第27話「王は、世界を滅ぼしたかったわけじゃない」
パカラ村にレグナを連れてきた。
二メートルの黒い鎧の骸骨が、村の入口に立ってる。
蒼い炎の目で、村を見渡してる。
ホブゴブリンたちがざわついた。
「な、なんだあいつ……」
「でけえ……」
「骨? 骨なのにあの圧……」
「タカラが連れてきたのか……?」
ガルドが前に出て説明しようとした、そのとき——
チョンが走ってきた。
全速力で。
レグナの前で止まって、見上げて、目をキラキラさせた。
「骸骨だ……かっこいい!! 剣教えて!!!」
レグナが固まった。
蒼い炎がぱちぱちしてる。困惑してるらしい。
「……子供であるか。我は、剣を持っておらんが」
「じゃあ素手で! 素手の戦い方教えて!」
「素手で戦ったことはないが……」
「じゃあ何でもいい! なんか教えて!」
レグナが助けを求めるように俺を見た。
パカパカッ(自分でなんとかしろ)。
「…………」
レグナが少し考えて——チョンの頭に、骨の手をそっと置いた。
「……まず、礼儀を学べ。名乗りもせずに〝教えて〟とは、将軍に対して無礼であるぞ」
チョンがぴしっと背筋を伸ばした。
「チョンです! よろしくお願いします!」
「……よかろう。我はレグナだ」
なんか、弟子入りが成立してしまった。
ガルドが横で複雑な顔をしてる。
「……俺の弟子を取るなよ」
「弟子? この子はおまえの弟子であったか。すまぬ」
「弟子っていうか……いや、まあ……」
ガルドが言葉に詰まってる。チョンはすでにレグナの足元にくっついてる。
寝返りが早いな、チョン。
◇
レグナを村のみんなに紹介してたら——レイスが来た。
今日も資料を持って通勤してきたらしい。
レイスが村の入口でレグナを見た瞬間——足が止まった。
顔色が変わった。
今まで見たことないくらい、緊張した顔。
「……その鎧は。その紋章は」
レグナの胸当てに、紋章が刻まれてる。黒地に蒼い炎。修復されたばかりの鎧に、くっきりと。
「魔王軍の……将軍の紋章……。塔守の記録にある。まさか……本当にいたのか……」
レイスの声がかすれてる。
レグナがレイスを見た。
「……おまえは。その白い外套。塔守であるか」
「……ああ」
二人が向き合ってる。
塔守と、魔王軍の将軍。
何百年越しの対面。
空気が重い。
——と思ったら、チョンがレグナの足にしがみついたまま言った。
「レイス! レグナ、かっこいいよね!?」
重たい空気が、一瞬で壊れた。
ありがとう、チョン。
レイスが——ふっと力を抜いた。
「……ああ。かっこいいな」
レグナが困惑してる。
「我が……かっこいい……? よくわからんが」
パカッ。
まあ、とりあえず座って話そうか。
◇
焚き火を囲んで、レグナの話を聞いた。
メンバーは俺、ガルド、サガ、リーリア、レイス。
レグナが話し始めた。
硬い口調だけど、一つ一つ丁寧に語ってくれた。
「我が王は——世界を滅ぼしたかったわけではない」
最初の一言が、それだった。
「王が望んでいたのは、人間と魔物が対等に暮らせる世界だった」
対等に。
俺がドルトンに伝えたのと、同じ言葉だ。
「あの時代、魔物は人間に追いやられていた。住む場所を奪われ、狩られ、追い詰められていた。王はそれを変えたかった」
「でも……戦争になったんだろ?」
ガルドが聞いた。
「ああ。王は対話を望んだ。だが……人間の側が応じなかった。一部の者たちが〝魔物に対等な権利を与えるなど許さない〟と」
レイスの表情が険しくなった。
「それで戦争に?」
「王は追い詰められたのだ。対話が通じないなら、力で示すしかないと。それが——間違いだった」
レグナの蒼い炎が、小さく揺れた。
「力で示そうとした結果、王は暴走した。抑えが利かなくなった。大陸の一部が焼けた。多くの命が——人間も、魔物も——失われた」
暴走。
対話を望んでいた王が、力に頼った結果、制御できなくなった。
「大賢者は、その暴走を止めるために封印の塔を建てた。王を封じた。そして——魔物の進化ごと封じた」
「……巻き添えだったのか。進化の封印は」
サガが低い声で言った。
「そうだ。大賢者が恐れたのは、第二の魔王が現れることだった。魔物が強くなりすぎれば、また同じことが起きる。だから——全部止めた」
全部。
ゴブリンも、コボルトも、トレントも、スライムも。
全部まとめて蓋をした。
「だが……王の力は、封じても完全には消えぬ」
レグナの声が、低くなった。
「怒り、悲しみ、苦しみ……王の感情が、残り香のように漏れ出すことがある。我らはそれを〝残響〟と呼んでおった。封印が弱まれば、残響も強くなる。周囲の魔物に影響を与えることもある。今はまだ……塔が持ちこたえておるのだろう。だが、いつまで持つかはわからん」
……残響。
難しい問題だな。リーリアがいなくなったから、残響が余計に強くなってしまうだろう。
残響に感化された魔物が暴れ出す……なんてことも、あり得るかもしれない。
「そして、最後の時に――王は何と言ったか、知っておるか」
レグナが俺を見た。
〝知らない〟
「我に言ったのだ……封印される直前に。たった一言だけ」
蒼い炎がゆらゆら揺れた。
「——〝すまなかった〟と」
…………。
謝ったのか。魔王が。
将軍に、部下に、仲間に。
暴走した自分を——詫びたのか。
「我はその言葉を聞いたまま、封じられた。何百年も……その一言だけを抱えて」
五歩歩いて、止まって、振り返る。
あの徘徊は——王の最後の言葉を繰り返してたんだ。
すまなかった。すまなかった。すまなかった。
何百年も。
「……王を恨んでいるのか?」
レイスが聞いた。
レグナが首を振った。
「恨んではおらぬ。王は間違えたが、望みは間違っていなかった。ただ……方法を間違えただけだ」
方法を間違えただけ。
「だから——もし、王を救える者がいるのなら。王の望みを、正しい方法で叶えられる者がいるのなら」
レグナが俺を見た。
「我は、その者に全てを託したい」
…………。
重い話だな。
でも——逃げない。
パカッ。
〝わかった 引き受ける〟
レグナが深く、頭を下げた。
将軍の礼だ。片膝をついて、頭を垂れる。
シュールだ。
シュールだけど——重い。
ガルドが腕を組んで黙ってる。
サガが目を閉じてる。
リーリアが泣いてる。
レイスが——拳を握ってた。
「……大賢者も、王も……どちらも、間違えたのか」
小さな声だった。
「どちらも、正しくしたかっただけなのに」
塔を守ることが正義だと信じてきた男が、その土台を揺さぶられてる。
でも——壊れてはいない。
揺れてるだけだ。
揺れて、それでも立ってる。
こいつは——強いな。
◇
夜。
みんなが寝静まった後、レグナが一人で焚き火の前に座ってた。
骸骨は寝ないらしい。アンデッドだから当然か。
俺も——今日は眠れなかった。考えることが多すぎて。
ズズズ。
レグナの隣まで行った。
「……眠らぬのか、タカラ」
〝考え事だ〟
「何をだ」
〝魔王の望みと、俺の望みが同じだってこと〟
対等に暮らしたい。
魔王もそう望んで、方法を間違えて、暴走した。
俺も同じことを望んでる。
俺は——間違えないか?
「おまえは間違えぬ」
レグナが言った。
蒼い炎がまっすぐ俺を見てる。
「王は一人だった。一人で全てを背負い、一人で戦おうとした。だから壊れた」
一人。
「だがおまえには——仲間がおる。ゴブリンがおる。狼がおる。竜がおる。虫がおる。スライムがおる。人間もおる。骸骨もおる」
全部、いる。
「一人で暴走する理由がない。おまえは——宝箱だからな」
〝宝箱だから?〟
「中にみんなが入っておるだろう。一人になりようがないではないか」
…………。
ははっ。
笑っちまった。パカパカで。
パカパカパカッ。
「……何がおかしい」
おかしいんじゃない。嬉しいんだ。
骸骨に慰められる宝箱。なんだそれ。
でも——ありがとう。
〝ありがとう レグナ〟
「礼には及ばぬ。我は事実を述べたまでだ」
硬いなあ。
でも——あったかい。
骸骨だけど。
◇
【次回】レイスとサガとリーリアの解読チームに、レグナが加わった。何百年前の記憶を持つ男の証言は、資料の解読を一気に進めた。大賢者が塔に残した〝鍵〟の正体が見えてきた。あと、森の奥から——何かの気配がする。ガウルが言った。〝でかい。すごくでかい。木の匂いがする〟。




