第45話「行ってくる」
暗殺者騒ぎから三日後。
セルディスから書状が届いた。早い、この人はいつも仕事が早い。
『タカラへ
ベルモント侯爵を拘束した。
証拠は十分だ。裁判にかける。
パカラ村を自治集落として正式に認める書状を発行する。
書状はレイス経由で届ける。
セルディス』
認められた……正式に。
王国が、パカラ村の存在を公式に認めた。もう「勝手に住んでる魔物の群れ」じゃない。
ガルドに見せた。
「……マジか」
マジだよ。
「俺たちの村が……認められたのか。人間の国に」
〝ああ〟
ガルドがしばらく黙ってた。
それから——ぐっと拳を握った。
「タカラ。おまえがいなかったら、こうはならなかった」
〝おまえがいなかったら、村はできてなかった〟
「…………」
ガルドがにやっと笑った。
「お互い様ってことか」
お互い様だ。
レグナが言った。
「我が王が望んだ世界に、一歩近づいたな」
一歩だけどな。でも——大きな一歩だ。
◇
レイスが正式な書状を持ってきてくれた。
王国の紋章入りの羊皮紙。でかい赤い封蝋がついてる。
中身は——パカラ村を「王国の保護下にある自治集落」として認めるっていう公式文書。
ドルトンにも写しが届いてて、ベイルの街のギルドにも掲示されるらしい。
つまり——冒険者たちにも、パカラ村が公式に認められた集落だってことが伝わる。
もう勝手に襲撃してくる冒険者はいなくなる……はずだ。
「それともう一つ、報告がある」
レイスが革鞄から別の紙を取り出した。
「大賢者の手記の解読が、さらに進んだ。リーリアとサガの協力で」
〝まだ隠し文書があったのか〟
「隠し文書っていうか……手記の余白に、ものすごく小さい字で書かれていた注釈だ。虫眼鏡がないと読めないくらいの」
大賢者、どんだけ几帳面なんだよ。
「内容は——七基の塔に関する情報だ。ただし、ほとんどが断片的で……確実に読めたのは二点だけ」
二点。
「一つ目。封印を施したのは大賢者一人ではなく、七人の賢者だった。大賢者はそのリーダーだ」
七人の賢者。レグナがうなずいてる。知ってたんだろう。
「二つ目。各塔に封じられているのは——同一の魔王の欠片ではない」
――ここだ。
全員が息を呑んだ。
「第二の塔には、第一の塔とは別の魔王が封じられている。手記にはこう書いてあった——『各塔に一柱ずつ、七柱の王を封じた』」
七柱の王。
七人の魔王がいた。
レグナが口を開いた。
「……やはり、か」
〝知ってたのか?〟
「知っていた。我が王は、七人の魔王のうちの一人にすぎなかった。だが……おまえたちに言うべき時を計っていた」
計ってたのか。まあ、いきなり「魔王は七人いた」って言われても、以前の俺たちじゃ受け止めきれなかったかもしれないけど。
「我が王は七人の中でも最も穏やかな方だった。対話を望み、共存を夢見た。だが……他の魔王は違う」
違う、ね。
「第二の塔に封じられているのは……〝戦の王〟と呼ばれた方だ」
戦の王。マリウスも同じことを言ってた。
「七人の魔王の中でも、最も武に優れた存在。戦いの中でしか心を開かぬ方だった」
「戦いの中でしか心を開かない、って……浄化するにはまず戦わないとダメってことか?」
ガルドが聞いた。
「おそらく」
ガルドがにやっと笑った。こういうときのこいつの顔、ほんと好戦的だな。
「いいじゃねえか。殴りに行こうぜ」
殴りに行くって言うな。浄化しに行くんだよ。
◇
旅のメンバーを決めた。
俺、リーリア、ガルド、ガウル、レグナ。アイは俺の中。
レイスは残る。
「俺はこの塔を管理する義務がある。それに、王国との窓口も必要だ。俺がここにいれば連絡が取れる」
パカラ村の外交担当。頼もしい。
サガも残る。
「ワシは老骨じゃからのう。長旅は堪える。それに、村には長老が必要じゃ」
グラドルが丘の横から声をかけてきた。
「我がいる限り、この森は安全だ。安心して行け」
大樹海が守ってくれるなら、これ以上ないだろ。
こいつの覚醒した【スキル】が何なのか、まだ見れてないから気になるけど……。
それはまた今度のお楽しみにしておこう。
グリンが前に出てきた。
「タカラ。村は俺たちが守る。任せろ」
最初はビクビクしてた奴が、今じゃ村の守備隊長みたいな顔してる。
頼もしくなったもんだ。
チョンが——泣きそうな顔をしてる。
「俺も、行きたい……」
レグナがチョンの頭に骨の手を置いた。
「まだ早い。だが——次は連れていく。約束する」
「……ほんと?」
「我は嘘をつかぬ」
チョンがぐすっと鼻をすすった。
「……わかった。じゃあ強くなって待ってる」
強くなって待ってる、か。
この子は——いつかとんでもない奴になるかもしれないな。
◇
出発前夜。
焚き火を囲んでる。
明日の朝、出発する。東の砂漠に向かって。
サガが杖をついて立ち上がった。
「一つ、言わせてくれ」
全員がサガを見た。
「おまえたちがここに来たとき……ワシらはただのゴブリンじゃった。弱くて、狩られて、隠れて暮らすだけの生き物だった」
焚き火がぱちぱち鳴ってる。
「タカラが来て、蓋を開けて、封印を解いてくれた。おまえたちが出て行った先で何が待っておるかは、ワシにはわからん。だが——」
サガが俺を見た。
「帰ってくる場所はここにある。パカラ村は、おまえたちの家じゃ。忘れるなよ」
…………。
じいさん、泣かせること言うなよ。
宝箱は泣けないんだぞ。
パカッ。
◇
夜中。みんなが寝た後。
チョンが走ってきた。
「タカラ……起きてる?」
パカッ(起きてる)。
「あのね……これ」
チョンが——紙切れを差し出した。
小さな紙に、何か書いてある。
……蓋文字だ。
俺の蓋文字を真似して書いてある。ぐにゃぐにゃの、下手くそな文字で。
〝タカラへ
ぜったいかえってきてね
レグナもガルドもガウルもリーリアも
ぜんいんかえってきてね
まってる
チョンより〟
…………。
字が下手だ。
ゴブリンの子供が、宝箱の文字を一生懸命真似して書いたんだ。
何回も書き直した跡がある。紙がくしゃくしゃだ。
「変な字でごめん……蓋文字って難しくて……」
パカッ。
〝ありがとう〟
「……うん」
チョンが走って帰っていった。
紙を収納に入れた。大事にしまった。
これは——絶対に無くさない。
宝箱だからな。大事なものを入れておくのは、俺の本業だ。
◇
朝。
出発の朝が来た。
全員が見送りに来てくれてる。
ホブゴブリンたちが並んでる。ウォーウルフたちが遠吠えしてる。鏡鱗竜がきらきらしてる。鋼蟲がカチカチ鳴ってる。新入りのスライムたちがぷるぷるしてる。
あのとき——ダンジョンでゴブリンの群れを見つけたとき。
こんな未来、想像できたか?
できなかったよ。
グラドルが丘の横から見下ろしてる。
「宝箱。帰ってこなかったら、根で引きずり戻すぞ」
〝帰ってくるよ〟
レイスが敬礼した。塔守の敬礼。
「無事を祈る」
サガが杖で地面をとんと叩いた。
「行ってこい。全部の蓋を開けてこい」
グリンが叫んだ。
「タカラー! 絶対帰ってこいよー!」
チョンが——泣いてた。
でも手を振ってた。泣きながら。
「いってらっしゃーい!!」
……ああ。
行ってくるよ。
蓋文字を出す。全員に見えるように。でかく。
〝行ってくる〟
〝全部の蓋を開けに〟
ズズズズズズッッッ!
超高速ズズズで丘を駆け下りた。
後ろからガルドが走ってくる。ガウルが銀色の残像を残しながら先行してる。レグナが大股で歩いてる。リーリアがガルドの横を走ってる。
アイは俺の中からちょっぴりだけ出て挨拶。
ぷるん(いってきまーす)。
パカラ村が遠ざかっていく。
丘の上の村。見張り台。グラドルの巨体。
だんだん小さくなっていく。
でも——帰ってくる場所がある。
大事な手紙が、俺の中にある。
ぐにゃぐにゃの、下手くそな蓋文字の手紙が。
パカッ。
前を向く。
東の空に——太陽が昇ってる。
砂漠が、待ってる。
◇
【次回】東へ向かう旅が始まった。街道を行く宝箱と仲間たち。知らない街、知らない人間、知らない魔物。そして——砂漠の入口に辿り着いたとき、遠くに白い塔が見えた。第二の塔。その中に眠っている〝戦の王〟。レグナがつぶやいた。「あの方か……」。第二部、完。




