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8話 不穏な影

修二くんの左手は、思うように動かなくなった。


資料を拾おうとして、床に落とす。

コーヒーカップを持ち直す。

ほんの少しだけ、遅れる。


そのわずかな違和感が、

妙に胸に残った。


最初は、お礼のつもりだった。

昭弘の件で助けてもらったから。

あの散らかった部屋を片付けるくらい、当然だと思っていた。


でも――


あの子は、ずっと何かを探している。

暗い部屋で、たった一人で。


あの時の私みたいに。


そしてあの日、

荒れ果てた部屋を見た瞬間、

思ったのだ。


このまま放っておいたら、

この人は、どこかに消えてしまうかもしれない。


だから私は、

せめて隣に座ることにした。


話さなくてもいい。

何もしなくてもいい。


ただ、そこにいる。


いつか、この人が

ちゃんと笑えるようになるまで。


「修二くん、資料部屋から持ってきたよ。

あれ?修二くんがいない…」



修二は静かに椅子を引いた。


姉の身体には、まだあの"影"が薄く絡みついている。


「姉さん、今日もきたよ」


左手を見下ろし、小さく笑う。

「ちょっと怪我してさ。

姉さんの好きなリンゴ、しばらく切れなくなった。」


返事はない。

それでも続ける。


「昨日、助手が出来たんだ。

由美子さんっていう、年上の人でさ。

…優しい人なんだ」


影は消えない。

ただ、そこにある。


"影"は以前より輪郭が曖昧だった。


ガラガラ


「修二、来てたの

って、何その腕。何があったの!?」

母が病室に入るなり、俺の腕を見て目を見開いた。


「えっと…

ちょっと仕事中に事件に巻き込まれてさ

怪我したんだ。リハビリ次第で元に戻るらしいから、気にしないで」


「なんで何も言わないの…

アンタの母親なんだから、心配くらいさせてよ。」

瞼に涙を溜めていた。


「ごめん、次は言うようにするよ。

父さんは最近どうなの。」

気まずさを紛らわすように、母に聞いた。


「お父さんのことを聞くなんて、珍しいね

今日は仕事よ。」


「そう、また来るよ。

しばらくお願い」


「ねぇ修二、雰囲気が少し変わったわね…

たまには家にも顔を出してよね」


「考えておくよ」

そう言って部屋を後にした


ーー1週間後


縫い傷はある程度塞がり、少し早めに退院することにした。


道中、事故のあった交差点に目をやると、

重なっていた"影"は歪に形を成していた。

手足のようなものが伸び、顔らしき凹凸が見えた。


「な、なんだあれは」


「アナタ、あれが見えるんですか?」


すぐ後ろだった。

いつからいたのか、気配がなかった。

そこには探偵風の格好をした男性が

無表情に近い目で"影"を見ている。


「あ、すみません、驚かせてしまいましたね。

私、こういう者です」


胸ポケットから名刺を取り出し、修二へ手渡した

「時守探偵事務所…探偵、ですか」


「はい、あの"影"なのですが

あれは、集まった影が、各々形を成している状態ですね。

もうすぐ、個になりますよ」


背筋が冷えた。


「危険…なんですか?」


時守は一瞬こちらを見て、僅かに口元を動かした。

「人が関わらなければ、問題はありません

ーー関わらなければ、ですが」


それ以上は何も言わない。


「アナタはまだ知らないようだ。

影は"形を成す時"が1番面白い」


面白い?

その言葉に、違和感を覚えた。


「では、失礼します」


時守はこちらに背を向けた。


残されたのは、歪な"影"と

胸の奥に残る妙なざらつきだけだった。


俺は事故現場を後にし、ノートを開いた。


あの人は俺よりも"影"のことを知っている。

だけど、絶対に関わってはいけないそんな気がした。


だが、これだけは言える。

俺以外にも影を見える人はいる。

そう書き残しノートを閉じた。


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