第20話「群れじゃない。軍団だ」
拠点に帰ってきた。
ガルドが先に通路から出た。
群れのゴブリンたちが——固まった。
そりゃそうだ。
出ていったときは自分たちと同じサイズのゴブリンだったのに、帰ってきたら百七十センチのホブゴブリンになってるんだから。
「だ、誰だおまえ!」
「知らないやつだ! 敵か!?」
「逃げろ——」
「いや待て、俺だ。俺だよ、逃げる必要なんてない」
ガルドの低くなった声が響いた。
「ガルドだ。ちょっと……でかくなった」
しーん。
「……ガルド?」
「嘘だろ……」
「でかくなったってレベルじゃねえぞ……」
サガが杖をついて前に出てきた。
ガルドを見上げて——目を見開いた。
「ホブゴブリン……。おぬし、ホブゴブリンになったのか……!」
「ああ。タカラがやってくれた」
ガルドが俺を指さした。
ズズズ。
通路から金色の宝箱が登場。
パカッ。
蓋文字を出す。
〝ただいま〟
〝みんなの封印も 解ける〟
サガの杖が——かたかたと震えた。
「……封印を、解ける……じゃと……!?」
パカッ(解ける)。
サガの目から涙がこぼれた。
「おお……おお……おおおおおおぉ!」
泣くのは後にしてくれ、じいさん。
先にやることがあるんだ。
◇
〝解封〟。
封じられた成長・進化を解放する。対象に触れることで発動。
ガルドのときはこつんとぶつかっただけで発動した。
じゃあ——全員にやっていくぞ。
まずはゴブリンから。
グリンが前に出てきた。昨日怪我を治してやった奴。一番最初に俺の中に入った勇気ある奴。
「俺からやってくれ、タカラ」
ズズズ。
こつん。
蓋裏が金色に光った。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:ゴブリン〈グリン〉
封印状態:進化封印(強)
検出された本来の進化経路:
ゴブリン → ホブゴブリン
解封を実行しますか?
──────────────────
実行。
グリンの体が——光に包まれた。
背が伸びる。肩幅が広がる。目つきが変わる。
十秒くらいで——光が収まった。
ホブゴブリン。ガルドと同じ上位種。
ただしガルドよりちょっと細身だ。個体差があるんだな。
グリンが自分の手を見て——
「……すげえ」
それだけ言った。言葉が出ないらしい。
次。
◇
ここからは——怒涛だった。
一匹ずつ、こつん。
光る。伸びる。変わる。
こつん。光る。伸びる。変わる。
こつん。こつん。こつん。
ゴブリンが——次々にホブゴブリンになっていく。
蓋裏に表示がどんどん流れる。
〝解封〟:ゴブリン → ホブゴブリン ── 完了
〝解封〟:ゴブリン → ホブゴブリン ── 完了
〝解封〟:ゴブリン → ホブゴブリン ── 完了
〝解封〟:ゴブリン → ホブゴブリン ── 完了
止まらない。全員やる。
拠点の中で、小さかったゴブリンたちが次々にでかくなっていく。
天井が低い拠点だったのに、ホブゴブリンが立つと頭がぶつかりそうだ。
「せまっ」
「頭ぶつけた」
「おまえもでかくなってんじゃねえか」
「おまえもな」
さっきまで子供サイズだった連中が、急にでかい声で笑い合ってる。
子供ゴブリンのチョンが走ってきた。
「タカラ! 俺も! 俺もやって!」
こつん。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:ゴブリン〈チョン〉
封印状態:進化封印(強)
検出された本来の進化経路:
ゴブリン → ホブゴブリン(幼体)
* 対象は成長途上のため、
完全な進化には時間を要します
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幼体。子供だから、完全にはならないのか。
でも——光が収まると、チョンはひと回り大きくなってた。
子供ゴブリンから、ゴブリンの大人くらいのサイズに。
元のゴブリンの大人くらい——つまり、進化前のガルドくらい。
「おお! でかくなった!!」
チョンが嬉しそうに飛び跳ねてる。
「でも、まだホブゴブリンじゃないのか……」
成長途上だからな。大人になったら完全に進化するだろう。
〝焦るな おまえはまだ育つ〟
「うん!」
素直ないい子だ。
◇
ゴブリン三十四匹、全員完了。
次——コボルト。
ガウルが尻尾をぶんぶんしながら来た。
「ガウ! 俺の番だな!」
こつん。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:コボルト〈ガウル〉
封印状態:進化封印(強)
検出された本来の進化経路:
コボルト → ウォーウルフ
解封を実行しますか?
──────────────────
ウォーウルフ。
……名前からして強そうだな。
実行。
ガウルの体が——光に包まれた。
体が大きくなる——のはゴブリンと同じだけど、変化の方向が違う。
毛並みが濃くなる。銀色に変わっていく。
体格は人間の大人よりさらにでかい。百九十センチくらいか。
顎が伸びる。牙が鋭くなる。耳がぴんと立つ。
目が——金色に変わった。
光が収まった。
そこに立ってたのは——銀色の毛並みに金色の目をした、二足歩行の狼。
ウォーウルフ。
冒険者の査定で言えば——単体でBランク相当。
Bランク。俺がかつていたランクと同じだ。
ガウルが——遠吠えした。
「ガウゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!」
拠点中に響いた。
他のコボルトたちが、反射的に一斉に遠吠えを返した。
犬だなあ……いや、狼か。もう犬じゃないな。
「ガウ……いや、ガウじゃない。なんだこの声。自分の声が全然違う」
ガウルの声も変わってた。もっと太く、深い。
「鼻が……すごい。前の百倍くらい匂いがわかる。この拠点にいる全員の居場所が、匂いだけでわかる」
索敵能力が百倍。冗談みたいな数字だけど、こいつの顔は真剣だ。
残りのコボルト十七匹も、順番にこつん。
全員がウォーウルフに進化した。
銀色の狼が十八匹。壮観だ。
拠点がだいぶ手狭になってきたな……。
◇
岩トカゲにもこつん。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:岩トカゲ
封印状態:進化封印(中)
検出された本来の進化経路:
岩トカゲ → 鏡鱗竜
解封を実行しますか?
──────────────────
鏡鱗竜。
竜って、名前についてるぞ。
実行。
岩トカゲの体が光って——変わった。
体がふた回り大きくなった。鱗が銀色に輝いてる。光を反射してる。
鏡みたいな鱗——だから鏡鱗竜か。
攻撃を反射したりするのか? あとで確かめてみよう。
二十七匹全員を進化させた。
天井が銀色の鱗で埋まった。きらきらしてて、ちょっときれいだ。
◇
大蟲。
こいつらは数が多いから——まとめてやった。
群れの塊にズズズで突っ込んで、体全体で触れる。
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〝解封〟──▶ 封印解除(一括)
対象:大蟲 ×約70
封印状態:進化封印(弱)
検出された本来の進化経路:
大蟲 → 鋼蟲
* 一括解封を実行します
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鋼蟲。
虫が鋼になるのか。
七十匹の大蟲が一斉に光って——外殻が銀色に変わった。
サイズは少し大きくなった程度だけど、殻がめちゃくちゃ硬そうだ。鋼だもんな。
踏んでも潰れなさそう。
試しに一匹を、ゆび——はないから、蓋で押してみた。
硬い。全っ然、潰れない。
いいな。盾代わりに使える……いや、虫を盾にするのはかわいそうか。
でもたぶん本人たちは気にしてないよな。虫だし。
◇
最後。
アイ。
蓋を開ける。
アイがぷるんと出てきた。
最初に出会ったときは人間の頭くらいの青いスライムだった。
今はスイカくらいの藍色のスライム。
こいつにも——封印があるのか。
こつん。
……いや、スライムだから、こつんじゃなくて、ぷにっ、だな。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:スライム〈アイ〉
封印状態:進化封印(中)
検出された本来の進化経路:
スライム → 癒のスライム(ヒールスライム)
解封を実行しますか?
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癒のスライム。
回復系の上位種か。
実行。
アイが光に包まれた。
体が——大きくなった。人間の胴体くらいのサイズに。
色が変わった。藍色から、透き通った翠色に。
きれいだ。エメラルドみたいな色。
そして——アイの体から、淡い光がにじみ出てる。
あったかい光だ。
近くにいるだけで、体が——箱が——じんわり楽になる。
回復効果を常時まき散らしてるのか。歩く回復装置だ。
……いや、ぷるんぷるんする回復装置か。
アイがぷるるん(気持ちいい!)。
よかったな、アイ。
おまえが一番最初の仲間だ。一番長く一緒にいた。
おまえも——ちゃんと進化できたんだな。
ぷるん(えへへ)。
えへへって聞こえた気がした。気のせいか。
気のせいだろう。
でも——嬉しそうなのは伝わった。
◇
全員、完了した。
拠点を見渡す。
ホブゴブリンが三十四匹。
ウォーウルフが十八匹。
鏡鱗竜が二十七匹。
鋼蟲が約七十匹。
ヒールスライムが一匹。
人間の巫女が一人。
金色の宝箱が一箱。
蓋裏に——見たことない表示が出てた。
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〝解封〟── 一括解封レポート
解封対象:全150体
連合全体の戦力評価:
解封前 ── Cランク(下位)相当
解封後 ── Aランク(下位)相当
* 種族混成ボーナス:有効
* 進化個体による指揮補正:有効
* 回復支援個体の存在補正:有効
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Aランク下位。
CからAまで、二ランク跳んだ。
しかもボーナスが三つもついてる。混成、指揮、回復。
Aランクの下位——つまり。
塔守のレイスと——同格。
パカッ。
蓋文字を出す。全員に見えるように、大きく。
〝もう群れじゃない〟
〝これは軍団だ〟
ガルドが——ホブゴブリンのガルドが、にやっと笑った。
「ああ。群れじゃねえな、もう」
ガウルが——ウォーウルフのガウルが、遠吠えした。
「ガウゥゥゥゥーーーッ!」
全員が吠えた。
ホブゴブリンが、ウォーウルフが、鏡鱗竜が、鋼蟲が。
声にならない声を上げた。
百五十の声が、ダンジョンの中層に響き渡った。
リーリアが俺の横に立って、その光景を見てた。
「すごい……」
すごいだろ。
こいつらは——ずっとこうなれたはずだった。
何百年も蓋をされてただけで、本当は——ずっとこうだった。
俺はただ、蓋を開けただけだ。
宝箱だからな。
蓋を開けるのは——得意なんだ。
パカッ。
◇
サガが——杖をついて、俺の前に来た。
さっきまで見上げるサイズだった孫たちが、今は見下ろすサイズになっている。
サガだけは進化していない。
「ワシも……いいのかの?」
〝もちろん〟
「ワシは老いぼれじゃぞ。進化したところで……」
〝やってみなきゃわからないだろ〟
ガルドの口癖を借りた。
サガがくしゃっと笑った。
「……おぬしも、あの子に似てきたのう」
こつん。
サガの体が——光に包まれた。
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〝解封〟──▶ 封印解除
対象:ゴブリン〈サガ〉
封印状態:進化封印(強)
検出された本来の進化経路:
ゴブリン → ホブゴブリン(長老種)
* 特記:長い年月の蓄積により、
通常のホブゴブリンを超える
知識補正が適用されます
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長老種。知識補正。
光が収まった。
サガの体は——そこまで大きくはならなかった。百六十センチくらい。ガルドより小柄だ。
でも——顔つきが違う。
皺は残ってる。でもその皺の一つ一つに、重みがある。
目が——深い。すごく深い。
杖が——ただの木の枝だったはずなのに、握ってる手から淡い光が漏れてる。
「……おお」
サガが自分の手を見つめた。
「魔力が……使える。ワシにも、魔力が……」
ゴブリンには魔法が使えなかった。封印のせいで。
でも本来の姿になったサガには——魔力がある。
しかも〝長い年月の蓄積〟による知識補正。何十年も生きてきた経験が、そのまま力になってる。
「ワシは……ワシは、こんなにも……」
声が震えた。
泣いた。
今日、何人目だ。何人泣くんだ。
「……タカラよ」
サガが俺を見た。涙でぐちゃぐちゃの顔で。
「ありがとう。心から——ありがとう」
パカッ。
言葉は返さなかった。
パカッだけで——十分だろ。
◇
夜。
進化したみんなが、興奮冷めやらぬまま騒いでる。
拠点が手狭になりすぎて、半分くらいは外の通路に溢れてる。
引っ越しが必要だな。もっと広い場所に。
まあ、それは明日考えよう。
リーリアがいつものように蓋を開けて、中に入った。
「おやすみ、タカラ」
アイもぷるん(おやすみ)。
パタン。
蓋を閉じる。
周りからは、でかくなったゴブリンたちの笑い声と、ウォーウルフの遠吠えと、鏡鱗竜の鱗がきらきらする音が聞こえてる。
うるさい。
前よりもっとうるさい。
でも——このうるさいのが、好きだ。
パタン。
おやすみ。
◇
【次回】拠点を引っ越す。ダンジョンの外に。いよいよ外の世界で暮らすことになった。で——塔守のレイスが、ダンジョンの入口に来てた。リーリアを探しに。軍団として、初めての〝対人間〟が始まる。




