第10話「あの日、世界に蓋がされた……らしい」
中層の拠点に戻ってきた。
ガルドたちが遠征の成果を群れに報告してる。
「オークに勝った」って言ったら、全員ぽかんとしてた。
「嘘だろ」
「マジで?」
「ゴブリンが? オークに?」
「マジだ。五人で囲んで、ガルドがぶん殴って倒した」
「すげえ……」
ざわざわしてる。
でもいい騒ぎだ。こういう〝勝てた〟って話は、群れの空気を変える。
それはそれとして。
俺にはサガに聞きたいことがある。
ズズズ。
群れの奥にいるサガのところへ向かう。
◇
サガはいつもの場所で、杖に寄りかかって座ってた。
俺が来たのに気づいて、顔を上げる。
「おお、タカラ。戻ったか。オークを倒したと聞いたぞ」
パカッ(ああ)。
でも今日の本題はそこじゃない。
蓋を開けて、蓋文字を出す。
〝下の階で 光る紋様を見つけた〟
〝古い部屋の床に描いてあった〟
〝知ってるか?〟
サガがそれを読んだ瞬間——顔色が変わった。
さっきまでの穏やかな目つきが、一気に険しくなった。
「……紋様じゃと?」
パカッ(そうだ)。
「どんな紋様じゃ。円か、線が何重にも重なっておったか」
知ってるのか。
パカッ(その通りだ)。
サガの手が——震えてた。杖を握る手が、かたかたと。
「……まさか。そんなものが、まだ残っておったのか」
知ってるんだな。やっぱり。
蓋文字を出す。
〝あの紋様は何だ〟
サガがしばらく黙った。
目を閉じて、何かを思い出すように。
それから——ゆっくりと口を開いた。
◇
「昔の話じゃ。ワシの祖父の祖父の——もっと前。何百年も、前の話じゃ」
サガは少しずつ語り始めた。
「あの頃、魔物と人間は戦争をしておった。大きな、長い戦争じゃ」
戦争。魔物と人間の。
冒険者学校でもさらっと習った。〝古代の大戦〟とかいう名前がついてた気がする。
「魔物にはあの頃、王がおった。〝魔王〟と呼ばれた者がな」
魔王。
「魔王のもとで、魔物たちは一つにまとまっておった。ゴブリンもオークもトレントも、みな魔王の旗のもとに戦った。人間と対等に」
対等に戦えてたのか。今のゴブリンからは想像できないけど。
「じゃが、人間の側に一人の大魔導士が現れた」
サガの目が遠くなった。
「〝大賢者〟と呼ばれた男じゃ。そやつは——恐ろしいことを考えた」
恐ろしいこと……。
「魔物を殺すのではなく——〝育たなくする〟ことを」
……やっぱりか。
「大賢者は、世界中にある仕掛けを建てた。巨大な塔じゃ……魔力を放つ塔を、各地に」
塔。
「その塔が放つ力が、魔物の成長を抑えこんだ。進化を止めた。どれだけ鍛えても、ある一線から先に行けなくした」
進化を——止めた。
「魔王はその塔を壊そうとしたが——間に合わなかった。塔が起動した日に、魔王は力を失い、倒された。魔物たちは散り散りになった」
一日で。
全部、一日で変わったのか。
「それが——〝あの日〟じゃ」
サガが俺を見た。
「世界に蓋がされた日。魔物が〝育たなく〟なった日」
蓋。
またその言葉だ。
「おぬしが見つけた紋様は——おそらく、その塔の力の一部じゃ。塔そのものではないが、塔から伸びた〝根〟のようなもの。ダンジョンの中にまで浸透しておるのじゃろう」
塔の根。
ダンジョンの壁にまで魔力が染みこんでる。
あの紋様は、その染みこんだ魔力が形になったもの。
……だから、あんなに古かったのか。何百年も光り続けてたのか。
塔が起動してから、ずっと。
「塔は今も立っておるはずじゃ。人間の街の近くに。ワシは見たことがないが、言い伝えではそう聞いておる」
今も。
今も、魔物の成長を止め続けてる。
だからゴブリンは弱いまま。オークも、スライムも、全部。
何百年もの間、ずっと——弱いままに、されてきた。
◇
サガの話を聞いて、しばらく黙ってた。
考えをまとめる必要がある。
整理しよう。
一、何百年か前に、人間の大賢者が〝封印の塔〟を建てた。
二、その塔の力で、魔物は進化できなくなった。
三、塔は今も動いてる。魔物はずっと弱いまま。
四、ダンジョンの中にある紋様は、塔の力の〝根〟。
五、俺の蓋裏にも、同じ紋様の欠片がある。
……五番目がひっかかる。
なんで俺の蓋裏に、塔の紋様があるんだ。
俺はミミックだ。ダンジョンの魔物だ。
塔の力で封じられてる側のはず。
なのに——塔と同じ紋様を持ってる。
封じられてる側なのに、封じてる側の印がある。
それって——
蓋裏が、ぴかっと光った。
──────────────────
〝収納〟(更新)
体内に物体を格納できる。
格納中の物体は劣化しない。
格納した物体の性質を読み取り、
再現することができる。
生体を格納した場合、
自動修復および強化が適用される。
〝擬態〟
外見を他の物体に変化させる。
変化の精度は習熟により向上する。
〝蓋文字〟
蓋裏面に任意の文字を表示する。
格納対象との意思疎通に使用可。
〝 ??? 〟 ──NEW
解放条件未達
封印術式との接触を検知
追加情報を収集してください
──────────────────
新しい項目。
でも——名前が〝???〟になってる。
解放条件未達。
封印術式との接触を検知。
追加情報を収集してください。
……おい、取説。
今回ばかりは後出しとかじゃなくて、本当にわからないのか。
まだ条件が足りなくて、名前すら表示できないのか。
でも——一つだけわかった。
〝封印術式との接触を検知〟。
あの紋様に近づいたとき、俺の箱が光ったのは、これだ。
封印の力に反応してる。
俺の中に——封印に対応する〝何か〟がある。
それが何なのかは、まだわからない。
でも、方向は見えた。
あの塔。封印の塔。
あれに近づけば——もっとわかるかもしれない。
〝???〟が、名前を持つかもしれない。
◇
サガに蓋裏を見せた。
〝???〟の項目を見せると、サガは長い間じっと見つめてた。
「……封印術式との接触を検知、か」
サガが目を閉じた。
「タカラよ。おぬしの中にあるゴブリンを強化する力——あれは、もしかしたら〝封印を緩める〟力なのかもしれん」
封印を緩める。
「おぬしの収納に入ると、魔物が少し強くなる。少しだけ成長する。それは——塔の封印をほんの少しだけ、おぬしが解いておるのではないか」
……なるほど。
俺の中に入ると強くなるのは、収納が魔力を注いでるからだと思ってた。
でもそうじゃなくて——封印の〝蓋〟を、俺がちょっとだけ開けてたのか。
宝箱が、蓋を開ける。
……出来すぎてないか、この話。
「じゃが、おぬしの力では〝少しだけ〟しか開けられんのじゃろう。塔そのものが動いておる限り、根本は変わらん」
うん。
〝微増〟とか〝中程度〟とか、そういうレベルでしかない。
塔が止まれば——もっと大きく変わるのかもしれない。
「塔を壊す——とまでは言わん。じゃが、塔に近づいて、おぬしの〝???〟を解放できれば、何かが変わるかもしれんのう」
サガがゆっくりと立ち上がった。杖にすがりながら。
「ワシは動けん。じゃが、おぬしは動ける。ガルドも、仲間たちも。おぬしが先に立てば、あの子たちはついていく」
パカパカッ(まだ何も決めてない)。
「決めんでもよい。ただ——知っておいてほしかっただけじゃ」
サガが微笑んだ。
「おぬしの蓋の裏に、答えがあるかもしれんということを」
俺の蓋の裏に。
取説に。
余白に。
——まだ名前のない、〝???〟の中に。
◇
夜。
蓋を閉じて、寝ようとした。
子供ゴブリンたちが、またくっついて寝てる。
パカ……。
薄く蓋を開けて、裏を見た。
〝???〟の文字がぼんやり光ってる。
まだ名前がない力。
封印を——開ける力。
それが俺の中にあるのかもしれない。
塔に近づけば、わかるかもしれない。
でも塔は人間の街の近くにある。
宝箱が人間の街に行ったら——どうなるか。
〝ミミックだ!〟〝殺せ!〟
……うん、まあそうなるよな。
〝擬態〟があるけど、蓋が消せないしな。
人間に化けたら?
前にダンジョンの中で石に化けたとき、蓋が残った。
人間に化けても、蓋が残るだろ。
背中に蓋がついた人間……。
……怖いわ、そんなの。
まあ、考えるのは明日にしよう。
今日はいろいろありすぎた。
オークに勝った。紋様を見つけた。サガの話を聞いた。取説に〝???〟が出た。
多すぎる。
パタン。
おやすみ。
蓋の裏で、〝???〟がぼんやり光ってる。
まるで——早く名前をくれと、言ってるみたいに。
◇
【次回】塔のことが気になって夜も眠れない——嘘だ、宝箱は蓋閉じたら即寝だ。翌朝、ガルドに相談したら、意外な提案が返ってきた。〝ダンジョンの外に出よう〟。え、外? 宝箱が? ——いや、そうだよな。塔は外にあるんだから。




