第19話「蓋を、開けろ!」
光。
箱全体が光に包まれてる。
青白い光——じゃない。金色だ。
台座の青白い光と、俺の箱の金色が混ざり合って、部屋中に渦を巻いてる。
「タカラッ!?」
ガルドの声が遠くに聞こえる。
大丈夫だ。たぶん……痛くはない。
むしろ——気持ちいい。
体中に——箱中に——何かが流れ込んでくる。
魔力、とも違う。もっと深い。もっと古い。
この塔が何百年もため込んできた〝何か〟が、台座から俺の中に流れ込んでる。
蓋裏がバチバチバチバチ光ってる。
文字が高速で書き換わっていく。読めない。速すぎて。
——そのとき。
声が聞こえた。
取説の声じゃない。
もっと古い、もっと深い——この塔そのものの声。
『——おまえは、何者だ』
…………。
誰だ。
『この台座に座る者は、封印を維持する者だ。だが、おまえは違う』
違うよ。俺は宝箱だ。
『宝箱……? ミミック、か。なるほど——おまえは、我が力から生まれた者か』
おまえの力から——生まれた?
『この塔の礎に使われた魔導鉱石。その魔力がダンジョンに浸透し、長い時を経て魔物を生んだ。それが——ミミック』
——そうか。
サガが言ってた。塔の力の〝根〟がダンジョンにまで浸透してると。
その根から——俺が生まれたのか。
ミミックは、封印の塔の素材から生まれた魔物。
封印する側の力から生まれた、封印される側の存在。
だから鑑定に引っかからなかった。封印の力で作られた体だから、封印側の探知をすり抜ける。
だから収納が封印を緩められた。同じ力の根っこを持ってるから。
だから蓋裏に紋様の欠片があった。
全部——繋がった。
『おまえは封印の力を持ちながら、魔物として生きている。封じる側と封じられる側、その両方を持つ者』
両方。
『ならば——おまえにしかできないことがある』
蓋裏の光が、一点に集まっていく。
〝???〟の文字に。
文字が——書き換わる。
ゆっくりと、一文字ずつ。
──────────────────
〝 ??? 〟
↓
〝 解封 〟 ──UNLOCKED
──────────────────
〝解封〟。
封印を、解く力。
文字が確定した瞬間——蓋裏の取説全体が光り直した。
──────────────────
〝収納〟
体内に物体を格納できる。
格納中の物体は劣化しない。
格納した物体の性質を読み取り、
再現することができる。
生体を格納した場合、
自動修復および強化が適用される。
〝擬態〟
外見を他の物体に変化させる。
変化の精度は習熟により向上する。
〝蓋文字〟
蓋裏面に任意の文字を表示する。
格納対象との意思疎通に使用可。
〝解封〟 ──NEW
封印術式を解除する。
対象に触れることで、
封じられた成長・進化を解放する。
効果は封印の強度に依存する。
* この能力はミミックの本質
〝蓋を開ける〟に由来します
──────────────────
〝この能力はミミックの本質、蓋を開ける、に由来します〟
…………。
蓋を、開ける。
ミミックは宝箱だ。
宝箱は——蓋を開けるためにある。
中身を閉じ込めるためじゃない。
開けるためにある。
封印の力から生まれたミミックが持つ、封印を開ける力。
閉じた蓋を、開ける力。
〝解封〟。
——俺のための能力だ。
宝箱である、俺だけの。
◇
光が収まっていく。
部屋が静かになった。
台座の青白い光が——消えてた。
消えてる。台座が光ってない。
紋様はまだ壁に刻まれてるけど、光は失われてる。
「タカラ……? 大丈夫か……?」
ガルドが恐る恐る近づいてきた。
パカッ。
蓋を開けた。
普通に開いた。体は——箱は——なんともない。むしろ調子がいい。
蓋裏を確認。
──────────────────
魔力残量:100%
──────────────────
満タン。
台座から魔力を吸い取ったのか、満タンに戻ってる。
「おまえ、なんか変わったか?」
ガルドが聞いてきた。
変わった——のか?
見た目は変わってない。金色の宝箱のまま。
でも——たぶんだけど、中身が違うはずだ。
蓋文字を出す。
〝新しい力を手に入れた〟
「どんな力だ?」
〝封印を解く力〟
ガルドが息を呑んだ。
「封印を——解く? あの、魔物が育たなくなってるっていう、あの封印を?」
パカッ(そうだ)。
ガルドの目が——見たことないくらい大きく見開かれた。
「……マジかよ」
マジだ。
リーリアが駆け寄ってきた。
「台座の光が消えた……! 塔の封印が、この場所だけ解除されてる……!」
この台座の封印は、俺が吸い取ったらしい。
塔全体はまだ動いてるだろうけど——この部屋の分だけは、俺が持っていった。
ガウルが鼻をひくひくさせた。
「ガウ……空気が変わった。この部屋の魔力、さっきまでと全然違う。軽い。息がしやすい」
封印の圧が消えたんだ。この部屋だけ。
◇
さて——試してみるか。
〝解封〟。
封じられた成長・進化を解放する。対象に触れることで発動。
触れる——俺の場合、体ごとぶつかるか、収納に入れるか、だな。
ガルドを見た。
ガルドも俺を見てた。
「……俺で、試すのか?」
パカッ(おまえ以外にいないだろ)。
ガルドがにやっと笑った。
「だろうな。——やれよ」
ズズズ。
ガルドに近づく。
箱の角を——ガルドの脚にこつん、と当てた。
ごん。
「いっ——て。もうちょっと、優しくしろよ」
ごめん。距離感がな。
でも——触れた。
〝解封〟、発動。
蓋裏が——光った。
今までの収納とは違う光だ。金色。深い金色。
──────────────────
〝解封〟──▶ 封印解除
対象:ゴブリン〈ガルド〉
封印状態:進化封印(強)
検出された本来の進化経路:
ゴブリン → ホブゴブリン
解封を実行しますか?
──────────────────
進化経路——ホブゴブリン。
ゴブリンの上位種だ。
冒険者だった頃の知識では、ホブゴブリンは人間の大人くらいのサイズで、知能も戦闘力もゴブリンとは段違い。
それが——ガルドの〝本来の姿〟。
封印さえなければ、最初からそうなれたはずの姿。
何百年も、蓋をされてた。
——開けるぞ。
実行。
◇
ガルドの体が——光に包まれた。
金色の光。あったかい光。
「なっ——なんだ、これ……!」
ガルドが自分の体を見下ろしてる。
変わり始めてる。
背が伸びていく。
子供サイズだった体が、ぐんぐん大きくなる。
肩幅が広がる。腕が太くなる。脚に筋肉がつく。
顔つきが変わった。丸くて幼かった輪郭が鋭くなって、顎に力が入って、目に知性の光が宿る。
身長が——百七十センチ近くまで伸びた。
人間の大人と同じくらいだ。
光が収まった。
そこに立ってたのは——さっきまでのガルドじゃなかった。
深い緑色の肌。引き締まった筋肉。鋭い目つき。
——ホブゴブリン。
ゴブリンの上位種。
冒険者の査定で言うなら——単体でCランク相当。パーティを組めばBランクの冒険者とも渡り合える。
今まで収納で強化してたのとは、次元が違う。
あれは封印の上から力を注いでいただけだ。
これは——封印そのものを外した。
蓋を、開けた。
ガルドが——自分の手を見つめてた。
大きくなった手。太くなった指。
握った。開いた。また握った。
壁を殴った。
ドゴォンッ!!
壁に——大穴が開いた。
ヒビじゃない。貫通した。
「…………」
ガルドが振り返った。
目が——潤んでた。
「タカラ」
声が変わってた。低くなってる。でも、ガルドの声だ。
「これが……本来の、俺……?」
パカッ(そうだ)。
〝封印されてなければ、最初からそうだった〟
〝何百年も、蓋をされてたんだ〟
ガルドが蓋裏の文字を読んだ。
唇を噛んだ。
「何百年……か」
拳を握った。さっき壁をぶち抜いた拳を。
「じゃあ——みんなもか。群れの全員も、本当はもっと強くなれるのか」
パカッ(そうだ)。
ガルドの目から、涙がこぼれた。
「泣いてねえからな」
泣いてるだろ。
「目から汗が……」
三回目だぞ、それ。
でも——笑った。
ガルドが、涙を流しながら、笑った。
「帰ろう、タカラ。みんなのとこに帰ろう。全員の封印を——開けてやろうぜ」
パカッ。
大きく開けた。
全力のパカッ。
ああ、帰ろう。
みんなの蓋を——開けに行こう。
◇
帰り道。
地下通路を戻りながら、リーリアが隣を歩いてた。
「ねえ、タカラ」
蓋文字を出す。
〝なんだ〟
「さっき、台座で声が聞こえなかった?」
……聞こえた。塔の声。
〝聞こえたのか?〟
「うん。かすかに。『おまえは何者だ』って」
リーリアにも聞こえてたのか。中にいたから?
「それと……もう一つ」
リーリアがちょっと言いにくそうにした。
「最後のほう、もう一言聞こえた気がしたの。すごくかすかで、聞き間違いかもしれないけど……」
〝なんて?〟
「——『頼んだぞ』って」
…………。
頼んだぞ。
塔が——俺に、頼んだ?
何を?
封印を解くことをか?
それとも——
わからない。
でも——重い言葉だな。
何百年も封印を維持してきた塔が、最後に言った言葉が、〝頼んだぞ〟。
……考えるのは後にしよう。
今は帰る。
仲間のところに帰る。
みんなの蓋を、開けに。
ズズズ。
暗い地下通路を、金色の宝箱が進んでいく。
その横を、ホブゴブリンになったガルドが歩いてる。
でかくなったガルドの歩幅に、ズズズが全然追いつかない。
「タカラ、おっそ」
うるせえ。
でかくなってもそれ言うのか、おまえは。
◇
【次回】拠点に帰還。ガルドの姿を見て群れが大騒ぎ。そして——全員の封印を解く。ゴブリンがホブゴブリンに。コボルトが上位種に。群れが——軍団に変わる。




