、とまた水の滴る音がした――


 と。無駄にBLっぽくしてみましたがいかがでしょうか。

 誤解のないよう言っておくが、僕も先輩もノンケである。

 種明かしをすると。

「似合ってますよ先輩」

「……そりゃよかった」

 ここは男子更衣室で、先輩は学ランを着ていた。

 別にこれから高校の学校見学に行くわけではない。竹物語の、主役のコスプレだった。

 先の一悶着は、先輩の頭に黒のウィッグを被せて、上手くアホ毛を形作るために僕が色々と弄っていたからだった。結果として頭を撫でる羽目になってしまったので、先輩はくすぐったかったらしい。

 新戦略その三。僕と先輩、男二人のコスプレである。友のコスプレが地道な効果をあげていると分かったので、今回から僕たちもコスプレすることになった。

 ただ、発案者は僕ではなく、友である。「コスプレが私だけなんてずるいです! 恥ずかしいから皆さんもやってください!」と真っ赤な顔で言われてしまった。

 僕たちを最初から巻き込む気だったらしく、ばくおんイベント時に勉強した知識を生かしたのだろう、既にコスチュームを注文されていたので、逃げ道はなかった。

「クソ、恥ずかしいな、これ……」

 照れる先輩は、予想通り似合っていた。〝竹物語〟の地味な主人公とは雰囲気がまるで違うが、重要なのは〝見てくれのいい人がコスプレをしている〟という事実なので問題ない。

「さて。次は、ヒロだな」

 仕返しをしてやろうと企んでいるのか、少し嬉しそうに先輩は言った。

「はい。どうぞ。やっちゃってください」

 僕は覚悟を決めた……が、

「……なんだ、これ!?」

 鞄から僕用の衣装を取り出した先輩が、驚いていた。

 そこに入っていたのは――


* * *


「あ、お二人とも、お帰りなさい、ま、せ……」

「…………」

 開場五分前に、スペース内に戻ってきた僕たちの姿を見て、友が固まった。

「ヒ、ヒロ、さん……とても、似合っております……」

 その視線は、ただ僕に注がれている。そのきらきら輝く瞳はまるで、生まれたての子猫を見るそれだ。狂おしい愛おしさに囚われ、目を見開いている。

 僕は、羞恥で逃げ出したくなる心を必死に抑えて、友に言う。

「……あの。友、さん」

「はい?」

「なんで、僕のは女装なんだよ!」

 鞄の中に入っていたのはセーラー服――女学生が着る制服だ。平たく言えば女装である。

 僕は女装なんてしたくなかったが、面白がる先輩に無理矢理着替えさせられたため、結局セーラー服を着る羽目になってしまった。

 確かに、竹物語にはボーイッシュな女の子がいた。ショートカットなので、友のコスプレと同じように、ウィッグを被らなくてもそのキャラに十分見える。

 しかし、僕は男で、竹物語のキャラは女の子である!

「なんで僕だけ違うの!?」

「愛ですっ! 素晴らしき愛ですっ!」

 友は胸を張って断言した。愛なのか。それは愛って言っていいのか。

「……あと、友。もう一つ聞きたいんだけど」

「なんでせう」

 にこにこつやつやした笑顔で対応する友さん。

 僕はセーラー服の某所を撫でながら、

「この衣装、変なところに〝穴〟が開いてたんだけど……」

「はて、何のことやら」

 三倍増しの笑顔で友は首を傾げた。

「……友、最初からそのつもりだったな!? コスプレさせたのもそういう意図だったのか! そこの〝穴〟は本来そういう用途で使うものじゃねーから!」

「うふふ、何言ってるのか分からないです。変なヒロさん」

 友さんはただ鉄壁の笑顔を浮かべるだけだった。スルーするつもり満々らしい。

 そっかぁ……友さん変態だったかぁ……。

 ……このイベント中、友に背中を見せるのだけはやめておこう……。

「あっ可愛い! え? レイダーんとこの男の子? すごー! クオリティ高いねー!」

 と思ったら、今度は隣のアメリアが僕を見つけて、飛び掛らんばかりに詰め寄ってきた。じろじろ僕を見て、体をぺたぺた触ってくる。

「……お前がいれば、俺コスプレする必要なかったんじゃないか?」

 今まで蚊帳の外にいた先輩のぼやく声。

 うるさい黙れ。


* * *


 体力が大分減ってしまったが、イベントはようやく開始した。

 徐々に参加者で会場が満たされてゆく。

 今回刷った部数は、前回より増やして二〇〇部。

 大門の広告、友の絵との相乗効果によって、売り上げは午前中から驚くほど好調だった。

 先輩の作った知り合いが、わざわざ本を買いに来てくれたのも地味に効果をあげていた。

 合体サークル効果も思ったほどあるようだった。アメリアのスペースにはかなり人が並んでいたが、買い終わった人たちがそのまま僕たちのスペースへずれてきてくれた。決して多くはなかったが、それでも数十人の人が手にとってくれたし、買ってくれた人も何人かいた。

 先輩と僕のコスプレ売り子効果は――あるのかどうかは分からないが、道行く人がよく視線を送ってきてくれた。女性は先輩に、男性は友、……と僕に。コスプレを見る視線から、そのままスペースに立ち寄ってくれる人もいたので、まあ効果がなくはなかったのだろう。

 そうして。


 午後三時。イベントが終了した。

 一般参加者、サークル参加者の拍手の渦が巻き起こる。

「やりっ! ましっ! た――!」

 友が諸手をあげて叫ぶ。注目を集めたが、彼女は気にせず喜んでいた。

 今回も、無事完売である。特に問題もなく、順調に売ることができた。

 ……鼻息荒い友の視線以外は、だが。

 僕は、セーラー服の上から心臓の辺りを押さえた。少し、鼓動が早くなっている。

 近づいてきた。一歩ずつでも。確実に、咲へと。

「……? そういえばヒロさん、部長は……?」

 同じく拍手をしながら、友が聞いてきた。

 そういえば、先輩の姿が見あたらない。てっきりトイレにでも立ったのかと思っていたが、かれこれ一時間だ。

 それと、どうやら隣のアメリアもいないようだ。アメリアは僕たちより前に完売していたようで、そのときから席を立っている。

「ちょっと僕が見てくるよ。友は片付けの準備してて」

「はい、お願いします」

 何か、嫌な予感がした。

 出て行こうとする一般参加者の流れに逆らって、僕はまず会場を見て回った。しかし先輩の姿はない。

 まさか外だろうか? 先輩の携帯に電話をかけてみる。……が、出ない。

 何してるんだあの人は。彼にはまた、打ち上げに参加してもらわなければならないのに。

 ダメ元でトイレのほうへ向かってみる。

 と――運良く、先輩はそこにいた。トイレに続く廊下、自動販売機のそばに立っていた。

 僕はほっとしながら駆け寄っていく。

「せんぱ、」

 い、と続けようとして、言えなかった。

 自販の影に隠れて見えなかったが、先輩のすぐ側にはアメリアがいて、二人は、

 キスしていた。

「……は、」

 展開早っ!?

 お互いがお互いの姿しか見えていないようで、イベント帰りの人の視線も気にしていない。後ろに立つ僕にも。

 ……僕は三〇秒ほど考えて、その場から離れた。尻を蹴っ飛ばしたかったが、何とか堪えた。二人の蜜月を邪魔して、先輩にヘソを曲げられては困る。

 僕は仕方なく、友がいるスペースへと戻った。

「おかえりなさい。部長はどちらに?」

「トイレでうんこしてた。かなり難産みたいだったよ」

「うんこですか」

「うんこだった」

 腹いせに、友に風説の流布をしておいた。


* * *


 片づけが終わり、友と順番に更衣室で元の服装に着替えても、まだ先輩は戻ってこなかった。

 キスシーンの目撃から、かれこれ四〇分も経っただろうか、僕の携帯にメールが来た。

『わり ちょっとアメリアとホテル行ってくるから今日は無理だわごめんな^^;』

「死ね」

 率直な感想を思わず呟いてしまって、友がびっくりして僕を見た。

 ああ神様、川原が肥溜めで溺死しますように。


 仕方なく、その日の合同打ち上げには、代わりに僕が参加した。

 必死にコネを作ろうと頑張ったが、ゲスト原稿を描いてくれた〝羊水〟さんに捕まってしまい、打ち上げの間中ずっと愚痴を聞かされた。


 僕は、何故か。

 潤滑に回っていた歯車が、狂いだしていく幻影を見た。

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