その一
士郎が福寿の声に驚いていると、福寿はさっさと士郎の所までやってきて、福寿が紅と呼んだものの前から士郎を押し出すのだった。いきなり押されたにしては倒れる事はなかったが、士郎は何も分からずに紅の前からどかされてしまったのだ。
その事に士郎は文句の一つでも言ってやろうとした時だった。福寿は紅を指し示しながら士郎に尋ねるのだった。
「君にも、この紅が見えているのかい?」
「くれな、い?」
「そうだ、赤よりも赤い紅の残留思念。それが見えているのかと聞いている」
「残留?」
福寿が言っている事が何一つとして士郎には分からないようだ。そんな態度を示している士郎を見て、福寿は納得したように頷いてから、士郎に向かって言うのだった。
「どうやら残留思念については知らないみたいだね。そうなると何も知らないという事になるか。分かった、なら君はそこで大人しくしていたまえ」
あまりにも上からの物言いにさすがの士郎も黙っている訳にはいかない。というか、小馬鹿にされたと感じたのだろう。士郎は福寿に向かって文句を言い始めるのだった。
「って、さっきから訳の分からない事を言って、何なんだよっ! 俺がそれに触れちゃあ、いけないのかよっ! だいたい、それはいったい何なんだっ!」
「いっぺんに文句を言われても困る。それに、君が勝手に紅に触れるのも困る。だから、どかした。それだけだ」
「それだけって」
「けど、君が望むのならば残留思念については後で説明しよう。だが、今はこちらの依頼を優先させたい。それに、君もこれが気になっているのだろう?」
福寿は紅を指し示しながら問い掛けたのだが士郎は即答が出来なかった。確かに気になっていると言えば気になっているが、福寿が紅と言った、それは士郎を魅了するものがあった。だから余計に気になったと言える。気になるのは確かだが、気になる以上に気を惹かれた、というのが正確なところだろう。それをどう伝えて良いのかが分からない。だから、士郎は思ったままを口にするのだった。
「気になるっていうか。なんか、呼び寄せられるというか、引き寄せられたというか、放っておけない気がしたんだ。まるで……そう、魅入られたみたいに」
そんな士郎の言葉に福寿は驚きを示した。なんで福寿が驚いているかなんて士郎には分からない。けど、福寿はすぐに納得したように頷き、無表情のままで士郎に言うのだった。
「どうやら君と私は似ているようだね。分かった、さっきも言った通りに残留思念については後でしっかりと説明する事を約束しよう。それに、残留思念が見えている君に勝手な行動を取られては私の依頼に支障をきたすからね。だから今は待っていたまえ。君が気にしている事を全て教えよう」
そんな事を言って来た福寿に士郎は何も言い返す事は出来なかった。何となくだが、福寿の雰囲気が士郎の言葉を押し込んだ。雰囲気に飲まれたとも言えるだろう。それに福寿の事が士郎には気になり始めていた。そこにはやっぱり福寿の言葉もあるのだろう、福寿が示した残留思念と呼んだもの、福寿の態度から見て全てを知っていると士郎は感じたようだ。そして、自分が紅と呼ばれた、それに引かれた理由についても福寿には見当が付いているようだ。だからか士郎は黙り込むしかなかった。
そんな士郎に福寿は瞳でじっとしていろと訴えてくる。士郎も改めて福寿を良く見てみる。年齢的には士郎よりも年下だろう。背丈や顔付きから中学生ぐらいに見える。どう見ても福寿の方が年上だとは士郎には思えなかった。
更に士郎が気にしたのは福寿の表情だった。先程といい、今といい、福寿はこれでもかっ! と言いたくなるほど無表情だ。先程の驚いた表情以外は無表情という言葉しか当てはまらない。そのうえ、瑠璃色の綺麗な着物を着ており、黒くて長い髪は見事に整っている。まさしく日本人形を人間にしたかのような福寿だった。
そんな福寿が紅の前に立つと、そのままちゅうちょする事も無く、手を紅の中に差し込む。そして次の瞬間、紅の炎が福寿を一気に包み込み、まるで福寿が燃えているように見えるが、そんな紅の炎も数秒後には消え去り、紅の残留思念も一緒に消え去った。それから福寿は紅に差し入れた手を戻し、少しだけ表情を暗くしながら呟くのだった。
「なるほど、そういう事だったのか」
そんな福寿に士郎が言葉を掛ける前に、福寿は手際良く、袂から携帯電話を取り出すと電話を掛けるのだった。そして相手が電話に出たのだろう、福寿は意地悪な笑みを浮かべながら電話に向かっていうのだった。
「やあ、高杉警部」
福寿が警部と言ったからには、明らかに警察の関係者なのだろう。士郎が、そんな事を考えている内に福寿は次々と話を進めていく。
「ふふふっ、まあ、そう嫌そうな声を出さなくてもいいではないか。それよりも、依頼されていた犯行現場を見つけたよ。……いや、残念ながら君達の本命は外れだよ。だが、君達が目を付けていた容疑者の中に犯人は居たよ……まあ、そういう事だね……それも君達の睨んだとおりだ。だから科捜研の協力があれば簡単に犯人が分るだろうね。だが……そう、確実に、ここには血痕が残っているけど、それを見つけるのは大変だろうね。まあ、その辺は君達で頑張ってくれたまえ。……ふふふ、それは君自身ではなく鑑識官達が大変って事だろうね……そういう事だね。それじゃあ、犯行現場の住所を言うから、すぐに来たまえ」
福寿はそれから、この空き地になっている住所を電話に向かって伝えると、電話の向こうから文句らしい声が士郎にも聞こえてきたが、福寿は無視するように電話を切るのだった。それから福寿はやっと士郎と向き合って会話を始めた。
「さて、まだ自己紹介をしてなかったね。私は福寿、こう見えても探偵をしている。まあ、君が考えている通り、私は君より年下だろうね。それで、君の名前は?」
「……思川士郎」
福寿に問われて、素直に自分の名前を口にする士郎。まあ、士郎の気持ちも分からなくは無い。なにしろ、士郎は先程まで紅と呼ばれていた残留思念についても何も分からないし、そのうえ、先程の会話からして、すぐに警察関係者が来るのは察しが付くというものだ。だから、もしかしたら、自分は関わってはいけないものに関わったのではないのかという不安があったからだ。
そんな士郎の心中を見抜いたように、福寿は軽く息を吐くと士郎に言うのだった。
「まあ、これから警察がやってくるんだ。君は事件に巻き込まれた、そんな風に感じているのも無理はない。けど、それは勘違いというものだ。君は未だに何も知らない、つまり、引き返すのも足を踏み入れるのも君次第という事だ。分かったかね」
「いや、全然分からないんだけど?」
「ふふふっ、まあ、全てを知れば、私の言った意味が分かるというものさ」
何か誤魔化された気もするが、士郎はこれ以上、この福寿という少女に関わって良いものか、どうかで迷っていた。福寿が自ら言ったように、福寿は年下なのだろう。ならば福寿は中学生で義務教育の真っ最中だ。それなのに探偵をしているなんて、とてもではないが士郎には考えられない事だった。
そんな謎めいた福寿が意味深な言葉を口にしたのだから士郎には福寿の言葉が気になって仕方なかった。けれども、今の福寿に問い掛けても「後で分かる」で終わりそうな気がした士郎。まあ、先程までの福寿が言った言葉を思い出せば、それぐらい事はすぐに想像ができたのだろう。
だから士郎は話題を切り替えてきた。
「そういえば、さっきは依頼って言ってたけど。その依頼って何?」
「言っただろう、私は探偵をしていると。だが、たまに警察からの捜査協力という形で依頼させるケースもある。まあ、警察が探偵に依頼をするんだから、この事は特秘事項だからね。だから極秘に警察の捜査に協力をする場合もある。そして、依頼内容を他人に教えないのが探偵としての基本だ。だから君に話す事は出来ない」
「…………」
福寿の言葉を聞いて黙り込む士郎。まあ、考えてみれば、そうだろう。福寿が自分で言っているように探偵ならば、その依頼内容を公表しないのが当然の義務と言えるだろう。更に警察関係の依頼となれば、その内容を話せないのは士郎にも察しが付くというものだ。
なのだが、福寿は少し不満そうに士郎に向かって言うのだった。
「なぜ、そこで黙り込む。少しは食い下がって、私から依頼内容を聞こうとはしないのかい?」
「えっ、でも、それって聞いちゃいけない事だろ」
「当たり前だね、依頼内容を明かすほど私は未熟ではないからね。こう見えても探偵として立派に自立しているのだから」
「なら、聞くだけ無駄なんじゃ」
「…………はぁ」
なんか、思いっきり溜息を付かれた。こいつ、凄くムカツクんだけどっ! 福寿の反応に、ツッコミに近い事を思ってしまう士郎。まあ、士郎の気持ちも分からなくはないが、福寿は士郎で少しは遊びたい、もとい、少しは積極的に話をしてきても良いと思っているようだ。
それに探偵なんて多くの秘密を抱えている職業だ。だから機密情報も多い、それを探偵が自ら公表するなんて真似はしないし、だったら聞くだけ無駄だと誰でも思うが、人の知らない事を知っているからこそ、その事を話したいというのも人の心理である。
つまり、福寿は士郎が積極的に以来内容に食いついて来たところで突き放す事で、優位に立ちながらも、ちょっとした満足感を得る事が出来る。自己満足の為に士郎を玩具にしようとしただけなのだが、あまりにも士郎の反応が薄いので福寿は思いっきり溜息を付いたようだ。
まあ、全ては福寿の自己満足を満たすために福寿が口にした事だ。だが、そんな福寿の心が士郎に分かるはずも無く。士郎は、ただ不満そうな目付きで福寿を見詰めている。そんな士郎の視線を感じて、福寿は袂から出した懐中時計を開くと時間を確かめる。それから、再び士郎に向かって話しかけるのだった。
「さて、少しだけだが時間があるようだ。君は私の言った事について知りたいと思っているだろうが、話が長くなるので、先程も言った通りに後にしよう。ならば、君が紅に惹かれた理由について、思う限りで良いから話してもらいたい。それが分かれば、私としても残留思念について、より詳しく説明できるだろう。さあ、話してみたまえ」
まるで人生相談のような口調で勝手に話を進める福寿。そんな福寿の言葉に士郎はただ戸惑うばかりだった。確かに士郎が紅の残留思念に惹かれたのは確かだ。けど、士郎には、これと言って紅の残留思念に惹かれた理由が分からないのだ。それを説明しろと言われても無理という話だろう。
だからか、何を言って良いのか分からない士郎は黙り込むしかなかった。そんな士郎を見て、福寿が言葉を口にしてきた。
「別に難しく考える必要は無い。ただ、紅の残留思念を見つけた時に思った事、思い出した事を話してもらえれば良いのさ。どんな事でも良いのだからね、紅の残留思念を見てから思った事を話してもらうだけで、こちらとしても後々で全てについて話がし易いからね。だから、思った事を、そのまま口に出してみたまえ」
それはつまり、思った事を、そのまま口に出せば良いのかと、福寿の言葉を聞いて士郎は、そういう解釈をした。だから士郎は言葉に詰まりながらも思った事を口にするのだった。
「その、紅だっけか、それを見た時に……昔の事を思い出して。その想い出は絶対に忘れる事が出来ない記憶で、そんな事を思い出していると足が勝手に紅に向かって行ったんだ。見覚えがある、その紅の色を思い出しながら。そして紅の前に立つと、昔の記憶から触れてみたい、そんな思いが出てきて、それで触れようとしたら」
「私が出てきたというわけかい」
福寿の言葉に頷く士郎。今の士郎には、これぐらいの事しか言えないだろう。なにしろ、まだ残留思念については話してもらっていないから、何も知らないのと同じだ。けど、福寿には納得が行くものがあったのだろう、一回だけ黙って大きく頷くと、今度は士郎を思いっきり指差してから口を開いてきた。
「これからの質問に答えたくなければ答えなくて良い、話したくなければ話さなくて良い。そして私が聞きたいのは一つ、紅を見た時に思い出した記憶だ。その記憶は君にとっては決して忘れられない想い出なのだろう。その想い出について話してくれるかい?」
「…………」
福寿の質問に沈黙で答える士郎。口には出したくないのだろう。なにしろ、口に出して話してしまえば、どうしても、その時の記憶が鮮明に蘇ってくる。その記憶は決して忘れられないけど、忘れてはいけないと士郎は思っているようだ。だからと言って、好んで、その記憶を思い出したいとも思わないようだ。そんな事をすれば、また想い出のステージに立たされて、苦しむのは自分だと士郎は分っているからだ。だからこそ、士郎は沈黙という答えを選んだ。
そんな士郎の沈黙に福寿は士郎の心を汲み取ったのだろう。だからこそ、福寿は手を下ろすと静かに言うのだった。
「一つだけ教えておこう。君の中には決して忘れられない想い出がある。その想い出は、先程の紅の残留思念と同じ想い出と言えるだろう。内容は違っても、起こした行動は同じだからね。だからこそ君は、この紅に惹かれた。だから紅に触れてみようとした。だが、紅に触れなくて正解だと言えるだろう。もし君が紅に触れてしまったら、君は思い出したくない、決して忘れられない想い出を蘇らせる事になっただろう」
「なんで……そこまでの事が分かるんだ?」
「言っただろう。君と私は似ている。だから君が紅に惹かれた気持ちも分からなくもない。むしろ、その気持ちは凄く分かると言っても良いだろう。だから君が紅に触れた時に起こす行動も分かるというものなのさ。さて、そろそろお喋りの時間は終わりのようだね。君は私の後ろで黙っていたまえ」
まだ話の途中、と士郎は言いたかっただろう。だが、突如として現れた数台の車にパトカーが空き地の前に止まったのだ。先程の会話で警察に連絡をしていた事は察しがついたが、まさか、ここまで早く、というよりも、二人の会話が意外と長かったのだ。だから士郎が自分で時間を確かめると、かなりの時間が経っていた。
それから警察の行動は早かった。素早く立ち入り禁止のテープで空き地の入口を塞ぐと、数名の警察官が誰も近づかないように警備に付く。その間にも警察車両から出てきた、警察官の制服とは違う、明らかにスーツであり、堂々と空き地に足を踏み入れたのだ数名の人物。その他に鑑識官と思われる集団も何かを用意しているようだ。
そんな警察集団の中から、少しだけだが貫禄があり、かなり疲れた感じの人物が福寿の元へとやってくる。年齢は三十代後半と言ったところだろう。そんな男性が、明らかに、めんどくさいと言わんばかりに、嫌々と福寿の元へやってくると確認するかのように口を開くのだった。
「応っ、ご苦労さん。それで、ここが犯行現場で間違いないんだろうな」
明らかにエリート刑事のような口調で話をする。そんな警察関係者に向かって福寿は意地悪な笑みを浮かべながら言うのだった。
「私が今までの依頼で外した事があったかい、高杉警部」
やはり、この人が先程、福寿が電話で話していた高杉警部のようだ。そんな高杉がめんどくさそうに溜息を付くと、福寿の後ろに居る士郎に目を向けてきた。それから福寿に向かって尋ねるのだった。
「それで、お前さんの後ろに居る、小僧は?」
「あぁ、彼はたまたま私が捜査している時に出会った同類さ。類は友を呼ぶとは、よく言ったものだね。まさか、こんな出会いがあるとは思わなかった事だよ」
「お前さんの同類ならなるべく関わりたくは無いんだが、たまたま偶然にこの場に居た、と思って良いんだな?」
「まあ、そんなところだね。彼はたまたま私の捜査線上で出会った。これが偶然なのか、必然なのかは彼次第だが、今のところは関係の無い人物だと思っていたまえ。これからの事は彼が自分で決めるんだから」
「まあ、お前さんの行動に口出しする気にもならんし、今のところは関係が無いのなら無視して良いわけだな」
「そういう事だね」
すっかり蚊帳の外だと断言されてしまった士郎。けど、士郎は福寿が受けた依頼についても、警察が捜査をしている事件についても何一つとして知らないのだ。本当にたまたま、この現場に居た、それだけだ。その後は福寿が言ったとおりに士郎次第となるのだろう。だが、今は依頼の遂行が先だと言わんばかりに福寿は高杉警部との会話を進める。
とは言っても、福寿は紅があった場所を指し示し、そこを鑑識官に詳しく調べさせるように言うだけだったが、福寿の言葉を聞いて、高杉は溜息を付きながらも鑑識官を呼ぶと、すぐに福寿が指し示した地面を詳しく調べさせるのだった。
高杉はそのまま鑑識官が何かを見つけるまで、その場での検証に立ち会っている。だからだろう、士郎は高杉に聞こえないように福寿に向かって話し掛けるのだった。
「福寿、だっけか。なんか、あの高杉って警部さん、福寿の事を嫌ってるみたいだけど」
高杉の福寿に対する態度から、そんな事を思ったからこそ福寿に尋ねたのだが、その福寿は意地悪な笑みを浮かべながら士郎の質問に答えるのだった。
「さっそく呼び捨てかい。まあ、今のところは私が君より年下だから構わないけど、君次第では立場が逆転する可能性があるから覚えておくと良いだろうね。それと高杉警部だが、別に私の事を嫌っている訳ではない。ただ、役職から私みたいな人種と関わる事に少しだけ嫌気が差してるだけさ。まあ、彼は私が警察の捜査に関する時の責任者だからね、そんな責任を押し付けられたのだから、少しは嫌気が差しても不思議ではないという事さ」
「えっと、それはつまり……」
士郎なりに福寿の言葉を理解しようとするが、士郎が答えを出す前に福寿が答えを出してくる。
「つまり、高杉警部は私と警察の高官達との間に居る極秘の連絡者兼中間管理職と言っても良いだろう。そんな立場に居るからこそ、私が関わってくる事件には少しだけ嫌気が差してるのだろう」
「なんで高杉警部は福寿に嫌気を差しているワケ?」
「それは私への依頼内容と依頼遂行に関わってくる。だから詳しくは教えられない。けど、簡単にいうなら、私や君みたいに残留思念を見える人間と関わる事に少しだけ嫌気が差しながらも、責任者として関わっているのだから、疲れているだけなのさ」
「んっ?」
福寿の答えが良く理解が出来なかったのだろう。士郎は疑問符を口にすると首を傾げるのだった。そんな士郎に向かって、福寿は意地悪な笑みを浮かべながら士郎に言うのだった。
「つまり、私が警察からの依頼を完璧に遂行しているからこそ、警察としては立場が無くなり、高杉警部は、その責任者となっているのさ。私が功績を立てれば立てるほど、警察の面子がなくなるからね。もっとも、警察でも私への依頼は極秘事項だし、上層部と連絡役兼中間管理職の高杉警部しか知らない。そんな立場に少しだけ嫌気が差して、愚痴でも言いたい、と言ったところだろうね」
「それって、今の役職に不満があって嫌気が差してるって事か?」
「そういう事だね。それに、私みたいに特殊な捜査方法で、確実に警察では分からない事を暴いてしまうのだよ。それに私の捜査方法なんて警察でも知らない。だから警察から見れば、私は異能者的な扱いなのさ。それでも私に依頼する事で事件が解決に向かうから、という理由で私への依頼と止める事が出来ない。だから暗礁に乗り上げた事件が依頼という形で私の所にやってくるケースもあるのさ。そして事件を私は異能的な力で解決しているのだからね。そんな私と関わる事に疲れてもいるのだろう」
「その、特殊な捜査方法って?」
「それこそ、私の最高機密さ」
あっさりと流されてしまい、それ以上は聞けない士郎だった。少しの間だが、福寿と話しただけでも分かる事があったのだろう。その代表と言えるのが二つ、一つは依頼内容に関する事、これは探偵として依頼人からの秘密を守るのは絶対遵守すべき事であり、士郎にも理解できた。もう一つは福寿が行っている捜査方法の事。だが、こちらについては士郎にも少しは検討が付いてた。
それが、福寿が言葉に出した残留思念というキーワードと先程、福寿が残留思念に触れた時に起こった現象だ。福寿は残留思念を使って捜査している。士郎は実際に目の前で福寿が紅に触れているところを見ているのだ。それから警察に連絡をしたのだから、士郎でも少しぐらいは察しが付くというものだ。
それでも、事件現場に立ち会うなんて事は初めてなのだ。士郎が、それ以上の余計な口出しが出来ない事を肌で感じていた。なにしろ、先程まで二人しか居なかった空き地が、今では警察関係者が多く来て、士郎の位置からでも見えるほどに野次馬も集って来ている。そんな状況で、更に質問を繰り返すのも迷惑だと思い。士郎は素直に福寿の後ろで黙っている事にした。
そんな時だった。一人の鑑識官が土の入った袋を高杉警部のところへ持ってくると報告をするのだった。話の内容から、どうやら血痕が付着している土を発見したのは確かみたいだ。これで福寿が言ったとおりに、そこが事件現場という事で当たりなのだろう。後は、その血痕が誰の物で、誰が血痕が残る原因、つまり犯人なのかという問題が残っている。
だが、鑑識官からの報告を聞いてから高杉警部は福寿に向かって、単刀直入に犯人は誰かと聞くと、福寿は名前を口にする。さすがに、初めての事だらけで、そこまでは耳に入って来なかった士郎。
そして、福寿と高杉警部はそれから簡単に話をすると福寿はすぐに士郎に向かって振り返り、士郎の手を取るのだった。
「さあ、依頼は終わった。約束どおり全てを説明しよう。だが、ここでは邪魔になるから私の事務所に来るといい。それでは、行こうか」
と一方的に言って来た福寿が士郎の手を引っ張る。未だに戸惑っている士郎はいきなり手を引かれて転びそうになるが、なんとか数歩でバランスを取り戻すと福寿は手を離し、士郎は黙って福寿の後を付いていくのだった。
それから二人は警備に当たっている警官に挨拶も無しに素通りし、そのまま野次馬が居ないところから出ると、何も言わないままに、ただ士郎を引き連れて歩いていくのだった。