第3話「生きてるやつが入っちゃったんだけど」
ダンジョン中層、二日目の朝。
朝っていっても、地下だから朝も夜もないんだけど。
蓋を開けたら目が覚めたから、たぶん朝。
宝箱の体内時計、案外しっかりしてる。
パカッ。
蓋の裏を確認。取説は変わってない。〝収納〟と〝擬態〟。余白はまだ広い。
さて、今日もやるか。
昨日で味を占めた。
冒険者の落とし物を拾って、収納して、そこから色んなことを学ぶ。
短剣の剣術。初級の火魔法。魔石で箱全体の底上げ。
全部、落とし物から手に入れた。
宝箱が拾い物で強くなっていく——冒険者からしたら意味不明だろうけど、俺からしたら最高の成長方法だ。
中身が増えるほど強くなる。
宝箱として、これ以上しっくりくる生き方があるか。
ズズズ。
今日は中層の東エリアを攻めてみよう。昨日は西側を中心に回ったから。
◇
東エリアは、西側より少し空気が湿っている。
壁が苔むしていて、ところどころ水が滴っている。
冒険者の出入りは西側より少ないみたいだ。足跡がほとんどない。
その代わり——魔物の気配が濃い。
西側では魔物に遭遇しなかった。たぶん、冒険者が頻繁に通るから魔物が寄り付かないんだろう。
でもこっちは違う。
奥の方から、ぺちゃぺちゃという音が聞こえる。
水の音——じゃない。
もっとねちょっとした音。何かが壁や床をぺちぺち叩いてるような。
角を曲がったら——いた。
スライムだ。
青い半透明のぷるぷるした塊が、通路の真ん中でぼーっとしている。
サイズは人間の頭くらい。小さい。
冒険者だった頃なら、剣で一突きして終わりの相手だ。経験値にもならない。
……でも、今は。
今は、俺も魔物だ。
こいつは——敵なのか? 仲間なのか?
スライムが、ぷるんと揺れた。
こっちを見ている——のか? 目がないからわからない。
でも、なんとなく、こっちに気づいている感じがする。
しばらく見つめ合った。
宝箱とスライムの見つめ合い。
世界で一番地味な対決だ。
スライムが——動いた。
ぷるん、ぷるん、とこっちに近づいてくる。
警戒してるわけじゃなさそうだ。ただ、珍しいものを見つけたから寄ってきた、みたいな感じ。
犬か。
俺の箱の前まで来て、ぷるっと止まった。
そして——ぺちょん、と箱の側面にくっついた。
……おい。
くっつくな。
ぺちょ。ぺちょぺちょ。
箱の表面をぺちぺちしている。
くすぐったいんだが。
宝箱にくすぐったいという感覚があるとは思わなかった。
パカパカッ(やめろ)。
蓋をパカパカしたら、スライムがびくっと離れた。
一瞬だけ。
すぐにまたぺちょん。
……図太いな、おまえ。
◇
スライムがくっついたまま離れない。
振り払おうにも手がない。ズズズで急発進してみたけど、スライムはぷるんと伸びてくっついたまま。
粘着力がすごい。さすがスライム。
しばらく格闘していたが——ふと思った。
こいつ、収納できるのか?
いや、生き物だぞ。
取説には〝体内に物体を格納できる〟としか書いてない。
〝物体〟
生き物は……物体なのか?
哲学的な話だな。宝箱の分際で。
でも、試してみたい。
純粋な好奇心だ。
こいつが箱に張りついてる今の状態なら、やりやすいかもしれない。
意識を集中する。
〝入れ〟
——すっ。
あ。
……入った。
スライムが、にゅるっと蓋の隙間から中に吸い込まれていった。
……入っちゃった。
生きてるやつが、入っちゃった。
ちょっと待て……大丈夫か? 中で死んだりしないか?
慌てて中の様子を感じ取る。
スライムの気配——ある。生きてる。
しかも、暴れてない。
なんか……おとなしい。
ぷるん、と一回だけ揺れた気配がして、それっきり静かになった。
寝てる?
寝てるのか、こいつ?
…………。
まあ、収納の中は〝劣化しない〟空間だ。
劣化しないってことは、中の環境が安定してるんだろう。温度も、空気も。
生き物にとっては、居心地がいいのかもしれない。
とにかく、生きた魔物を収納できた。
しかも中で大人しくしてる。
これは——予想外だ。
◇
しばらくスライムを中に入れたまま、通路を移動してみた。
重さは——感じない。収納の中にあるものは重量を感じないらしい。これも新発見だ。
装備を山ほど入れてるのに重くならないのはそういうことか。
スライムの様子を感じ取ってみる。
生きてる。おとなしい。
それと——さっきまでとちょっと違う。
スライムの魔力が、ほんの少しだけ増えてる気がする。
気のせいか?
いや——昨日、魔石を収納したとき、箱全体に魔力が充填される感覚があった。
あれと同じことが、スライムにも起きてるんじゃないか。
収納の中にいるだけで、魔力が回復する——あるいは、増える。
もしそうなら——
出してみるか。
〝出ろ〟
ぽよん。
スライムが蓋から飛び出して、地面にぷるんと着地した。
見た目は変わってない。
青い半透明の、ぷるぷるした塊。
でも——なんか、色がちょっと濃くなってないか?
さっきまで薄い水色だったのが、今はもう少し青が深い。
そしてサイズが——ほんの少しだけ大きくなってる。
人間の頭くらいだったのが、大きなボールくらいに。
もしかして……強くなってる? 俺に収納されることで?
スライムが、ぷるるんっと震えた。
元気になってる、明らかに。
さっきはぼーっとしてたのに、今は動きにキレがある。
ぷるん、ぷるん、と跳ねるように移動して——また俺の箱にぺちょんとくっついた。
……おまえ、また入りたいのか?
ぺちょぺちょ。
入りたいらしい。
……なんで。
中が気持ちいいのか。
まあ、強くなれるんだから、そりゃ入りたいだろうけど。
パカパカッ(今はダメ)。
スライムがぷるん(不満そう)。
◇
スライムがついてくるようになった。
ズズズで移動すると、後ろからぷるんぷるんとついてくる。
振り払っても戻ってくる。
もう諦めた。好きにしろ。
……しかし、生き物を収納して強化できるってのは、かなりヤバい発見だ。
武器や魔石を入れて俺自身が強くなるのとは、話が違う。
他の魔物を入れて、その魔物を強化して、出す。
それって——
仲間を強くできるってことだろ。
今はスライムだからインパクトが薄いけど、もっと強い魔物を入れたらどうなる。
……いや、今そこまで考えるのはやめよう。
まずは、もっと実験だ。
入れる時間で効果が変わるのか。
何回も出し入れしたらどうなるのか。
二匹同時に入れたらどうなるのか。
検証することが、山ほどある。
ズズズ。ぷるん。
宝箱とスライムが並んで中層の通路を進んでいく。
……絵面がかわいいな。たぶん。
自分で見れないのが残念だ。
◇
その後、落とし物集めを続けながら、スライムで実験を繰り返した。
結果。
入れる時間が長いほど、強化される度合いが大きい。
十秒くらいだとほとんど変わらない。三十分入れると、色が濃くなって一回り大きくなる。
一時間入れたら——
ぽよん。
出てきたスライムは、明らかに別物だった。
色は深い藍色。サイズは人間の胴体くらいに膨れ上がっている。
ぷるん、と揺れただけで、周囲の床が微かに振動した。
重量が増してる。密度が上がってる。
冒険者だった頃の感覚で言うと——こいつ、もうEランクの雑魚スライムじゃない。
Dランク——いや、Cランクの下くらいの気配がする。
たった一時間で、二ランクくらい上がってないか?
藍色のスライムが、ぷるんと嬉しそうに(たぶん)揺れて、俺の箱に体当たりしてきた。
どすん。
「っ——」
重い!
前のぺちょぺちょとは比べ物にならない衝撃。ズズズの制動が効かなくて、ちょっと滑った。
おまえ、加減しろ。
パカパカッ(痛い)。
スライムがぷるるん(ごめん)。
◇
スライムの実験で収穫があったところで、もう一つ気になることがある。
昨日、折れた杖の破片から火魔法を学んだ。
あれは〝壊れた触媒〟に残ってた魔力を読み取って再現した——みたいな感覚だった。
じゃあ、壊れてないやつだったら?
もっと、ちゃんとした魔法道具を収納したら?
落とし物の中に、まともな触媒がないか探してみるか。
……と思って中層を巡回していたら。
見つけた。
通路の脇の窪みに、赤い石が転がっている。
魔石——じゃない。
これは〝魔導石〟だ。
魔法使いが杖の先端に嵌め込んで使う、魔力増幅用の鉱石。
けっこう高価なやつだ。たぶん杖から外れて落ちたんだろう。冒険者が探しに来てもおかしくない。
……来ないうちにもらっておこう。
収納。
入った瞬間、昨日の火魔法とは比べ物にならない量の情報が流れ込んできた。
火属性の魔力増幅。中級火魔法『ファイアランス』に対応。充填魔力——豊富。
そして——使い方。
ファイアランス。火の槍を形成して、敵を貫く中級攻撃魔法。
昨日のファイアボルトとは威力が段違いだ。
頭の中に、魔法の構成が流れ込んでくる。魔力の練り方。形の整え方。放出のタイミング。
全部、この魔導石に染みついた〝使用者の経験〟から来てる。
やってみるか。
蓋を前方に向ける。通路の奥の壁を狙う。
魔力を練る——箱全体がじんわり熱くなる。
形を——槍のイメージ。蓋の先端に集める。
放出——
パカンッッ!!
蓋の隙間から、赤い光の槍が射出された。
昨日の小さな火の玉とは全く違う。
太い。速い。熱い。
赤い槍が通路を真っ直ぐ飛んでいって——壁にぶつかった。
ドォンッ!!
壁が——えぐれた。
拳大の穴が開いて、周囲の石が焦げている。
…………。
…………おお。
おお!
中級魔法、撃てたぞ!
宝箱が!
蓋から!
火の槍を!
……やばいな、これ。
拾った魔導石一個で、中級魔法が使えるようになった。
もっと上のランクの魔導石を手に入れたら。
違う属性の魔導石を手に入れたら。
全部収納して、全部覚えたら——
宝箱が何でも撃てるようになる。
火も氷も雷も。
蓋を開けたら何が飛んでくるかわからない、最悪の宝箱の完成だ。
冒険者のみんな、ごめんな。
最弱のミミックが、進化しちゃったよ。
◇
蓋を開けて、裏の取説を確認する。
——あ。
変わってる。
余白だった部分に、新しい文字が浮かんでいた。
──────────
〝収納〟(更新)
体内に物体を格納できる。
格納中の物体は劣化しない。
格納した物体の性質を読み取り、
再現することができる。
──────────
書き足された。
〝格納した物体の性質を読み取り、再現することができる〟
……おい。
最初から書いておいてくれよ。
取説更新ってなんだよ。
使って初めてわかる機能を、使ったあとに記載する取説。
不親切にもほどがある。
でも——余白がまだある。
この下にも、まだ何か増えそうだ。
使い込むほど、取説が更新される。
新しい使い方を見つけるたびに、蓋の裏に答え合わせが載る。
……うん。
嫌いじゃない、って言ったけど——ちょっと楽しいかもしれない。
パカッ。
◇
藍色のスライムが、通路の奥から何かを引っ張ってきた。
ぷるんぷるんと体を伸ばしながら、床の上を滑らせて運んでいる。
なんだあれ。
近づいてみると——鎧だった。
冒険者が着る鉄の胸当て。けっこう上等なやつ。
でも胸のあたりがベコベコに凹んでいて、使い物にならない状態だ。
魔物に殴られたか、落石に潰されたか。
スライムが、鎧を俺の前まで運んできて——ぷるん(どうぞ)。
……おまえ、持ってきてくれたのか?
ぺちょん(当然)。
俺が落とし物を集めてるのを見て、手伝ってくれてるのか。
……いい奴だな、おまえ。
ぷるん(へへ)。
収納。
鉄の胸当て。鋼鉄製。厚さ三ミリ。前面に凹み。背面は無傷。
——そして、着用者の〝体の動かし方〟が流れ込んでくる。
重い鎧を着ていても素早く動く方法。衝撃を受けたとき、体をどう逸らすか。
なるほど。これを蓋の動きに反映したら——
パカッ。パカッ。
蓋の開閉が、少し硬くなった。いい意味で。
さっきまでのパカパカは軽快だったけど、今は重みがあるパカパカだ。
『鎧を着た蓋』。
防御力が上がった——気がする。
試しに、横の壁に蓋をぶつけてみる。
ガンッ。
壁にヒビが入った。蓋は無傷。
うん、硬い。
宝箱の蓋が鎧並みの硬度になった。
これなら剣で斬られてもたぶん大丈夫だ。
いいぞ。どんどん持ってこい。
スライムがぷるんと揺れて、また奥に消えていった。
……回収犬かおまえは。
いや、回収スライムか。
まあいい。名前でもつけるか。
青い——いや、藍色のスライムだから——
〝アイ〟でいいか。
安直かな……安直だな。
でもまあ、呼び名がないと不便だし。
アイ、もっと持ってこい。
声は出ないので、蓋をパカパカして方向を示す。
アイがぷるんと跳ねて、通路の奥に消えていった。
…………。
なんだろう。
仲間、って言うのは大げさだけど。
一人(一箱)じゃないってだけで、だいぶ気が楽だ。
ズズズ。
宝箱と藍色のスライムが、ダンジョンの中層を巡回している。
片方は落とし物を収納して強くなり、片方は箱の中に入って強くなる。
傍から見たら意味不明だろうけど、これが俺たちの成長方法だ。
パカッ。
◇
【次回】中層の落とし物を集めつくした。もっといいものを求めて、下の階層に潜ってみることにした。そこで——見たことのない光景を見る。冒険者に追い詰められた魔物の群れ。ゴブリンだ。助けるか? 俺には、関係ない。関係ないんだけど——。




