第9話「壁の奥に、光る部屋がある」
五日目の朝。
魔力残量を確認する。
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魔力残量:21%
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寝てる間にまた少し回復してる。十二時間くらい寝たから、まあこんなもんか。
自然回復はするけど遅い。
全員の強化と命名で魔石を使い切ったから、今の俺はだいぶエコモードだ。
射出の威力も落ちてるだろうし、蓋文字もあんまり長い文章は出せない。
補充しないとまずい。
魔石がいる。
下層にはいくらでもあった。壁に魔導鉱石が埋まってるし、床にも魔石の欠片が転がってた。
問題は——前回は一箱で行ったけど、今回は違う。
ガルドたちを連れていける。
強化済みのゴブリン部隊。
群れ全体で行く必要はないけど、精鋭を何匹か連れていけば、魔石の回収も戦闘もずっと楽になる。
蓋を開けて、ガルドに蓋文字を見せる。
〝下の階に魔石を取りに行きたい〟
〝何匹か連れていけるか〟
ガルドが即答した。
「俺が行く。あとグリンと、足が速いやつを三匹。計五匹でどうだ」
判断が早い。さすがだな。
パカッ(それでいい)。
◇
遠征メンバーが決まった。
ガルド。グリン。それから足の速い三匹。
名前はまだつけてないから、とりあえず——速い順に一号、二号、三号。
あとで名前考えるから許してくれ。
残りの群れはサガとチョンに任せる。
蓋文字でサガに伝えた。
〝俺たちが戻るまで群れを頼む〟
サガがゆっくり頷いた。
「任せておけ。ワシは動けんが、口だけは達者じゃ」
口だけは、って自分で言うか。
チョンが元気よく手を挙げた。
「じいさんの護衛は俺に任せて!」
おまえは子供だろ。でもまあ、頼んだぞ。
ズズズ。
金色の宝箱と、五匹のゴブリンが縦穴に向かって出発した。
アイは当然、中にいる。ぷるん(いってきます)。
◇
縦穴。
前回は一箱で壁ズズズで降りたけど、今回はゴブリンが五匹いる。
吊り橋を渡るか?
ガルドが吊り橋を見て、けっと笑った。
「こんなもん、走って渡りゃいいだろ」
走って渡った。五匹とも。
すごい身軽さだ。強化の効果が出てる。
前のゴブリンだったら、この吊り橋を渡るのすら怖がってたんじゃないか。
俺は——壁ズズズだ。
ゴブリンたちが先に下に降りて、俺が壁を伝ってじりじり降りてくるのを見上げている。
「タカラ、おっそ」
うるせえ。宝箱なんだからしょうがないだろ。
パカパカッ(黙れ)。
三十分かけて着地。
「おっそ……」
二回言うな。
◇
下層に降りた。
前回と同じ、魔力の濃い空気。ぴりぴりする。
でも今回は一箱じゃない。五匹の仲間がいる。
ガルドが先頭に立って通路を進み始めた。
自然と隊列ができてる。ガルドが前衛。グリンと二号が左右。一号と三号が後方。俺は真ん中。
……おい。
これ、冒険者パーティの陣形じゃないか。
「タカラ、前回ここに来たとき、いいもんがあったんだろ? どの辺だ?」
蓋文字を出す。
〝この通路をまっすぐ 壁に光る鉱石がある〟
「了解」
ガルドが顎で合図して、全員が動き出す。
統率が取れてる。ガルドの指示に、全員が迷わず従ってる。
こいつ——指揮官の素質があるぞ。
冒険者だった頃、パーティリーダーの素質がある奴を何人か見てきた。
共通してるのは、〝迷わないこと〟だ。
正しいかどうかは二の次。迷わずに指示を出せる。それだけで、集団は動ける。
ガルドにはそれがある。
……いい奴を仲間にしたな、俺。
◇
壁の魔導鉱石を片っ端から回収していく。
俺が蓋を押し当てて〝入れ〟。パキッ、収納。
ガルドたちは通路の前後を警戒してくれてる。
効率がいい。一箱で来たときの三倍は速い。
〝収納〟:魔導鉱石(原石)── 格納完了
〝収納〟:魔導鉱石(原石)── 格納完了
〝収納〟:魔導鉱石(原石)── 格納完了
蓋裏にさらさらと表示が流れていく。
一個入れるたびに、魔力が少しずつ回復していく。
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魔力残量:21% → 34% → 47%
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いいぞ。どんどん入れよう。
床に落ちてる魔石の欠片もガルドたちが拾って、俺の蓋に放り込んでくれる。
「ほらよ、タカラ」
ぽいっ。
パカッ(ありがとう)。
「もう一個あったぞ」
ぽいぽいっ。
「こっちにもあった!」
ぽいっ。
仲間がいるって、すごいな。
収集効率が段違いだ。
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魔力残量:63%
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六十パーセント超えた。だいぶ戻ってきた。
この調子なら、八十パーセントくらいまで——
ドスン。
重い足音が響いた。
全員の動きが止まった。
通路の奥から。
足音、一つ……でもでかい。
地面が微かに振動してる。
ガルドが前に出た。
「来るぞ」
角の向こうから——出てきた。
オーク。
でかい。人間の大人より二回りくらいでかい。
緑がかった灰色の肌。分厚い筋肉。手には錆びた大斧。
下層の中堅モンスターだ。
冒険者だった頃は、Bランクパーティでも油断すると一人持っていかれる相手だった。
オークが俺たちに気づいた。
小さい目が、ぎょろっとこっちを見る。
……見てるのは、ゴブリンたちだ。
オークにとってゴブリンは——格下だ。
縄張りに入ってきた弱い奴ら。追い払うか、殺すか。
オークが大斧を持ち上げた。
「グギャアアアアッ!」
威嚇の咆哮。
——普通のゴブリンなら、これだけで逃げ出す。
でも。
ガルドたちは——逃げなかった。
◇
「散開」
ガルドが短く言った。
五匹が一斉に動いた。
ガルドが正面。グリンが右。一号と二号が左右に回り込む。三号が後ろに回った。
包囲陣形。
……おい。
こいつら、いつの間にこんな動きができるようになったんだ。
強化の効果か? それとも——ガルドが教えたのか。
オークが混乱してる。
ゴブリンが逃げない。しかも散開して囲んできた。こんなの、オークの経験にはないんだろう。
ガルドが踏み込んだ。
速い。
強化前のガルドなら、オークの間合いに入る前に大斧で叩き潰されてた。
でも今のガルドは——速い。
大斧の一撃を、横に跳んで躱した。
同時にグリンが右から突っ込む。
石の槍で、オークの脇腹を突いた。
刺さってはいない。オークの皮膚は厚い。
でも——痛みは与えた。
「グギッ!?」
オークがグリンのほうを向いた。
その隙に、一号と二号が左右から同時に飛びかかった。
木の棒で膝の裏を叩く。
ドンッ。ドンッ。
オークがよろめいた。
片膝をついた。
三号が背後から跳んで——オークの首に木の棒を押し当てた。
締めてる。小さいゴブリンが、でかいオークの首を後ろから締め上げてる。
「グギ——ッ」
オークが大斧を振り回そうとするけど、片膝をついた状態では踏ん張りが利かない。
ガルドが正面に立った。
オークの目を、真っ直ぐ見てる。
拳を握った。
「——おまえには悪いけどな」
振りかぶって——オークの顔面に、全力の拳を叩き込んだ。
ドゴンッ!
鈍い音がした。
オークの頭がぐらんと揺れて——どすんと倒れた。
動かなくなった。
気絶してる。死んではいない。
…………。
しーん。
五匹のゴブリンが、倒れたオークを見下ろしてる。
全員、荒い息。
でも——立ってる。
五匹全員、立ってる。
誰も怪我してない。
ゴブリン五匹で、オーク一匹を倒した。
ガルドが——ゆっくりと、自分の拳を見つめた。
震えてる。
興奮だ。
「……勝った」
声が掠れてた。
「ゴブリンが——オークに——勝った……」
グリンが呆然と言った。
「勝って……る……よな……? 夢じゃないよな……?」
一号が自分の頬をつねった。
「痛い。夢じゃない」
三号がオークの背中からずり落ちてきた。
「……俺、首締めた。オークの首……俺が……ゴブリンが」
二号が何も言わずに泣いてた。こいつも泣くのか。
俺は——見てただけだ。
射出の準備はしてたけど、撃つ必要がなかった。
こいつらだけで、勝った。
たった三日前までは、冒険者に一方的に狩られてた奴らが。
木の棒と素手で、オークに勝った。
……すごいな、こいつら。
パカッ。
蓋を開けて、蓋文字を浮かべた。
〝よくやった〟
短い言葉だけど、これが一番伝わると思った。
ガルドが蓋裏を見て——また泣きそうな顔になった。
「泣いてねえからな」
はいはい。
◇
気絶したオークはそのまま放置した。殺す理由はないからな。
それより——オークが落とした大斧だ。
錆びてるけど、鉄製。ゴブリンの木の棒とは比べ物にならない。
収納。
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〝収納〟── 武器検知
オークの大斧
素材:粗鉄
状態:錆あり、刃こぼれ多数
付帯技能:
重撃の型(オーク式)
* 武器特性を読み取りました
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〝重撃の型〟。オーク式の大振りな斧技。
力任せだけど、重い。冒険者の盾を叩き割るタイプの技だ。
これを射出に応用すれば——重くて大きい弾を、さらに威力を乗せて撃てるようになるかもしれない。
いいぞ、大きな収穫だ!
魔石の回収を続けながら、さらに下層の奥へ進む。
◇
通路を進んでいたら——ガルドが足を止めた。
「タカラ。あの壁、変じゃないか」
俺も気づいてた。
通路の右側の壁。他の部分と微妙に色が違う。
石の材質が周囲と合ってない。
冒険者だった頃の経験で言えば——これは〝隠し部屋〟のサインだ。
壁に見せかけた扉。もしくは、崩れかけた封鎖壁。
ガルドに蓋文字を出す。
〝あの壁の向こうに何かある〟
〝壊せるか〟
ガルドが拳を鳴らした。
「やってみる」
ドンッ。
強化された拳で壁を殴った。
ヒビが入った。
もう一発。
ドゴンッ。
壁が——崩れた。
瓦礫の向こうに——
光。
薄い、青白い光が漏れてる。
「なんだ、これ……」
ガルドが瓦礫を掻き分けて、中を覗き込んだ。
俺もズズズで近づいて、蓋を突っ込んだ。
壁の向こうは——部屋だった。
小さな部屋。人間が六人も入ればいっぱいになるくらいの広さ。
天井は低い。壁も古い石造り。
そして——床に、紋様が描かれている。
円形の紋様。複雑な模様が、何重にも重なっている。
その紋様が——光ってる。
青白い、かすかな光だ。
模様は古い……何百年、もしかしたら何千年もここにあったのかもしれない。
「タカラ、これ……何だ?」
わからない。
冒険者だった十年間で、こんなものは見たことがない。
いや——一回だけ。
冒険者学校の教科書で、似たような紋様の絵を見た気がする。
あれは確か——
古代の魔導技術。
人間が魔物と戦っていた時代に使われた、大規模魔法の術式。
教科書では〝失われた技術〟として、さらっと紹介されてただけだ。
現存するものはほとんどないと——
あるじゃないか……ここに。
蓋裏を確認する。
取説には何も表示されていない。
でも——紋様に近づくと、箱全体がざわざわする。
収納のときとは違うざわざわだ。
何かが——呼応してる。
俺の中の何かと、この紋様の何かが、反応し合ってる。
「タカラ? 大丈夫か? なんか光ってるぞ、おまえ」
え?
俺が光ってる?
——箱の表面が、うっすらと青白く光ってた。
紋様と同じ色で。
同じリズムで光ってる。
なんだ、これ!?
何が起きてるんだ!?
蓋裏を見る。
取説は変わってない。
でも——余白の、一番下のほう。
今まで何もなかった場所に——文字じゃなくて、紋様が浮かんでいた。
床の紋様と同じやつの、ほんの一部分。欠片みたいな小さな模様。
前からあったのか? 今浮かんだのか?
わからない。
でも——これは、何かの手がかりだ。
サガが言ってた。
〝ある日を境に、魔物は育たなくなった〟。
〝突然、一斉に〟。
それをやった〝何か〟の痕跡が——ここにあるんじゃないか。
この紋様が、魔物の成長を止めてる〝蓋〟の一部だとしたら。
そして俺の蓋裏に、同じ紋様が浮かんでいるとしたら。
——俺は、その〝蓋〟と何か関係があるってことなのか?
わからない。
今はまだ、わからない。
でも——
〝この紋様のことを覚えておく〟
〝いつか答えが出る〟
蓋文字をガルドに見せた。
ガルドが頷いた。
「わかった。覚えておく。じいさん——サガにも伝えよう。何か知ってるかもしれない」
そうだな。
サガなら、この紋様について何か言い伝えを知ってるかもしれない。
パカッ。
蓋を閉じて、光る部屋を後にした。
振り返ると——紋様はまだ、青白く光っていた。
何百年も。
ずっとここで。
誰にも見つからずに。
……待ってたのか?
誰かが来るのを。
——考えすぎかな。
ズズズ。
俺たちは通路を戻っていった。
収納には魔石がたっぷり入った。オークの大斧も手に入った。
そして——まだ答えの出ない、一つの謎。
今日の遠征は、大収穫だ。
◇
【次回】サガに紋様のことを話したら、老ゴブリンの顔色が変わった。〝それは——まさか、そんなものがまだ残っておったのか〟。サガが語り始める。この世界に起きた〝あの日〟のこと。そして——蓋裏の余白に、新しい文字が浮かび始めた。




