エルフの星
まどろみの中、ぷしゅうという音がわたしの耳に響いた。
体温が上がっていくにつれて意識がだんだん鮮明になってくる。顔の前にかざした手首につけられたタグに名前が書いてある。
『リル・スター。20歳。女性』
わたしがコールドスリープ用のポッドに入る前、地球は未曽有の伝染病によるパンデミックに晒されていた。
特効薬の開発は進められていたが、完成前に人類が根絶されてしまう恐れがあった。
それを回避するために健康な男女20人をコールドスリープさせて、完成後に目覚めさせるプロジェクトが発足。わたしはそのうちの1人に抜擢されたのだった。
「みんな……他のみんなは……?」
身体が動くようになってから、わたしはポッドから出る。そして他のメンバーのポッドを確認した。
「嘘……死んでる。凍ったまま死んでる……」
他のメンバーのポッドに表示されたバイタルサイン表示は全てゼロを指していた。隣のポッドも、またその隣のポッドも全て同じだった。わたしのポッドと、もう1人のポッドを除いては。
「リーダーのポッドだけ開いてる……。先に目覚めて出て行ったの……?」
「リル!」
「きゃああっ!!」
突然誰かがわたしの名を呼びながら後ろから抱きしめてきた。男の人の声だった。
心臓が跳ね上がった後、こんなことをするのはリーダーしかいないと思ってわたしは振り向いた。
「もう、驚かさないでよリーダー……え?」
わたしを後ろから抱きしめていたのはリーダーではなかった。
「だ、誰……?」
それは知らない男だった。ハリウッドスターみたいに整った顔、金髪と青い目を持っている若い男。そして、その耳はナイフの刃先のように長く尖っている。
「エル……フ?」
わたしたちのコールドスリープと同時に進められていたプロジェクトがあった。それは人間の遺伝子を用いて伝染病の抗体を持った人造人間を作り、それによって人類が根絶されるのを防ぐというものだった。
『エルフ』と名付けられたその人造人間は完成したものの、より美しい容姿を持つようにしていたり人間と違う身体的特徴を付与されていたり、本筋から外れた要素があちこちに見られた。
遺伝子を使って遊んでいる、倫理的にもとると批判が殺到したため責任者は更迭され、プロジェクトも凍結していたはずなのだが……。目の前にそのエルフがいるということは、そっちのプロジェクトも水面下で進んでいたのかもしれない。
「やっと目覚めてくれた。会いたかったよリル」
「まって、一旦離して。それから話をしましょう」
「うん。ごめんね。嬉しくてつい抱きしめてしまった」
長い腕の拘束から抜け出して、わたしはそのエルフと向かい合う。
さっきは抱きしめられていたので首をねじって顔しか見ることができなかったけど、改めてまじまじ見るとそのエルフは王侯貴族の式典みたいな豪奢な礼服を纏っていた。
「おはようリル。僕の女神。あなたが目覚める日を心待ちにしていたよ」
「女神……? 何を言っているのかわからないけど……。もしかしてあなたがわたしを目覚めさせてくれたのかしら」
「ああ。その通り。僕があなたを長い眠りから目覚めさせた。残念ながら他の人たちは助けられなかったけれど、あなたと話せて嬉しい」
エルフはとろけるような瞳でわたしのことを見ていた。こんな目で異性に見られる経験が乏しいので、わたしは思わず俯いて目を逸らした。
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕はアルフィリオン。エルフの国ティルナ・ノーグの王子だ。親しい者はアルフィと呼ぶよ。あなたもそう呼んでくれると嬉しい」
「エルフの国? ティルナ・ノーグ? 王子?」
次々と畳みかけられる単語の羅列はわたしの頭の中でハテナに変わって消えてしまう。アルフィはそんなわたしの手を引いて、コールドスリープの施設から連れ出した。
***
「わあ……」
眼前に広がる世界はわたしが眠る前とは全然違っていた。かつて乱立していた高層ビルは全てなくなり、代わりに尖塔が沢山ついた白く輝くお城が見えた。
中世ごろのような建物が立ち並ぶ街にはアルフィと同じように耳の尖ったエルフたちが大勢行き来していた。どうやら病気に抗体のある人造人間たちを未来に繁殖させるというプロジェクトは成功したようだった。
「そうだ……、病気……! あの、わたし病気の特効薬ができるまで眠っていることになっていたの。あなたたちと違って抗体がないからこのままでは死んでしまうかも……」
「大丈夫だよ。リル。先に目覚めた神の1人が眠っている神々にその特効薬というのを注入していたからね。君は厄災からは守られるはずだよ」
「神……? 先に目覚めていた?」
わたしは少し考えて、アルフィがリーダーやメンバーたちのことを神と言っているのだと気が付いた。
「僕はあそこに眠っているのは太古の神だと言われて育ってきたんだ。だからあなたも僕の女神様」
アルフィはわたしのことを女神と呼ぶ割にはうやうやしさのない接し方をしてくる。友達のように接してくれるなら逆に気安い。わたしはリーダーのことを聞いてみた。
「先に目覚めた1人と今言ったわよね。その人はどうしたの?」
リーダーは優秀な男だった。脳に電脳チップを埋め込んでいて、多重思考ができた。高速で記録を取ることもできるのでリーダーに抜擢され……目覚めた後はわたしと子供を作ることが決まっていた。
「ついてきて」
わたしの質問には答えずに、アルフィは歩き出した。
***
「事故でね。あなたが目覚める前に死んでしまった。だからここに埋葬して弔っている」
丘の上にリーダーのお墓はあった。わたしはふらふらとそれに近づき、膝から崩れ落ちる。
「……彼のことを愛していた?」
背後からアルフィの問いかけが聞こえたけど、はいともいいえとも言い難かった。
「そんなんじゃない……と思う。けど、眠る前の世界を知っていたたった一人の仲間なの」
「悲しいね」
「……うう」
膝をついた地面にぽたぽたとわたしの涙が落ちる。どんどん色濃くなっていく土を見つめていると、さっきと同じようにアルフィが後ろから抱きしめてきた。
「彼は先に目覚めた後、あなたたちが目覚めても大丈夫か確認してから目覚めさせるつもりだったようだ。それを調べている間、僕にいろいろなことを教えてくれた。あなたたちがなぜあそこに眠っているのか。その目的。僕たちエルフがあなたたちを元に作られた生き物だと言うことも。だとしたらやはりあなたは僕らにとって女神だ」
「……」
「彼が死んで……、あの冷たい棺を僕たちには管理できなくて……。あなただけがなんとか生き残ることができた。僕はこの国の王子として、あなたたち純人間の遺伝子を次世代に残す責務がある」
アルフィの声は静かで、決意に満ちていた。
「僕とあなたで子供を作ろう。純粋な人間でなくても、僕はあなたたちから作られたものの末裔だ。きっと子孫の何人かはあなたの特徴を強く引いて産まれてくる」
「それが……生き残ったわたしの使命……」
「そうだよ。僕はそれに協力する」
「アルフィ……」
人間のいなくなった地球でたったひとり、生き残ったわたしに他の選択肢などなかった。
わたしはそのままアルフィの城に連れていかれ、彼の妻になった。
アルフィはわたしを壊れものに触れるように扱ってくれて、辱めたり、乱暴にするようなことはなかった。
やがて、わたしの胎内に次世代の新しい命が宿った。
***
コールドスリープの施設を霊廟として残してもらえるよう、わたしはアルフィにお願いした。
かつて人間に満ちていた地球の思い出のある唯一の建物。重いお腹を抱えながら、わたしは今日もメンバーを偲びに来た。
「これは……」
そして、リーダーが残したらしいコールドスリープ解凍後の記録チップがポッドの裏に落ちているのを見つけた。
『アー、アー。ハーイ、みんな。記録を残す』
久しぶりに聞くリーダーの声に涙が出そうになる。これは彼の脳内で記録された音声なので記憶と少し違っていたけれど、確かに彼の声だった。
彼は丁寧にここでの記録を残していた。アルフィと出会い、わたしたち残りのメンバーのチェックをし、残された特効薬を投与し。
それは順調な記録だった。最後の数分までは。
『……アルフィが豹変した。みんなを目覚めさせ、リルと俺で子供を作る話をしたら……。血が止まらない。大きな血管が傷ついている……。今は扉を閉めてここに籠城しているが、破られるのは時間の問題だ……。この記録チップを誰かが聞いてくれればいいが……みんな……どうか生きて……次世代に……種子を……』
そこまで再生した時、もう何度もわたしを抱きしめた腕が絡みついてきた。わたしは恐怖で声が出せなかった。
「子供のころから僕はずっとあなたの寝顔に恋していたよ。あの男がアホ面で眠っている間もずっとね……」
「……、……」
「そんな記録が残っていたなんて知らなかったな。でももうどうでもいいよね。あなた以外の神はみんな死んだんだし。僕が殺したんだし」
「……!」
悲鳴をあげようとしたとき、わたしの膨らんだお腹に大きな手がそっと添えられる。
「王族である僕があなたをもういらないと言ったら、あなたの存在価値はなくなる。この星でたった1人のあなたは、僕を拒絶できないだろう? リル。僕の小さな星……」
うっそりと笑うアルフィに返事できないわたしの言葉の代わりのように、彼の子供がわたしのお腹を内側から強く蹴った。
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