第1話「俺を殺した宝箱に、俺が転生してどうすんだよ!」
死ぬ瞬間って、意外と冷静なもんだ。
走馬灯とか、全然見えない。
ただ「あ、やべ」って思っただけ。
……いや、ちょっと待って。
なんで俺が死んだかって話からしないとダメか。
◇
俺の名前はカイル。
冒険者だ。ランクはB。
まあまあ強い方だと思う。少なくとも、そこらのダンジョンで死ぬような実力じゃない。
——はずだった。
その日、俺は単独でダンジョンの中層にいた。
なんで単独かって?
パーティを組むのがめんどくさいからだ。
昔はちゃんと仲間がいた。四人パーティで、それなりにうまくやっていた。
けど、ある日を境にソロになった。
理由は——まあ、今はいいか。
とにかく、俺はソロで中層まで来た。
そして、小部屋の奥に、でっかい宝箱を見つけたわけだ。
金色に光る、いかにもお宝が入ってそうなやつ。
冒険者歴十年の俺は、当然こう思った。
——怪しい。
怪しすぎる。
こんなあからさまな宝箱、逆に怪しい。
罠か。
いや、ミミックか。
……でもなあ。
鑑定スキル、反応なし。魔力探知にも引っかからない。
罠の気配もない。
ただの宝箱だ。
たぶん。
おそらく。
きっと。
九割方。
——よし、開けよう。
ガパッ。
パクッ。
……あ。
噛まれた。
ミミックだった。
嘘だろ。鑑定にも探知にも引っかからないミミックって何だよ。反則だろ。
しかもこいつ、めちゃくちゃ強い。
腕を噛まれたまま、引き剥がせない。
毒が——回ってる。即効性の猛毒だ。視界がぼやける。
体に力が入らない。
ポーションは——右手が動かない。左手で取ろうとしたけど、もう腰のポーチに手が届かない。
あー。
これ、ダメなやつだ。
Bランク冒険者カイル、中層の宝箱に食われて死亡。
冒険者ギルドの掲示板に貼り出されたら、たぶんみんな笑うだろうな。
「あのカイルがミミックに食われたってよ」
「マジかよ、ダッサ」
「でもカイルってソロだったし、しょうがなくね?」
「ま、それもそうか。次の話しようぜ」
——うん、そんな感じだろうな。
俺が死んでも、たいして困る奴はいない。
昔の仲間は俺がいなくても元気にやってる。
ギルドの受付嬢には「気をつけてくださいね」って言われてたけど、あれ全員に言ってるやつだし。
薄情な世界だ。
でもまあ、別にいい。
恨む相手もいない。
強いて言えば、この宝箱を恨むくらいだ。
なあ、ミミック。おまえ、なんで鑑定に引っかからないんだよ——
◇
……ん?
意識がある。
死んだはずなのに。
目を開ける——いや、目を開けてるのか? よくわからない。
暗い。けど、見える。なんか変な視界だ。上下左右が同時に見えるような、魚眼レンズみたいな感じ。
体が重い。
っていうか、体の感覚がおかしい。
手を動かそうとした。
動かない。
足を動かそうとした。
ない。
——え?
足、なくない?
手もない。
首もない。
あるのは——なんだこれ。箱?
四角い。硬い。自分の体が、四角くて硬い。
上にパカパカ動く部分がある。これが——蓋?
蓋を開けてみた。
パカッ。
視界が一気に広がる。
見えたのは、見覚えのある石壁。ダンジョンの中層の小部屋だ。
で、目の前の地面に、冒険者の死体が転がっている。
Bランクの冒険者プレートをつけた、見覚えのありすぎる男の死体。
——俺じゃん。
いやいやいやいやいやいやいや、ちょっ、ちょっと、待って。
俺の死体が目の前にあるってことは、今の俺は何なんだ!?
もう一回、自分の体を確認する。
四角い。硬い。金色。上にパカパカする蓋。
……宝箱だ。
宝箱だこれ。
嘘だろ。
俺を殺した宝箱に——俺が転生してどうすんだよ!
◇
パニックだった。
いや、パニックっていうか、処理が追いつかない。
整理しよう。落ち着け。
一、俺はミミックに殺された。
二、気づいたら宝箱になっていた。
三、目の前に俺の死体がある。
四、つまり俺は、俺を殺したミミックに転生した。
……うん。意味がわからない。
だが事実だ。
自分の体——いや、箱を見下ろす。金色の装飾が施された、けっこう立派な宝箱。さっき俺が「怪しい」って思ったあの宝箱そのものだ。
蓋をパカパカしてみる。
動く。
自分の意思で蓋が開閉できる。
……なんかシュールだな。
試しに、移動してみるか。
足はない……どうやって動くんだ?
——と思ったら、念じただけで、箱ごとズズッと滑るように動いた。
おお、動ける。宝箱が自走してる。
めちゃくちゃ怖い絵面だろうな、これ。
速度は——歩くより少し遅いくらい。まあ、箱だしこんなもんか。
右に曲がれる、左にも曲がれる、バックもできる。
回転もできた。
ぐるん。
……今の回転、意味あったか?
ない。
でもなんか楽しかった。宝箱のくせに。
◇
移動できることはわかった。
次の問題は——こいつだ。
目の前の、俺の死体。
Bランク冒険者カイルの亡骸。
見慣れた革鎧。使い込んだ片手剣。腰にはポーション入りのポーチ。
……ポーション。
今さら遅いけど、あのとき左手がもうちょっと伸びてたら、死なずに済んだのかもしれない。
まあ、過ぎたことだ。
それより——この装備、どうする?
このまま放置すると、そのうち冒険者が来てロストアイテムとして回収されるだろう。
もったいない。
俺の装備だし、俺が回収したい。
でも手がない。
どうやって——
……あ。
そういえば俺、宝箱だ。
宝箱って、中に物を入れるためのものだ。
試しに、死体の横にある片手剣に意識を集中してみる。
『入れ』と、念じてみた。
——すっ、と。
剣が浮き上がって、蓋の中に吸い込まれていった。
おお……おおおおおおおおおぉ!
入った。
俺の中に入った。
蓋を開けて、自分の中を覗いてみる——見えない、中は暗い。
でも、「ある」のはわかる。中に剣があるという感覚がある。形も重さも、なんとなくわかる。
取り出せるか?
『出ろ』と念じる。
ぽん、と剣が蓋から飛び出して、地面にカランと落ちた。
入れる、出せる。
……これ、けっこう便利じゃないか?
調子に乗って、他の装備も片っ端から入れてみた。
革鎧……入った。
ポーチ……入った。
ポーション三本……入った。
予備のナイフ……入った。
Bランクの冒険者プレート。
……これは、ちょっと迷った。
この金属板は、十年間冒険者をやってきた証だ。
今の俺には何の意味もないけど——捨てたくは、なかった。
入った。
最後に、革のブーツ。
入った。
全部……入った。
残ったのは、空っぽの——カイルの体だけ。
服も武器も剥がれた、ただの亡骸。
……なんだろう。
自分の死体を前にしても、不思議と悲しくない。
もう、別人みたいな感覚だ。
俺はカイルだったけど、今はカイルじゃない。
今は——宝箱だ。
中身たっぷりの、金色の宝箱。
パカッ。
さて——
◇
装備を回収して気分が良くなったところで、次の問題に気づいた。
ここ、ダンジョンの中層だ。
出口は、このはるか上。
冒険者だった頃は自分の足で来たが、帰りも足で帰るのが普通だ。
でも……今の俺には、足がない。
ズズズ移動で中層から出口まで——いったい、どれくらいかかるんだ?
冒険者の足で、片道三時間。
ズズズの速度は歩きの七割くらい。
四時間半。
……まあ、行けなくはない。
問題はそこじゃない。
問題は——途中に【魔物】がいることだ。
ダンジョンの中層には、ゴブリンやらスライムやらが生息している。
そいつらは、俺を襲ってくるのか?
俺は今、ミミック——つまり魔物側だ。
魔物同士って、戦うのか?
……わからない。冒険者の頃は、魔物同士が争ってるのを見たことがある。縄張り争いとかで。
でも、ミミックって……どういう立ち位置なんだろう?
食物連鎖的に、どこにいるんだ?
宝箱って、ゴブリンより下? 上? そもそも宝箱に、縄張りとかあんの?
いや、もう……考えても仕方ない。行くしかない。
ズズズ……。
中層の扉を抜けて、通路に出る。
暗い……静かだ。
自分の箱が石の床を擦る音だけが響いてる。こわい。
ズ、ズ、ズ、ズ……。
……寂しいな。
いや、別にいい。ソロには慣れてる。
ソロ冒険者を十年やってきたんだ。一人で——いや、一箱で移動するくらい、なんてことない。
ズズズ。
ズズズズ。
…………。
いや、寂しいわこれ。
足音すらしないんだぞ! 『ズズズ』しか、聞こえないんだぞ!
人間のときは、足音があった。自分の呼吸があった。鎧の擦れる音とかも、いい感じに。
今は——ズズズだけ。
ひたすら、ズズズ。
つらい。
地味につらい。
こういう……自分の知らないものに生まれ変わった醍醐味って、新しい体での冒険にワクワクすることだと思うんだけど。
宝箱のワクワク要素って何だよ。ズズズか? パカパカか?
パカパカだな。
パカッ。
……うん。パカパカは楽しい。蓋を開閉する感覚は悪くない。人間で言うと伸びをする感じに近い。
よし、パカパカしながら進もう。
ズズズ。パカッ。ズズズ。パカッ。
ダンジョンの通路を、金色の宝箱がパカパカしながら滑っていく。
この世で最もシュールな光景だと思う。
ああ……俺はバカだ。
◇
中層に差しかかったあたりで、ふと気づいたことがある。
中に入れた装備——なんか、情報が読める。
さっきは「ある」のがわかる、くらいの感覚だったけど、しばらく収納しているうちに、もう少し詳しい感覚が生まれてきた。
片手剣。
鋼鉄製。刃渡り七十センチ。刃こぼれ三箇所。
——刃こぼれの位置まで『見える』。
革鎧。
牛革。肩の部分に擦り傷。背中に小さな穴。
穴の位置は——ミミックに噛まれたときにできたやつだ。
ポーション。
下級回復薬。残量満タン。有効期限——なし?
あれ? ポーションって、有効期限あるよな。普通は製造から一か月くらいで効果が落ちるはず。
なのに……『なし』と出る。
まさか——収納の中にある間は、劣化しない?
時間が止まってる的な?
いや、さすがにそれは——
試してみたいけど、比較対象がない。後で確かめるしかないな。
でも、もしポーションが劣化しないなら、こりゃすごい。いくらでもストックできるぞ。
『収納』——ただ物を入れるだけのスキルかと思ったけど、意外と奥が深いぞ。
ズズズ。パカッ。
ご機嫌なズズズパカパカで進んでいたら——
足音が聞こえた。
俺のじゃない。俺には足がない。
複数の足音。金属が擦れる音。革のブーツが石を踏む音。
そして——声。
「おい、もう誰か入ってんのかな」
「知らね。とりあえず中層の魔物狩って稼ごうぜ」
「了解。ゴブリンいたら経験値うめーし」
冒険者だ。
近づいてくる。
まずい!
——俺、今、ミミック側だぞ。
冒険者にとって、ダンジョンの通路に宝箱がある=ミミックの可能性大、だ。
開けに来るか、警戒して攻撃してくるかの、二択。
どっちにしろ、やばい。
隠れないと。
でも、どこに——
そのとき、頭の中にふと浮かんだ感覚があった。
『擬態』。
収納と一緒に、なんとなく『できる』と感じていたもう一つの力。
ミミックの本能——宝箱のフリをして獲物を待つ能力。
逆に言えば、宝箱『じゃないもの』のフリもできるんじゃないか?
この通路にある、自然なもの——石。
石になれ。
俺は石だ。ただの石だ。ダンジョンの壁から崩れ落ちた、なんの変哲もない岩の塊だ。
——体の表面が変わるのを感じた。
金色の装飾が消えていく。代わりに、灰色のごつごつした質感が広がる。
形も変わる。四角い箱型から、少し丸みを帯びた不定形に。
おお——化けた。
石になった! 俺は、石だ!
……いや、ちょっと待て。
蓋。
蓋が——残ってる。
灰色の岩の上に、ぱかっと開く蓋だけが、しっかり存在している。
蓋つきの石って、何だよ!
自然界に、蓋つきの石があるか!?
ない。絶対ない!
擬態が——不完全だ。
ミミックの本質である『蓋』だけは、どうしても消せないらしい。
足音がさらに近づいてくる。
もう角の向こうだ。
頼む、気づくな。蓋に気づくな。こんな薄暗い通路で蓋なんか見ないでくれ——
冒険者が三人、角を曲がってきた。
若い。たぶんCランクかDランクの初心者パーティだ。
剣士、魔法使い、弓使い。教科書通りの三人組。
先頭の剣士が、松明を掲げて通路を照らす。
光が――俺を、照らした。
蓋つきの石を、光が照らした。
剣士が、ちらっと俺を見た。
心臓がどくんどくんと——いや、宝箱に心臓はない。でも、心臓があったら絶対止まってた。
剣士が——
「ん? これ……なんかさ……」
見てる。
俺を見てる。
蓋を見てるのか? 蓋に気づいたのか?
頼む。頼むから。ただの石だと思ってくれぇ!
「……なんかこの岩、変な形してね?」
ギクッ……バレた?
「どれどれ」
魔法使いが近づいてくる。
やめろ、来るな、鑑定するな!
「ただの岩じゃね? こういうの、たまにあるよ」
弓使いが面倒くさそうに言った。
そうだ。たまにある。こういう変な形の岩。ダンジョンにはよくある。
「まあ、そうか。行こうぜ」
剣士が松明を前に向けて、歩き出した。
三人が俺の横を通り過ぎていく。
……通り過ぎた。
足音が遠ざかっていく。
…………。
——助かった。
蓋、マジで危なかった。
次に擬態するときは、蓋を隠す方法を考えないとダメだ。壁に蓋を押し付けるとか、蓋の上に本物の石を乗せるとか。
とにかく、擬態は使える。不完全だけど使える。
これは大きい。
冒険者から逃げる手段がある。
収納で物を運べる。
擬態で隠れられる。
……あれ?
宝箱の人生——箱生——意外と、なんとかなるんじゃないか?
もちろん、油断はできない。
でも、真っ暗だと思ってた未来に、ちょっとだけ光が見えた気がした。
ズズズ。
出口に向かって、また滑り始める。
パカッ。
金色の宝箱——今は灰色の蓋つき岩——が、ダンジョンの通路をひっそりと進んでいく。
さて、外の世界はどうなってるかな。
十年間、冒険者としてこのダンジョンに何度も潜ったけど——魔物として外に出るのは初めてだ。
ズズズ。
パカッ。
◇
【次回】ダンジョンの中層で冒険者パーティと遭遇。今度は擬態でごまかせなさそうだ。収納チートに戦闘能力はあるのか?——ある。あった。宝箱からアイテムが射出できた!




