第6話「昔のゴブリンはもっと強かったって、どういうことだよ」
ゴブリンの群れに合流して、一晩が経った。
蓋を開ける。
パカッ。
枯れ草の上。薄暗い洞窟。あちこちでゴブリンがもぞもぞ起きてる。
俺の横では子供のゴブリンが三匹、箱に寄りかかって寝てた。
いつの間にくっついてきたんだ、こいつら。
一匹が目をこすりながら起きた。
「……あったかかった」
だからあったかいのか俺は。自分じゃわからん。
もう一匹が寝ぼけたまま蓋をちょんちょん触ってきた。
「つるつる……」
寝ぼけながらも触るな。
パカパカッ(起きろ)。
「うにゃ……」
猫か。
◇
朝の群れの様子を観察してみた。
昨日は暗くてよく見えなかったけど、明るくなると色々わかってくる。
ゴブリンは全部で三十四匹いた。
子供が十二匹。大人が二十二匹。
大人って言っても、人間の子供くらいのサイズだ。一番でかいのが昨日の大きいゴブリンで、それでも人間の十二、三歳くらい。
武器は木の棒が基本。石を括りつけた槍もどきを持ってるのが数匹。それが精一杯の武装。
鎧はない。布を巻いてるだけ。
冒険者だった頃の感覚で、群れ全体の戦力を査定してみる。
…………。
弱い。
いや、弱いのはわかってた。ゴブリンだし。
でも——弱すぎないか?
大きいゴブリンは群れの中では飛び抜けてるけど、それでもEランクの下のほう。冒険者の駆け出しに一対一で負けるレベルだ。
他の大人ゴブリンはさらに弱い。
三十四匹いても、Dランクの冒険者パーティ一組に全滅させられるだろう。
なんでこんなに弱いんだ。
数はいるのに。三十四匹もいて、なんで一匹も強い個体が出てこないんだ。
普通、群れの中に一匹くらいは突出した奴がいてもおかしくないだろう。
でもいない。
大きいゴブリンですら、〝ちょっと体がでかいだけのゴブリン〟だ。
まるで——成長に蓋がされてるみたいだ。
…………蓋?
いや、今のは比喩なんだけど。
俺が蓋の話をすると、ややこしくなるな。
◇
群れの奥のほうに、一匹だけ離れて座ってるゴブリンがいた。
他のゴブリンと明らかに違う。
体は小さいが、顔中に皺が刻まれている。髪は白い。片方の耳が欠けてる。
杖をついてる。木の枝を削っただけの粗末な杖だけど、その杖にすがる姿に妙な威厳があった。
老ゴブリンだ。
昨日、群れに来たとき見かけなかったな。奥にいたのか。
大きいゴブリンに聞いてみた——と言っても、パカパカで指し示しただけだけど。
「ああ、じいさんだ。群れで一番の年寄り。みんな〝じいさん〟って呼んでる」
そのまんまだな。
「じいさんは昔のことをいろいろ知ってる。最近はあんまり動かないけど、頭はしっかりしてるぞ」
……ちょっと話を聞いてみたいな。
この群れがなんでこんなに弱いのか、何か知ってるかもしれない。
ズズズ。
老ゴブリンのほうに向かう。
老ゴブリンは、俺が近づいてきたのに気づいて、ゆっくりと顔を上げた。
しばらく、じーっと俺を見ていた。
……鋭い目だな。
老ゴブリンが口を開いた。
「——おぬし、ただの宝箱ではないな」
お。通じるのか。
いや、通じるっていうか——こいつ、俺を見ただけでそれがわかるのか。
「中に〝意思〟がある。人の知恵を持つ目をしておる」
目はないんだけどな。宝箱だし。
でもまあ、言いたいことはわかる。
パカッ(まあな)。
老ゴブリンがゆっくりと頷いた。
「昨日の騒ぎは聞いておる。おぬしが仲間を助けてくれたと。怪我を治してくれたと」
パカッ(そうだ)。
「……ありがたいことじゃ」
老ゴブリンの目が少し潤んだけど、すぐに引き締まった。
「じゃが、おぬしに一つ聞きたい。おぬしは——この群れが、弱いと思うか?」
……ド直球だな。
でも嘘をついてもしょうがない。
パカッ(思う)。
老ゴブリンがカカッと笑った。
「正直じゃな。……そうじゃろう。弱い……どうしようもなく弱い」
自分で言うか。
「じゃが——」
老ゴブリンが杖を握り直した。
「——昔のゴブリンは、こんなに弱くなかった」
◇
「ワシの祖父の祖父の、そのまた祖父の代。言い伝えがある」
老ゴブリンがゆっくりと語り始めた。
「その頃のゴブリンは、今とは違った。もっと大きく、もっと賢く、もっと——誇り高かったと」
大きく?
どれくらいだ?
「人間の大人と同じくらいの背丈があった。武器も石の棒ではなく、鉄の剣を使い、鎧を着て、隊列を組んで戦った」
……それ、今のゴブリンとは完全に別物じゃないか。
「魔法を使う者もおった。集落を作り、畑を耕し、人間と対等に交易をしておった時代もあると聞く」
対等に? ゴブリンが? 人間と?
にわかには信じがたい。
冒険者だった十年間で、そんな話は一度も聞いたことがない。
「じゃが、ある日を境に変わった。ゴブリンは——〝育たなく〟なったのじゃ」
育たなくなった?
「どれだけ鍛えても、どれだけ戦っても、ある一線から先に進めなくなった。体は大きくならず、力もつかず、魔法も使えなくなった。まるで——」
老ゴブリンが、俺をじっと見た。
「——まるで、見えない蓋をされたかのように」
……蓋。
また蓋だ。
いや、今のは比喩だってわかってる。
でも——妙に引っかかる言い方だな。
「何世代もかけて、ゴブリンは弱くなっていった。大きかった体は縮み、知恵は薄れ、武器を作る技術も失われた。今では——おぬしも見ての通りじゃ」
木の棒と、布切れ。
かつて鉄の剣を振るっていた種族の成れの果て。
「ワシらだけではない。他の魔物も同じじゃ。オークもトレントも、昔はもっと強かったと聞く。みな、ある時期を境に〝育たなく〟なった」
全種族?
ゴブリンだけじゃなく、魔物全体が?
「何が起きたのか、ワシにもわからん。わかっておるのは——〝ある日を境に〟ということだけじゃ。突然、一斉に起きた。自然なことではない」
突然、一斉に。
全種族の魔物が、同時に成長できなくなった。
自然現象じゃない。
じゃあ——誰かがやったってことか。
「ワシは長く生きておるが、答えは見つかっておらん。見つかっておらんが——」
老ゴブリンが、また俺をじっと見た。
「おぬしの中に入った仲間は、出てきたとき、少しだけ強くなっておったそうじゃな」
パカッ(ああ)。
「〝育たなく〟なったはずの者が——おぬしの中で、育った」
…………。
言われてみれば——そうだ。
昨日回復したゴブリンの蓋裏表示。
〝基礎体力・微増〟〝魔力耐性・微増〟。
あれは単に回復のおまけじゃなくて——〝本来成長できるはずだったのに止められていた分〟が、俺の中で解放されたってことか?
いや、まだわからない。
でも——つじつまは合う。
魔物の成長に〝蓋〟がされている。
俺は〝蓋を開ける〟宝箱だ。
……偶然か?
偶然にしては、出来すぎてないか?
「おぬしが何者なのか、ワシにはわからん」
老ゴブリンが静かに言った。
「じゃが——おぬしには、何かがある。我らには手の届かぬ、何かが」
何かがある、か。
正直、俺にもわからない。
蓋の裏の取説にも、そんなことは書いてない。
でも——余白はまだある。
まだ更新されてない、広い余白。
あそこに、いつか答えが浮かぶのかもしれない。
◇
老ゴブリンとの話のあと、しばらく考え込んでいた。
魔物の成長が止められている。
全種族、同時に。
誰かが——あるいは何かが——それをやった。
俺の『収納』は、その〝蓋〟を少しだけ開けられるのかもしれない。
でも〝微増〟だ。ちょっとだけ。
あの大きいゴブリンだって、収納に入れたらもう少し強くなるだろう。
でも〝もう少し〟で、Bランクの冒険者に勝てるようにはならない。
……もっと根本的な何かが必要だ。
成長の〝蓋〟そのものを外す方法。
それが……どこかにあるのか。
あるとしたら——どこに?
考えてもわからない。今の俺には情報が足りない。
でも——手がかりはある。
収納の取説。あの余白。
使い込めば更新される取説。
まだ知らない機能が、あの余白の中に眠っているとしたら。
もっと色々なものを収納して、もっと色々な使い方を試して。
そうすれば——いつか、余白が埋まるかもしれない。
答えが浮かぶかもしれない。
焦ることはない。
俺は宝箱だ。
宝箱ってのは、じっくり中身を増やしていくもんだ。
◇
考え事をしてたら、大きいゴブリンが来た。
「おい、宝箱。なあ、おまえに名前ってあるのか?」
名前。
前世の名前はカイル。
でも——カイルは死んだ冒険者の名前だ。
今の俺の名前は——ない。
パカパカ(ない)。
「ないのか。じゃあ——俺がつけていいか?」
おまえが?
パカッ(いいけど)。
大きいゴブリンが、腕を組んで考え始めた。
「うーん……金色だから……キン……いや、ダサいな……」
ダサいのは自覚あるのか。
「宝箱だから……ハコ……」
もっとダサい。
「パカパカするから……パカ……」
それはもはや名前じゃない。擬音だ。
「…………」
大きいゴブリンが黙り込んだ。
横から子供のゴブリンが口を出した。
「ねー、あの宝箱、中に入ると気持ちいいんでしょ? あったかいんでしょ?」
「ああ。グリンがそう言ってたな」
「じゃあ——〝タカラ〟は? 宝物のタカラ」
大きいゴブリンが、目を丸くした。
「……おまえ、たまにいいこと言うな」
「えへへ」
大きいゴブリンが俺を見た。
「〝タカラ〟。どうだ?」
タカラ。
宝物のタカラ。
宝箱だから、タカラ。
安直だ。安直なんだけど——
悪くない。
パカッ(いいよ)。
「よし! 今日からおまえは〝タカラ〟だ!」
大きいゴブリンが嬉しそうに叫んだ。
周りのゴブリンたちが「タカラー!」「タカラだってー!」と騒いでる。
……なんか、大事になったな。
まあいいか。
タカラ。
冒険者カイルは死んだ。
今日から俺は——タカラだ。
金色の宝箱の、タカラ。
パカッ。
◇
【次回】群れのゴブリンを片っ端から収納して強化してみることにした。蓋裏がえらいことになってる。あと、大きいゴブリンにも名前がなかったから、つけてやりたいんだけど——喋れないから伝えられない。どうすんだこれ。




