9話 執着する影
地縛霊とは、
その土地に留まり続ける霊的存在だとされている。
強い未練や怨念が、
場所と結びつき、離れられなくなるという。
繰り返し語られ、
恐れられ、
意味を与えられた場所に、
“影”は安定して留まる。
※本作では、地縛霊という概念を、
観測された現象として再解釈しています。
ーー1週間後
俺は左手が使えなくなった生活にはまだ慣れないが、由美子さんが色々と手伝ってくれる
「修二くん、この資料この棚に入れておくからね」
「ありがとう、由美子さん
少し休憩しよう、コーヒー入れてください」
「はーい、いつも通りね」
コーヒーを淹れているとチャイムが鳴った
「はい、今出ます」
ドアを開けるとそこには落ち着いた
雰囲気の男性が立っていた
「すみません、調べてほしいことがあるのですが」
椅子に腰掛けた。
「どうぞ、アナタもお座りください
由美子さん、お茶の用意を」
「話を聞きましょう」
「私は新司と言います。
普段古くなった物件を買い取って、
リフォームして、売り出す事で生計を立てているのですが、
事故物件と言われるものを買うこともあって
今回の物件は、所有者が呪われると有名だったらしくて、その調査をお願いしたいんです。」
目の下には濃い隈があり、首元に無意識に手をやっていた。
「わかりました。ちなみにその原因はわかっているんですか?」
「昔一戸建ての備え付けクローゼット内で首吊り自殺したようで、私も調べてみたのですが
親の借金で首が回らなくなってそれを苦に死んだみたいで…」
そう言いながら、持っていた鞄から資料を取り出した。
「こちらの方なんです。」
「これは、かなり調べたでしょう」
そこには過去の居住者や住んだ期間が記載のある書類だった。
「はい、でも調べるほど、最近夢の中に
あの部屋のクローゼットが出てきて、開いたところでは目が覚めるんですけど、
あの中から何かが出てきた時、終わりとわかるんです」
「わかりました。
調査してみましょう」
新司は鍵を取りに事務所を後にした。
「由美子さん、今回の調査には俺1人で行く
だから非常時の対応と送迎をお願いできるかな?」
「わかったよ
でも片手で出来る?」
「部屋はリフォームのために片付けられているらしいから
戸の開け閉めぐらいは片手でも出来るさ」
ーー当日の夜
「修二くん、何もこの時間に来なくても…」
「こういう調査は大体夜なんだ
申し訳ないが、慣れてくれ
これからもこういったことがたくさんある。」
借りた鍵を使って、ドアを開けると
入ってすぐに台所があり、屋内和室がふた部屋見えた。
「クローゼットのある部屋はどれだ…」
部屋に入り、室内を散策した。
「この部屋だな」
クローゼットを開けると中にあるハンガーパイプで紐を長時間擦ったような跡を見つけた。
ーー約2時間後
しばらく待機していると、だんだん気配が強くなる感覚があった。
部屋中に家鳴りが響き渡った。
「変だ…
外で風は吹いていない
でもこの部屋に確実に何かいる…」
ーー日付を回って少しした頃
ギィ、トン、ギィ、トン
クローゼットから軋み音と、何かが当たる音がした。
クローゼットに目をやると扉が少しずつ開いてきた
「!?」
俺は咄嗟に目を逸らした。
逸らす瞬間、クローゼットの中に、あるはずのない高さに、
異様に長い細い"影"があった。
息がうまく吸えない…
目を逸らしているはずなのに、
細長い何かが、視界の端に残り続けている。
首から頭にかけての空気がひやりと重くなる
サァと首筋に髪のようなものが当たる
気がつくと俺は走り出し、戸建てを飛び出していた。
「由美子さん、すみません
車をすぐに出してください
早く!」
俺は飛び込むように車に逃げ込んだ。
「う、うん」
由美子は戸惑いながら車を出す
「修二くん、そんなに慌てて何かあったの?」
「はい、でも今話せません
いつか、必ず話します。」
「そう、わかった
でも何かあったら言ってね」
そう言い、由美子さんは帰路についた
あれはきっと執着が形を成したものだ
これ以上関わってはいけない。なぜなら、
首筋に髪のような感覚がまだあるからだ。
ーー後日
「新司さん、あの部屋には何かいます
一刻も早く、あの家を手放してください」
「という事は何か見たんですか!?
教えてください!」
「何かはわかりません
ですが、あの部屋を手放さないと恐ろしい事が起こりますよ」
これ以上説明は出来ない…
あれはきっと伸びた首だ、ここで断言してしまうと"影"は形を成してこの人を襲うだろう…
「そんな、掃除とリフォーム費用が既にかかってるんです
そんな理由でやめられません!」
新司は立ち上がり、まくし立てるように部屋を去った
首筋に髪のようなものを纏わせながら…
「忠告はしましたからね…」
「修二くん、依頼人くらいなら言っても良かったんじゃないの?」
「言っちゃダメなんだ
由美子さん、俺は今回のことをノートに纏めるからしばらく任せます。」
影は、死者でない。
強すぎる思いの残骸だ。
執着が形になる
あの一戸建ても、誰かの執着でできている。
そう書き残しノートを閉じた。
ーー数日後
新司はあの一戸建ての前にいた。
「大丈夫だ…大丈夫だ…
残りの作業終わらせて、早く売り払えば良い」
鍵を差し込む
カチッと乾いた音が鳴る
その瞬間、
首の後ろでゆっくりと何かが伸びた気がした。




