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第2話 関ヶ原――霧の十九女池

 慶長5年(1600)9月15日――


 美濃(岐阜県)関ヶ原は、濃霧であった。前夜から降り続いた細い雨が霧へと変わり、そこに集結した17万の兵馬を白く白く包み込んでいた。

 関ヶ原の盆地を西に見下ろす桃配山という丘のような隆起に、この朝の未明、東軍8万の総大将である徳川家康が本陣を据えた。その桃配山の西斜面に、十九女池つづがやいけという小さな池があるのだが、この池の前面が、忠朝が属する本多隊の陣地であった。

 にわかに植えられた馬防ぎの柵の奥――鹿砦の狭間をすり抜けたその先に、幔幕で仕切られた形ばかりの陣屋がある。忠朝はその陣屋を背に、霧の中に沈みこんだ関ヶ原を見下ろしていた。


 視界が、まるでない。


(雨雲の中にでも入り込んだようじゃ・・・・)


 と、忠朝は思ったであろう。

 ねっとりと身体にまとわりついてくる乳白色の霧は、陽が登り、辺りが明るくなり始めてもいっこうに薄らぐ気配がない。水気をたっぷりと吸った衣服と甲冑が、極度の緊張と興奮で神経の高ぶっている忠朝にはたまらなく不快であった。


(静かだ・・・・)


 この小盆地に味方だけで8万もの人馬がひしめいているはずなのに、忠朝の耳膜はいかなる音も拾い上げてくれない。風の音、甲冑の擦れる音、馬の呼吸音やいななく声――意識すれば聞こえるであろうそれらの雑音は、水中に没しているときのように厚い皮膜の外のことに感じられた。

 現実感が、喪失していたのであろう。


 忠朝は、戦場に臨むのはこの「関ヶ原」が初めての経験であった。

 戦の話はこれまで飽きるほどに人にも聞き、想像もしてきたが、戦場という非日常的な場所に自分がいるということに関して、どうにも現実感がない。

 数時間後、この盆地では天下分け目の大戦が行われる。奔流のように人馬が揉み合い、おびただしい矢弾が飛び交い、血が川のように流れ、骸が累々と横たわるはずであった。たとえ戦に勝ったとしても、若者の友人知己、同僚朋輩の多くが傷を負い、あるいは死ぬ。そして万一戦に負ければ、若者自身も生きてはいないはずなのである。

 呼吸が、我知らず荒くなっていた。

 自分は落ちついている、と思っている若者の心臓は、その実、早鐘のごとくに脈を打っていた。


 忠朝を我に返らせたのは、戦場錆びした低い声であった。


「怖ろしいか?」


 若者の傍らで、鹿の大角の兜をかぶった漆黒の武者が、静かに佇んでいた。


「なんの、怖ろしくはございませぬ!」


 忠朝は、笑って言った。

 虚勢ではなかった。

 その男の声を聞いた瞬間、忠朝は、なんともいえぬ安堵を感じ、驚くほどに落ちつき払っている自分を発見していたのである。

 この若者は、それほどに男を信頼し切っていた。

 “家康に過ぎたるもの”と言われたこの男の傍にいる限り、負けることも死ぬこともあろうはずがない。


「初陣というのは怖いものじゃ」


 と、男――本多忠勝は笑った。


「忠政のときなぞは、あやつはずいぶんとうろたえておった」


「しかし兄者は、見事に兜首を挙げ、武功を樹てられました」


 忠朝の兄 忠政は、このときから10年前の「小田原の役」で初陣を遂げ、この父と共に戦って岩槻城を攻め陥とすという武功を挙げていた。忠朝はその無邪気な自慢話を何度も忠政から聞かされており、自分も早く戦場で武功を挙げたいと念願していたのである。


「わしも兄者に負けず、父上の名に恥じぬ働きをして見せとうござる」


 忠朝は、この父の名に誇りを持っていた。戦場で醜態をさらし、「父に似ず不出来な息子よ」と人から言われることだけは、なんとしても耐えられない。それは、この若者にとって死よりも辛いことなのである。


「気負うな」


 と忠勝は言った。


「お前は酒が好きであろう。酔わぬ程度に酒でも飲み、もうすこし気をくつろげよ。我らの出番は、まだまだ先。今からそのように肩に力が入っておっては、いざ戦が始まっても、とてものこと身体は動かぬぞ」


 腰に下げていた酒の入った瓢箪を、放って寄越した。


「この霧が晴れるには、まだ一刻(2時間)は掛かるであろう。我らに出番が回ってくるのは、さらにその後のことよ」


 人から聞いた話では、戦場での父の言葉というのは外れたことがないという。


「何ゆえ、そう思われるのでございますか?」


 忠朝が聞くと、


「己で考えてみよ」


 と言って忠勝はまた笑った。


「お前には何度も申し聞かせておるが、我ら家臣にとってもっとも大切なことは、殿さまのお気持ちを察することじゃ」


 忠勝は本陣の陣幕をめくって忠朝をその中へと招じ入れ、床几に腰を落ち着けた。


「殿さまが、何ゆえこの関ヶ原で豊臣家の諸侯に先陣を任せ、我ら徳川譜代の者を後ろに置いたのか――考えたことがあるか?」


 忠勝は優しく聞いた。

 忠朝は、ただ沈黙した。


「それが解るようになれば、殿様が何をなさりたいのかが解り、戦がどう推移してゆくかが読めるようになり、自然、己の果たすべき役割が見えてくる。わしらの殿さまは――」


 なかなか腹の解らぬお人であられる、と忠勝は続けた。


「ハキと物を言わぬお人であるから、あれをせよ、これをせよなどとは、いちいちお指図くださらぬ。ゆえに我らは、ことさら殿さまのお心を推察し、物事をよくよく考え、これぞ最良であると信じられることを自信をもって行えるようにまでならねばならぬ」


 槍一筋から身を起こし、10万石の太守にまで登った男の言葉である。千斤の重みがあるであろう。

 忠勝は、この戦場で、息子を色々と教育してやろうと思っていた。この「関ヶ原」の一戦で、勝てば徳川家が天下を取るであろうし、あるいはそのまま世から戦が絶えるかもしれない。万一負ければ、忠勝も忠朝も生きてはいないであろう。どちらに転んでも、親子で戦陣に臨むことができる最後になるかもしれないのである。


「少なくとも、わしはそうしてやってきたよ」


「父上ほどのお方であれば、そのような知恵の働きもできましょうが、私のような者には、とても・・・」


 忠朝はもらった瓢箪をあおり、ぐびりぐびりと酒を喉の奥に流し込んだ。

 忠朝の父は、主君 家康の草莽のころからこれに近侍し、その覇業を援けてきた徳川家第一の功臣である。家康との付き合いは実に40年以上にもなり、問わずとも、語らずとも、相手の腹の中が解ってしまうほどの呼吸ができあがっている。忠朝には、逆立ちしても辿り着けぬような境地であった。


「今はただ、戦場において力の限り槍を振るい、武功を挙げることで殿様のお役に立ちたいと、それのみを考えておりまする」


「わしも、お前ほどの年の頃はそうであった。若いうちは、それでも良い」


 忠勝は言った。

 そのとき、「関ヶ原」で最初の銃声が、霧の山野にこだました。



 この銃声を皮切りに、まず忠朝の眼下の左手で凄まじい射撃音が立て続けに起こり、それに応じるように激烈な射撃戦が始まった。


「あれは、福島 左衛門大夫(正則)殿の陣でござりまするな!」


 忠朝が叫ぶように言った。

 その射撃戦に応じているのが、西軍一の兵力を誇る宇喜多 中納言 秀家の部隊であった。


「左衛門大夫が仕掛けたようだな」


 やがて、あれほど盛んだった銃声がぴたりと止み、再び十九女池は静寂に包まれた。


「これは・・・・?」


 忠朝は困惑顔で聞いた。なぜ銃声が途絶えてしまったのであろう。


「鉄砲の声が絶えたるは、槍合わせが始まった証拠ぞ。いよいよ戦が始まるわ!」


 と、その忠勝の声が終わるか終わらぬかのうちに、背後の家康の本陣でびょうびょうと法螺貝が吹き鳴らされた。

 開戦の、合図であった。

 家康自身に直属する2万の徳川の軍兵が「えい! えい! えい!」とときをあげ、その声が濃霧を吹き払うように関ヶ原盆地を駆け抜けた。


「我らも鬨をつくれ!」


 忠勝は即座に命じた。

 近習が開戦を告げる太鼓を叩き、法螺貝が咆哮を上げると、忠勝の指揮下に入っている徳川前軍1万が、家康の本軍の鬨の声に呼応して「とお! とお! とお!」と絶叫した。すると、霧の中の味方の5万の武士もののふたちがすぐさま反応し、法螺貝、鬨、鐘、太鼓などが一斉に鳴り渡り、その凄まじい音響が天を駆け、地を奔り、それらがさらに伊吹の山々に反響して大気を狂ったように鳴動させた。


 忠朝は、自分の胴がぶるぶると痙攣していることを知った。全身が総毛立ち、悪寒にも似たゾクゾクとしたものが背筋を走り回っている。


(・・・これが、戦場か!)


 呆然とする忠朝を見据え、


「それが、武者震いぞ! 忠朝、恥じるな!」


 忠勝は嬉しそうに大声で叫んでいた。



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