第8話「名前をつけたら、泣かれた」
翌朝。
蓋を開ける。
パカッ。
昨日の強化工場のせいで、蓋がまだちょっと重い。
魔力残量は——蓋裏を確認。
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魔力残量:27%
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寝てる間に少し回復したのか。昨日寝る前は十二パーセントだったから、倍くらいには戻ってる。
自然回復するのか。それとも寝ると回復するのか。
どっちにしろ、まだ全然足りない。
パカパカは——うん、できる。動きはちょっと鈍いけど。
まあ、今日は強化工場はお休みだ。
今日やることは一つ。
ガルドに名前をつける。
◇
大きいゴブリン——これから〝ガルド〟と呼ぶ予定の奴は、朝から群れの仲間たちと一緒に動き回っていた。
強化されたゴブリンたちに、戦い方を教えてるらしい。
「力が強くなったからって、振り回すだけじゃダメだ。ちゃんと構えろ。足を開け。重心を低くしろ」
こいつ、誰かに習ったわけでもないのに、ちゃんとした指導をしてる。
実戦で覚えたんだろうな。何度も殿を務めて、何度も冒険者と対峙して。
その経験だけが、こいつの教科書だ。
……たいしたもんだ。
俺なんか冒険者学校で基礎を習ったくせに、最後はミミックに食われて死んだんだからな。
さて。
ガルドが一段落したところで、近づいていく。
ズズズ。
ガルドが振り返った。
「おっ、タカラ。起きたか。昨日は疲れてたみたいだな」
パカッ(まあな)。
「無理すんなよ。おまえが倒れたら俺たち困るんだから」
心配してくれてんのか。
嬉しいけど——〝倒れたら困る〟っていうのが、道具扱いっぽく聞こえなくもない。
まあ、実際に便利な道具みたいなもんだしな。強化装置兼回復装置兼武器庫。
それはそれとして。
今日は、おまえに見せたいものがある。
蓋をゆっくり開けた。
パカッ。
裏を、ガルドのほうに向ける。
「ん? なんだ? 蓋の裏がどうかしたか?」
ガルドが覗き込んだ。
よし——集中。
蓋裏に文字を浮かべる。
昨夜練習したやつだ。
薄く光る文字が、ぼんやりと浮かび上がる。
〝おまえに 名前をつけたい〟
ガルドの目が見開いた。
「——文字? 蓋の裏に、文字が出てるぞ?」
出てるだろ。これが俺の新技だ!
「おまえ……字が、書けるのか?」
書いてるっていうか、念じたら浮かぶんだけど。まあ、似たようなもんだ。
パカッ(読め)。
ガルドが、蓋裏の文字をゆっくり読んだ。
「おまえに……名前を……つけたい……」
読めるのか。ゴブリンって文字読めるんだ。
「……俺に、名前?」
パカッ(そうだ)。
ガルドの声がちょっと震えた。
「ゴブリンには……名前をつける文化がない。俺たちは生まれてから死ぬまで、名前なんて持ったことがないんだ」
知ってる。老ゴブリンもそう言ってた。
だから——つけてやりたいんだ。
蓋裏に、次の文字を浮かべる。
〝おまえはいつも仲間を守る〟
〝盾になるシンガリを務める〟
〝だから——〟
文字を消して、新しく浮かべる。
一文字ずつ、ゆっくりと。
〝ガルド〟
ガルドが、その二文字をじっと見つめていた。
しばらく何も言わなかった。
「……ガルド」
声に出して、読んだ。
「ガルド……」
もう一回。
「俺の……名前……」
——泣いた。
大のゴブリンが、蓋の前で泣いてた。
涙がぼろぼろ落ちてる。拳で目をこすってるけど、止まらない。
「なんだよ……名前って……こんな……こんないいもんなのかよ……」
声がぐちゃぐちゃだ。
おい、泣くな。泣くと思ってたけど、いざ泣かれると困るだろ。
パカパカッ(泣くなって)。
「泣いてねえ!」
泣いてるだろ。
「泣いてねえし! 目から汗が出てるだけだ!」
それ、泣いてるって言うんだよ。
周りのゴブリンたちが集まってきた。
「どうしたの? でかいのが泣いてる」
「タカラに何かされた?」
「いじめた?」
「宝箱にいじめられて泣くのダサいぞ」
いじめてない。名前をあげただけだ。
ガルドが涙を拭いて、群れに向かって叫んだ。
「俺、名前もらった! 今日から俺は——〝ガルド〟だ!」
しーん。
ゴブリンたち、ぽかんとしてる。
名前、っていう概念自体にピンと来てないのかもしれない。
子供ゴブリンが一匹、手を挙げた。
「ねー、俺にも名前ちょうだい」
もう一匹。
「私も!」
「俺も!」
「俺も俺も!」
…………。
三十四匹全員に名前をつけろってか。
強化工場の次は命名工場かよ。
パカパカッ(ちょっと待て)。
◇
さすがに三十四匹にいっぺんに名前をつけるのは無理だ。
考える時間がいる。
それに——蓋裏の文字表示、けっこう魔力を使うっぽい。
一文浮かべるたびに、魔力残量がちょっとずつ減ってる。
今は二十パーセントくらい。あんまり無駄遣いできない。
とりあえずガルドと、あと何匹かの主要メンバーだけ先に——と思ってたら。
蓋裏がぴかっと光った。
お。取説の更新か?
見てみると——余白の部分に、新しい項目が追加されていた。
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〝収納〟(更新)
体内に物体を格納できる。
格納中の物体は劣化しない。
格納した物体の性質を読み取り、
再現することができる。
生体を格納した場合、
自動修復および強化が適用される。
〝擬態〟
外見を他の物体に変化させる。
変化の精度は習熟により向上する。
〝蓋文字〟 ──NEW
蓋裏面に任意の文字を表示する。
格納対象との意思疎通に使用可。
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新スキル。
〝蓋文字〟。
昨日やったことが、正式にスキルとして登録された。
〝格納対象との意思疎通に使用可〟って書いてある。
格納対象。つまり……収納の中にいる奴と、ってことか。
今は外にいるガルドに見せたけど、中に入ってる奴にも文字で話しかけられるのか?
アイ。
アイは今、中にいる。
蓋裏に文字を浮かべてみる。
〝アイ 聞こえるか?〟
——ぷるんっ。
中からアイが反応した。
ぷるんぷるん。
聞こえてるっぽい。
聞こえてる——っていうか、伝わってる。文字が読めるわけじゃないだろうけど、意味が伝わってるんだ。
今まではパカパカの振動とか雰囲気で、なんとなく通じてた感じだったけど、〝蓋文字〟を使うともっとはっきり伝わるのか。
試しにもう一つ。
〝おまえ 強くなったな〟
ぷるるるん。
めちゃくちゃ喜んでる。体全体で振動してる。
……かわいいな。
いかん。脱線した。
とにかく〝蓋文字〟。
これで俺は喋れなくても、意思疎通ができるようになった。
パカパカは直感的だけど、細かいニュアンスは伝わらない。
蓋文字なら、言いたいことをそのまま文字にできる。
……ようやく、まともに会話ができるぞ。
宝箱になってから四日目にして、やっと。
◇
さっそく蓋文字を使って、ガルドと初めてのちゃんとした会話をした。
蓋を開けてガルドに向ける。文字を浮かべる。ガルドが読む。返事をする。俺がまた文字を浮かべる。
テンポは遅い。一文ずつだから、普通の会話の五倍くらい時間がかかる。
でも——伝わる。
ちゃんと、伝わる。
それだけで、全然違う。
〝群れの全員に名前をつけたい〟
〝でも三十四匹はすぐには無理だ〟
〝まず主要な奴から順番に〟
ガルドが頷いた。
「わかった。じゃあ——じいさんにもつけてくれないか」
老ゴブリンか。
あの人は——そうだな。
群れで一番の知恵者。昔のことを知っている。言い伝えを守っている。
語り部であり、歴史そのものみたいな存在。
〝サガ〟。
物語、伝承を意味する言葉。
蓋裏に浮かべる。
〝じいさんの名前は サガ〟
〝語り継ぐ者 という意味だ〟
ガルドが老ゴブリンのほうを見た。
「じいさん! タカラがじいさんに名前をくれるってよ!」
老ゴブリン——サガが、杖をついてゆっくり歩いてきた。
俺の蓋裏を覗き込む。
〝サガ〟の文字を、しばらく見つめていた。
「……サガ」
声に出した。
「語り継ぐ者……か」
サガの皺だらけの顔が、くしゃっと崩れた。
「ワシのような老いぼれに……もったいない名じゃ……」
泣いてる。
またか。
なんでゴブリンってこんなに泣くんだ。
いや——名前を持ったことがない奴が、初めて名前をもらったら、そりゃ泣くか。
人間にとっては生まれたときから当たり前にあるものだけど、こいつらにとっては——宝物なんだ。
……宝物か。
俺は宝箱で、名前はタカラで、今やってることは宝物を配ること。
なんだよ。ぴったりじゃないか。
◇
その後、主要メンバーに名前をつけていった。
昨日怪我を治したゴブリン、グリン。あだ名がそのまま定着してたから、正式にグリンで。
蓋裏に浮かべる。
〝グリンはそのままグリンだ〟
〝最初に俺の中に入った勇気を忘れるな〟
グリンが照れくさそうに頭を掻いた。
「おう……覚えてるよ。怖かったけどな」
怖かっただろうな。意識がない状態で宝箱に突っ込まれたんだから。
次に、子供ゴブリンたちのリーダー格の一匹。
いつも先頭に立って俺の蓋をちょんちょんしてくるやつ。好奇心の塊。
〝チョン〟。
ちょんちょんするから、チョン。
「やったー! 名前、俺チョンだって!」
安直すぎないかって顔を周りがしてるけど、本人は嬉しそうだからいいだろ。
全員分はまだ無理だけど、今日はここまでだ。
魔力がだいぶ減ってきた。蓋文字、思ったより消費が激しい。
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魔力残量:9%
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九パーセント。そろそろ限界だ。
パカパカもしんどい。
でも——いい一日だった。
ガルド。サガ。グリン。チョン。
名前のあるゴブリンが四匹になった。
名前をつけるって、こんなに大変で、こんなに嬉しいことだったのか。
冒険者のときは自分の名前しか気にしてなかったけど。
パカ……。
蓋が重い。もう閉じよう。
子供ゴブリンたちが、また箱に寄りかかってきた。
「タカラ、おやすみ」
「おやすみー」
「明日も名前つけてね」
……ああ。
つけるよ。全員に。
パタン。
金色の宝箱が、ゴブリンたちに囲まれて眠る。
四日前は、ダンジョンの通路でズズズの音しか聞こえなかった。
今は——おやすみって言ってくれる奴がいる。
たったそれだけのことが——こんなに、あったかい。
◇
【次回】魔力を回復するために、ガルドたちと一緒に下層へ魔石を取りに行く。強化されたゴブリン部隊の初陣だ。——こいつら、思ったよりやるぞ? あと、下層で変なものを見つけた。壁の奥に、光る部屋がある。




