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タイムスリップ・ボロ家  作者: やすつーね


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1/1

タイムスリップ・ボロ家@千隼2026#1

―――道を間違えて、開けた場所に出てしまった。


従兄に借りた自転車の前かごには、バケツと折り畳みの釣り竿、それにお弁当と水筒が入っている。

千隼は釣りをするため一人、小川に向かったつもりだった。


だが今、千隼の目の前には、山の一部を平らに切り崩したような広場がある。



広さは小学校のグラウンドくらいだろうか。

西はむき出しの山肌、北と東は高い木々に囲まれた、赤土の広場だ。


その真ん中には、ボロボロの建物。



木造の二階建てで、一階は前面に壁が無い。

何かの作業小屋のようだ。


長いこと使われていないのだろう。

屋根からは枯れたススキが垂れ下がり、壁は干からびたツタが絡まりついている。

ツタの下の板は黒ずんで反り返り、そのせいか小屋全体が歪んで見えた。

そして、あんぐりと空いた間口が、まるで生き物の口のようにこちらに向けられている。



初夏の日差しの森の中、千隼の心臓は冷たく縮み込んだ。


「…お化け屋敷みたいだ」




千隼は今、伯父の家に泊まりに来ている。

GWも両親は仕事で忙しく、千隼は連休中、伯父の家で過ごすことになったのだ。


だが伯父夫婦も仕事が、中高生になった従兄姉は部活が忙しく、ここに来ても結局千隼は一人だった。


無人の親戚の家に居たところで、面白い訳がない。


時間を持て余した千隼は一人で釣りに来たのだが、

どうせ誰も――

千隼自身すら釣果なんて期待していない。



それなら。



今日はこのボロ小屋を探検してみようと思った。




鳥の声だけが響く森の中。

千隼は息をひそめて小屋の入り口に立った。


小屋の中は暗く、乾いた木と、埃とカビの匂いが漂ってくる。

深く吸い込めば病気にでもなりそうだ。


(まぁいいか)


千隼は一歩、中へ踏み込んだ。

そして暗さに慣れていない目をギュッと閉じ、また、ゆっくりとまぶたを開ける。


(あれ…?)


違和感を感じた千隼は、もう一度ギュッとまばたきをしてみたが、その目に映ったものは変わらない。



上から下まで、落ち葉もゴミもない小屋の中。

先ほど感じた埃っぽさもなく、乾いた空気はどこか図書館に似た清潔感すらある。


一階の中央には大きな作業台と、その上に積み上げられたコンテナ。

左右の壁には天井まである大きな棚と、その横にかけられたスコップや鍬。

一番奥の壁には梯子も取り付けてあり、そこから二階へと上がれるようだ。



確かに、どれもこれも古いは古い。

だが、最初に感じたボロいとか汚いとは、少し違う。



驚きつつ、もう一歩踏み込もうとした千隼の足が、入り口近くの段ボール箱に当たった。

箱の上には、なんだか場違いな()()()()古い型のラジオと、未開封のカップ麺。


千隼の足はそこで止まった。



外からは長く放置さたボロボロの小屋に見えたのに、中がまるで違う。

不思議なほど掃除が行き届いているし、置いてあるカップ麺は千早も知っている商品だ。


まるで、今も誰かがここを利用しているような………。



(少なくとも、ここはお化け屋敷じゃない)


千隼は完全に探検する気が失せてしまった。




「…なんか、お腹空いたな」

気が抜けた千隼は、ふとカップ麺を手に取ってみる。

そしてカップ麺をまわして、賞味期限を確認しようとした。


その時。



「あっ‼ちょっと泥棒ーっ‼」



大きな声に、千隼はカップ麺を落としそうになる。


慌てて振り返るとそこには、水の入ったバケツと、たくさんの木の枝を持った女が立っていた。




「ちょっと、それ私のカップ麺なんだけど?」


半袖のセーラー服にブカブカの靴下とローファー。

女子高生のようだ。

黒いボブヘアの右側を赤いスリーピンで留めている。



「あ、違っ。ごめんなさい!食べるつもりじゃ…!」

千隼はすぐにカップ麺を戻した。


女子高生は軽く千隼を睨んで足元に荷物を置くと、その横をすり抜け、奥の棚からヤカンと七輪を取り出した。


「まぁ、こんなボロ家だし?つい悪戯したくなるのも分かるけどさ。

でも、こんなとこでも勝手に入るのはダメなんだからね?」


「ご、ごめんなさい」


続いてライターも手に取ると、持って来た枝に火を点けて、手際良く七輪で火をおこしていく。



「………あの、何してるの?」

「んー?あぁ、お昼ご飯の準備。

今からそのカップ麺食べるからさ」


そう言いながら女子高生はバケツの水をヤカンに移し、七輪にのせた。



「それで。君、小学生?学校は休み?」


女子高生はようやく手を止めて千隼を見た。

大きな二重の瞳に正面から見つめられ、千隼は少し焦る。


「え、だ、だってGWだよ。みんな休みじゃん?」

「………え?

うそ!こんな暑いのにまだ五月ってこと!?」


「え?あ、まぁ今日はちょっと暑いけど。

でも、天気良ければこんなもんじゃない?」

「マジかぁ。温暖化怖〜っ!」

女子高生は天を仰いだ。



「ん?あ〜、ってことは君もお昼まだ?

お腹空いてたらゴメンだけど、食べ物余裕なくてさ。君の分は何も用意してあげられないよ?」

「あ、ううん。別に平気。

昼は伯母さんにお弁当作ってもらってきたから」


この一言に、女子高生の目がスッと細められた。


「ふーん………。

ねぇ、そのお弁当っておかず何?お肉?お魚?」

「え?なんだろ?まだ見てないから分かんない」

「えー、見たい見たい!

ねぇ、お弁当あるなら君もここで食べていきなよ」


「あ…っと。うん。じゃあ、とってくる」

女子高生の押しの強さに、千隼は思わず頷いた。




自転車のかごから弁当を取ると、千隼は一呼吸おいて振り返った。


視線の先にあるのはあのボロ家だ。


でも今は、最初に見た、あのお化け屋敷のような不気味さがない。



ボロ家は確かにボロ家なのだけれど、

今は、

わりと何処にでもある、普通の作業小屋に見えた。




「おっ!鮭に玉子焼きだぁ!!あ、おにぎり二つある!

ねぇねぇ、おにぎり一つちょうだい?

このカップ麺、マグカップに半分分けるからさ〜」


千隼の弁当を覗き込むと、女子高生は興奮気味に手を合わせて千隼に頼み込んだ。


「いいよ。えっと…お姉さん、玉子焼きもいる?」

「うわ、いいの?やった!」

女子高生があまりに喜ぶから、千隼は追加で鮭も半分、弁当箱の蓋に取り分けた。


「え!?鮭も!?やだ、ありがとー!君、優しいじゃん!」


「あ、そだ。私『玉森麻由良』『マユ』って呼んで」

「僕『西岡千隼』です。よろしくお願いします」

「うんうん、よろしくよろしく〜」

マユは出来上がったカップ麺をマグカップに取り分け、千隼に差し出した。


「はい、じゃあこれ千隼の分ね」


「それじゃ…『いただきまーす!』」




「あぁ〜お米美味しい〜っ」

具の入ってないおにぎりだが、マユはまるで高級料亭の逸品を食べるように噛み締めた。


「これ、そんなに美味しい?」

「うん、超美味しいっ」

続いてマユは玉子焼きも口にする。

「ん〜っ、玉子は甘い系か!最高!

これ、鮭の塩っぱいのと合うんだよねぇ」


マユがやたら弁当を褒めるので、千隼も不思議と、この弁当が特別美味しい気がしてきた。


おかげで、いつもより食事の時間が長く感じる。



「ねぇ、きいていい?」

「お、何?何?」

「マユさんって、もしかして家出中?」


「あ、そう見える?」

「うん、だってただのおにぎりをそんな喜ぶって、あんまりないと思う」

「そりゃあ、そうかもねぇ。

うーん………。

まぁ、お弁当のお礼に、千隼には教えてあげよう」


マユは箸の先をくるくる回して言った。

「私ね、タイムスリップ中なの」




千隼はマユの言っている事が飲み込めず、ただ目を丸くした。


「んー、えっとねぇ…。

あ、千隼。今って西暦何年?」

「へ?あ、えーっと、二〇二六年、だけど」

「じゃあ今から二七年くらい前か。

私ね、一九九九年から来た高校三年生なの」


マユに嘘をついた様子もなく、千隼は益々混乱した。


「―――マジで?」

「マジで、マジで」

「………」


「あ〜、やっぱ信じてないなぁ?」

「いや、だって」

「まぁ信じろって言うにも、こっちも分かりやすい証拠がないんだよねぇ。

う〜ん、そうだなぁ」


マユは腕を組んで考え込んだ。

「んじゃあ、このボロ家がタイムマシンだって言ったら信じる?」



千隼はつばを飲んで室内を見渡した。


木造で壁紙すら貼られていない小屋に、機械的なものは何一つ見当たらない。

それどころか、電気もガスも水道も無さそうだ。


(そんな小屋がタイムマシン?)


「………え。ごめん、もっと信じない」

「だよねー」



「ふむ。じゃあ仕方ない。

千隼、明日またおいでよ。

そしたら証拠…になるか分かんないけど、色々思い出話してあげる」

「それってタイムスリップの話?」

「うん。

まぁ、明日まだ居れば。だけどね」

マユはニヤリと笑ってみせた。

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