第18話「この先に、塔がある」
翌朝。出発だ。
メンバーはガルド、ガウル、リーリア、岩トカゲ五匹、アイ(中にいる)、そして俺。
サガが杖をついて見送りに来てくれた。
「気をつけてな。何があっても、生きて帰ってくるんじゃぞ」
パカッ(任せとけ)。
チョンが泣きそうな顔で手を振ってる。
「タカラー! ぜったい帰ってきてねー!」
帰ってくるよ。おまえの名前、まだ全員分つけてないしな。
ズズズ。
金色の宝箱と、ゴブリンと、コボルトと、人間の女の子と、岩トカゲが、下層に向かって出発した。
◇
縦穴を降りる。
俺は壁ズズズ。ガルドたちは吊り橋を駆け抜ける。リーリアは——
「……私、この橋を渡るの?」
渡るしかないだろ。
リーリアが吊り橋の前でぷるぷる震えてる。高いところが怖いらしい。
塔の五階に住んでたのに?
「塔には窓がなかったから……! 高さを実感したことないの……!」
ガルドがため息をついて、リーリアの手を引いた。
「いいから走れ。止まるから怖いんだ」
「えっ、ちょっ、速い速い速い!!」
ダッシュで渡り切った。リーリアの顔が真っ白だ。
俺は壁ズズズで三十分かけてじりじり降りた。
「タカラ、おっそ……」
うるせえ。三回目だぞ、このやり取り。
◇
下層。あの光る紋様の部屋に戻ってきた。
前回ガルドが壁をぶち抜いた穴が、そのまま残ってる。
中に入る。
青白い紋様が、相変わらずぼんやり光ってる。
リーリアが紋様を見た瞬間、足を止めた。
「……これ、知ってる」
知ってるのか?
「塔の台座に描いてあったのと、同じ模様。私が毎日座ってた台座の……」
やっぱりか。塔の力の〝根〟だとサガが言ってた。根と幹は同じ模様なんだ。
リーリアがしゃがんで、紋様に手を触れた。
「……流れてる、魔力が。弱いけど、まだ流れてる」
「方向はわかるか?」
ガルドが聞いた。
「うん……こっちから、あっちに向かって流れてる。北のほう……たぶん、塔の方向」
北。ベイルの街の北に塔がある。方向は合ってる。
つまり、この魔力の流れをたどれば——塔にたどり着く。
問題は——この部屋から先に道があるかどうかだ。
ガウルが鼻をひくひくさせた。
「ガウ……北の壁の向こうから、風の匂いがする。かすかだけど、空気が動いてる」
風。壁の向こうに空間がある。
岩トカゲたちが壁に張りついて、表面をチロチロ舐め始めた。
「カベ、ウスイ。ココ。ウスイ」
薄い場所がある。
ガルドが拳を鳴らした。
「壊すか」
〝頼む〟
ドゴンッ!
一発。
壁に穴が開いた。
その向こうに——通路があった。
暗い。すごく暗い。ダンジョンの下層よりもさらに暗い。
冷たい空気が吹き出してくる。
古い空気だ。何百年も閉じ込められてた空気の匂いがする。
「……あった」
リーリアがつぶやいた。
「地下通路、本当にあったんだ……」
あったな。
ガルドが穴の中を覗き込んだ。
「暗いな。どこまで続いてるんだ、これ」
ガウルが鼻をひくひくさせて——首をかしげた。
「ガウ……匂いが、ずっと続いてる。遠い。すごく、遠い」
遠いか。
まあ、塔は街の北に半日歩いた場所だ。ダンジョンからだと——地下を何キロも進むことになる。
時間がかかるだろうな。
でも、行くしかない。
岩トカゲが先行して天井に張りつく。暗くても平気だ。こいつらは暗視持ちだからな。
「サキ、ミチ、ツヅイテル。アブナクナイ」
先は続いてる。危なくない。
よし。
〝行くぞ〟
ズズズ。
金色の宝箱が、暗い地下通路に滑り込んでいく。
後ろからガルド、ガウル、リーリアが続く。
◇
地下通路は、まっすぐだった。
曲がりくねったダンジョンとは違う。一本道。
壁も床も、ダンジョンの自然な岩肌とは違って——加工されてる。
人工物だ。誰かが掘った通路。
壁に、あの青白い紋様がところどころ刻まれてる。光ってるけど、すごく弱い。消えかけの紋様もある。
「昔は、もっと光ってたのかもしれないね……」
リーリアが壁を触りながら言った。
「塔ができたばっかりの頃は、この通路全体が光ってたんじゃないかな。何百年も経って、弱ってきてるんだ」
なるほどな。塔の力が弱まってきてる証拠でもある。
リーリアがいなくなって、動力が止まって、さらに弱まってるわけだ。
いい傾向だ——魔物の側からすれば。
三十分くらい歩いた——いや、俺はズズズだけど——ところで、ガウルが足を止めた。
「ガウ。何か匂う。前方、遠い。生き物の匂いじゃない……石と、鉄と、古い魔力の匂い」
石と鉄と古い魔力。
塔の匂い、かもしれない。
「あと、もう一つ」
ガウルの耳がぴくっと立った。
「人間の匂い……薄い。でも、ある」
人間。
レイスか?
地下通路にレイスがいるのか?
いや——リーリアが言ってた。兵士が十人くらい交代で見張ってると。
もしかしたら、地下にも見張りがいるかもしれない。
〝警戒しろ 静かに進む〟
全員が頷いた。
ガルドが先頭に立つ。ガウルが鼻で索敵。岩トカゲが天井から偵察。リーリアは俺の横。
ズ……ズ……ズ……。
超スローのズズズ。音を立てないように。
パカパカも禁止だ。
……つらい。
◇
さらに二十分くらい進んだところで——通路が広くなった。
天井が高い。壁の紋様が、ここだけ他より明るく光ってる。
そして——前方に、扉があった。
石の扉。でかい。高さ三メートルくらい。
表面に、あの紋様がびっしり刻まれてる。
光ってる。ここの紋様は消えかけじゃない。まだ力が残ってる。
リーリアが息を呑んだ。
「これ……塔の地下入口だ。昔の文献で見たことがある。今は使われてないって聞いてたけど……」
使われてなくても、扉は残ってたのか。
封印されてるっぽいな。紋様が鍵の役割をしてるのかもしれない。
ガルドが拳を構えた。
「壊すか?」
〝待て〟
紋様が鍵なら、殴って壊すと何が起きるかわからない。罠が発動するかもしれない。
リーリアに聞く。
〝開けられるか?〟
リーリアが扉に近づいた。
手を触れる。
「……たぶん、いける。塔の魔力で封印されてるけど、私はその魔力を送ってた側だから……解除の手順、体が覚えてる」
リーリアの手が光った。
青白い光。紋様と同じ色だ。
扉の紋様が——反応してる。リーリアの魔力に呼応するように、光が波紋みたいに広がっていく。
ガチャン。
鍵が外れる音がした。
扉が——ゆっくりと、開いた。
重い石の扉が、ギギギ……と内側に開いていく。
何百年ぶりに開いたんだろう。蝶番が悲鳴みたいな音を立ててる。
扉の向こうは——
階段だった。
上に続く、螺旋階段。
壁一面に紋様が刻まれてる。全部光ってる。ここは塔の内部だ。力がまだ生きてる。
上から——魔力の気配が降りてくる。
重い。濃い。ダンジョンの下層なんかとは比べものにならない。
箱全体がびりびりする。
蓋裏の〝???〟が——激しく光り始めた。
近い。
中枢が近い。
「タカラ、光ってるよ、おまえ……!」
ガルドが言った。
俺の箱全体が、青白く光ってる。紋様と同じリズムで。
呼応してるんだ。この塔と、俺の中にあるものが。
〝行く〟
一文字だけ蓋文字に出した。
ガルドが頷いた。ガウルが頷いた。リーリアが頷いた。岩トカゲがチロチロした。
ズズズ。
金色の宝箱が、螺旋階段を登り始めた。
階段を。
ズズズで。
……段差がきつい。一段一段、がたんがたんと登ってる。めちゃくちゃ遅い。
「タカラ、運ぶか?」
ガルドが聞いた。
……頼む。
ガルドが俺を抱え上げた。
ゴブリンに抱えられる宝箱。
かっこ悪い。最高にかっこ悪い。
でも速い。ガルドの足で階段を駆け上がる。
リーリアとガウルがついてくる。岩トカゲは壁を走って先行してる。
上へ、上へ、上へ——
蓋裏の〝???〟が、もうバチバチに光ってる。
近い。もうすぐだ。
階段を登り切った先に——
部屋があった。
丸い部屋。天井が高い。壁一面が紋様で覆われてる。全部光ってる。
部屋の中央に——台座。
リーリアが毎日座ってた、あの台座だろう。
台座の上には何もない。リーリアがいなくなったから、空っぽだ。
でも台座自体が光ってる。青白い光を放ってる。
ここが——中枢だ。
封印の塔の、心臓部。
「タカラ、降ろすぞ」
ガルドが俺を台座の前に置いた。
ズズズ。
台座に近づく。
箱全体がびりびりびりびりしてる。
蓋裏が——
蓋裏が、今まで見たことないくらい光ってる。目が——目はないけど——眩しい。
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〝 ??? 〟
解放条件:残り一つ
☑ 封印術式との接触
☑ 封印動力源との同調
☐ 封印術式の中枢に到達せよ
──▶ 中枢を検知
──▶ 台座への接触で解放を実行します
──▶ 接触しますか?
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接触しますか?
取説が聞いてきた。
初めてだ。今まで勝手に更新されるか、後出しで書かれるかだったのに——今回は聞いてきた。
選択を。
俺に。
……ここまで来て、引き返すわけないだろ。
パカッ。
蓋を大きく開けて——台座に、箱ごと乗り上げた。
ズズッ。がたん。
金色の宝箱が、封印の台座の上に乗った。
蓋裏が——爆発するように光った。
◇
【次回】〝???〟が——名前を持った。




