第31話「蓋を開けろ、全部だ」
翌朝。来た。
ガウルが吠えた。
「ガウゥゥゥッ! 全方位から……来る! 北、東、南東——百以上! もっといる! 二百……三百……数えきれない!」
三百。
パカラ村の戦力は約百五十。倍の数だ。
しかも凶暴化してる。理性がない。止まらない。
ガルドが丘の上に立って叫んだ。
「全員、配置につけ! 訓練通りにやるぞ!」
レグナが言った。
「第一陣は小型だろう。数で押してくる。次に中型。最後に——」
蒼い炎が揺れた。
「核が来る……【残響】の本体だ。それを叩かねば終わらん」
三段構え。
俺は蓋文字で作戦を出す。
〝第一波 鋼蟲が壁を作れ ウォーウルフで側面を潰す〟
〝第二波 ホブゴブリンが正面 レグナは遊撃〟
〝第三波 俺が出る〟
ガルドが頷いた。
「聞いたな! 動け!」
◇
第一波。
森の際から——ぞろぞろと出てきた。
コボルトの野良群れ。ゴブリンの凶暴化個体。大蟲の群れ。
目が赤い。全員、【魔王の残響】に侵されてる。
数は——百以上。視界の端まで、ぎっしりいる。
でかい声で吠えながら突っ込んでくる。統率なんてない。ただの突撃。
〝鋼蟲!〟
俺の合図で——地面が動いた。
丘の麓の土が盛り上がって、銀色の壁がせり上がった。
鋼蟲だ。七十匹が密集して、体を寄せ合って壁を作ってる。鋼の外殻が重なり合って、即席の城壁。
突っ込んできた小型魔物が壁にぶつかった。
ガンッ! ガンッ! ガガガガンッ!
弾かれてる。鋼の壁に体当たりしても、びくともしない。
効かない!
鋼蟲たちがカチカチ鳴ってる。「痒くもないぞ」って言ってるみたいだ。
壁で足止めしてる間に——横から銀色の影が走った。
ウォーウルフ。
十八匹が左右から挟撃。
ガウルが先頭を切ってる。
「全員、突っ込め! 噛んで、走って、噛んで、走れ!」
ヒット&ラン。立ち止まらない。走りながら噛みつく。
凶暴化した魔物は強いけど、ウォーウルフのほうが速い。追いつけない。
一匹噛んで、走り抜けて、旋回して、もう一匹。
銀色の旋風が、小型魔物の群れを端から削っていく。
上から——鏡鱗竜が降下してきた。
きらっ。
鱗が太陽光を反射した。集光……一点に集めた光が、地面を焼いた。
「ギャアッ!」
凶暴化ゴブリンが目を押さえて転がってる。目くらましじゃない、本当に焼いたのか。
鏡鱗竜、攻撃力あったんだな。偵察だけじゃなかった。
第一波——五分で蹴散らした。
鋼蟲の壁の前に、気絶した小型魔物が積み重なってる。
殺してない。凶暴化してるだけで、元は普通の魔物だ。残響が消えれば戻るかもしれない。
「第一波、終了!」
ガルドが叫んだ。
息つく暇もなく——第二波だ。
◇
地面が揺れた。
森から——でかいのが出てきた。
凶暴化オーク、十匹以上。
普通のオークじゃない。目が赤く光ってて、体から黒い靄が出てる。残響の影響がもろに出てる。
一匹一匹がAランク下位相当。十匹いたら——やばい。
そしてその後ろに——もっとでかいのがいる。
岩の巨人、ゴーレムだ。高さ五メートル。目が赤い、こいつも凶暴化してる。
Aランク相当が一匹、Bランク以上が十匹。
第一波とは格が違う!
「ホブゴブリン隊、正面! 壁を作れ!」
ガルドが三十四匹のホブゴブリンを率いて正面に出た。
鉄の武器を構える。進化前は木の棒だったけど、今は鋼だ。
凶暴化オークが突っ込んでくる。
ガルドが先頭で受けた。
オークの斧を——素手で掴んだ。
ドレイク戦でやったのと同じだ。
「こっちも素手で斧を止めるぞ! 怖くねえだろ!」
ホブゴブリンたちが吠えた。
「「「おおおッ!」」」
正面でぶつかり合った。ホブゴブリン三十四対凶暴化オーク十匹。
数で勝ってる。でもオークは理性がない分、痛みを無視して突っ込んでくる。
グリンが剣でオークの腕を斬った。でも止まらない、斬られた腕のまま突っ込んでくる!
「うわっ、こいつら痛がらねえ!」
凶暴化の厄介なところだ。
レグナが遊撃に出た。
蒼い拳——が、正面のオークじゃなくて、自分たちへ回り込もうとしてた二匹に向かった。
「不意を突くな、気概があるなら正面から来い!」
蒼い炎の拳が、オークの胸に突き刺さった。
ドゴンッ!!
吹っ飛んだ。五メートルくらい飛んで、木にぶつかった。
もう一匹にも——
ドゴンッ!!
同じだ。蒼い炎で焼かれた部分は、残響の黒い靄が消えてる。
「残響の力は、炎で焼ける……我が炎であればな」
レグナの炎が効くのか。元魔王軍の将軍の力だから、残響と相性がいいのかもしれない。
でも、レグナは魂が不完全だ。全力を出せないし、戦い続けたら持たないだろう。
後ろから——ゴーレムが来た。
五メートルの岩の巨人が、拳を振り上げた。
地面に叩きつけた。
ドォォォンッ!!
地面が割れた。衝撃波でホブゴブリンが何匹か吹っ飛んだ。
「ぐっ——!」
ガルドが踏ん張った。でも、ゴーレムの前ではホブゴブリンは小さい。
ガルドの拳じゃ、岩の体には効かない。
——俺の出番だ。
ズズズッ!
全速で前に出る。
ゴーレムが俺を見た——見てるのかわからないけど、こっちに拳を振ってきた。
でかい。
避ける。ズズズで横に滑る。拳が地面を砕いた。俺のいた場所が陥没してる。
反撃。
パカンッ!
〝ファイアランス〟!
赤い光の槍がゴーレムの胸に突き刺さった。
——浅い。岩が硬すぎて、表面を焦がしただけ。
火が効きにくいか。じゃあ——
パカンッ!
〝フロストエッジ〟!
氷の刃が地面を走って、ゴーレムの足元に到達した。
足首が凍りつく。氷が岩の隙間に入り込んで、膨張する。
ミシッ。
岩にヒビが入った。
そうだ。水が凍ると膨張する。岩の隙間に氷を入れれば、内側から破壊できる!
もう一発。
パカンッ!
〝フロストエッジ〟!
ヒビが広がった。ゴーレムの右足がぐらついた。
ここだ。
パカンッ!
白い光弾——全力。ヒビが入った右足に直撃。
ドゴォンッ!
右足が砕けた。
ゴーレムがバランスを崩して——傾いた。
〝ガルド! 今だ!〟
蓋文字を出す暇もないから、心の中で叫んだ。
——声は出ない。宝箱だから。
でもガルドは見てた。俺が何をしたか、全部見てた。
「全員——押せぇっ!」
ホブゴブリン三十四匹が一斉にゴーレムに取りついた。
傾いた巨体を——押した。
ずずずず——
ゴーレムが倒れた。
ドォォォォンッ!!!
地面が揺れた。五メートルの岩の巨人が、仰向けに倒れた。
倒れたゴーレムの胸に——レグナが飛び乗った。
蒼い拳を振り上げた。
「——動くな」
ドゴォンッ!
蒼い炎の拳が、ゴーレムの胸の中心を貫いた。
岩が砕ける。中から——赤い光の核が見えた。
ゴーレムの魔力核。これを壊せば止まる。
でも核から——黒い靄が漏れてる。【残響】だ。
レグナの蒼い炎が核に触れた。
黒い靄が——燃えた。消えた。
ゴーレムの目から、赤い光が消えた。
動かなくなった。
凶暴化が解けた。
◇
オークたちも——レグナが一匹ずつ蒼い炎で触れていって、黒い靄を焼いた。
赤い目が消えて、普通の目に戻っていく。
凶暴化が解けたオークたちは——ぼーっとした顔で座り込んだ。
「ここ……どこだ……?」
正気に戻ったらしい。
ガルドが汗を拭きながら言った。
「第二波も終わりか……?」
終わりじゃない。
ガウルの毛が逆立ってる。
「ガウ……まだ来る。もっとでかいのが。匂いが——今までで一番やばい」
もっとでかい。
森の奥が——暗くなった。
昼なのに、太陽が出てるのに。
森の奥から、黒いモヤが流れてきてる。
モヤの中に——何かがいる。
でかい。ゴーレムよりでかい。
十メートル以上ある。
黒いモヤそのものが、形を成してる。
四本の足、長い首……角がある。
何だ、あれは。
レグナの蒼い炎が、燃え盛っていた。
今まで見たことないくらい大きく。
「あれが……【残響の核】だ。魔王の怒りが凝縮し、形を成したもの」
なるほど……あれが、昨日レグナがいっていた残響の核――魔王の怒りか。
何百年も封じられた怒りが、ひとつの塊となって、歩いてる。
Aランク相当——いや、そんなもんじゃない。
もっと上だ。
「S級……いや、それ以上かもしれん」
レグナが言った。
「我が全盛のときでも——」
言い淀んだ。
全盛でも勝てるかわからないのか。ましてや今の、魂の欠片だけの状態じゃ——
黒い影が、一歩踏み出した。
地面が陥没した。踏んだだけで。
二歩目。
丘に向かってくる。
パカラ村に向かってくる。
「…………」
全員が見上げてる。
十メートルの黒い影を。
怖い。正直、怖い。
でも——
パカッ。
蓋文字を出す。
〝逃げない〟
ガルドが拳を握った。
「当たり前だ」
◇
【次回】パカラ村の全戦力で、残響の核に挑む。——足りない。全然足りない。そのとき、森の奥から——地面が揺れた。二十メートルの巨木が、歩いてくる。何百年ぶりに。




