第29話「動かぬ誇り、迫る影」
二十メートルの巨木が、丘の前に座ってる。
エンシェントトレント。森の長老。
こいつと話をすることになった。
問題は——こいつに何て言うかだ。
子供のトレントたちを倒したのはこっちだ。先に攻めてきたのはあっち。でも子供をやられた親が冷静でいられるかっていうと、そうとも限らない。
蓋文字を出す。
〝おまえの子供たちは殺してない〟
〝倒しただけだ 植物なら再生するだろう〟
エンシェントトレントの巨大な目が動いた。倒れたトレントたちを見てる。
——折れた幹から、もう新しい芽が出始めてた。植物系の魔物は再生力がある。時間はかかるけど、死んではいない。
「……そのようだな」
声が低い。地面が振動する。
「我が子らが先に手を出したのは、詫びよう。この森に、見知らぬ魔物が大勢現れた。子らが警戒するのは当然のことだ」
まあ、そうだろうな。俺たちが急にこの森に百五十匹で引っ越してきたんだ。森の住人からしたら「誰だおまえら」って話だ。
〝俺たちはこの丘のパカラ村に住んでる 森を荒らすつもりはない〟
「パカラ……? 変な名だな」
うるせえ。
「我はこの森の守り手だ。名は——グラドルという」
グラドル。名前があるのか。
「何百年もこの森にいる。根を張り、動かず、森を守ってきた」
何百年も動かず。
……サガの話を思い出す。魔物は封印で「育たなくなった」。トレントの場合は——「動けなくなった」のか。
本来のエンシェントトレントは「歩く森」だとサガが言ってた。自由に動き回って、森そのものを移動させる存在。
でも封印のせいで、根を張ったまま動けない。
何百年も、同じ場所に立ち続けてる。
〝動けないのは 封印のせいだ〟
〝俺にはその封印を解く力がある〟
グラドルの目が——光った。
一瞬。
でもすぐに消えた。
「……余計なことを」
え。
「我らは動かぬ。それがトレントの誇りだ。根を張り、嵐に耐え、動かぬことこそが強さだ。封印など……関係ない」
……拒否された。
解封を、拒否された。
ガルドが横で「マジか」って顔してる。
でも——わかる気がする。
何百年も動けなかった。動けないことを「誇り」だと思い込むことで、自分を保ってきた。
だから今さら「本当は動けるんだよ」って言われても、認めたくないんだ。
〝わかった 無理には解かない〟
グラドルが——少し驚いた顔をした。
「……食い下がらぬのか」
〝おまえの誇りだ 俺が決めることじゃない〟
〝ただ一つだけ〟
〝この森で俺たちが暮らすことは許してくれるか〟
グラドルがしばらく黙った。
「……我が子らに手を出さぬなら、好きにしろ」
休戦成立。
仲間にはならなかったけど、敵にもならなかった。
まあ——今はそれでいい。
グラドルがゆっくりと、根を引きずりながら森に帰っていった。
パカッ。
……いつか。
いつかあいつが「動きたい」って思ったとき、俺はまた蓋を開けに行こう。
◇
グラドルが去って、村が落ち着いた翌日。
レイスが険しい顔で来た。
いつもの私服じゃない。白い外套に鎧。塔守の正装だ。
「タカラ。まずい知らせだ」
パカッ(何があった)。
「王都から連絡が来た。ギルド本部経由で」
王都。
「パカラ村のことが——王国に知られた。〝進化した魔物が集落を作り、人間と協定を結んでいる〟と」
ドルトンの協定書がギルド本部に上がって、そこから王国に報告が行ったんだろう。
まあ——いつかはこうなると思ってた。
「王国が視察団を送る。聖騎士団の団長と、宮廷魔導士が来る」
聖騎士団の団長。
レイスの声がいつもより硬い。
「セルディス団長だ。俺の……上官にあたる。Sランク相当の騎士だ」
Sランク。
Aの上。
「それと、宮廷筆頭魔導士のマリウス。こっちもAランク上位。二人とも——俺より遥かに強い」
レイスより強い。二人とも。
「護衛の聖騎士が二十名ついてくる。合計二十二人。実質的な軍だ」
二十二人の精鋭。しかもSランクとAランク上位が率いてる。
……やべえな。
「いつ来る?」
ガルドが聞いた。
「三日後。ベイルの街に到着して、そこからこちらに来る」
三日。
「視察と言ってるが……セルディス団長が直接来るということは、最悪の場合は——」
レイスが言い淀んだ。
〝討伐もありうる?〟
「……ないとは言えない」
空気が変わった。
ガルドが拳を握った。ガウルの毛が逆立った。レグナの蒼い炎が揺れた。
「戦うのか?」
ガルドが聞いてきた。
…………。
Sランクの騎士。Aランク上位の魔導士。聖騎士二十人。
パカラ村はAランク下位相当。レグナがいてもAランク上位くらいか。
数では勝ってる。でも相手には、Sランクがいる。
Sランクっていうのは——Aランクを何人束ねても届かない壁だ。冒険者の常識だ。
正面からぶつかったら——勝てるかわからない。勝てたとしても、被害がでかすぎる。
でもそれ以前に——
〝戦わない〟
ガルドが目を丸くした。
「戦わないのか? 攻めてくるかもしれないのに?」
〝まず話す それでダメなら考える〟
「…………」
ガルドがしばらく黙って——ため息をついた。
「おまえは、いつもそうだな」
〝宝箱だからな 中身で勝負する〟
「はいはい」
レイスが少しだけ笑った。
「俺も仲介する。セルディス団長は——冷徹な人だが、話は聞く人だ。いきなり斬りかかってくるようなことはしない……と思う」
〝思う〟って何だよ。
「……たぶん」
たぶんかよ。
まあ、やるしかない。
三日間で準備だ。
パカッ。
◇
夜。
リーリアが中に入った。いつもの。
「おやすみ、タカラ」
パタン。
中に入ったリーリアの魔力が——俺の収納空間に広がっていく。
いつもよりあったかい。
蓋裏を見ると——あの余白の端っこに滲んでた文字が、ほんの少しだけ濃くなってた。
まだ読めない。でも——もうすぐだ。
もうすぐ読めるようになる。
何が書いてあるのか——楽しみなような、怖いような。
三日後にSランクの騎士が来る。
蓋裏には何かが近づいてる。
全部、同時に来る。
忙しくなるな。
……宝箱は、蓋を閉じたら即寝だからな。
今は寝よう。
パタン。
◇
【次回】セルディスとマリウスがパカラ村に来た。聖騎士二十人を連れて。丘の上に、白い鎧の集団が並んでる。その圧が——今まで出会った何よりも重い。




