第24話「おまえは、何がしたい」
三日後。
ドルトンが約束通り、協定書を届けに来た。
ちゃんとした羊皮紙に、ギルドの赤い印が押してある。
〝ベイルの街冒険者ギルド支部と、パカラ村は、以下の事項について合意する——〟
堅い文章だ。でも、ちゃんとしてる。
互いに攻撃しない。協定を破った者はギルドが処罰する。有効期間は一年で、更新可能。
ガルドがサガに教わった字で、代筆の署名をした。
〝パカラ村代表・タカラ 代筆・ガルド〟
ドルトンがそれを見て、ちょっと笑った。
「代筆つきの署名は初めて見たよ」
手がないんだからしょうがないだろ。
協定書の交換が終わって、ドルトンが帰ろうとしたとき——もう一通、封筒を渡された。
「これは……預かりものだ。ギルド宛に届いたんだが、中身を見たら、おまえ宛てだった」
俺宛て?
封筒を、ガルドに開けてもらった。蓋じゃ紙が破れそうだしな
中に、一枚の紙。
短い手紙だった。
『タカラへ。
一度、二人で話がしたい。
村の南の大樫の木の下で待つ。
明日の昼。
武器は持たない。
レイス』
…………。
レイスから。
二人で話がしたい、と。
武器は持たない、と。
ガルドが手紙を読んで、眉をしかめた。
「罠じゃないのか」
〝かもしれない〟
「行くのか」
〝行く〟
「……だと思った」
ガルドがため息をついた。もう慣れたらしい。
◇
翌日の昼。
村の南に大きな樫の木がある。ガウルの索敵圏内だ。
一人で行く——と言ったけど、ガルドが「せめて近くにいさせろ」と譲らなかった。
結局、ガルドとガウルが百メートルくらい離れた茂みに隠れてる。何かあったらすぐ来れる距離だ。
俺は——ズズズで、樫の木に向かう。
人間に擬態するか迷ったけど、やめた。
宝箱のまま行く。
レイスは俺が宝箱だって知ってる。隠す意味がない。
それに——宝箱の姿のほうが、パカパカできる。安心する。
樫の木の下に着いた。
先に来てた。
レイスが木の根元に座ってる。
白い外套。でも鎧は着てない。手紙の通り、武器もない。
私服——というか、ただの白い上着と革のズボン。
騎士の鎧を脱いだレイスは、普通の青年だった。二十代前半。金髪。ちょっと疲れた顔。
レイスが俺を見た。
「来たか」
ズズズ。レイスの前まで進む。
「座る……のか? 宝箱は」
座らない。もともとこの姿勢だ。
パカッ。蓋文字を出す。
〝話がしたいんだろ〟
「ああ」
レイスが少し間を置いて——話し始めた。
◇
「俺は十二のときに塔守に選ばれた」
いきなり身の上話か。
「聖騎士団の訓練生の中から、塔守の適性がある者が選ばれる。十年に一人いるかどうかの、名誉ある役目だと教えられた」
名誉、ね。
「塔を守ることが、世界の平和を守ることだと信じていた。今も……信じたい、と思っている」
〝でも?〟
レイスがちょっと笑った。
「でも——リーリアが逃げた。あの子は塔の中で十年間魔力を送り続けて、ある日突然逃げ出した」
〝魔物の声が聞こえたから って言ってた〟
「ああ……あの子にはそれが聞こえていた。俺には聞こえなかった。聞こうともしなかった」
レイスの目が、俺を真っ直ぐ見てる。
「おまえに聞きたい。おまえは封印を解いた。魔物が進化した。それで——何がしたい?」
何がしたい。
……正直に答えるか。
〝仲間を守りたい〟
〝対等に暮らしたい〟
〝それだけだ〟
レイスが黙って読んだ。
「……対等に、か」
〝魔物を滅ぼしたいわけじゃない〟
人間を滅ぼしたいわけでもない〟
〝ただ、一方的に狩られるのが嫌なだけだ〟
「一方的に、狩られる……」
レイスが目を伏せた。
「俺は塔守として、封印を守る側にいた。封印があるから魔物は弱い。弱いから冒険者が狩れる。狩れるから人間の社会が回る。……そういう仕組みだと、教わった」
〝その仕組みの下で 何匹死んだと思う?〟
レイスが黙った。
「……考えたことがなかった。正直に言えば」
正直だな。
「塔を守ることしか考えていなかった。塔の外で何が起きているかは——見ないようにしていた」
見ないように。
それは——俺もそうだった。
冒険者だった頃の俺も、ゴブリンを斬るとき、そいつに仲間がいるとか、群れで暮らしてるとか、考えなかった。
〝俺も同じだった〟
〝冒険者だった頃は〟
レイスが目を丸くした。
「……おまえ、元人間なのか?」
あっ。
言っちゃった。
まあ……隠すことでもないか。
〝元Bランクの冒険者だ〟
〝ミミックに食われて死んだ〟
〝気づいたら、ミミックになってた〟
レイスがしばらく無言だった。
それから、ふっと笑った。
「ミミックに食われてミミックになった……嘘みたいな話だな」
嘘みたいだけど本当なんだよ。
「だから人間の言葉がわかるのか。蓋に文字が出せるのも……いや、それは別の理屈か」
別の理屈だな。取説のおかげだ。
レイスが膝に肘を置いて、考え込んだ。
「元人間で、今は魔物の代表……か。変な話だが、だからこそ、おまえの言葉には重みがあるのかもしれないな」
重みっていうか、俺は宝箱だから軽いんだが。
「一つ、聞いてくれ」
レイスの目が——さっきまでと変わった。真剣だ。
「俺がおまえたちを止めようとしていたのは、封印を守るためだけじゃない」
◇
「この塔は、魔物の進化を封じている。それは知っているだろう」
〝ああ〟
「だが——封じているのは、それだけじゃない」
やっぱりか。あのとき言ってた〝善いものだけとは限らない〟。
「大賢者がこの塔を建てたとき、魔王がいた。おまえたちの先祖の王だ」
サガから聞いた。
「大賢者は魔王を倒した。だが——殺してはいない」
殺してない?
「封じたんだ。塔の力で。魔物の進化と一緒に、魔王の魂を塔に封じた」
——魔王の魂が、塔に封じられてる。
「塔が完全に壊れたら、魔王の魂が解放される。何百年も封じられた魂がどうなっているか、誰にもわからない。もとの魔王のまま目覚めるかもしれないし……もっとひどいものになっているかもしれない」
…………。
それが——レイスが恐れていたこと。
封印が解ければ、魔物が強くなる。それはいい。
でも同時に——何百年も閉じ込められた魔王の魂も、目覚める。
〝今の状態は?〟
「台座の封印はおまえが吸い取ったと聞いた。あの台座は塔の心臓部だ。かなり弱まっている。だが……まだ持っている。リーリアが十年分溜めた魔力の貯蓄がある。それが尽きたら——」
〝どれくらい持つ〟
「……半年。長くて一年」
半年から一年。
その間に——どうにかしないといけない。
魔物の封印は解きたい。でも魔王の魂は解放したくない。
両方を同時に解決する方法を見つけないといけない。
……面倒な話だな。
「だから——俺はおまえに話しに来た。おまえが本当に〝対等に暮らしたい〟だけなら、一緒に方法を考えられる。魔王を目覚めさせずに、封印だけ解く方法を」
一緒に。
塔守が、俺と一緒に。
〝おまえ 塔守の仕事を裏切ることにならないか?〟
レイスが少し笑った。
「塔守の仕事は〝世界を守ること〟だ。塔を守ることじゃない。塔がなくても世界が守れるなら、それでいい」
……いい奴だな、おまえ。
〝わかった 協力しよう〟
レイスが立ち上がった。
「……握手、できるか? その蓋で」
パカッ。
蓋を差し出した。
レイスが蓋の縁を握った。
二回目の握手。今度は——敵じゃなくて、味方と。
「よろしく頼む、タカラ」
〝よろしく レイス〟
人間の騎士と、金色の宝箱が握手してる。
誰にも見せられない絵面だ。
……茂みの奥でガルドとガウルが覗いてるの、バレてるぞ。
ガウルの尻尾がはみ出してる。
隠れてるつもりなら、ちゃんと尻尾もしまえ。
◇
拠点に帰って、みんなに報告した。
レイスが味方になった——とまでは言えないけど、少なくとも敵じゃなくなった。
そしてもう一つ、話さないといけないことがあった。
蓋文字を出す。
〝一つ、言ってないことがあった〟
〝俺は元人間だ 冒険者だった〟
しーん。
ガルドが腕を組んだ。
「……知ってた」
えっ。
「宝箱のくせに戦術がうますぎるし、冒険者の知識ありすぎるだろ。人間だったんだろうなとは思っていたんだ」
気づいてたのか、おまえ。
サガは杖をついて頷いていた。
「言い伝えにあるのじゃ。稀に魂が別の体に宿ることがある、とな。ワシも驚いておらんぞ」
ふぅーん、杖を落としてたくせに。
ガウルが尻尾を振った。
「ガウ。匂いで何となくわかってた。人間の魂の匂いがするんだよな、タカラからは」
犬の鼻、どこまで嗅ぎ分けるんだ。
チョンだけが目を丸くしてた。
「タカラ元人間なの!? すげー! かっこいい!」
こいつだけ素直に驚いてくれた。
……まあ、こんなもんか。
みんなあっさりしてるな。
ガルドが笑った。
「人間だろうが宝箱だろうが、タカラはタカラだ。変わんねえよ」
……ありがとう。
パカッ。
さて。もっと大事な話がある。
魔王の魂のことも言ってみたけど、これはすごく大きな話だったらしい。
群れが……一瞬がざわざわしだした。
「魔王って……あの、伝説の?」
「やべえやつじゃねえか」
「ガウ。やべえ」
サガだけは落ち着いてた。
「魔王が封じられておったか……。言い伝えでは、魔王は〝倒された〟となっておったが、〝封じられた〟のか。なるほどのう」
今度は、リーリアが手を挙げた。
「私、塔の中で魔王の気配を感じたことがある」
えっ。
「魔物の苦しんでる声に混じって……もっと深い、もっと古い声が聞こえたことがあったの。何を言ってるのかはわからなかったけど」
魔王の声が、リーリアに聞こえてた。
「あのとき怖くて、聞かないようにしてた。でも……今思えば、あの声も苦しんでた気がする」
苦しんでた。
何百年も封じられてるんだ。苦しくないわけがない。
魔王だって——蓋をされてた側なんだ。
俺は蓋を開ける宝箱だ。
でも——何でもかんでも開けていいのか?
開けたらやばいものも、あるんじゃないか。
…………。
答えはまだ出ない。
でも、考え続ける。
半年から一年の間に、答えを見つける。
パカッ。
蓋を開けて、空を見上げた。
夕焼けだ。
きれいだな。
こういう景色を、みんなで見れるようになった。
それだけで、やってきたことに意味がある……気がするんだよな、うん。
パタン。
さて、明日からまた忙しくなるぞ。
◇
【次回】レイスが村に来た。パカラ村に。ガルドが微妙な顔をしてる。ガウルは尻尾を振ってる。チョンは「騎士だ! かっこいい!」って騒いでる。——魔物と人間が、一つの村にいる。なんか、不思議な光景だ。




