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その五

 そして二人が辿り着いた捜査現場。そこは若者で賑わっているアーケード街だ。まあ、先程の捜査概要を読んだ士郎だからこそ、何となくは、どこに行くのかは分っていた。けれどもアーケード街を見回して、心の中では更に納得しているのだった。

 そう、なにしろアーケード街には様々な学校の制服を着て、歩いている学生の姿が数多くも見られたからだ。つまり、このアーケード街は学生を中心に若者が集う場所でもある。そんな場所だからこそ、家には帰らない彩乃が、このアーケード街を中心に行動していてもおかしくはない。少なくとも福寿は、そこまで調べた上で、このアーケード街に目星を付けたのだろう。

 だが、士郎にとっては予想外の事が目の前にあった。確かに目の前にはアーケード街、というよりもアーケードがあるのだ……五本も。どうやら建設時に奥行きは取れなかったから、短いアーケード、つまり屋根のある歩道と言っても良いだろう。それを五つに別けて作ったようだ。

 だったら横から長いアーケードを作れと士郎は言いたくなるものの、辺りを見回すと、なんでこんな風になったのかがすぐに分かった。アーケードの出入り口、つまり士郎が立っている位置の後ろである。そこには六車線もの道路が通っており、アーケード街の隣は駅ビルが立っている。そして一番手前、つまり士郎達が居る道路側にはパーキングメーターが取り付けてあり、数台の車が止まっていた。近くには駅のロータリーもあるのだが、このアーケード街を車で来ても良い様にパーキングメータが取り付けられているようだ。

 つまり、それだけの集客数を集める為には、駅との通り道に沿って短いアーケードを作った方が効果的なのだろう。それに区分けする事でライバル店が近くに出来辛くなる。つまり、数本先の店に行くよりかは手短な自分が居る通りの店に行こう、という効果を狙ったのかもしれない。そうする事で一つのアーケードに客が集中する事が無くて、上手い具合に客を各アーケードに別ける事が出来るのだ。

 まあ、そんな経営者的な立場での視点はさておき、何にしても、短いとはいえ、五本ものアーケードを探すとなると大変な作業になってくる。更に言えば、若者が集う、つまり人が集っているからこそ、そこに残る残留思念も多いのだ。士郎の真ん中にあるアーケードから見ただけでも数え切れないぐらい程の残留思念が見えるのだから。

 そこから折笠彩乃の残留思念を見つけないといけないのだ。確かに他の残留思念が見えなくなる事は先程の事で分ったが、道の端々に点在している残留思念。そして邪魔をするかのように多い人通り。そんな人通りを掻き分けて士郎は彩乃の残留思念を見つけないといけないというワケだ。それだけでも、少しだけうんざりとするが、士郎は今まで聞きそびれていた事を思い出すと福寿に尋ねるのだった。

「そういえば、ずっと聞き忘れていたんだけど」

「んっ、何かね?」

「何で残留思念は道の端にある事が多いんだ? なんか、道の端に溜まっている場合が多く見られるんだけどな」

「あぁ、それは説明していなかったね」

 そう返事をすると福寿は士郎の方へと振り返ると、相変わらずの無表情で口を動かすのだった。

「残留思念は人の記憶、そして記憶とは人も持っている物。つまり人の中に、その人の記憶や想い出があるからこそ、残留思念は人通りが無い方へ弾かれるのさ。残留思念は、そこに置き去りにされたもの、そこに人がぶつかるという事は、人の中にある記憶、想い出と言ってもいい。それとぶつかって弾かれるのさ。そして最終的には、人の通らない道の端にまで弾かれるのさ」

「つまり、通行人も記憶や想い出を持っているからこそ、残留思念は人の記憶や想い出とぶつかって、最終的には人とぶつかる事が無い、道の端に弾かれる、というワケか」

「そういう事だね。まあ、正確に言えば、通行人の想い出とぶつかって弾かれてる、と言った方が正しいだろうね。ただ、置き去りにしてある物に移動する同じものがぶつかり合えば、当然置き去りにされている方が弾かれる。至って簡単な現象さ」

「という事は、俺達が、これから探す彩乃の残留思念も道の端にある、と考えた方が良いというワケか」

「正しく、その通りだね。なにしろ折笠彩乃が行方不明になってから三週間も経っている。当然、残された残留思念は弾かれて道の端に移動しているようだね。でも、それならマシな方なのさ。これが数年前の残留思念を探すとなると、はっきり言って嫌になるぐらいに困難な作業になるのさ」

「んっ?」

 福寿はそんな事を言って溜息を付くが、士郎には福寿が溜息を付く理由が分からなかったようだ。そんな士郎に向かって福寿は半分は嫌味、半分は疲れたような複雑な表情を向けながら説明するのだった。

「残留思念は置き去りの想い出。つまり、残留思念も想い出という事なのさ。ここで何度も言うようだが、想い出というのものは時間と共に色褪せていく、そして想い出の質によっては数年後には消えていても不思議ではない。つまり、置き去りにされた想い出も想い出、他の想い出と同様に時間と共に変化をし、最後には消えて行く。残留思念も想い出の理からは外れてはいない、という事だね」

「なるほど、言われてみれば納得だな。残留思念も人の記憶であり、想い出なら、時間の経過で消えても不思議じゃない。むしろ、時間の経過と共に消えて当然というワケか」

「その通りだね。更に質が低い、つまり想い出に詰められた想いが少ない残留思念ほど、早く消えてしまう。まあ、数週間から数年ぐらいまでは残っているものだけどね。それでも、質によっては数ヶ月で消えてしまうものもある。だから、依頼によっては数年前の残留思念を追わなければ行けない場合は、残留思念が消えている事を覚悟した上で捜査をしないといけないのさ。まあ、私の助手をやっていれば、そのうち、そういう機会もあるだろう。その大変さは、その時になってから知れば良いさ。今は今の依頼を遂行しよう」

「分かった、それで、どうすれば良い?」

 士郎がそう言うと福寿は既に士郎を戦力に入れた捜査方法を考え付いていたのだろう。だからこそ、士郎が、そんな質問をすると福寿は直ぐに駅側の一番向こうにあるアーケード街を指し示してから士郎に向かって指示を出すのだった。

「今回は捜査範囲が広い上に人通りも多いからね。二手に分かれる、君は駅側から、私は反対側から残留思念を探す。そして、折笠彩乃の残留思念を見つけたら連絡をしてくれたまえ。それから、先程の話に出てきたように、折笠彩乃の残留思念は道の端にある可能性が大きい。つまり、道の両側に注意しながら残留思念を探したまえ。まあ、君は初めてだからね。今回は一つの通りを二週したまえ。最初は左側、次は右側と丁寧に残留思念を探したまえ。その方が確実だ。後は分かっていると思うが残留思念を見つけたら私に連絡、私が行くまで勝手に残留思念に触れない事。さて、質問は?」

「いや、大丈夫だ」

 士郎が短く答えると福寿は満足げに頷くと、いつもの無表情な瞳を士郎に向けてから言うのだった。

「なら、捜査開始だ。では、頼んだよ」

 それだけ言うと、福寿は五つも並んでいるアーケード街の駅から一番離れた通りに向かって歩き出したのだ。そんな福寿の背中を少しだけ見送ると、士郎も福寿が指示した通りに向かって歩き始めるのだった。



 ……思っていたより、結構めんどうだな。捜査を始めてから数十分、士郎はそんな事を思いながら、またもや手にした紙を見詰めてから頭の中に叩き込むのだった。士郎は福寿が指示したとおりに一番駅側のアーケード、その駅側になる左側から残留思念を探し始めたのだが、数分後にはすぐに余計な残留思念が見えてくる。その度に、士郎は立ち止まっては彩乃の顔と名前を改めて頭の中に叩き込むのだった。

 そんな暗記の作業を既に十回以上は繰り返している士郎だった。まあ、これが士郎にとっては最初の捜査であり、手間が掛かって当然なのだが、ここまで同じ作業をするとは思っていなかったので、士郎は少しだけ嫌気が差してきたのだ。

 だからと言って、今更になって引き返す事は出来ないし、この程度の事で音を上げていたら福寿に何て言われるか分かったものじゃないし、まあ、多々の嫌味を口にする事ぐらいは士郎には分かっていた。まだ、短い付き合いとはいえ、士郎には福寿の性格が分ってきたようだ。

 それに、士郎としても、今回の依頼を放棄する気にはなれなかった。なにしろ、人が一人だが行方不明になっているのだ。場合によっては事件に巻き込まれているケースも考えられるし、何かしらの事故に巻き込まれたケースも考えられる。けど、自分がこうして彩乃を見つける事が出来たのならば、それは彩乃と依頼人に対して充分な救いになると思っていたからだ。

 そうした人への奉仕を依頼の解決という事で依頼人の助けとなるのなら、それは自分にとっても自分自身を許すための第一歩となるだろう。だからこそ、士郎は真面目に、嫌気が差しながらも彩乃の残留思念を探すために自分自身の記憶力と紙に明記されている事に格闘していたのだ。

 そして、やっと他の残留思念が見えなくなると、士郎は再び歩き出す。さすがにアーケード街という事もあり、歩道の幅は広い。つまり、道の両側を一度にチェックしていると、確実に見落としが出てくるのは間違いないだろう。士郎も、アーケード街に入ってから、やっと福寿が片方ずつから調べていけと言った真意が分かったのだ。そのため、士郎は時間が掛かると分かりながらも、道の片方ずつから丁寧に残留思念がないかを調べて行ったのだ。

 そんな士郎が道の片方をようやく調べ終えた時だった。突如としてズボンのポケットに仕舞ってある携帯電話が鳴り出した。そのため、士郎は仕方ないとばかりに頭の中から彩乃の事を追い出すと、携帯電話を取り出して画面を見てみると、そこには福寿と出ていた。どうやら福寿の方が当たりを見つけたらしい。

 さすがは手馴れている、そんな事を思いながら士郎は電話に出るのだった。

「ほい、こちら思川士郎ですけど、何かご用ですか?」

『ふふふ、大分嫌気が差しているみたいだね。まあ、最初はそんなものだから、地道にやっていきたまえ』

 すっかりこっちの事はお見通しか。電話から聞こえてきた福寿の声に、そんな事を感じる士郎だった。士郎としても、ここまで地道で且つ何度も確認を要する捜査だとは思っていなかったために、少し皮肉を込めた対応をしたつもりなのだが、福寿にはすっかりお見通しみたいだからこそ、福寿も笑って言葉を返したのだろう。

 そんな福寿が手早く用件を士郎に伝えるのだった。

『駅側から四番目にあるアーケード、奥の方にあるゲームセンターの横で折笠彩乃の残留思念を見つけた。だから、さっさと来たまえ。それから、そのゲームセンターは今まで居た車道側からは反対に近いから、裏に抜けてから来た方が早いだろう。それと、君は私の助手だ。助手である君が、あまり私を待たせる事はしないように。以上だ、それでは、さっさと走ってきたまえ』

 福寿はそれだけを伝えると、さっさと電話を切ってしまった。その速さに士郎は何も言い返す事が出来なかったほどだ。そんな福寿の言葉を聞いて、士郎は自分の立場に少しだけ呆れていた。

 ははっ、確かに俺は福寿の助手なんだよな。つまり、福寿の言った事は絶対であり、上司を待たせるなって事か。まったく、自分で選んだとはいえ、こんな風に扱き使われるとは思ってなかった。確かに、俺の選択次第で福寿と俺の立場は入れ替わったというワケか。まっ、それでも俺は俺なりにやらせてもらうけどな。

 そんな事を考えた士郎が携帯を仕舞うと、すぐに走り出し、先程まで居た車道側、つまり入って来た方とは反対側に出ると、そこは一応車道なのだが、一車線しか無いし、車線の向こう側には商店街が並んでいる。どうやら、アーケード街の集客数を狙って出店してきた店舗なのだろう。だが、今は、そんな事を考えていても意味は無い。

 士郎は、なるべく人が居ない車道近くを走って、アーケードの数を数えながら福寿の下へ走って行くのだった。



「遅い、私の助手なら電話してから数秒後に到着するということは出来ないのかい」

「どんな、陸上、選手、なんだ、よ」

 荒い息をしながらも言い返す士郎だが、さすがに全力疾走をした後だけあって、未だに膝に手を付き、下を向きながら呼吸を整えていた。そんな士郎を福寿はいつものように無表情で見ていたが、内心では少しだけ感心していた。それは士郎がここまで全力で走ってきた事に関係している。つまり、それを見ただけでも士郎が福寿の助手として働く事に、それなりの覚悟と決意が見て取れたからだ。

 もちろん、そんな事を当人に告げては付け上がるだけだ。だから福寿は黙って士郎の呼吸が整うまで待つのだった。

 それから数分後、やっと士郎の呼吸が整ったので、福寿は士郎に改めて彩乃の顔と名前を頭の中に叩き込ませると、確かに他の残留思念は消えたが、その残留思念はしっかりと士郎にも見えていた。

 そんな残留思念を前にして福寿は口を動かすのだった。

「これは黄色よりも深い黄色、山吹の残留思念なのさ」

「やまぶき?」

「そう、残留思念は色によって、残留思念が何を示しているのかが分かるのさ。この、山吹の残留思念は、空元気、虚勢、装い、自分の心情を隠す時に残った残留思念。まあ、様々な色がある残留思念だからね、君にも、その全てを覚えてもらうが、この仕事をやっていれば自然と覚えるだろうね」

「つまり、山吹の残留思念が残っているという事は、この時の彩乃は自分自身の心情を隠していた、というワケか。けど、何で自分の心情を隠す必要があったんだ?」

「それは、この残留思念が教えてくれるさ。さあ、手を出したまえ」

 そんな事を言って、士郎に向かって手を差し出す福寿。けれども、それにどんな意味があるのか分からない士郎は首を傾げるだけだった。だからか、いや、福寿は士郎がそんな反応をする事が分っていたのだろう。だからか、福寿は士郎に向かって再び説明に入るのだった。

「残留思念を何人かで見る場合は物理的に接触しておかないといけない。つまり、お互いに手を握っていれば、どちらが残留思念に触れても、同時に同じ残留思念を見れる。いや、入れる、と言った方が確実だろうね。まあ、後は実際に経験してみるのが一番なのさ。さあ、手を出したまえ」

 そういう事なら先に説明してくれよ、と思いながらも士郎は福寿が差し出した手を取って軽く握るのだった。そして繋がれた手から伝わってくる温もりが士郎に福寿の事を自然と感じさせていたのだ。

 なんか、福寿って人形みたいなイメージがあったけど、こうして手に触れると……小さくて暖かくて柔らかいんだな。それに女の子の手って感じがする。まあ、当たり前と言えば当たり前か。そんな事を感じた士郎がなるべく平静を装って福寿の手を握るが、福寿はいつも通りに無表情なので何を考えているのかが、まったく分からない士郎だった。だからこそ、士郎は何を感じていないフリをしながら山吹の残留思念と向き合う。そんな時だった、福寿から意外な言葉が出てきた。

「さて、せっかくの機会だ。君が残留思念に触れたまえ」

「えっ! 良いのかよ?」

 今までは勝手に残留思念に触れるなと言って来た福寿だけに、ここに来て残留思念に触れろと言って来たのだ。士郎は驚きを半分、そして期待を半分にしながら福寿に確認するように尋ねるのが、福寿は当たり前という顔をしながら士郎に向かって返答するのだった。

「さっきも言ったとおりに、物理的に接触していれば、どちらが残留思念に触れても問題は無い。それに、君にしても残留思念の話を聞いてからは、一度は触れてみたいと思っていたはずだ。なら、丁度良い機会だし、君も残留思念に触れるという事に慣れなくてはいけない。これからのためにも、そうした事が必要だ。だから私と物理的に接触していた時になら、残留思念に触れても構わない」

「そっか、それじゃあ」

 福寿の説明にあっさりとした答えを返す士郎。まあ、士郎としては初めて残留思念に触れるのだから、それなりに気が逸っているのだろう。それに福寿からの了承もあったからには、何の問題も無く残留思念に触れる事が出来るのだ。

 まあ、士郎としても残留思念の話を聞いてからは、一度は触れてみたいという気持ちが無いと言えば嘘になるだろう。だからこそ、士郎は残留思念に向かって手を伸ばすのだが、いざ、触れるとなるとちょっとだけ躊躇して、触れそうになった手を一度だけ引っ込めるが、すぐに意を決して、今度は残留思念に勢い良く手を突き入れる士郎。

 そして次の瞬間、士郎は不思議な感覚に包まれていた。まるで自分という存在が希薄になったように、自分の身体が透けているような不思議な感覚だった。そんな不思議な感覚に驚いていると手に圧迫感が走る。それと同じくして福寿の声が聞こえたのだった。

「始まる。さあ、全てを見て、全てを聞きたまえ」

 そんな福寿の言葉に士郎は質問を返そうとしたが、それよりも早く、自分の前をある人物が横切って行った。それは士郎達が探していた折笠彩乃、その人だった。

 あっさりと折笠彩乃が目の前に出てきたので、士郎は少しだけ混乱するのだが、自分の行動を思い出した士郎がすぐに目の前での出来事に納得した。そう、ここは残留思念が見せている彩乃の記憶、置き去りの想い出なのである。士郎はそれを見ているのだと理解するのと同じく、福寿が言った『入れる』という言葉の意味を理解するのだった。

 確かに、現在の状況は彩乃の記憶を見ている、というよりも、その場に居る、という感じがしたのだ。それは正に、彩乃の想い出に入ったかのように、自分自身がそこに居る、と言った方が適している状態だった。士郎がやっと、その事を理解した時には彩乃達の会話が終わりになりそうな時だった。

「それじゃあね~、彩乃」

「うん、またね~」

 そんな事を言って彩乃はゲームセンターから一緒に出てきた友人達の全員に手を振って、彩乃と別れた友人達は、それぞれの方向に向かって歩いていくのだった。どうやら、ここでの遊びが終わったみたいだ。だから、一区切りが付いた事で想い出に変わって、そのほとんどを残留思念として残したのだろう。

 そして、彩乃は全員の姿が見えなくなると、つまらなそうに溜息を付くのだった。そんな時だった。突如として全方向から、まるで立体音響みたいに彩乃の声が響くのだった。

『あ~ぁ、行っちゃった。なんか……つまらない。まあ、どうせ、このまま家に帰ったって、あの陰気な家族の顔を見なくちゃいけないし。今のところは、まだ、金は有るし、まだまだ、遊べるかな。じゃあ、次はどうしようかな』

 そんな彩乃の声が響き終わった後に彩乃は考える仕草をした。その間に士郎は福寿に尋ねるのだった。

「今の声って、これが?」

「そう、先程の声こそが彩乃の本心。心で、または、無意識に思った事なのさ。残留思念は人の記憶、そこには当然のように、その人の本心があるものなのさ。私達は望もうと、望まないとしても勝手に聞かされる。それが残留思念を見るという事でもあるのさ。さあ、続きが始まる、注意深く全てを見て、聞きたまえ」

 福寿が早口で、そんな説明を一気にすると、彩乃は数歩だけ歩いてから、店舗の横にある壁に寄り掛かると携帯をいじりながら、何かを思っているようだ。それが声となって、再び士郎達に聞こえてくる。

『家か……どうせ帰ったって、親父からは聞きたくも無い説教を聞かされるだけだし、ババアは私に無関心だし、あんな居場所が無い所に行っても仕方ないか。そう、私には帰る家が無い。それは……寂しいことなのかな? けど、仕方ない事なんだよね。誰も私の気持ちなんて分ってくれないんだから』

 そんな声が聞こえてくると士郎は彩乃の顔を注意深く観察するのだった。そして士郎は、はっきりと目にする。彩乃の顔に浮かんでいる表情が先程とは打って変わって、凄く寂しそうな顔をしていたのを。そんな士郎が彩乃の顔を見て思いを走らせるのだった。

 紛らわせてる、いや、誤魔化してると言った方が正解か。彩乃は自分の寂しい気持ちを誤魔化して隠してる。だから、先程のように友達と一緒に居た時のように笑う事が出来ないんだ。彩乃は、そんな自分の気持ちに気付いているけど、どうすれば良いのか分からないんだ。それも仕方ないか、同じ年代だから分かるというべきだろうな。彩乃は自分の気持ちを周りの大人、家族や先生なんかに、まったく気遣ってもらえていない。少なくとも彩乃は、そう感じている。だからこそ、彩乃は毎日のように遊び歩く事で自分の気持ちを誤魔化して隠してるんだ。山吹の残留思念ってのは、こういう事か。

 士郎がそんな解釈をし終えたのと同時に彩乃は先程のように楽しそうな笑みを浮かべると、携帯を操作しながら、またもや彩乃の本心が勝手に聞こえてきた。

『確か、この時間だと優希は暇なはずよね。だったら、優希と他に何人かを誘ってカラオケにでも行こうっと』

 そんな声が聞こえると、彩乃は携帯電話を掛けるのと同時に士郎達も彩乃の想い出から弾き飛ばされるように、遠くに飛ばされたかのように、その場から一気に白い虚空へと飛ばされて行ったのである。

 そして、次の瞬間、士郎は店の壁を前にして呆然としていた、いや、気が付いた、と言った方が正しいだろう。そして次の瞬間には士郎は理解するのだった。これが、先程の体験こそが残留思念を見るという事だと。

 けれども、士郎は初めて見た残留思念に対して呆然としているようだ。そんな士郎が現実に引き戻されたのは、先程まで手にあった温もりが消え去った時だった。士郎が、そちらに目を向けると士郎から手を離した福寿が相変わらずの無表情で士郎に向かって尋ねるのだった。

「さて、初めて残留思念を見た感想はどうかね?」

 そんな福寿の質問に対して士郎はすぐに答える事が出来なかった。正確には先程の事を、どう言葉にして良いのか分からないと言った方が正しいだろう。だから、士郎には逆に福寿に質問する事しか出来なかったのだ。

「あれが……残留思念を見るって事なのか?」

「そのとおりだね」

 士郎の質問に即答で返してくる福寿。そんな福寿が士郎を見詰めていると、士郎はごちゃになった頭を整理するかのように前髪を掻き揚げると初めての体験に対しての感想なんて出てはこないものの、自分が思った事を口にするのだった。

「なんつーか、凄く不思議な体験をしたような。そんな感じ、としか言い様が無い」

「まあ、その通りだろうね。けど、君には、これに慣れてもらわなくては困る。まさかと思うけど、たったこれだけで、私の助手をやめるとは言わないだろうね」

 それは福寿なりに士郎を気遣った言葉だったのだろう。まあ、士郎に対して少しだけ皮肉染みた言葉の方が、どんな労わりの言葉よりも効果的だと福寿は考えているようだ。士郎には、そこまで福寿の言葉が意味している事は分からなかったが、福寿の言葉を聞いてからは逆に負けたくない、そんな気持ちが沸き上がっていた。

 だからだろう、士郎は自分を落ち着かせるように、その場で数回ほど深呼吸をする。さすがにアーケード街だけあって、食べ物の良い匂いやその他の店舗が出している香りなどが混ざった空気を吸い込む。

 そんな新鮮とは言えないけど、呼吸数を落とす事で士郎が落ち着いてきた事は確かみたいだ。だからこそ、士郎は先程の答えと次にやるべき事を口に出すのだった。

「大丈夫、少し戸惑っただけだ。それと確か、彩乃はカラオケに行くとか言ってたよな。なら、次はカラオケ店に絞って残留思念を探せば、次の残留思念を見付ける事が出来るって事か」

 そんな士郎の言葉を聞いて、福寿は口元に笑みを浮かべながら士郎の言葉を肯定する。

「そうでなくては困る。そして、君が言ったとおりだ。ここはさすがと言っておこう、理解が早くて助かるというものだからね。君が言ったとおりに次はカラオケ店に絞って残留思念を探す、そうすれば、彩乃が次に取った行動も分かるからね。さあ、それだけ理解しているなら、続きを始めたまえ。私はこのまま、この通りを調べる、君は元の通りに戻って探してきたまえ」

 それだけの言葉を口にすると福寿はさっさと士郎の元を離れていった。そんな福寿の背中が人込みに消えるまで見守った士郎は、やっと歩き始めた。そんな士郎が思った事は、やっぱり先程見た残留思念についてだった。

 あれが残留思念なのか。確かに、あれは人の記憶を見る、いや、その場に立ち会う、と言った方が正確か。何と言うか、手を伸ばせば触れられそうな、そんな気もしたからな。けど、もう大丈夫なはずだ。あれぐらいでは音を上げる事なんてしない。いや、そんな気持ちにもならないと言うべきだろうな。

 初めて触れた、そして人の記憶を見た士郎は、そんな感想を抱きながら、捜査を続行するために先程まで調べてきた通りへと歩みを進めて行くのであった。そんな士郎が歩きながらも考えたのは、やっぱり無理矢理のように聞かされた彩乃の本心についてだった。

 彩乃は家庭を嫌っていた。少なくとも自分の家族は嫌っていたはずだ。それに、思った事は両親についてだけだ。そうなると、兄弟は居ないって事か。一人っ子、しかも女の子だ。親が甘やかしても不思議ではないな。だから気性が我が侭になっても不思議じゃない。けど……彩乃がそこまで両親を嫌っていた理由って……なんだろう?

 彩乃について、そこまでの推論を立てて見る士郎。けど、彩乃が両親を嫌っている理由だけは、すぐに答えは出なかった。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、士郎は彩乃は立場的に逆と言っても良いのだから。

 士郎は家族を愛したからこそ、新しい家族を受け入れる事が出来ずに、自分の母親を紅に染めた。けど、彩乃は両親を嫌っているからこそ、家にも帰らずに、遊び歩いている。士郎には、そこまで子供が両親に反抗する、そんな彩乃の気持ちが理解できないと言っても良いだろう。

 けど、士郎が受けてきた矯正教育には、当然のように保健、つまり思春期や反抗期についても授業を受けていた。そこで得た知識を元にして、士郎は士郎なりに彩乃という人物について考えてみるのだった。

 思春期が元になった行動、そう考えれば彩乃の行動は理解できる。確か、思春期の子供は親から自立したいという気持ちと理解してもらいたい、という葛藤を持っているとか教わったっけかな。彩乃も、そうだったのかな? そして、そんな彩乃に対して両親は態度で示さなかった。その事が彩乃には不満だった。思春期だからと言って彩乃に関心を抱かなかった両親に彩乃は不満を抱いていた。そう考えれば彩乃の行動にも納得が行くか。自分が思うのもなんだけど、この頃を年代って、いろいろと複雑なんだよな。

 自分もそれに該当するというのに、士郎はすっかり大人の目線で思春期というものを見ていた。まあ、それも仕方ないだろう。士郎は過去に起こした罪、それを償い、正しい方向に向けさせる矯正教育。そんな環境で育ったからこそ、士郎は知識が先行して、気持ちの理解が二番手になってしまっているのだろう。

 だからと言って、それが悪い事では無い。士郎は、そうした環境で育ったからこそ、そういう性格になったというだけで、別に悪いとか良いとか、そうしたものではないのだ。ただ、士郎はそういう性格だった。それだけの事だ。

 だからか、士郎はついつい同じ年代よりも大人の目線で物事を見るようになっているのだろう。そして、それは福寿も同じなのかもしれない。福寿は過去の罪から探偵なんて仕事をしているのだから、士郎よりも大人の目線で物事を見ているのかもしれない。少なくとも、探偵として客観的な視線で見ているのだろうと士郎は考えていた。

 そうなると、自分も、そうした方が良いのだろうか? 福寿の事を考えると士郎は、そんな風に感じたが、その考えはすぐに捨てる事にした。福寿は福寿であり、自分は自分である。無理に福寿の目線に合わせる事は無い。大事なのは、依頼を遂行するだけの能力と、それに伴う考え方や目線である。つまり、自分なりの能力と目線を作ってしまえば、無理に福寿に合わせる必要は無いという事を士郎は知っていたからこそ、すぐに考えを改めたのだ。

 何にしても、先程の山吹が見せた彩乃の記憶と本心。士郎は彩乃の気持ちは分からないものの、彩乃が、そんな気持ちを抱いて、未だに彷徨っていると思うと、すぐに彩乃を見付けてやりたいと思い。そして、彩乃の両親にも彩乃を理解するように言いたい。そんな気持ちが生まれてきていた。

 士郎が、そんな事を考えていると、危うくアーケード街の通りを行き過ぎるところだった。だから、士郎は思考を一気に現実に切り替えると捜査の続きへと向かうのだった。

 先程は通りの駅側を調べた、次は反対側となる。それに今度は調べる対象がカラオケ店と絞られているために、士郎は店の並びを見ながらも、彩乃の残留思念だけを見えるようにしてから歩き出すのだった。

 だが、こちら側の店舗はファッションやアクセサリーの店が多く。中にはブランド品を扱っている店や逆に買い取りをするリサイクル店なんかも多く見受けられた。つまり、士郎達が狙いを絞ったカラオケ店は無いという事だ。

 それでも、念の為に彩乃の残留思念だけを見ながら探す士郎。相変わらず数分ごとに他の残留思念が見えて来る。その度に士郎は紙を取り出して、彩乃を確認すると再び彩乃の残留思念だけを見えるようにして、カラオケ店が無いから、少し適当に見回しながら調べて行くのだった。

 そんな捜査をしているうちに、士郎は車道側に出てしまった。どうやら、この通りの捜査は終わったようだ。ならば、次の通りへと入っていく士郎。その通りは先程とは打って変わって、軽食店や喫茶店、そして士郎達が狙いを定めたカラオケ店などが並んでいた。

「さて、今度はこっちが当たりを見付ける番かな」

 通りに入る前から、車道側から見える店の並びを見て、そんな言を呟く士郎。さすがに、通りに入る前から数点のカラオケ店を見たのである。つまり、彩乃の残留思念がこの通りにあっても不思議ではない、という事だ。

 そんな士郎が改めて紙を取り出して、彩乃の事を頭に叩き込んだ士郎は、すぐに通りに向かって歩みを進めて捜査に入った。そして……あっけなく、彩乃の残留思念を見付けてしまったのだ。

 それは車道側から一番近い左側のカラオケ店、その横にあったのだが、士郎は困惑していた。念の為に、それが彩乃の残留思念かどうかを紙を取り出して、改めて彩乃の残留思念なのかを確認する士郎。そして士郎が目を開けた時には、先程も確認した残留思念は見えていた。どうやら彩乃の残留思念なのは確かみたいだ。けど、士郎が困惑してたのは残留思念を見付けたからではない。士郎が見付けた残留思念は……二つあったからだ。



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