第7話「蓋裏がえらいことになってる」
群れに合流して二日目。
やることは決まってる。
ゴブリンたちを、片っ端から収納して強化する。
昨日の回復ゴブリン——グリンって呼ばれてるらしい——は、収納から出てきたとき〝基礎体力・微増〟〝魔力耐性・微増〟がついてた。
怪我の回復がメインだったから強化はおまけ程度だったけど、健康な状態で入れたらどうなる?
アイのときは、一時間入れたらかなり強くなった。
ゴブリンでも同じ効果が出るのか。
出るなら——三十四匹全員強化できる。
よし、やるか。
大きいゴブリンに蓋をパカパカして伝える。
みんなを順番に、俺の中に入れてくれ、と。
「……全員か?」
パカッ(全員)。
「中に入ったら強くなるって、グリンみたいになるってことか?」
パカッ(たぶん)。
大きいゴブリンの目が光った。
「わかった。……おーい! おまえら集まれ!」
◇
群れのゴブリンが全員集まった。
三十四匹。子供から大人まで。
大きいゴブリンが説明する。
「タカラの中に入ると、強くなれる。昨日グリンが入って、怪我が治った上にちょっと強くなった。だから、全員入れ」
ざわ……。
「え、宝箱の中に入るの?」
「食われない?」
「グリンは大丈夫だったんだろ?」
「でもさあ……」
「暗くない?」
「あったかいらしいぞ」
「マジ? 入りたい」
あったかい情報だけで態度変えるな、おまえら。
「じゃあ誰から行く?」
しーん。
全員、顔を見合わせてる。
いざとなると怖いのか。
「……俺が先に入る」
大きいゴブリンが前に出た。
おっ。
「リーダーが先に行かなくてどうする。俺が入って大丈夫だったら、おまえらも入れ」
おお。男前だな。
こいつ、いつもこうなんだろうな。先頭に立って、一番危ないところに行く。
仲間のために、自分が先に行く。
——いい奴だな、こいつ。
俺の蓋を開ける。
パカッ。大きく。
大きいゴブリンが蓋の前に立った。
中を覗き込む。暗い。
アイがぷるん(いらっしゃい)。
「……スライムに歓迎された」
されたな。
大きいゴブリンが、えいっと中に飛び込んだ。
すぽん。
吸い込まれた。
パタン。蓋を閉じる。
蓋裏が——光った。
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〝収納〟──▶ 生体格納
対象:ゴブリン
状態:健康
基礎体力 ── 強化中 ▶▶
筋力 ── 強化中 ▶
敏捷性 ── 強化中 ▶
魔力耐性 ── 強化中 ▶
強化プロセス:稼働中
推定完了:45分
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おお。修復じゃなくて〝強化〟になってる。
怪我がないから、全部の数値が上がる方向に振られてるのか。
しかも項目が、グリンのときより多い。基礎体力、筋力、敏捷性、魔力耐性。四項目。
四十五分。グリンの三十二分より長いのは、修復じゃなく純粋な強化だからか?
まあいい。待とう。
その間に、群れのゴブリンたちに蓋の中を軽く見せてやった。
「暗いけど、なんかあったかそう」
「グリンは気持ちよかったって言ってた」
「俺も早く入りたい」
「順番守れよ」
子供ゴブリンたちがそわそわしてる。遠足前の子供みたいだ。
いや、宝箱の中に入るのを楽しみにしてる時点で、遠足とはだいぶ違うけど。
◇
四十五分後。
蓋裏がぱっと光った。
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〝収納〟──▶ 生体格納 完了
対象:ゴブリン
状態:健康 → 強化済
基礎体力 ── 上昇 ✓
筋力 ── 上昇 ✓
敏捷性 ── 上昇 ✓
魔力耐性 ── 上昇 ✓
総合評価:中程度の強化
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〝中程度の強化〟。
グリンのときの〝微増〟より上だ。健康体だと効率がいいのか?
出すか。
パカッ。
大きいゴブリンが——飛び出してきた。
ぽんっ!
すごい勢いで着地した。
「っ——おお!?」
自分の体を見下ろしてる。
見た目は——そこまで変わってない。
でも、ちょっとだけ背が伸びた気がする。肩幅もほんの少し広くなってる。
何より——目つきが変わった。
さっきまでもいい目をしてたけど、今はもっと——鋭い。
大きいゴブリンが拳を握った。
開いた。
また握った。
「……力が入る。今までと全然違う。体が軽いのに、力が強い」
周囲のゴブリンたちがざわざわしてる。
「なんかちょっとでかくなってない?」
「目つきも変わった」
「かっこよくなってる……」
大きいゴブリンが近くの壁に拳を叩き込んだ。
ドンッ。
壁に——ヒビが入った。
拳一発でダンジョンの壁にヒビ。
ゴブリンの素手で。
「……マジかよ」
本人が一番驚いてる。
俺も驚いてるけどな。
〝中程度の強化〟でこれか。
こいつはもともと群れで一番強かったから、底上げの効果が大きく出たのかもしれない。
冒険者の査定で言えば——Eランクの下だったのが、Dランクの上くらいにはなってる。
一回入っただけで、一ランク以上の飛躍だ。
「すげえ……すげえよ、タカラ……!」
大きいゴブリンが振り返って、群れに向かって叫んだ。
「おまえら! マジで強くなる! 全員入れ!」
ゴブリンたちの目がキラキラし始めた。
「俺も!」
「私も!」
「俺が先!」
「順番だって!」
大変なことになった。
◇
ここから——ひたすらゴブリンを出し入れする作業が始まった。
一匹四十五分。
同時に入れられるのは——アイがいるから、もう一匹が限界だ。二匹入れてみたら、蓋裏に〝格納容量に余裕がありません〟って怒られた。
アイを出して二匹同時にしようかとも思ったけど、アイがぷるるん(出たくない)と抵抗したのでやめた。おまえもう住んでるよな、そこに。
一匹四十五分。三十三匹(大きいゴブリン以外)。
計算すると——二十四時間以上かかる。
まる一日、ゴブリンの出し入れだけで終わるのか。
……まあ、やるしかない。
こうして、タカラの強化工場が稼働し始めた。
◇
入れて、待って、出す。入れて、待って、出す。
その繰り返し。
地味だ。地味なんだけど——出てくるたびにゴブリンたちの反応が面白くて、飽きない。
三匹目に入れた若いゴブリンが出てきたとき。
「おおおお! なにこれ! 体が軽い!」
走り回り始めた。壁にぶつかった。
落ち着け。
七匹目。おとなしい性格のゴブリンが出てきた。
「……あっ、石を握ったら……石が割れた」
割るな。
十二匹目。子供のゴブリン。
「もう一回入りたい!」
一回で十分だ。
パカパカッ(ダメ)。
「えー!」
えーじゃない。
蓋裏の表示は毎回出るんだけど、だんだんパターンが見えてきた。
大人のゴブリンは〝中程度の強化〟が多い。
子供はちょっと低くて〝軽度の強化〟。体が小さいぶん、吸収できる量が少ないのかもしれない。
でも全員に共通してるのは、基礎体力と魔力耐性が必ず上がること。
この二つは、たぶん収納の中の魔力に浸ることで底上げされる基本効果なんだろう。
それに加えて、個体によって上がりやすい項目が違う。
筋力が大きく伸びる奴もいれば、敏捷性が跳ねる奴もいる。
個体の素質によるのかもしれない。
面白いな。
……いかん、冒険者時代の〝査定癖〟が出てきてる。
昔パーティを組んでたとき、メンバーの特性を分析して最適なポジションを割り振るのが俺の仕事だった。
剣士だったけど、実質的にはパーティの〝頭脳〟だった。
——あの頃の話は、今はいい。
◇
十五匹目が終わったあたりで、問題が発生した。
俺が疲れてきた。
宝箱に疲労があるのかって話だけど——ある。
蓋の開閉が重くなってきた。パカパカの切れが悪い。
収納のたびに魔力を消費してるんだろう。当然だ。生き物を入れて強化するんだから、タダなわけがない。
蓋裏を確認。
──────────────────
魔力残量:38%
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おい。いつの間にこんな表示が。
三十八パーセント。半分以下だ。
あと十九匹残ってるのに。
……魔石だ。
収納の中に魔石の欠片がいくつかある。あれで魔力を補充できないか。
収納内の魔石に意識を向けて、〝使う〟イメージ。
——じわっと、箱全体に魔力が流れ込んできた。
蓋裏の数字が動く。
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魔力残量:38% → 54%
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回復した。魔石を燃料にできるのか。
いいぞ。下層で拾った魔石の欠片がまだ四個ある。全部使えば足りるだろう。
よし、続行だ。
◇
二十匹目を超えたあたりから、群れの雰囲気が変わってきた。
強化済みのゴブリンたちが、自分の体を確かめるように拳を握ったり、跳んだり、走ったりしてる。
みんな、今までの自分とは違う体に興奮してる。
でも——一番変わったのは、表情だ。
さっきまで怯えたような目をしてたゴブリンたちが、今は顔を上げてる。
背筋を伸ばしてる。
〝もう一方的にやられるだけじゃない〟って顔をしてる。
冒険者に怯えて縮こまってた奴らが——前を向いてる。
……ああ。
これだ。
俺がやりたかったのは、これだ。
こいつらが、怯えなくてもいい強さを持つこと!
パカッ。
よし、次だ!
◇
全員の強化が終わったのは、始めてから丸一日と少し経ったあとだった。
三十四匹全員。
魔石は全部使い切った。魔力残量は十二パーセント。ギリギリだ。
蓋の開閉がめちゃくちゃ重い。パカパカする元気もない。
でも——やりきった。
蓋裏に、見たことない表示が浮かんでいた。
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〝収納〟── 一括強化レポート
強化対象:ゴブリン ×34体
平均強化度:中程度
群れ全体の戦力評価:
強化前 ── Eランク(下位)相当
強化後 ── Dランク(中位)相当
* 個体差あり
* 反復格納により追加強化の可能性あり
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……群れの戦力がまるごと一ランク上がった。
Eの下からDの中。
しかも〝反復格納により追加強化の可能性あり〟って書いてある。何回も入れたらもっと強くなるのか。
今はへとへとで無理だけど、魔石を補充してまたやれば——
取説、やっぱり後出しで色々教えてくるな。
一括強化レポートなんて機能、最初から出せよ。
でもまあ——ありがたい。
パカ……。
蓋がゆっくり閉まった。
疲れた。宝箱が疲労で蓋が閉まるの、初めてだ。
周りでゴブリンたちが騒いでる声が聞こえる。
「すげえ! 力がある!」
「走っても息切れしない!」
「石が割れたぞ!」
「だから割るなって!」
うるさい。
でも——いい騒ぎだ。
パタン。
おやすみ。
今日は——よく働いた。
◇
——あっ。
寝る前に一つ思い出した。
大きいゴブリンの名前。
あいつにも名前がないんだよな。群れのみんなは〝でかいの〟って呼んでる。
俺はずっと〝大きいゴブリン〟って思ってたけど——仲間になったなら、名前があったほうがいい。
いい名前を思いついてるんだ。
あいつはいつも仲間の前に立つ。盾になる。殿を務める。
——〝ガルド〟。
ガード、から取った。守る奴だから、ガルド。
安直か? まあタカラも安直だったし、いいだろ。
問題は——俺、喋れないんだよな。
パカパカで〝ガルド〟って伝えるの、無理だろ。
二文字ならまだしも、三文字の固有名詞をパカパカで?
…………。
……あっ。
蓋裏の取説。
あれ、文字が浮かぶんだよな。
もしかして——俺が念じた文字を、蓋裏に表示できたりしないか?
やってみよう。
蓋を開けて、裏面に意識を集中する。
〝ガルド〟。
表示しろ。蓋裏に。文字を。
——ぼんやりと、光が浮かんだ。
薄い。かすれてる。でも——読める。
蓋の裏に、ぼんやりとした文字で〝ガルド〟と浮かんでいる。
できた。
できたぞ。
蓋裏、文字盤にもなるのかよ。万能かおまえ。
これ——会話に使えるじゃないか。
喋れなくても、蓋裏に文字を出せば伝わる。
パカパカ卒業だ。
いや、パカパカはパカパカで残すけど。あれはあれで便利だし。
明日、あいつに蓋裏を見せよう。
〝おまえの名前はガルドだ〟って。
パタン。
今度こそ、おやすみ。
◇
【次回】蓋裏で文字を見せたら、ガルドが泣いた。大の大人が——いや、大のゴブリンが泣いた。それと、蓋裏にまた新しい表示が出た。〝通信機能〟?




