第46話「蓋を開ける者」
旅が始まった。
俺たちは、東に向かってる。
第二の塔がある砂漠——〝赤砂の荒野〟を目指して。
メンバーは五人と一箱と一匹。
俺(宝箱)、ガルド(ホブゴブリン)、ガウル(ウォーウルフ)、レグナ(骸骨の将軍)、リーリア(人間)。アイは俺の中。ぷるん。
この面子で街道を歩いてたら暴動が起きるので、全員工夫してる。
俺は擬態で人間の姿。
リーリアはそのまま。人間だから問題ない。
問題は残りの三匹だ。
ガルドは——俺の収納の中にいる。
「狭い」
うるさい。街を通るときだけだから我慢しろ。
ガウルは——犬だ。
銀色の大型犬。ウォーウルフって、目をつぶってたらでかい犬に見えなくもない。
リーリアが首輪代わりに紐をつけて、散歩してるふりをしてる。
「ガウ……。これ、屈辱的なんだけど」
「ごめんね、ガウル。街を抜けたら外すから」
「…………ガウ」
尻尾が垂れてる。
レグナは——マントで全身を覆ってる。黒いマントをすっぽり被って、フードを深くかぶって、蒼い炎を限界までおさえてる。
遠目に見たら「でかい旅人」で通る。
……近くで見たら骸骨だけど。
「我はこのような姑息な手段は好まん」
好まなくても、二メートル超えの蒼い骸骨が街道を歩いてたら大騒ぎだぞ。
「……致し方あるまい」
致し方ないだろ。
◇
最初の街に着いた。ベイルの街から東に半日ほどの、小さな宿場町だ。
名前は——カルム。聞いたことないな。冒険者時代の行動範囲の外だ。
門番に止められた。
「名前と用件は」
「カイル。冒険者だ。東に向かう途中で、一泊したい」
「同行者は?」
「こっちはリーリア。仲間だ。犬は……ペットだ」
「ガウ」
ガウル、鳴くな。犬っぽくしろ。
「……あの、後ろのでかい人は?」
レグナを見てる。
「……連れだ」
「顔を見せてもらえるか?」
やばい……フードの中は骸骨だぞ!
レグナが低い声で言った。
「……顔に火傷がある。戦いで焼かれてしまってな……見せたくない」
門番がちょっと気まずそうな顔をした。
「……すまん。通っていいぞ」
通れた。レグナ、嘘つくの上手いな。
「嘘ではない。顔に炎がある。蒼い炎が」
屁理屈だろ、それ。
◇
カルムの街を歩いてると、あちこちから噂話が聞こえてくる。
「なあ聞いた? 東のほうで魔物が急に強くなってるらしいぞ」
「封印がどうとかって話だろ? ベイルの街の近くで塔が止まったとか」
「あー、あの宝箱の話か」
出た。宝箱の話。
「パカラ村だっけ? 魔物が村を作ったって話。リーダーが宝箱なんだろ?」
「嘘くせえよ。宝箱がリーダーとか、何の冗談だ」
「でもギルドが公式に認めたんだぜ。書状が掲示されてるって」
「マジか……。世も末だな」
世も末って言うなよ。
「その宝箱、ワイバーンを一匹で倒したらしいぞ」
「それ盛ってるだろ」
「いや、ベイルの冒険者が目撃したって。火を吐く竜の炎を丸ごと飲み込んで、そのまま返したんだと」
「……どういう仕組みだよ、それ」
収納だよ。説明すると長いけど。
「しかも殺さなかったらしい。肉食わせてなつかせたって」
「嘘だろ」
本当だよ。肉は偉大なんだよ。
「最近じゃ〝蓋を開ける者〟って呼ばれてるらしいぞ、あの宝箱」
……蓋を開ける者?
誰がつけたんだその二つ名。
「魔物の封印を解いて、蓋を開ける。だから蓋を開ける者」
なるほどな……。
悪くない。悪くないけど、ちょっと恥ずかしいな。自分の二つ名を他人の口から聞くのって。
リーリアが横で小さく笑ってる。
「蓋を開ける者だって。いい名前」
「……うるさい」
声に出して言っちゃった。人間の姿だから声出るんだった。
「あ、ごめん。でもいい名前だと思うよ、本当に」
…………。
まあ……嬉しくないと言ったら嘘になるけど。
宝箱が二つ名持ちって、なんかおかしいだろ。
パカパカしたい。できない。人間の姿だから。
パカパカ禁止、やっぱりつらい。
◇
宿を取った。二部屋。
一部屋は俺とリーリア——いや、見た目が男女だから問題あるな。
一部屋は俺とレグナ。もう一部屋はリーリアとガウル。
ガルドは俺の収納の中から「出せ!」って叫んでるけど、街中で出したらまずい。
「せめて部屋の中では出してくれよ!」
部屋に入ってから出した。すぽん。
「ぐっ……狭いし暗いし! 次から俺も変装させろ!」
ホブゴブリンの変装って何だよ。百八十センチの緑色の肌の筋肉ダルマをどうやって隠すんだ。
「帽子とか! マントとか! レグナはそれで通ったんだろ!」
レグナは二メートルの骸骨だけどマントで隠せた。ガルドは……肌の色がな。
「……くそ。タカラの擬態、俺にもかけられないのか」
〝擬態は自分にしか使えない 他人にはかけられない〟
「使えねえな!」
うるさい。
レグナがマントのフードを脱いだ。蒼い炎がぼうっと灯る。
「ガルド。我も好きでこうしているわけではない。耐えろ」
「おまえは耐えてるだけだろ! 俺は箱の中だぞ! 箱の中!」
まあ……次からは夜中に出すようにするよ。ごめんな。
「ごめんなで済むか!」
ガウルがリーリアの部屋から壁越しに言った。
「ガウ。俺は紐つけられた。おまえはまだましだぞ」
ガウルが一番ひどい目に遭ってるな、冷静に考えると。
◇
夜。部屋で宝箱に戻った。
パカパカパカパカッ!
一日分のストレスを全力で発散。
ガルドが「うるさい」って言ったけど無視した。
蓋裏を確認する。
──────────────────
現在地:カルムの街
第二の塔までの推定距離:
約七日(徒歩)
* 赤砂の荒野に入ると
水場が限られます
十分な水の確保を推奨します
──────────────────
あと七日か。
水の確保。収納に水を入れておけばいいだけだけど、どれくらい必要かな。
五人分——いや、レグナは水いらないか。骸骨だから。
「水は不要だが、砂漠の乾燥は蒼い炎に影響する。湿度がないと、炎の制御が難しくなる」
そうなのか。乾燥で炎の制御が変わるとか、面倒な仕様だな。
「仕様と言うな。体質だ」
体質ね。骸骨に体質があるのか。
まあいい。水は多めに確保しよう。リーリアの分、ガルドの分、ガウルの分、俺の分——俺、水いるのか? 宝箱だぞ?
……いらないな。
三人分でいいか。あとアイは水でできてるから補充が必要かもしれない。
ぷるん(水ほしい)。
了解。四人分だ。
◇
翌朝。出発前にカルムの街のギルド支部を覗いた。
擬態のまま。冒険者のフリをして。
掲示板を見る。依頼書がいっぱい貼ってある。
……東の方面の依頼が増えてるな。
「赤砂の荒野周辺の魔物討伐 ランクB以上」
「砂漠辺境の街道警備 ランクC以上」
「第二の塔周辺の偵察 ランクA以上 ※危険度特大」
第二の塔周辺の偵察。危険度特大。Aランク以上。
封印が弱まってるのは王国も把握してるんだな。偵察依頼が出てるってことは、状況がわかってない。ドレイクの駐留部隊だけじゃ対応できてないのか。
掲示板の横に——紙が一枚貼ってある。
ギルドからの通達だ。
『パカラ村について
ベイルの街近郊に存在する魔物の自治集落
〝パカラ村〟は、王国より正式に
自治集落として認められました。
パカラ村の住人への攻撃は
ギルド規約違反として処罰されます。
冒険者ギルド本部』
ここにも通達が来てるのか。
ちゃんと広まってるな。セルディスとドルトンがしっかり動いてくれたんだ。
冒険者が何人か通達を見てる。
「パカラ村ねえ……。攻撃したら処罰かよ」
「しかたねえだろ。ギルド本部の通達だぞ」
「でもよ、あの宝箱がワイバーンを一匹で倒したって話、本当なら攻撃したところで返り討ちだろ」
「それな。わざわざ死にに行くやつはいねえよ」
抑止力。強さが、攻撃されない理由になってる。
力で示すんじゃなくて、力が「ある」ことで平和を保つ。
冒険者時代にパーティのリーダーが言ってたな。「強いやつを殴りに行く馬鹿はいない。強いやつがそこにいるだけで、周りが静かになるんだ」って。
その通りだと思う。
◇
カルムの街を出た。
東へ。街道は続く。
緑が少しずつ減ってきてる。草原が乾いた大地に変わっていく。
空気も変わった。乾燥してる。風に砂が混じってる。
砂漠が近い。
ガウルが鼻をひくひくさせてる。
「ガウ……。匂いが変わってきた。土と草の匂いが薄くなって、砂と岩の匂いが増えてる。知らない魔物の匂いもする」
知らない魔物。砂漠の生き物。
冒険者時代の行動範囲を、完全に超えた。
ここから先は——カイルの知識が通じない場所だ。
新しい土地。新しい魔物。新しい敵。
でも——新しい仲間もいるかもしれない。
パカッ。
……あ、人間の姿だった。パカッはできない。
代わりに——胸の奥でパカッとした。
心のパカパカ。
……虚しい。早く宝箱に戻りたい。
◇
【次回】砂漠に入った。赤い砂。どこまでも続く赤い砂。ガウルの鼻が効かなくなった。砂で匂いが全部消えてる。「ガウ……何も嗅げない……」。犬の鼻が使えない砂漠で、どうやって進む? そのとき——砂の中から、何かが出てきた。




