第21話「おまえが、塔守か」
翌朝。
起きたら、拠点がえらいことになってた。
ホブゴブリンが三十四匹、天井に頭をぶつけながらうろうろしてる。ウォーウルフが通路にはみ出してる。鏡鱗竜は天井にいるからまだいいけど、鱗が光を反射して眩しい。
狭い。
どう考えても、狭い。
進化前はちょうどよかった拠点が、全員でかくなったせいで完全にキャパオーバーだ。
ガルドが頭を天井にぶつけながら来た。
「タカラ、引っ越そう。もう無理だ、ここ」
だろうな。
問題は、どこに引っ越すかだ。
ダンジョンの中に、百五十匹以上が暮らせる広い場所があるか?
……ないな。中層の広間がいくつかあるけど、冒険者に見つかる。
じゃあ——外か。
ダンジョンの外。森の中。
Aランク相当の軍団なら、もう冒険者に怯える必要はない。そこらのパーティが来ても追い返せる。
〝外に出よう〟
〝森の中に拠点を作る〟
ガルドが即答した。
「賛成。ここにいても始まらない」
ガウルも尻尾を振った。でかくなった尻尾が周囲のゴブリンを薙ぎ倒してる。
「ガウ。外の空気を、嗅ぎたかったんだ」
いいけど、まずは薙ぎ倒した奴に謝れ。
◇
移動は簡単だった。
今はホブゴブリンが三十四匹もいる。
もちろん、正面から出た。
ダンジョンの入口。冒険者のキャンプがある場所。
百五十匹の魔物がぞろぞろ出てきたら——当然、大騒ぎになった。
「ま、魔物だ!!」
「大量に!! なんだあれ!!」
「ホブゴブリン!? ウォーウルフ!? こんな化け物共が、中層にいたのか!?」
冒険者たちがパニックになってる。
でも——誰も攻撃してこなかった。
当然だ。相手はAランク相当の軍団だ。キャンプにいるのはC、Dランクの冒険者がほとんど。挑むわけがない。
ガルドが先頭を歩いてる。堂々と。ホブゴブリンの巨体で、冒険者たちの間を悠然と通り過ぎる。
ガウルは横を歩いてる。銀色のウォーウルフが金色の目で周囲を見回してる。冒険者の何人かが腰を抜かしてた。
俺は——ガルドに抱えられてた。
ズズズだと遅いから。
かっこ悪いけど、効率はいい。
リーリアはフードを深く被って顔を隠してる。人間だとバレたら面倒だ。
キャンプを通り過ぎて、森に入る。
振り返ると、冒険者たちが呆然とこっちを見てた。
まあ、そうなるよな。
ダンジョンから百五十匹の進化魔物が出てきて、森に消えていったら——ギルドに緊急報告が行くだろうな。
面倒なことになるかもしれない。
でも——もう隠れて暮らす段階じゃない。
◇
森の中を進んで、ダンジョンから三十分くらい歩いたところに、いい場所を見つけた。
小さな丘の上。周囲を木に囲まれてて見通しがいい。近くに川もある。
ガウルが鼻で周囲を確認した。
「ガウ。半径一キロに人間なし。魔物も小型が少しいるだけ、安全だ」
よし、ここにしよう。
ホブゴブリンたちが木を切り始めた。進化前は木の棒しか持てなかったのに、今は素手で木を折れる。
ウォーウルフたちが地面を掘って整地してる。犬の本能か、穴掘りがやたら上手い。
鏡鱗竜は高い木に登って見張り。こいつらは偵察が天職だ。
鋼蟲たちは——地面の下に巣を作り始めてた。こいつらは地下が好きらしい。
アイはぷるんぷるんと川から水を運んでる。体で吸い込んで、必要な場所で吐き出す。便利だな。
リーリアは——サガと一緒に座って、何か話してた。巫女と長老。なんの話してるんだろう。
俺は——
俺は、何してるかって?
ズズズ……で見回りしてる。
それくらいしかやることがない。手がないから、建設作業に参加できない。
宝箱の悲しさだ。
まあいい。みんなが頑張ってくれてる。俺は俺の仕事をしよう。
蓋文字でガルドに指示を出す。
〝入口は南向き 風の通りがいい〟
〝見張り台を丘の頂上に〟
〝水場への道を確保しておけ〟
冒険者時代にキャンプを何度も張った経験が活きてるな、うんうん。
ガルドがにやっと笑った。
「おまえ、こういうの得意だな」
元冒険者だからな。
〝おまえは前衛 俺は後方支援だ〟
「いいコンビだな、俺たち」
ゴブリンと宝箱のコンビ。
世界で一番変な組み合わせだろうけど——悪くない。
◇
拠点の建設が半分くらい進んだ午後。
ガウルの耳がぴくっと立った。
「ガウ……! 来る……南から、人間、一人。重い……鎧の音」
一人。鎧。
まさか——
「速い。走ってる。こっちに向かってきてる!」
ガウルの毛が逆立ってる。本能的に危険を感じてるのか。
ガルドが前に出た。
「全員、警戒態勢」
ホブゴブリンたちが一斉に動く。武器を構える。今は木の棒じゃない、下層で拾った鉄の武器だ。
ウォーウルフたちが左右に散開して、森の中に身を潜める。
鏡鱗竜が木の上から見下ろしてる。
リーリアが俺の横に来た。顔が青い。
「……レイスだ。たぶん」
やっぱりか。
森の奥から——姿が見えた。
白い外套。鎧。腰に長剣。金髪。
下層で見たあの騎士だ。
レイス。塔守。
走ってきたのに息が乱れてない。さすがAランク相当の実力者。
レイスが丘の手前で立ち止まった。
目の前に広がる光景を——見てる。
百五十匹の進化魔物が、陣形を組んで自分を見下ろしてる。
ホブゴブリン。ウォーウルフ。鏡鱗竜。
さすがのレイスも——一瞬、足が止まった。
「……何だ、これは」
低い声だ。下層で聞いたのと同じ。
「ダンジョンから大量の進化魔物が出たと報告を受けた。来てみれば——そういうことか」
レイスの目が——陣形の中央を見た。
金色の宝箱を見た。
「宝箱……? なぜ、宝箱が魔物の中央にいるんだ」
そして——俺の横のリーリアを見た。
フードで顔を隠してたけど——レイスにはわかったらしい。
「——リーリア」
リーリアの体がびくっと震えた。
「やはり、ここにいたか。探したぞ」
レイスの声は静かだった。怒ってるわけじゃない。でも——有無を言わせない重さがある。
「帰るぞ。塔に戻れ。おまえがいないと、封印が——」
「嫌」
リーリアが言った。小さな声だったけど、はっきりと。
「もう、戻らない」
「……リーリア」
「あの塔で毎日聞いてた。苦しんでる魔物の声。あなたには聞こえなかったでしょうけど、私にはずっと聞こえてた。十年間、毎日……!」
リーリアの声が震えてる。でも——逃げてない。レイスの目を見てる。
「私はもう、あの塔の燃料にはならない!」
レイスが——剣の柄に手をかけた。
空気が変わった。
ガルドが一歩前に出た。
ガウルがうなった。
鏡鱗竜の鱗が一斉にきらっと光った。
百五十の視線が、レイスに集中してる。
レイスの目が、その全てを見渡した。
Aランクの塔守と、Aランク相当の魔物軍団。
同格。
「…………」
レイスの手が——柄から、離れた。
「ここで戦っても意味がない……お互いに」
正しい判断だ。一人で百五十は無理だと、わかってるんだろう。
「だが——このままにはしておけない。封印が解ければ、この世界の均衡が崩れる」
均衡。
人間が上で、魔物が下。そんなくだらない均衡か。
蓋文字を出す。レイスに見えるように、蓋を大きく開けた。
〝その均衡は 最初から間違ってた〟
レイスが——蓋裏の文字を見て、目を見開いた。
「宝箱が……文字を……?」
驚くのはそこか。まあいいけど。
〝魔物は封印で弱くされてただけだ〟
〝本来の力を取り戻しただけだ〟
〝奪ったんじゃない 返しただけだ〟
レイスがしばらく黙って、蓋裏の文字を読んでた。
「……まさか、宝箱と会話することになるとは思わなかった」
俺もだよ。
「名を聞いていいか」
〝タカラ〟
「タカラ……宝、か。ふさわしい名だ、宝箱には」
褒めてるのか皮肉なのかわかんねえな。
「いいだろう。今日は引く。だが——これで終わりではない」
レイスが踵を返した。
「塔の封印が解ければ、魔物だけではなく、封じられていたものが全て目覚める。おまえたちが望んでいるのが何かは知らないが——目覚めるのは、善いものだけとは限らない」
…………。
それだけ言って、レイスは森の中に消えていった。
足音が遠ざかる。
…………。
「行ったか」
ガルドが肩の力を抜いた。
「戦わずに済んだな」
ああ。
でも——レイスの最後の言葉が引っかかる。
〝封じられていたものが全て目覚める〟。
〝善いものだけとは限らない〟。
何のことだ?
魔物の進化を封じてたのは塔だ。塔がなくなれば、魔物が本来の力を取り戻す。それは——いいことのはずだ。
でもレイスは、それだけじゃないと言った。
封印されてたのは——魔物の進化だけじゃない?
他にも何か、封じられてるものがある?
……わからない。
今はわからない。
でも——覚えておこう。
リーリアが隣に来た。
「大丈夫? タカラ」
パカッ(大丈夫だ)。
大丈夫だ。たぶん。
〝レイスが言ってたこと 気になるか?〟
リーリアがちょっと考えて——頷いた。
「うん。気になる。でも……今は、ここにいるみんなのことを先に考えたい」
……そうだな。
今日は、外に出た日だ。
ダンジョンの中でずっと怯えてた魔物たちが、太陽の下に出た日だ。
難しいことは、明日考えればいい。
ホブゴブリンたちが拠点の建設を再開してる。
ウォーウルフが走り回ってる。広い場所が嬉しいんだろう。
チョンが川に飛び込んで、「つめたい!」って叫んでる。
アイがぷるんぷるんと日向ぼっこしてる。翠色の体がきらきらしてて、きれいだ。
サガが丘の上に立って、遠くを見てる。その目に映ってるのは——たぶん、百年分の夢だ。
パカッ。
蓋を開けたまま、太陽の光を浴びた。
あったかい。
宝箱にも、太陽はあったかい。
◇
【次回】拠点が完成した。名前をつけよう、とガルドが言った。村の名前を。——村? 俺たち、村を作ったのか? いつの間に?




