第47話「砂漠では犬が使えない」
赤砂の荒野に入った。
赤い。
どこを見ても赤い砂だ。地平線まで赤い。空は青いけど、地面が全部赤い。
太陽がでかい。暑い。街道沿いの木陰すらない。日陰がゼロ。
俺は宝箱だから暑さは関係ないんだけど、リーリアとガルドがつらそうだ。
ガルドが額の汗を拭いた。
「……暑い。なんだこの砂漠。ダンジョンが恋しいぞ」
ダンジョンは地下だから涼しかったもんな。
リーリアも顔が赤い。帽子を被ってるけど、日差しが強すぎる。
レグナは——平気だ。骸骨だから。汗をかく機能がない。
「暑さは感じぬ。乾燥は感じるが」
便利だな、骸骨。
問題は——ガウルだ。
◇
砂漠に入って三時間。
ガウルの様子がおかしくなった。
鼻をひくひくさせてるけど——いつもの「何か嗅ぎ取った」って顔じゃない。
困ってる顔だ。
「ガウ……。タカラ、やばい」
〝どうした〟
「鼻が……効かない」
え。
「砂だ。砂が全部の匂いを消してる。風に乗ってくる匂いが全部砂の匂いで上書きされて、何もわからない」
ガウルの嗅覚Sが——使えない。
「方角もわからない。普段は風の匂いで東西南北がわかるんだけど、砂漠の風はどっちから吹いても同じ匂いだ。砂。砂。全部砂」
ガウルが耳を伏せた。尻尾が完全に垂れてる。
犬の鼻が使えない。
今までの旅で、ガウルの索敵がどれだけ重要だったか。敵の接近、方角の判別、仲間の位置確認、全部ガウルの鼻に頼ってた。いや、頼りすぎていた……か。
「ガウ……。俺、役立たずだ……」
〝おまえのせいじゃない。環境の問題だ〟
「でも……索敵できないウォーウルフなんて、ただの銀色の犬だ……」
ただの犬って自分で言うな。
ガルドがガウルの背中を叩いた。
「気にすんな。鼻がダメなら耳と目がある。おまえの耳は、この中で一番いいだろ」
「ガウ……。耳は……まあ、砂嵐じゃなければ聞こえるけど……」
耳はまだ使える。嗅覚がダメでも聴覚がある。
でも、索敵の精度は大幅に下がる。
砂漠で道案内ができる誰かが必要だな。
◇
それから二時間歩いた。
道がわからなくなった。
街道の痕跡が砂に埋もれてる。風が砂を運んで、道を消してしまうんだ。
「タカラ、どっちだ」
ガルドが聞いてくる。
わからん。太陽の位置で東はなんとなくわかるけど、正確な方角は——
ガウルが耳をぴくっと立てた。
「ガウ。……何か聞こえる。砂の下から。ずるずるって音」
砂の下?
「近い。俺たちの……足元くらいの距離——」
地面が動いた。
俺たちの三メートル先の砂が、ぶわっと盛り上がった。
砂の中から——何かが出てきた。
蛇だ。
砂色の蛇。二メートルくらい。
でかい。普通の蛇の三倍はある。鱗が砂と同じ色をしてて、砂に潜ると完全に見えなくなるやつだ。
全員が構えた。ガルドが拳を握る。レグナが蒼い炎をちろっと灯す。
蛇が——こっちを見てる。
舌をちろちろ出してる。
…………。
攻撃してこない。
じっとこっちを見てる。
〝査定〟を使ってみる。
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〝査定〟
対象:サンドスネーク
総合戦力:Eランク
封印状態:スキル封印(中)
特記:知性あり(言語理解可能)
本来の姿は上位種
封印により退化している
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Eランク。弱い。ゴブリン以下だ。
でも——「知性あり、言語理解可能」。
しかも「本来の姿は上位種。封印により退化」。
こいつ……ダンジョンのゴブリンと同じだ。封印で弱くされてるだけで、本来はもっと強い。
蛇が口を開いた。
「……にんげん?」
喋った。
片言だけど、人間の言葉だ。
「にんげん……ちがう。おまえ……へん。へんなにおい。にんげんじゃない」
匂いでバレてる。ガウルと同じで、匂いは擬態じゃ誤魔化せないのか。
擬態を解いた。ぐにゃり。黒と金の宝箱に戻る。
蛇が——目を丸くした。蛇の目が丸くなるとか、初めて見たぞ。
「……はこ?」
箱だよ。
蓋文字を出す。
〝俺はタカラ パカラ村の代表だ〟
「もじ……。はこから、もじ……」
混乱してるな。まあ、宝箱が文字を出してたら混乱するか。
〝おまえは?〟
「……ナギ。すなへびぞくの、ナギ」
ナギ。砂蛇族。
〝ここで何してた?〟
「みちを、さがしてる。にし、にいくみち。すなが、ぜんぶけして……わからなく、なった」
西に行く道を探してた。砂が道を消してしまった。
こいつも迷ってたのか。
「おまえたち……ひがしに、いくの?」
〝ああ 第二の塔を探してる〟
ナギの目が変わった。片言の言葉に——感情が混じった。
「とう……。しろいとう? さばくのまんなかの?」
〝知ってるのか〟
「しってる。むかし……ナギのなかまが、あそこのちかくにいた。いまは……いない。ちからをうばわれて、よわくなって……にんげんに、かられた」
力を奪われて。弱くなって。狩られた。
封印の話だ。この砂漠でも、同じことが起きてたんだ。
「おまえ……ふういん、とける?」
ナギが俺をまっすぐ見てる。
「ナギのなかまが、いう。いつか〝ふたをあけるもの〟がくるって。ふういんをとく、はこがくるって」
蓋を開ける者。
ここまで伝わってるのか。砂漠の魔物の間にまで。
〝解ける 今すぐ〟
ナギの舌がちろちろ動いた。興奮してるのか。
「いま……いますぐ?」
〝じっとしてろ〟
〝解封〟。
ナギの体に——こつん。箱の角をぶつけた。
金色の光がナギを包んだ。
蓋裏が光る。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:サンドスネーク〈ナギ〉
封印状態:スキル封印(中)
検出された本来の姿:
サンドスネーク
→ 砂嵐の踊り子
解封を実行しますか?
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砂嵐の踊り子。
なんかかっこいい名前だな。
実行。
◇
ナギの体が——変わり始めた。
砂色の鱗が、金色に変わっていく。
体が伸びる。二メートルだったのが三メートルに。
そして——上半身が、変わった。
蛇の体の上に——人間の上半身が生えてきた。
腕ができた。肩ができた。首ができた。顔ができた。
褐色の肌。金色の目。砂漠の太陽みたいな色だ。耳が少し尖ってる。
下半身は蛇のまま。金色の鱗。長い尾。
上半身は人間——いや、亜人か。細身だけど筋肉がしなやかについてる。
ナギが、自分の手を見た。
「…………手が、ある」
声が変わった。片言じゃない。はっきりした声だ。
「手がある……指がある……。こんなの……何百年ぶりだ……」
手をぐっぱ、ぐっぱしてる。
それから——腕を大きく広げた。
砂が動いた。
ナギの周囲の砂が、ぶわっと舞い上がった。
「おおっ……! 砂が動く……! 俺が動かしてる……!」
砂を操ってる。手の動きに合わせて、砂が踊るように動いてる。
くるっと回った。腕を振った。砂が螺旋を描いた。
踊ってる……砂と一緒に。
「スキルだ……名前が浮かんでくる……〝砂塵舞踏〟……!」
砂が風になって、ナギの周りを渦巻いてる。きれいだ。砂漠の陽の光を受けて、金色の砂がきらきら光ってる。
「はっは! 最高だ! こんな力があったのか、俺に……!」
ナギが振り向いた。金色の目がきらきらしてる。
「おまえ……本当に解いてくれたのか。封印を」
〝解いたぞ〟
「箱なのに……すごいな、おまえ」
箱なのにって言うな。箱だからできるんだよ。
「名前、タカラだっけ。タカラ……箱のタカラ……。ぶはっ、宝箱がタカラって、そのまんまじゃないか!」
笑うな。気に入ってるんだよ、この名前。
「いや、ごめんごめん。でも最高だよ。最高。いい名前だ、タカラ」
こいつ、陽気だな。さっきまでの片言が嘘みたいだ。
封印で知性を抑えられてたのか。解封したら性格まで変わった——というか、本来の性格が戻ったんだろう。
「なあタカラ。俺、この砂漠のことなら何でも知ってる。道も、水場も、魔物の縄張りも、砂嵐が来る方角も。全部わかる」
〝第二の塔まで案内できるか?〟
「できるできる! 目をつぶってでも行ける! つーか、あそこの近くに俺の故郷があったんだ。封印のせいでみんなバラバラになったけど」
故郷。砂蛇族の集落。
「……案内してくれよ、タカラ。塔にも、俺の故郷にも。封印を解いてくれるなら——俺が道を全部教える」
〝いいだろう〟
ガルドが横で見てた。
「また仲間が増えたな」
増えたな。
「おまえ、仲間を増やすのだけは天才的だよな」
褒めてるのか貶してるのかわかんないけど、まあいいだろ。
ナギが尾をずるずる引きずりながら——いや、滑るように移動しながら、東を指差した。
「こっちだ。ついてこい。水場が半日先にある。そこで休んで、明日から本格的に砂漠に入るぞ」
ガウルがナギの横に並んだ。
「ガウ。おまえ、砂漠の匂いはわかるのか」
「匂い? 匂いなんか使わねえよ。砂の振動で全部わかる。砂漠の生き物は、砂の振動を読むんだ」
砂の振動。匂いじゃなくて、振動。
「ガウ……。俺の鼻が効かない場所で、おまえの感覚は活きるのか」
「当然。砂漠は俺の庭だからな」
ガウルの耳がぴくっと立った。尻尾がちょっとだけ上がった。
自分の代わりになる索敵役がいる——安心したのか、悔しいのか、たぶん両方だな。
「ガウ。……よろしくな、ナギ」
「おう! よろしく、銀色の犬!」
「犬じゃない。ウォーウルフだ」
「はは! ウォーウルフね! かっこいいな!」
こいつ、チョンに似てるな。何にでもかっこいいって言うタイプか。
◇
ナギの案内で、半日歩いた。
砂漠の中に——オアシスがあった。
小さな池と、ヤシみたいな木が何本か。
水だ。
ガルドが走っていって、池に顔を突っ込んだ。
「ぶはっ……! 水……水うめえ……!」
ガウルもばしゃばしゃ水を飲んでる。犬飲みだ。
リーリアが帽子を脱いで、水で顔を洗ってる。
レグナだけが木陰に立って、蒼い炎をゆらゆらさせてる。骸骨は水を飲む必要がないので暇そうだ。
俺は——収納に水を大量に取り込んだ。
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〝収納〟:淡水 ── 格納完了
格納量:約500リットル
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五百リットル。これだけあれば当分は大丈夫だろう。
ナギが池のそばで尾を丸めて座ってる。蛇の座り方だ。
「なあタカラ」
〝なんだ〟
「おまえ、第二の塔で何をするつもりだ。封印を解くのか?」
〝封印を解いて、中の魔王を浄化する〟
「魔王……。〝戦の王〟のことか」
〝知ってるのか〟
「砂蛇族に伝わってる。この砂漠はかつて〝戦の王〟の領土だったって。あの王が暴れて、森が焼けて、砂漠になった」
やっぱりそうか。八百年前の魔王の暴走で森が砂漠になった。
「でも砂蛇族は恨んでない。〝戦の王〟は戦いを愛した王だけど、弱者を虐げたことはなかったって。強い者には敬意を払い、弱い者には興味がなかった。だから俺たちみたいな弱い種族は、被害を受けなかった」
強者にだけ興味がある。弱者には無関心。
「代わりに森が犠牲になったけどな。……でもまあ、それはもう八百年前の話だ」
八百年前の話。
でも砂漠はまだ砂漠のままだ。傷は残ってる。
〝浄化できたら、この砂漠も元に戻るかもしれない〟
「え……本当か?」
〝わからない でも封印が解けたら、土地の力も戻るかもしれない〟
ナギの目がきらっと光った。
「……だったら俺、全力で手伝う。道案内だけじゃない。戦いも。何でもやる」
〝戦えるのか?〟
「〝砂塵舞踏〟をなめるなよ。砂漠では俺が最強だ。……たぶん」
たぶんかよ。
「砂帝蠍には勝てないけど、それ以外なら!」
砂帝蠍。さっそく名前が出たな。砂漠のボスか。
まあ——いい。仲間が一人増えた。
心強い。
パカッ。
明日から、本格的に砂漠に入る。
第二の塔を目指して。
◇
夜。
砂漠の夜は寒い。昼間の灼熱が嘘みたいに冷える。
焚き火を囲んでる。
リーリアが中に入った。
「おやすみ、タカラ。……砂漠、暑かったね」
暑かったな。俺は感じないけど。
「明日から大丈夫かな」
〝ナギがいる 道は任せていい〟
「ナギさん、面白い人だね。蛇だけど」
蛇だけどな。
パタン。
アイがぷるん(おやすみ)。
外でナギが焚き火の番をしてくれてる。
「俺、夜目が利くからさ。夜の見張りは任せてくれ」
蛇は夜行性だもんな。ありがたい。
ガウルが丸くなって寝てる。砂漠では鼻が使えなくて落ち込んでたけど、ナギがいるなら安心して眠れるのかもしれない。
ガルドがいびきをかいてる。ホブゴブリンのいびき、うるさいな。
レグナが静かに立ってる。骸骨は寝ないのか。
「我は眠らぬ。だが……星を見ている。砂漠の星は、きれいだな」
見上げると——星がものすごい数だ。空が光ってるみたいだ。
パカラ村からは見えなかった星が、ここでは見える。
遠くに来たんだな。
でも——帰る場所がある。
チョンの手紙が、収納の中にある。
パタン。
おやすみ。
◇
【次回】ナギの案内で砂漠を進む。砂蛇族の集落を見つけた。封印されたまま弱い姿で生きてる蛇たちがいる。タカラが〝範囲解封〟を使って——砂漠に、新しい風が吹く。




