第2話「宝箱から物が飛んできたら、そりゃ怖いだろ」
さっきの初心者三人組をやり過ごしてから、しばらくズズズと進んでいた。
蓋つきの石——あの即興の変身はギリギリだった。
薄暗いダンジョンだったから見逃してもらえたけど、ベテラン相手なら一発でバレるだろう。次に使うときは、蓋をどうにかする工夫がいる。
……しかし、あの変身は何だったんだ?
咄嗟にやったから深く考えていなかったけど、あれは明らかに普通じゃない。
宝箱が石に化ける。見た目が変わる。質感まで変わる。
普段から宝箱に化けている、ミミックの本能なのか?
考えながらズズズと角を曲がったら——
ゴンッ。
壁にぶつかった。
物理的に。
箱の角が石壁に激突して、ちょっと凹んだ。
痛い——のか? わからない。でも凹んだのはわかる。
宝箱の体、まだ扱いが難しい。手足がないから距離感がつかめない。
衝撃で蓋がパカッと開いた。
勝手に開くなよ——と思いながら、ふと気づいた。
蓋の裏側に、何か書いてある。
薄ーく光ってる文字。古い書体だ……見たことがない。
でも——読める。文字を見ているというより、意味が直接頭に流れ込んでくる感覚。
──────────
種族:ミミック
固有能力:
〝収納〟
体内に物体を格納できる。
格納中の物体は劣化しない。
〝擬態〟
外見を他の物体に変化させる。
変化の精度は習熟により向上する。
──────────
…………。
蓋の裏に、取扱説明書がついてる。
宝箱の、取説。
いや——助かるけどさ。
自分の体の使い方を蓋の裏で確認するって何だよ。
家具かよ、俺は。
でも——さっきの変身に名前がついた。〝擬態〟だ。
そして前世の装備を中に入れたのも、ちゃんとした能力だったらしい。こっちは〝収納〟。
格納中の物体は劣化しない——てことは、ポーションを入れておけば永久に使えるのか。
食料も腐らない。薬草も枯れない。
冒険者だった頃にこのスキルがあったら、ポーション切れで撤退する必要なんかなかったぞ。
それから——蓋の裏の余白が、やけに広い。
文字が書いてあるのは上の方だけで、下半分はまるごと空白だ。
もしかして、まだ何か増えるのか。
それとも、ただの余白か。
……気になるが、今はこの二つを使いこなすところからだ。
〝精度は習熟により向上〟——つまり使い込めば、あの蓋も消せるようになるかもしれない。
希望はある。
パカッ。
先に進もう。
◇
取説を読んで一つわかったことがある。
〝収納〟と〝擬態〟。
今のところ、これが俺の全能力だ。
攻撃系のスキルは——ない。
ミミックの攻撃方法は〝噛みつき〟。蓋をガバッと開けて、閉じる。挟む。噛む。
実際、それで俺は死んだ。
やれるか?
空中に向かって、蓋を思いっきり閉じてみた。
パンッ!
いい音がした。空気を叩き切るような音。威力はそこそこありそうだ。
でもこれ、相手がこっちに来てくれないと意味がない。
ズズズで近づいてパクッ——遅い。絶対遅い。
冒険者だった頃なら〝なんだあれ……とりあえず弓で撃つか〟で終わりだ。
噛みつきは近距離の最終手段。
じゃあ遠距離は?
——そこで、ある考えが浮かんだ。
『収納』。
物を入れて、出す。
〝出す〟とき、蓋がバンと開く。
あの勢いで中身を〝飛ばす〟ことはできないか?
◇
通路に転がっていた小石を三つ、収納に入れた。
前方の壁に意識を向ける。
出す——いや、〝撃つ〟。蓋を開けると同時に、中身を前に向かって射出するイメージ。
パカンッ!
——バシッ!
小石が蓋の中から矢みたいに飛び出した。
壁に当たって、石の欠片が飛び散る。
おお……当たったぞ!!
しかも、けっこう速い。投石器くらいの勢いはある。
もう一発――もっと強く!
パカンッ!
バシッ!
さっきより速い。意識を集中するほど、射出の威力が上がる気がする。
三発目、全力だ!
パカンッッ!!
ドガッ!
壁にヒビが入った。
……え?
小石で、壁にヒビ?
いや、でも——冷静に考えたら、おかしくない。
ミミックの〝噛みつき〟はBランク冒険者の鎧を貫通するほどの力がある。実際俺はそれで死んだ。
その力を〝噛みつき〟ではなく〝射出〟に変換しているんだとしたら——壁にヒビくらい入る。
しかも、弾は選べる。
石を入れたら石が飛ぶ。
じゃあ——
通路に落ちていた鉄の矢じり——たぶん冒険者が落としたやつ——を拾って収納。
パカンッ!
ドスッ。
矢じりが向かいの壁に深々と突き刺さった。
…………。
これ、普通に武器だわ。
宝箱が蓋を開けるたびに、中から弾丸が飛んでくる。
冒険者から見たら恐怖でしかないだろ。
手も足も剣もないけど——〝中身を撃つ〟ことで戦えるぞ。
宝箱型の射出装置。移動砲台。
……かっこよく言ってるけど、絵面は金色の宝箱がパカパカして石を飛ばしてるだけだ。
全然かっこよくはない。
でも——まあまあ強い。
蓋の裏を確認する。取説の〝収納〟の項目は変わっていない。射出のことは書いてない。
書いてないけど、できた。
取説に載っているのは基本機能だけで、応用は自分で見つけろってことか。
不親切な取説だな。
でもまあ——楽しくなってきた。
この『収納』、掘れば掘るほど出てくるタイプのスキルだ。
◇
射出の練習をしていたら——足音が聞こえた。
さっきの初心者三人組じゃない。
足取りが重い。がちゃがちゃという金属が擦れる音。
四人。
装備の質からして——Cランク、いや、B寄りのCランクか。
まずい……中堅だ!
逃げるか?
——いや。
ここで試さないと、いつ試すんだ。
殺す気はない、元冒険者だし。
でも——ビビらせるくらいなら、いいだろ。
正当防衛だ。向こうが、勝手にダンジョンに来てるんだから。
小部屋に入る。壁際に金色の宝箱として鎮座。
今度は〝擬態〟しない。堂々と宝箱のままだ。
蓋は閉じておく。
弾は——さっき拾った小石を五個、矢じりを二個、収納済み。
足りるか? 足りなかったら、噛みつきで。
足音が近づいてくる。
◇
「おっ、宝箱」
先頭の剣士が言った。
四人パーティ。剣士、魔法使い、槍使い、盗賊。
魔法使いが前に出てきた。
「『罠鑑定』のスキルを使うわ」
うぐぐ……俺の身体が、上から下までじろじろ見られている。
鑑定スキル――アイテムの質や、罠とかモンスターとかじゃないかを調べる便利スキルだ。
でも、いまの俺は『宝箱』。
「……反応なし。ミミックでもないわ」
見破れない。
冒険者カイルの鑑定でも引っかからなかったんだ。こいつの鑑定スキルで見抜けるわけがない。
たぶんだけど、この体は——〝鑑定を無効化する〟特殊個体だ。
ってか、取説にはそんなこと書いてなかったぞ。チートじゃん。
「よし、開けるぞ」
剣士が近づいてくる。
手が伸びる。
俺の蓋に手がかかる。
——ここだ。
パカンッッ!!
蓋が吹き飛ぶように開いた。
同時に——小石が三発、剣士の顔面に向かって射出。
バシバシバシッ!
「うおっ!!?」
剣士が仰け反った。
顔面直撃——ではない。わざと少し逸らした。頬をかすめて、後ろの壁に当たる。
殺す気はないし、ビビらせるだけだけど。
でも、効果は抜群だった。
「な——宝箱から何か飛んできた!?」
「ミミックだ! いや違う、ミミックって噛みつくだろ!? 何だ今の!?」
「わかんねえ! とにかく離れろ!」
パーティが後退する。
ここで追撃。
矢じりを一本。
足元に向かって——
パカンッ!
ドスッ!
矢じりが剣士の足元の石畳に突き刺さった。
石畳を貫通している。
四人が固まった。
「……おい」
槍使いが、引きつった顔で言った。
「あれ、今……石畳、ぶち抜いたぞ……」
「……やべえよあれ。普通のミミックじゃねえ」
「逃げるか?」
「逃げよう。うん、逃げよう」
全会一致。
四人が踵を返して、全速力で走り去っていった。
足音が遠ざかる。遠ざかる。消えた。
…………。
パカッ。
勝った。
しかも、一発も当てずに勝った。
威嚇射撃だけで、中堅パーティを撤退させた。
……いける。この体、いけるぞ。
◇
冒険者が逃げていったあとの通路に、いいものが落ちていた。
剣士が慌てて落としたのだろう——予備の短剣が一本。
それと、魔法使いが落としたらしい小瓶。中に青い液体が入っている。
魔力回復薬だ。
あとは——道中の壁に刺さったままの俺の矢じりと、欠けた小石。
全部、収納。
入れた瞬間、さっきと同じように情報が流れ込んできた。
短剣。鋼鉄製。刃渡り二十センチ。刃は鋭い。手入れが行き届いている。
——ここまでは前と同じだ。
でも今回、もう一つ感覚があった。
短剣の〝使い方〟が、なんとなく——わかる。
持ち方。振り方。刺突のコツ。
手はないのに、〝こう握って、こう振る〟という身体感覚が、収納の中から流れ込んでくる。
…………え?
これ——〝短剣を使ったことがある人間の癖〟が、短剣自体に染みついてるのか?
そしてそれを、『収納』が読み取っている?
前世で片手剣は使い慣れていたが、短剣術は門外漢だった。
でも今、この短剣に染みついた〝持ち主の経験〟が、なんとなく理解できる。
試しに——短剣を射出するイメージじゃなくて、〝短剣の刺突の動き〟を蓋の開閉に重ねてみる。
蓋を——刺すように、開く!
パカンッ!
蓋の先端が、鋭く前に突き出た。
いつもの〝パカパカ〟とは違う。刃物のような鋭さのある開き方。
噛みつきとも違う。もっと精密で、速い。
……なるほど。
『収納』は、ただ物を入れるだけのスキルじゃない。
入れた物の〝性質〟を読み取って、自分の動きに反映できる。
武器を入れれば、その武器の戦い方を覚える。
これ——やばくないか?
もっと色々入れたら、どうなるんだろう。
もっと強い武器、もっと特殊な道具、魔法の触媒、魔石。
全部入れて、全部吸収したら——
◇
そう思った瞬間、ダンジョン探索の目的が変わった。
出口を目指すんじゃない。
〝落とし物〟を集めよう。
ダンジョンには冒険者が大勢出入りしている。
戦闘で壊れた武器。使いかけのポーション。矢。魔石の欠片。時には丸ごと落とされた装備一式。
冒険者にとってはゴミでも、俺にとっては——全部、宝だ!
ズズズ……。
中層を巡回し始めた。
冒険者が戦った痕跡を探す。
これは得意だ。十年間冒険者をやってきたからな!
戦闘跡の見分け方、血痕の古さ、壁の焦げ跡から使われた魔法の種類を推測する技術。
全部、前世の知識だ。
そして最初に見つけたのは——焦げた杖の先端。
魔法使いが使う触媒杖の、折れた先っぽ。まだ微かに魔力が残っている。
よし――『収納』!
情報が流れ込んでくる。
この杖が使った火属性の触媒、初級火魔法『ファイアボルト』、微量の残存魔力——。
そして——〝ファイアボルト〟の発動感覚が、ぼんやりと伝わってきた。
魔力を先端に集めて、前方に放つ。火の弾を飛ばす、初歩の攻撃魔法。
まさか——
蓋を前方に向ける。
〝ファイアボルト〟の感覚を、射出に重ねる。
パカンッ——!
蓋の隙間から、小さな火の玉が飛んだ。
壁に当たって、パチッと弾ける。
……弱い。本物の『ファイアボルト』には遠く及ばないな。
杖の残存魔力が微量だから、これが限界なんだろう。
でも——できた!
宝箱が、魔法を撃った!
折れた杖の破片を収納しただけで、魔法の〝真似事〟ができるようになった。
もっと強い触媒を手に入れたら。
もっと多くの魔法の触媒を集めたら。
……とんでもないことになるぞ、これ。
◇
その後、中層をぐるぐる巡回して、拾えるものは片っ端から拾った。
折れた片手剣——鋼鉄製、刃こぼれ多数。でも、剣術の感覚が流れ込んでくる。俺が使っていたのとは違う流派の剣さばきみたいだな、面白い。
矢筒に残っていた矢三本——弓使いの〝引き〟と〝放ち〟の感覚が入ってきた。射出の精度が上がる。
砕けた盾の破片——盾の構え方、衝撃の受け流し方が伝わってくる。これを蓋の動きに反映したら、防御に使えるかもしれない。
魔石の欠片を三つ——魔石には純粋な魔力が詰まっている。収納した瞬間、箱全体がじんわりと温かくなった。体——いや、箱に魔力が充填されていくような感覚。
魔力が増えると、射出の威力も上がった。
さっきまで壁にヒビを入れるのが限界だった小石が、今なら壁を貫通する。
魔石を食えば食うほど、強くなる。
宝箱だから、中に入れる。入れたものから、学ぶ。
中に入れている限り、劣化しない。つまり、学び続けられる。
出しても、学んだことは残る。
これ……弱いモンスター扱いされてたけど、ミミックって、実は最強モンスターじゃないか!?
◇
夢中で探索していたら、けっこうな時間が経っていた。
ダンジョンの中には時計がないから正確にはわからないが、体感で五、六時間は経っている気がする。
宝箱に疲労はあるのか——ある。なんとなく、箱全体がだるい。蓋の開閉が重くなってきた。
パカッ……休もう。
中層の奥まった小部屋——冒険者が来なさそうな場所を見つけて、壁際に寄る。
蓋を閉じると、意識がぼんやりしてきた。
これが宝箱の睡眠か。蓋を閉じると寝るのか。シンプルだな。
薄れていく意識の中で、今日のことを振り返る。
ミミックに転生した。
蓋の裏に取説があった。
石に化けた。蓋が消えなかった。
装備を収納した。情報が読めた。
小石を撃った。壁にヒビが入った。
冒険者をビビらせた。落とし物をもらった。
短剣の剣術を覚えた。
折れた杖で魔法を撃った。
魔石で強くなった。
——たった一日で、こんなに色々あった。
冒険者だった最後の一年より、よっぽど密度が濃い。
宝箱なのに。
いや——宝箱だから、か。
〝中身が増えるほど、強くなる〟。
これ以上に宝箱らしい成長の仕方が、あるか?
パタン。
蓋が閉じる。
おやすみ。
明日はもっと深い階層に潜ってみよう。
もっといい落とし物が、きっとある。
◇
【次回】ダンジョン中層でひたすら落とし物を集めていたら、予想外のものを収納してしまった。生きた魔物だ。——入った。入ったぞ。しかも中で大人しくなってる。え、これどういうこと?




