第5話「元気になりすぎじゃないか?」
三十二分。
蓋裏の〝推定完了〟に書いてあった時間だ。
その間、俺はゴブリンたちと一緒に広間で待ってた。
〝一緒に〟って言っても、会話はできない。俺は喋れないし、パカパカの意味もそこまで伝わらない。
だからただ、並んで待ってた。
大きいゴブリンは俺の横にどかっと座って、じっと蓋を見つめてる。
仲間が心配なんだろう。
小さいゴブリンたちは最初おっかなびっくりだったけど、十分くらいしたら慣れてきたらしく、俺の周りをうろうろし始めた。
一匹が蓋をちょんちょん触ってきた。
噛まないぞ。
もう一匹がちょんちょん。
だから噛まないって。
「……つるつるだ」
それ、前にも聞いたような——いや、気のせいか。
そうこうしてるうちに、三十二分が経った。
蓋裏が——ぱっと光った。
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〝収納〟──▶ 生体格納 完了
対象:ゴブリン
状態:重傷 → 全快
肩部骨折 ──── 修復完了 ✓
顔面打撲(重度) ── 修復完了 ✓
背部裂傷 ──── 修復完了 ✓
体力低下 ──── 回復完了 ✓
追加効果:
基礎体力 ── 微増
魔力耐性 ── 微増
* 格納対象の排出を推奨します
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全快。しかも〝追加効果〟って書いてある。
治っただけじゃなく、ちょっと強くなってるのか。
アイのときと同じだな。収納の中にいるだけで、回復して、さらに強化される。
〝排出を推奨〟か。出してやろう。
パカッ。
蓋を開けた。
大きいゴブリンが身を乗り出す。
収納から——ゴブリンが飛び出してきた。
ぽんっ。
「うおおおおおっ!?」
飛び出してきた、っていうか、跳ね出てきた。
すごい勢いだ。蓋から射出されたみたいに飛んで、着地して、きょろきょろしてる。
さっきまで意識がなかった奴が、もう立ってる。
しかも——元気すぎないか?
顔の腫れは完全に引いてる。肩もちゃんと動いてる。
それどころか、なんか……肌ツヤが良くなってないか?
目がパッチリしてる。姿勢もいい。さっき殴り飛ばされたのと同じ奴とは思えない。
「あれ……? 俺、死んだんじゃ……?」
大きいゴブリンが駆け寄った。
「死んでねえよ! おまえ生きてる! 治ってる!」
「え? マジで? いや、なんか体軽いんだけど……めちゃくちゃ調子いいんだけど……」
調子いいだろうな。〝基礎体力・微増〟〝魔力耐性・微増〟って書いてあったからな。
回復した上に、ちょっとだけステータスが底上げされてる。
治っただけだったらゼロに戻るだけだけど、こいつはゼロを超えてプラスになってる。
治療+強化。
一回の収納で二度おいしい。
……このスキル、やばくないか?
回復したゴブリンが、きょろきょろして俺を見つけた。
「……あれ。なんで宝箱がいるんだ?」
大きいゴブリンが答えた。
「こいつが助けてくれたんだ。おまえを治したのも、こいつだ」
「は? 宝箱が?」
「宝箱が」
「…………」
回復したゴブリンが、俺の前まで来て、じーっと見つめた。
しばらく黙ってから——ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。よくわかんないけど、ありがとう」
よくわかんないのはこっちもだ。
パカッ(どういたしまして)。
◇
ゴブリンたちが落ち着いたところで、蓋裏をもう一度確認した。
さっきの〝生体格納 完了〟の表示は消えてる。
代わりに——取説の部分に変化があった。
余白だったところに、新しい文字が浮かんでいる。
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〝収納〟(更新)
体内に物体を格納できる。
格納中の物体は劣化しない。
格納した物体の性質を読み取り、
再現することができる。
生体を格納した場合、
自動修復および強化が適用される。
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また後出しだ。
使ってから書くな。使う前に書け。
でもまあ、おかげで確認が取れた。
〝生体を格納した場合、自動修復および強化が適用される〟。
これ、公式機能だったのか。
アイで実験してたときは取説が更新されなかったのに、ゴブリンで使ったら更新された。
……ある程度、怪我をした生き物を入れたのが条件だったのかもしれない。
だからスライムだとカウントされなくて、ゴブリンだとカウントされた。
まあ強くなってるから問題ないんだけど。
それにしても——余白がまだ残ってる。
この取説、あと何回更新されるんだ?
◇
ゴブリンたちの自己紹介——というか、状況説明が始まった。
もちろん俺は喋れないので、聞く側専門だ。パカパカで相槌を打つくらいしかできない。
大きいゴブリンが話してくれた。
こいつらは中層に棲んでいる群れの一部らしい。本来は三十匹以上いたんだけど、最近冒険者の出入りが増えて、どんどん減ってるんだと。
「先月は四十二匹いた。今は三十ちょっとだ」
十匹以上、やられたのか。
「逃げるしかねえんだ。戦っても勝てない。武器は木の棒だし、体は小さいし。冒険者が来たら、とにかく逃げる。でも、逃げきれない奴もいる」
大きいゴブリンが拳を握った。
「俺は——群れで一番でかいから、いつもシンガリだ。仲間を逃がして、自分は最後に走る」
シンガリ。
さっき、仲間の前に立って退かなかったのも、いつもやってることだったのか。
「でも今日は——逃げ場がなかった。行き止まりに追い込まれた。俺が前に立ったけど、あのままだったら全員やられてた」
そこに俺が来た。
「おまえが助けてくれなかったら、死んでた。全員」
パカッ(まあな)。
「…………」
大きいゴブリンが、真っ直ぐ俺を見てる。
「なあ。聞いていいか」
パカッ(どうぞ)。
「おまえ——これからどうすんだ?」
……どうする、か。
そう言われると、困る。
俺には目的がない。
冒険者だった頃は、クエストをこなして報酬を得る、というシンプルな目標があった。
今は——宝箱だ。
クエストは受けられない。ギルドには行けない。報酬もいらない。
ここ三日間は『収納』を鍛えるのが楽しくて、それが目的みたいになってた。
でもそれは目的じゃなくて、ただの暇つぶしだ。
どこに行くか。何をするか。
決めてない。
パカパカ(わからない)。
大きいゴブリンが、ちょっと考え込んだ。
それから、意を決したみたいに言った。
「——うちの群れに来ないか?」
は?
「おまえが来てくれたら、仲間を守れる。冒険者が来ても追い返せる。怪我した奴も治せる」
いやいやいや。
俺は宝箱だぞ。ゴブリンの群れに、宝箱がいたらおかしいだろ。
「おかしくねえよ。おまえは俺たちを助けてくれた。仲間を治してくれた。それだけで十分だ」
パカパカッ(いやでも)。
「頼む」
大きいゴブリンが、また頭を下げた。
後ろで、小さいゴブリンたちも——
ぺこり。ぺこり。ぺこり。ぺこり。ぺこり。
全員。
回復したやつまで頭を下げてる。おまえ、さっき起きたばっかりだろ。
…………。
…………はあ。
宝箱の前でゴブリンが六匹、頭を下げている。
これを断れる宝箱がいるか?
いないだろ。
だって——俺にはどこにも行くところがないんだ。
冒険者ギルドには戻れない。家もない。
でもここに〝来ないか〟って言ってくれる奴がいる。
冒険者カイルとして十年やってきて——パーティを失ってからの数年間、誰にもそんなこと言われなかった。
ソロでいたかったんじゃない。
ソロでしかいれなかっただけだ。
……なのに、宝箱になってから誘われるって、どういうことだよ。
世の中わかんねえな。
パカッ。
大きく開けた。
肯定のパカッ。
大きいゴブリンが顔を上げた。
「……来てくれるのか?」
パカパカッ(行くよ)。
大きいゴブリンの顔が、くしゃっと崩れた。
「——よし おまえら、こいつは仲間だ! 群れに連れて帰るぞ!」
ゴブリンたちが歓声を上げた。
「おおー!」
「宝箱が仲間!」
「すげえ! 宝箱の仲間!」
「何が入ってんだろ!」
開けるな。
パカパカッ(勝手に開けるな)。
◇
ゴブリンたちについて、群れの拠点に向かう。
中層の奥のほう。冒険者がめったに来ない、入り組んだ横穴の先にある場所らしい。
天井が低くて、道が狭い。
人間なら腰をかがめないと通れないけど、ゴブリンと宝箱にはちょうどいいサイズだ。
なるほどな。ここなら冒険者も攻めてきにくい。
ズズズ。
ゴブリンたちが前を歩いて、俺がその後ろをズズズ。アイは俺の横をぷるんぷるん。
大きいゴブリンが時々振り返って、俺がちゃんとついてきてるか確認してる。
……なんか、こういうの久しぶりだな。
パーティで移動してた頃を思い出す。
先頭を歩くタンク。その後ろに剣士。真ん中に魔法使い。最後尾に盗賊。
俺は剣士だったから二番目だった。
前を歩くでかい背中を見ながら、ついていく感覚。
今は——前を歩くでかいゴブリンの背中を見ながら、ズズズでついていってる。
全然違うのに、どこか似てる。
パカッ。
小さく蓋を開けた。
別に意味はない。
ただ——ちょっとだけ、嬉しかっただけだ。
◇
「着いたぞ」
横穴の先に、少し広い空間が開けた。
天井が高くなっていて、壁の隙間から外の空気が入ってきてる。じめじめしてない。
地面には枯れ草が敷いてあって、あちこちに小さな焚き火の跡がある。
そして——ゴブリンがたくさんいた。
二十匹。いや、もっとか。
子供みたいな小さいのから、大きいゴブリンと同じくらいのやつまで。
全員が、通路から入ってきた俺たちを見て——固まった。
そりゃそうだ。
仲間が帰ってきた。
その後ろに——金色の宝箱がズズズと滑ってきた。
横には藍色のスライムがぷるんぷるんしてる。
意味がわからないだろう。俺だってわからない。
ざわ……ざわざわ……。
「な、なんだあれ」
「宝箱……?」
「動いてるぞ」
「ミミックか!?」
「早く、にげ——」
「逃げなくていい!」
大きいゴブリンが叫んだ。
「こいつは味方だ! 俺たちを助けてくれた! 今日から仲間だ!」
しーん。
ゴブリンたち、全員ぽかんとしてる。
まあ、そうなるよな。
〝宝箱が仲間〟って言われて、はいそうですかってなるわけがない。
でも、大きいゴブリンは構わず続けた。
「ケガしてたグリンを治してくれた。冒険者も追い払ってくれた。こいつは——すげえ宝箱だ」
すげえ宝箱。
褒められてるのか? 褒められてるんだろうな。
パカッ(よろしく)。
ゴブリンの群れが、おそるおそる近づいてきた。
一匹がちょんちょん触ってきた。
「……つるつるだ」
また言われた。
もう一匹。
「あったかい」
あったかいのか、俺。自分じゃわからんけど。
子供のゴブリンが、蓋の隙間を覗き込もうとした。
パカパカッ(中を覗くな)。
「えー」
えーじゃない。
アイがぷるんと箱の横から顔を——顔はないけど——出した。
子供ゴブリンたちが「うわ! スライム!」「ぷるぷるしてる!」「さわっていい!?」と群がった。
アイがぷるるん(人気者)。
おまえ、馴染むの早いな。
…………。
こうして、俺はゴブリンの群れの〝仲間〟になった。
宝箱として。
ミミックとして。
元Bランク冒険者として——いや、それはもう関係ないか。
今の俺は、ただの宝箱だ。
ゴブリンたちの群れにいる、金色の宝箱。
中にはスライムと、冒険者だった頃の装備と、拾い集めた落とし物がいっぱい入ってる。
パカッ。
枯れ草の上に落ち着いて、蓋を閉じた。
周りから、ゴブリンたちの声が聞こえる。
ざわざわ。がやがや。
子供がはしゃいでる声。大人が話してる声。
焚き火がぱちぱち燃える音。
……静かだったダンジョンの通路とは、全然違う。
ズズズしか聞こえなかったあの頃とは、全然違う。
うるさいな。
でも——
パタン。
蓋を閉じて、眠りにつく。
宝箱になって、初めて。
うるさい中で眠った。
悪くなかった。
◇
【次回】群れのゴブリンが三十匹以上いるのに、全員弱い。なんでこんなに弱いんだ? 群れの奥にいた老ゴブリンに話を聞いてみたら、とんでもないことを言い出した。〝昔のゴブリンはもっと強かった〟——って、どういうことだよ。




