リンのあめだま
…書こうとして気がついたのですが……
童話ってどう書けば…!?
―とある世界の、とあるお話。
ある小さな村にそれはそれはとても愛らしく、心優しい赤い瞳の少女がいました。
その少女の花のような微笑みは村の人々に幸せを与え、両親を早くに亡くした少女もまた、人々の笑顔に幸せをもらいます。
人々は少女を愛し、少女も人々を愛していました。
―やがて時はたち、少女が美しい女性へと成長し、村一番のたくましい男性からの求婚を受けた頃…この小さな小さな村に、その男はやってきました。
「悪魔!!」
男は十字架を彼女に突き付けながら、何度も同じ言葉を叫びます。
「私が…悪魔…?何を…言っているの…?!」
もちろん、彼女には思い当たる事実がありません。
それでも男は顔を真っ青にして、わめきます。
「血のように真っ赤なその眼が証拠だッッ!!
私は神父だぞ!!悪魔なんぞに騙されるものかッッ!!」
彼女のそばで二人のなりゆきを見守っていた人々は、神父の言葉を聞いたとたん、怯えながら彼女から離れていきます。
「まっ…待って!!私は悪魔なんかじゃないわっ!!」
周りから突き刺さる恐怖と憎悪の視線に、彼女は体が震えました。
「あっ…当たり前じゃないか…!そんな事っ…思っちゃいないよ…!ねぇ…?!」
「そっ…うだよ…!」
「ははは…っ!神父さんも冗談きっついなぁ…!」
言葉ではそう言うものの、人々の瞳が恐怖にゆれているのがわかり、彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちました。
―その時、
「もういい…!!さっさとこの村から出ていきやがれッッ!!」
たくましい男性は神父を軽々つかみ上げると、外へと放り投げてしまいました。この彼こそが彼女の婚約者なのです。
彼女は婚約者に駆け寄って、そのたくましい胸に泣きながら飛び込みました。
「ありがとう…っ!私を信じてくれるのね…!」
「…当たり前だろ…!君が悪魔なわけ、ないじゃないか!
…ほら、今日はもう疲れただろう?お腹の子に障るといけない、家に帰って、もうおやすみ…」
婚約者の優しい微笑みに心から安心した彼女はうなずくと、臨月をむかえた自分の大きなお腹を微笑みながらそっと、本当に愛しそうになでました。
―しかし…この日から彼女を取り巻く環境は、一変してしまいます。
あれだけ愛してくれていた人々が神父のたった一言で、彼女を避け、疎み、罵るようになったのです。
彼女は大変悲しみました。
ですが、それでも彼女は微笑みを絶やす事はありません。
「私には…私を愛してくれる彼がいるもの…
そして…この子も…」
―愛しい愛しい、私の中の赤ちゃん…早くあなたにあいたいわ…!
ですが彼女の世界は、真っ暗に崩壊してしまいました――
「今……何て…言ったの…っ?!」
「別に…?婚約は取り消し、だと言ったが?」
「?!どうして…っ?!
赤ちゃんももうすぐ産まれて…「うるせぇッッ!!気持ちわりぃんだよッこの悪魔ッッ!!」
「きゃっ!?」
婚約者に突き飛ばされ、彼女は尻餅をついてしまいました。ですが幸い、お腹の中の赤ちゃんは無事だったようです。
「お前といると、俺まで変な眼で見られるんだよッ!!消えろ!二度と俺の前に現れるんじゃねぇッッ!!」
「そん…な………」
―彼女と、お腹の中の赤ちゃんは、男に裏切られ、捨てられてしまったのです。
間もなくして、彼女は母親になりました。
その赤ん坊は、それはそれは愛らしい、母親とおそろいの赤い瞳をした男の子でした。名前は『リン』。
母親は小さなリンを優しくなでました。
「リン…私には…あなたしかいないの…誰よりも、愛しているわ…」
――時はたち、リンは6歳になりました。
…この頃には、あまりの悲しさ、憎しみに、母親の心は壊れていました。
毎日毎日酒をあおり、リンに辛く当たるようになっていたのです。
そして、リンの心も壊れそうになっていました。感情を無くしたかように、顔からは表情が消え、言葉もほとんど無くしていました。
「リン…食べ終わったのなら、早くどこかに行ってちょうだい… 」
「………」
「…まぁ、外に遊びに行ったところで、どうせあんたにお友達なんていないかぁ。…私とあんたは嫌われ者だからねぇ」
「………」
リンはフォークを置くと、雪が降る外へと出ていきました。
「…泣きも怒りもしないなんて…本当に可愛いげのない子…」
母親はまた一気に酒をあおりました。
…あんな男との子供なんて…私は…愛することが出来ない……!
いや、愛してはいけない――
その頃、外に追い出されたリンはいつものように村の外れにある、小さな池に来ていました。
そばにある大きな石に腰を下ろして、ただ静かに遠くを眺めて過ごすのがリンの日課です。
「………」
母親の言った通り、友達など一人もいません。
子供達は大人の真似事をして、リンの事を悪魔だと罵ります。リンは家でも外でも、いつだってひとりぼっちなのです。
リンは物心がついた頃から、泣いたり笑ったり怒ったりする事がありません…ですが…本当は…心の中でいつも、さみしい、さみしいと泣いていました。
…どうしておかあさんは、ぼくをあいしてくれないの…?
…ぼくが…わるいこだから……?
リンは自分が母親を怒らせる、悪い子なのではないかと考えるようになっていました。
そうやって、じわりじわりとリンの幼い心は、また壊れていくのです。
―そんな時…きのう偶然聞こえてきた、ある話をリンは思い出しました。
『サンタクロース』
…クリスマスにだけやって来るという、欲しいものをプレゼントしてくれる、白いお髭のおじいさん…
それは、クリスマス・イヴの夜に、欲しいものを願えばいいのだという。
そして今日はそのクリスマス・イヴでした。
…ほんとうかな…?
……だったら……
リンはうなずきました。
『ぼくをあいしてくれる、まほうのくすりがほしいです。』
その日の夜、リンが眠る前にそうつぶやいたのを、母親は偶然にも聞いていました。
母親は驚きと戸惑いと…あと、自身に込み上げてくる『何か』の感情に、いつものように無理矢理気づかないふりをして、その感情を押し潰そうと頭をふりました。
…そして、口元をニヤリと悪魔のように歪ませます。
「ふふふ…良いことを思い付いたわ…!」
―クリスマスの朝、リンは眼を輝かせました。
なんとプレゼントが置いてあったのです。
どきときしながら、箱を開けてみると…
「あめだまだ…!」
ビンの中にきれいな、赤、青、黄の3つのあめ玉と一枚の紙切れが入っていました。その紙には、
『【リンのあめだま】
この、あめだまを1こ たべさせれば、だれでもきみをあいしてくれます。
けれど、これは1にちしか、こうかがありません。』
と、書かれていました。
あめ玉は3個…1日1個ということは、3日分、このビンの中にはあるという事です。
3にちも、おかあさんがぼくをあいしてくれるなんて…!!
リンは心の中だけで喜び、サンタさんにお礼を言いました。
…それが、母親が気まぐれで作った『嘘』だと、幼いリンは知るはずもありません。
その日、リンは早速、青いあめ玉を使ってみることにしました。
悩んだ末、気づかれないように気を付けながら、夕食のおかずの中に砕いたあめ玉を入れます。
もちろん、母親はその事に気づいていましたが、なにも知らないふりで夕食を食べ終えました。
どきどき、どきどき、リンの小さな心臓が高鳴ります。
―あめだまのまほうは、ちゃんときいたのかな…?
―おかあさんは、ぼくをあいしてくれるかな…?
「……リン」
驚くリンに母親は優しく微笑み、両手を広げました。
「愛しい私のリン…こっちにおいで…?」
――我ながら、なんて素敵な遊びかしら。
あの、感情のないリンがこんな事を願ったのですもの。
きっと…面白いことになるわ…!
…ねぇ…あなたはどんな反応を見せてくれるの…?
リンの願いは所詮、母親にとってただの残酷で、卑劣な、ちょっとした遊び…好奇心でした。
―そう、好奇心…ただの好奇心のはずだったのです…――
「おかあさんっ……!」
母親は頭の中が真っ白になりました。
表情がないはずのリンが涙を流しながら胸に飛び込んできたのです。
感情がないはずのリンが何度も何度も『おかあさん、おかあさん』と呼んでいるのです。
―どうしてでしょうか?
―本当にリンには感情が無いのでしょうか?
―リンの表情を奪ったのは誰なのでしょうか?
――リンが魔法の薬を欲しがったのは何故…?
リンと母親は時間がたつのも忘れて、いろんな話をしました。
一人で小さな雪だるまを作ったこと、池の水面が凍って、綺麗だったこと…どれも母親が知らない話ばかりです。
嬉しそうにぴょんぴょんはねながら、自分の事を舌ったらずに話すリンがなんとも愛しく感じてしまい、母親は心の中で必至に否定しました。
――違う!違う…!!
これは…リンの事を愛している『ふり』なんだから…!
…私が…『あいつ』との子供を…愛しいと思うわけないじゃない…!!
リンだって…こんな私の事なんて…大嫌いなはずよ…っ!!
母親は無邪気に笑うリンを見ているうちに、涙がこぼれてしまいました。
―私は…何をやっているの…?
―もしかして私は……今、この子に凄く残酷なことを……――
「おかあさん、どうしたの…?だいじょうぶ?」
「ううん…、何でもないわ…心配してくれてありがとう。リンは優しい子ね」
頭をなでられたリンは、はにかみながらも満面の笑みを浮かべました。
…今だけは…愛してもいいよね…?だって『今』の私は『リンのあめだま』を食べているんだもの。『魔法の効果』は一日間、消えないわ――
話疲れたリンと母親はその日、数年ぶりに一緒のふとんで眠りました。
―朝が来て…また夕方になり、効果がきれるまであと数分となった今、リンは時計を見つめながらしくしくと涙を落とします。
魔法が消えると母親が愛してくれなくなるからです。また、あの辛い、ひとりぼっちの日々に戻るからです。
そんなリンの頭を母親はそっと、優しくなでてあげることしか出来ません。
そして一分前…リンは自分から母親の元を離れ、椅子に座ってずっと、うつむいていました。母親もずっと黙っていました。
それから数日後の朝早く、我慢できなくなったリンは二つ目のあめ玉を使います。
ああ…これでまた、リンを愛してもいいんだ…母親はそう思いました。
その日も幸せな時間を過ごしました。
夜も一緒のふとんで眠りましたが、もうすぐで『魔法』がきれる時間が来る事を知っていたリンは、夜中こっそりと母親のふとんからでると自分のふとんにもぐって、小さな体を震わせながらしくしくと泣いていました。
そんなリンを見て、眠ったふりをしていた母親もこっそりと、しくしく泣きました。
―私は本当に『悪魔』だ。
これじゃ、村の奴等に嫌われるのも当然じゃない。
…そうだ…リンがガキ共からいじめられるのも、リンがひとりぼっちなのも、リンが笑ったり、泣いたり、怒ったりしなくなったのも全部…全部私のせいだ…!
私がリン自身を、ちゃんと見ていれば…
私がリンを、守ってあげていたら…
私が私の心を、素直に受けとめていたのなら…
――今日もリンは、いつものように一人で池に来ていました。
「あと…ひとつしかないや……」
びんの中では、リンと母親の瞳のように真っ赤なあめ玉が寂しそうにコロコロ、ころころ、リンの心と一緒にゆれています。
―おかあさんがぼくをあいしてくれるのも、あといっかいだけ――
「やだよぉ…っ!」
あめ玉の魔法で、幸せな時間を知ってしまったリンは、前よりもっとひとりぼっちが寂しくなりました。
そんな時、わいわいとした声が近づいてきます。
「あっ!『悪魔』だ!!悪魔のリンがいるぞっ!」
「げっほんとだ~っ!?なんでお前がこんな所にいるんだよッッ!!」
会う度にリンに意地悪をする、少しだけ年上の子供達です。
どんなに酷いことを言っても、リンがなんの反応も見せないのを良いことに、子供達はみんなでリンをいじめます。
そんな様子を見ても、それを止めようとする大人など当然、誰もいません。
皆、『赤い眼の悪魔』が嫌いなのです。
「ん?おい、悪魔!お前、何持ってるんだ?」
「!?かえしてっ!!」
珍しく慌てたリンの様子に、楽しくなった子供達は互いにリンのビンを投げ合って、リンに返してくれません。
そして―
「あっ?!」
ビンは子供の手を外れて、水面が氷結している池の上を転がっていってしまいました。子供達はケタケタと笑います。
「あ~あっ!あれじゃあ取りに行けねーなぁ!リンちゃん、残念だったね~!!」
「………」
――リン…遅いわね…
母親は暗くなりかけた空を見つめました。いつもならもう帰ってきていてもいい頃です。
…私は…私の想いにやっと、向き合うことができた。
今更…遅すぎなのかもしれない。
でも、それでも私はリンを――
「おばさんッッ!!」
いつもリンをいじめている子供達の一人である『カンタ』が息を切らしながらドアを叩きました。
母親は来客という珍しい出来事に、不審に思いながらもドアを開けてみると、カンタは真っ青な顔でボロボロと涙をこぼしているのです。
これはただ事ではない、と瞬時によぎります。
「どうしたの…?」
「リンがっ…リンがっ!!オレ達のせいで…っ!!」
母親は裸足のまま、駆け出しました。
――「リンッッ!!」
無我夢中で駆けてきた母親は、その光景を見たとたん、ぐらりとめまいがしました。
池の氷面の上に、リンがビンを抱き締めたまま座り込んでいたのです。
最悪にも、氷面にはリンが座る場所を中心にいくつにも亀裂が入り、それは今まさに崩れ落ちようとしていました。
寒さのためか、恐怖から来るものか、リンの小さな体はぶるぶふと震えています。
「リンッッ!!」
「待ちなさいッッ!!」
リンの元へ向かおうとした母親の腕を二人の男が掴み、それを阻みます。
「何をするのッッ!!放せッ!!」
「あの氷は今にも割れて、崩れてしまう!そしたらこの氷点下だ、あの子どころかアンタまで死んでしまうよッ!!」
…『あの子どころか』…だって…?
母親は辺りを見回し、そして気がつきました。
池のそばで泣きじゃくる、いつもリンをいじめていた子供達、池の真ん中で一人残されたリンをただ見つめるだけで、動こうともしない大人達。
中には、この小さな村ではめったにない緊急事態に、はしゃいでいる者までいました。
「…リンを助けすることはもう出来ないと…そう言いたいの…?」
「……しかたがないだろう…俺達だけではどうにも…」
――悪魔共め!!――
「リンが死ぬのなら、私は生きている意味なんてないッッ!!!」
―その時、ついに耐えきれなくなった氷面が無惨にも崩れさり、リンは凍える氷水の中へと落とされてしまいました。
男を突き飛ばして、母親は一瞬のためらいもなく、凍える池の中へ飛び込んで、リンの元へと急ぎます。
水温のあまりの冷たさに心臓が、呼吸が悲鳴をあげました。
―リンッッ!!リンッッ!!――
――「リンッッ!!!」
「んっ…おかあ…さん…?」
気がつくと、リンは草の上に横たわっていました。泣きそうな表情で覗きこんでいた母親がぼろぼろ涙を落としながら、リンを抱き締めます。
「よかった…!よかったぁ…っ!!」
二人は泣きながら抱きしめあいました。その拍子に、リンが大切に持っていたビンがガチャリ、と落ちました。
「リン…こんなビンの為に……」
「…だって…あめだまがっ…!」
ふと、リンは頭をかしげました。
「おかあさん…あめだまをたべてないのに、どうしてたすけてくれたの…?」
最後のあめ玉はまだ、ビンの中にあります。という事は、今の母親はあめ玉の魔法がかかっていない、いつもの、リンを愛していない母親だということになります。
母親は本当に心からの笑みを浮かべて、リンのおでこにキスをしました。
「そのあめ玉はね…私がリンを愛している事を『気づかせてくれる』、魔法のあめ玉だったの…。だからもう、あめ玉は必要ない…
リン、愛しているわ…っ!今まで本当にほんとにっ…ごめんねっ…!!」
「おかあさんっ…!!」
母親とリンは大泣きをして、また抱きしめあいました。その親子を見て、村の人々は涙を流したり、毛布を持ってきてくれたりしました。
――「ほらッカンタッッ!!今の内に、さっさと家に帰ってしまうよ!!」
「えっ?でも母ちゃん!オレまだリンに謝ってないし…!オレがビンを投げてなければこんな事には…」
親子を少し離れたところで泣きじゃくりながら見守っていたカンタは、逃げるように家に帰ろうとする自分の母親を不思議そうに見上げました。
「馬鹿言ってんじゃないよッ!!謝りでもしたら、何を請求されるか…ッッ!!いいかい、カンタ…絶対に謝るんじゃないよ…!!…大体あいつらは悪魔じゃないか…ッ!!そんな奴らに謝る必要なんて、最初からないねッッ!!」
カンタの母親の言葉に近くにいたの大人達がうなずきます。
「そうだ…!あいつらは悪魔なんだ!!」
「あんな悪魔などいっそのこと、親子ごといなくなれば…!」
「……母ちゃん」
大人達の汚ならしい言葉の数々に、信じられないものを見るような表情で固まったカンタは、大人達を見つめながら低くつぶやきました。
「…本当の『悪魔』って…オレ達の事じゃないかな…?」
皆が言葉を失いました。
…誰も反論することができなかったのです。
この日、『赤い眼の悪魔』は、いなくなりました。
―とある世界の、とあるお話。
ある小さな村にそれはそれはとても愛らしく、心優しい赤い瞳の少年がいました。
その少年の花のような微笑みは母親に幸せを与え、少年もまた、母親の愛情に幸せをもらいます。
「おかあさんっ!」
今日もしんしんと雪がふります。
「どうしたの?」
楽しそうなリンの声に、穏やかな母親の声がこたえました。
「ぼくね…このあかいめ、だいすきっ!」
「どうして…?」
「だって、だいすきなおかあさんとおそろいだもんっ!」
「うふふ…私も大好きよ、リン」
親子は雪のふる空を見上げ、互いに幸せそうに微笑みました。
――さあ、暖かいお家まで、あともう少しです。
しっかり手を繋いで、一緒に帰りましょう――
最後まで眼を通してくださり、有難うございますッ!!そしてごめんなさいッッ!!
まだまだ初心者なんです…(T-T)
今回は大目に見てやってくださいm(_ _)m!!
本当にありがとうございました!!