第48話「砂漠に、蓋を開けに来た」
ナギの案内で、砂漠を二日間歩いた。
正確には、俺はズズズした。砂の上のズズズは少し沈むから遅い。砂ズズズ。
ナギは砂の上を滑るように移動する。蛇だから砂との相性が抜群にいい。鱗が砂を掴んで推進力に変える。砂漠では俺より速い。
「タカラ、遅いぞー。砂の上は腹で滑るのが一番なんだよ」
俺は腹がない。箱だから。底面はあるけど。
「底面で滑れないのか?」
滑ってるんだよ。これがズズズだよ。
「ずずずって……もうちょっとかっこいい名前にしたら?」
うるさい。ズズズはズズズだ。変えないぞ。
◇
二日目の夕方。
ナギが砂丘の上で止まった。尻尾がぴくぴくしてる。
「あそこだ」
砂丘の向こうに——岩場があった。
砂漠の真ん中に、赤茶色の岩が突き出してる。その岩の間に——穴がいくつも開いてる。
巣穴だ。
「砂蛇族の集落。俺の故郷」
ナギの声がちょっと変わった。いつもの陽気さが少し引っ込んで、静かな声になってる。
「……八百年前は、もっと大きかった。ここ一帯が全部森で、砂蛇族は森の中に集落を作ってた。でも戦の王の暴走で森が焼けて、砂漠になって……集落も縮んだ」
八百年分の歴史が、この岩場に詰まってるんだな。
近づいていく。
岩場の入口に——蛇がいた。
サンドスネーク。ナギの進化前と同じ姿だ。砂色の小さな蛇。
見張りだろう。こっちを見て——ぎょっとした。
「なっ……ナギか? ナギなのか? おまえ、その姿は……!」
ナギが手を振った。手があるからな、もう。
「よう。久しぶりだな、トカ」
「おまえ……腕が生えてる……! 何があったんだ……!」
「封印を解いてもらった。こいつに」
ナギが俺を指した。
見張りのトカが——俺を見た。
黒と金の宝箱を。
「……はこ?」
またこの反応か。もう慣れたけど。
◇
集落の中に入った。
岩場の穴の中に、砂蛇族が住んでる。
全員——サンドスネーク。ナギの進化前の姿。小さくて、腕もなくて、片言しか話せない。
数は……三十匹くらいか。
集落の長が出てきた。白っぽい鱗の、少し大きめのサンドスネーク。
「……ナギ。おまえ、その姿……」
「長老。封印が解けたんだ。こいつが——俺の封印を解いてくれた」
長老がゆっくりと俺に近づいてきた。
舌をちろちろ出してる。
「……おまえが……蓋を開ける者か」
知ってるのか。
「いいつたえ……ある。いつか、はこがくる。ふたをあけるはこが。ふういんをとく、はこが」
言い伝え。この砂漠にも伝わってたのか。
〝俺がその箱だ〟
蓋文字を出した。長老が蓋裏の文字を読んでる。
「もじ……はこから、もじ……」
ナギと同じ反応だ。まあ、そうなるよな。
「おまえ……わしらの、ふういんも……とけるか」
〝解ける 全員まとめて〟
長老の目が見開かれた。蛇の目が見開かれるのは、もう二回目だから慣れてきた。
「ぜんいん……いちどに……?」
〝パンドラボックスの範囲解封だ 俺の周りにいるだけでいい〟
長老が——震えた。
体全体がぶるぶるしてる。蛇が震えるって、けっこう気持ち悪いな。
「……みんなを、よべ。みんなを、ここに、あつめろ」
見張りのトカが岩場の奥に向かって叫んだ。
「みんな出てこい! 蓋を開ける者が来たぞ! 封印を解いてくれるって!」
わらわらと——蛇が出てきた。
岩の穴から。砂の中から。岩の上から。
三十匹くらいのサンドスネークが、俺の周りに集まってきた。
全員がこっちを見てる。小さな蛇の目が、何十個もこっちを見てる。
期待の目だ。
八百年間、封印されて、弱い姿のまま生きてきた。力を奪われて、狩られて、砂漠の片隅に追いやられて。
パカラ村のゴブリンたちと同じだ。
同じ目をしてる。
パカッ。
〝やるぞ〟
〝解封〟——範囲展開。
金色の光が、俺を中心にじわっと広がった。
岩場全体を覆うくらいの範囲。半径二十メートル。パンドラボックスの範囲解封は、前よりさらに広がってる。
蓋裏がばちばちしてる。
──────────────────
〝解封〟──▶ 範囲解除
対象:範囲内の全封印
検出数:32件(進化封印31件
スキル封印1件)
解封を実行しますか?
──────────────────
三十二件。
実行!
◇
光が——砂蛇族全員に染みこんでいった。
一匹目が変わり始めた。体が伸びて、鱗の色が変わって、上半身に腕が生えてくる。
二匹目。三匹目。四匹目。
同時に。全員が同時に変わっていく。
「うわ……! 手が……手がある……!」
「体が大きく……!」
「声が……ちゃんと喋れる……! 言葉が出る……!」
岩場の中で、三十匹のサンドスネークが、三十人の砂嵐の踊り子に変わっていく。
金色の鱗、褐色の肌、腕、指、言葉。
八百年ぶりに取り戻した、本来の姿。
あちこちから声が上がってる。
「俺の手……俺の手だ……!」
「砂が動く! 砂が俺の言うことを聞いてる!」
「スキルだ……名前が浮かんでくる……!」
何人かが砂を操り始めてる。舞うように体を動かして、砂が渦を巻いてる。〝砂塵舞踏〟。全員が同じスキルを持ってるのか。種族固有スキルだな。
長老が——変わった。
白い鱗の蛇が、銀色の鱗の砂嵐の踊り子になってる。他の奴らより体が大きい。尾が太い。
そして——長老の手のひらに、金色の砂が集まってきてる。
普通の砂じゃない。光ってる。
「これは……〝砂金操術〟……。長老種にしか使えないスキル……。八百年ぶりに、戻ってきた……」
長老種の固有スキル。金色の砂を操る。サガのホブゴブリン長老種みたいなもんか。
長老が——俺の前に来た。
ゆっくりと。
そして、頭を下げた。
「蓋を開ける者よ……。我らは八百年、この日を待っておった」
他の砂蛇族も、全員が頭を下げた。
三十人の砂嵐の踊り子が、俺に向かって頭を下げてる。
「我らの力を、お返しいただいた。この恩は……決して忘れぬ」
…………。
なんか、すごいことになってる。
パカラ村のときも思ったけど、この瞬間は何度やっても慣れないな。
蓋文字を出す。
〝頭を上げてくれ 俺はただ蓋を開けただけだ〟
「ただ蓋を開けただけ……それが、どれほどのことか。おまえにはわからんだろうが……我らにとっては、八百年越しの奇跡なんだ」
奇跡、か。
俺にとっては、いつもの〝解封〟なんだけど。
でも——相手にとっては、人生が変わる瞬間なんだよな。
パカッ。
〝一つ頼みがある〟
「何でも言え」
〝俺は第二の塔に向かってる 中の魔王を浄化しに〟
〝おまえたちの故郷を砂漠にした魔王だ〟
〝浄化すれば この砂漠も変わるかもしれない〟
長老の目が——ぎらっと光った。
「……故郷が、戻るのか」
〝約束はできない でも可能性はある〟
長老がしばらく黙った。
それからにやっと笑った。蛇が笑うとちょっと怖いけど、いい顔だ。
「おまえが行くなら——我らも動く。砂蛇族は、蓋を開ける者に協力する」
仲間が、三十人増えた。
砂漠の案内、砂嵐の制御、砂の操作。砂漠で戦うなら、これ以上ない味方だ。
◇
夜。
集落の中で焚き火を囲んでる。
砂蛇族が料理を出してくれた。砂漠のサソリを焼いたやつ。見た目はアレだけど、食べてみると……
「うまい!」
ガルドが叫んだ。
「何これ! 殻がパリパリで、中がぷりぷりしてる!」
ナギが得意そうにしてる。
「砂漠のサソリは、焼くと旨いんだ。殻を剥がしちゃダメだぞ、殻ごと焼くのがコツ」
リーリアが恐る恐る食べて——目を丸くした。
「……おいしい。エビみたい」
レグナは食べられないから見てるだけだ。蒼い炎がちょっと寂しそうにゆらゆらしてる。
「食事は不要だが……匂いは感じる。いい匂いだな」
ガウルはサソリを五匹くらい食べてる。犬食いだ。
「ガウ。うまい。砂漠、飯はいいな」
鼻が効かなくて落ち込んでたくせに、飯がうまければ機嫌が直るのか。犬だな。
「犬じゃない」
また、心の声が聞こえたのか。耳と勘はいいんだよな、ほんと。
◇
食事の後。
長老が俺のそばに来た。
「蓋を開ける者よ。一つ、伝えておきたいことがある」
〝なんだ〟
「第二の塔の手前に、でかいのがいる」
でかいの。
「〝砂帝蠍〟。砂漠の王。巨大なサソリだ。Sランク相当。あいつがいる限り、塔には近づけない」
Sランクの巨大サソリか。厄介な相手だな。
〝そいつは凶暴なのか?〟
「元々は砂漠の守護者だった。穏やかな生き物だ。だが……最近、おかしくなった。暴れるようになった。塔の封印が弱まったせいだと思う」
戦の王の残響だな。第一の塔のときと同じだ。
「あいつを何とかしないと、塔にはたどり着けない。砂蛇族も、あいつには手が出せなかった。Eランクの蛇が、Sランクのサソリに勝てるわけがないからな」
そりゃそうだ。
でも今は——砂嵐の踊り子が三十人いる。
俺はパンドラボックスのSランク。
レグナはAランク上位。ガルドとガウルがAランク。ナギがBランク上位。
〝なんとかする〟
「なんとかする、か。あっさり言うな」
〝宝箱だからな 中身で勝負する〟
長老がぷっと笑った。
「中身で勝負、ね。面白い言い方だ」
面白いだろ。気に入ってるんだ、この言い回し。
◇
夜中。
リーリアが中に入った。
「おやすみ、タカラ。今日もいい日だったね」
いい日だったな。仲間が三十人増えた。
「砂蛇族のみんな、嬉しそうだった。封印が解けたとき、泣いてる子もいたよ」
見てた。
「タカラ……いいことしてるね」
〝蓋を開けてるだけだよ〟
「それが、いいことなんだよ」
…………。
パタン。
明日は砂帝蠍に向かう。
Sランクの巨大サソリ。砂漠の王。
こいつを倒して——いや、正気に戻して——第二の塔に向かう。
ズズズ。
……砂の上のズズズは、やっぱり遅いな。
パタン。
◇
【次回】砂帝蠍が、砂漠の向こうからやって来る。地面が揺れてる。でかい。とんでもなくでかい。ガルドが拳を鳴らした。「よし。やるか」。全員のスキルで——砂漠最強のサソリに挑む。




