第11話「宝箱が人間に化けたら、蓋はどこに残るのか」
翌朝。
蓋閉じたら即寝だった。宝箱の睡眠、便利すぎる。
パカッ。
魔力残量は——
──────────────────
魔力残量:72%
──────────────────
昨日たっぷり魔石を回収したおかげで、だいぶ戻ってる。よしよし。
さて。
昨日の話を整理しよう。
封印の塔ってやつがある。そいつが魔物の成長を止めてる。俺の中にはたぶんその封印に対応する力がある。塔に近づけばもっとわかるかもしれない。
でも塔はダンジョンの外にある。
つまり——外に出ないといけない。
ガルドに相談するか。
ズズズ。
◇
ガルドは朝から群れの戦闘訓練をやってた。
昨日のオーク戦で手応えをつかんだらしく、気合が入ってる。
「もっと腰を落とせ! 棒を振るんじゃなくて突け!」
いい指導だな。
パカッ(ちょっといいか)。
「おう、タカラ。どうした」
蓋文字を出す。
〝封印の塔を調べたい〟
〝外に出る方法を考えたい〟
ガルドが腕を組んだ。
三秒くらい考えて——
「出りゃいいだろ」
軽いな。
〝冒険者に見つかる〟
「擬態があるだろ。石に化けたり、薄くなったりできるんだろ?」
〝蓋が残る〟
「蓋くらいなんとかなるだろ」
ならないから困ってんだよ。
〝人間の街の近くに塔がある〟
〝宝箱のままじゃ無理だ〟
ガルドがうーんと唸った。
「じゃあ——人間に化けたらいいんじゃねえの」
……人間に?
擬態で?
石に化けたときは、質感も形も変わった。蓋は残ったけど。
人間の形になれるのか?
やったことない。
「やってみりゃわかるだろ」
こいつ、なんでもやってみりゃわかるで済ませるな。
でもまあ——やってみるか。
◇
群れの端っこで、こっそり実験することにした。
みんなに見られながらやるのは、恥ずかしい。
……宝箱に羞恥心があるとは思わなかったけど。
さて、擬態だ。
今まで化けたのは、石と、薄い箱。
どっちも〝物体〟だ。
人間は物体じゃない。生き物だ。
できるのか?
やってみよう。
人間の姿をイメージする。
冒険者だった頃の——カイルの姿。
身長は百七十五くらい。茶色い髪。普通の顔。特徴がないのが特徴みたいな、よくいる冒険者の見た目。
それを思い浮かべて——〝化ける〟。
体が——変わり始めた。
四角い箱が、ぐにゃりと歪む。
伸びる。縦に。
金色の表面が、肌色に変わっていく。
指が生えた。
足が生えた。
おお、おお……おおおお!
手がある。足がある。
十本の指。二本の腕。二本の脚。
顔が——ある。目、鼻、口。
すごい。人間だ。人間の形になった。
自分の手を見つめる。
ちゃんと手だ。指が動く。握れる。
地面を踏んでる。足の裏に地面の感触がある。
久しぶりだ。この感覚。
立ってる。二本の足で立ってる。
……ちょっと感動してるんだけど。
でも——
あれ。
背中に何か違和感がある。
手を回してみる。
背中に——蓋がある。
パカッ。
背中の蓋が開いた。
…………。
やっぱり、残ったか。
人間の姿に化けても、蓋は消えない。
背中にパカパカする蓋がついた人間。
……怖いわ。ホラーだわ。
上着を着れば隠せるか?
いや、上着なんて持ってない。収納の中に前世の革鎧はあるけど——
あっ。
前世の革鎧。
カイルの装備一式。
収納から出して——着れるのか、今の体に?
出してみた。
革鎧。ブーツ。腰のポーチ。
着てみる。
着れた。
腕を通す。ベルトを締める。ブーツを履く。
……おお。
冒険者だ。
見た目だけなら、完全に冒険者だ。
革鎧の背中部分で蓋が隠れてる。
パカッ——ごん。
蓋が開こうとしたけど、革鎧に引っかかって途中で止まった。
……きつい。蓋が開けない。
我慢しろ。外にいる間はパカパカ禁止だ。
パカパカできない生活。
地味につらい。
でもこれなら——人間の街に行ける。
◇
群れのところに戻ったら、大騒ぎになった。
「に、人間だ!」
「人間が来た! 逃げろ!」
「ちがう、待て! タカラだ!」
ガルドだけ気づいたらしい。
「おまえら落ち着け! これはタカラだ、擬態で人間に化けてんだ」
「えっ」
「えええ!?」
「タカラが人間!?」
「すげえ……かっこいい!」
「でも、前のほうがかわいかったな」
前のほうがかわいかったって何だ。宝箱がかわいいって何だ。
チョンが駆け寄ってきた。
「ねえタカラ、喋れるの? 人間の口があるなら、喋れるんじゃない?」
あ。
そういえば——口がある。
試してみる。口を開けて、声を——
「あ——」
出た。
声が出た。
「あー、あー……えーと」
出てる。声が出てる。
ミミックになってから初めて、声が出た。
「お、おお! しゃべっ——」
ガルドが目を見開いた。
「おまえ喋れるのか!?」
「……みたいだな」
自分の声だ。カイルの声。懐かしい。
ちょっとかすれてるけど——ちゃんと言葉になってる。
「すげえ! タカラが喋った!」
「パカパカじゃない!」
「言葉だ! 言葉喋ってる!」
子供ゴブリンたちがはしゃいでる。
パカパカじゃないって、そりゃ人間の口があれば普通に喋るだろ。
でもまあ——嬉しいのは俺もだ。
五日間、パカパカと蓋文字だけでやってきた。
ようやく、声で伝えられる。
「えーと。改めて。俺がタカラだ。よろしく」
「「「おおーっ!」」」
拍手が起きた。
宝箱の自己紹介に拍手。
なんだこの群れ。
……嫌いじゃないけど。
◇
ただし、擬態には制限がある。
長時間は持たない。
人間の姿を維持してると、魔力がじわじわ減っていく。
──────────────────
魔力残量:72% → 68%
──────────────────
十分くらいで四パーセント減った。
このペースだと——三時間くらいが限界か。
まあ、ずっと人間のままでいる必要はない。
外に出て、街の近くまで行って、塔を確認して、帰ってくる。
往復三時間なら——ギリギリいけるか。
あと、人間に化けてる間はパカパカできない。
蓋は背中にあるけど、革鎧で押さえてるから開かない。
つまり——射出も使えない。
戦闘になったら、擬態を解いて宝箱に戻るしかない。
人間の街の近くで、いきなり人間が宝箱に変身したら——大パニックだな。
できれば戦闘は避けたい。
偵察。今回は偵察だけ。
塔がどこにあるか確かめて、帰る。
蓋文字——じゃなくて、今は声で伝えられるんだった。
「ガルド。俺は人間のフリをして外に出て、塔の場所を確かめてくる。一人で行く」
「俺も行く」
即答かよ。
「おまえはゴブリンだろ。人間の街の近くにゴブリンがいたらどうなるか、わかるだろ」
「……討伐される」
「そういうことだ。今回は偵察だけだから、俺一人でいい。三時間で帰る」
ガルドが渋い顔をしたけど、頷いた。
「……わかった。でも三時間だぞ。三時間で帰ってこなかったら、探しに行くからな」
宝箱を探しに行くゴブリン。
絵面がシュールすぎる。
「わかった。三時間で帰る」
アイを中に——あ、今は人間の形だ。中ってどこだ。
えーと、背中の蓋を少し開けて——
すぽん。
アイが背中から中に入った。
人間の背中からスライムが入っていく光景。
やっぱりホラーだな、これ。
◇
ダンジョンの出口に向かう。
人間の姿だから、今度は正面から出られる。
上層の出口に向かって、歩く。
歩く。
足で。
二本の足で。
……久しぶりだな、この感覚。
ズズズじゃなくて、ちゃんと一歩一歩踏みしめてる。
足音がする。
自分の足音がする。
ズズズとは違う、カツ、カツ、という硬い足音。
ブーツの底が石の床を叩く音。
……ああ。
こういうの、好きだったんだよな。
冒険者だった頃。
ダンジョンに入るときの、あの高揚感。
自分の足音を聞きながら、暗い通路を進んでいく。
何が待ってるかわからない。でも——行く。
その感覚。
今、逆方向だけど——同じ気持ちだ。
カツ、カツ、カツ。
出口の光が見えてきた。
外の光。
出口をくぐる。
うわっ……太陽の光が眩しい!
手をかざして光を遮った。
五日ぶりの外の世界だ。
ダンジョンの入口の前に、冒険者のキャンプがある。テントがいくつか。受付所。人がちらほら。
でも……誰も俺を見てない。
見てても——ただの冒険者だと思ってる。
ダンジョンから出てきた、普通の冒険者。
それでいい、いいぞ、うんうん!
さて。
塔を探そう。
冒険者だった頃の記憶では、一番近い街は——ダンジョンから南に歩いて一時間くらい。
街の名前は〝ベイルの街〟。
中規模の冒険者の街だ。ギルドの支部がある。
塔がどこにあるかは知らない。でも街に行けば情報は集まるだろう。
三時間。往復二時間、街での調査に一時間。
ギリギリだけど——いける。
南に向かって、歩き出した。
カツ、カツ、カツ。
背中で——ほんの少しだけ——蓋がパカッと動いた気がした。
パカパカ禁止だって言ったろ。
我慢しろ。
パカッ。
◇
【次回】ベイルの街に着いた。久しぶりの人間の街だ。——知ってる顔がいないといいんだけど。あと、塔のことを聞いて回ってたら、妙なことを言う酒場の親父がいた。〝塔? ああ、あの白い塔のことか。あれには近づくなよ。番人がいるからな〟。




