3話 彼との思い出
ピピピ……ピピピ……ピピピ……
アラームの鳴る音がする。
昨日の出来事を反芻しながら、目を覚ます。
昨日は、危なかったな……。
そう思いながら、薄暗い部屋で集めた資料とノートを広げ、考察する。
――“影”は、周囲の噂や情報によって形を与えられる……。
だが、それだけでは、今回の件は説明がつかない。
情報が足りない……。
考え込んでいると、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「はーい、どうぞー」
気だるげに返事をすると、扉が開く。
「すみません、ここは心霊現象研究所で合っていますか?」
「はい、そうですよ。
ご依頼ですか?」
修二は、来客の女性に尋ねた。
「はい。
一年前に行方不明になった昭弘を……
私の彼氏を、見つけてほしいんです」
「話を聞きましょう。コーヒーは好きですか?
私は心霊現象研究家の修二と言います」
軽く自己紹介をし、互いに腰掛けて話を聞く。
彼女は、少し涙ぐみながら語り始めた。
「私は由美子と言います。
一年前まで、彼氏と一緒にツーリングするのが、
私たちの趣味でした」
「ある日、私に急用ができて……
その日は、彼氏だけツーリングに行ったんです」
「連絡がつかないと思っていたら、
つづら通りでスリップして、
転落後、行方不明になったと連絡が来ました」
「それから数か月が過ぎた頃、
夜に通ると――」
「バイクのエンジン音がする。
黒い影を追ってきて、危うく事故になりそうだった」
「……って、ネットの掲示板に書いてあって。
何となくですけど、彼氏のような気がして……」
彼女は必死な表情で、俺に頼み込む。
「お願いです!
警察は、どれだけ頼んでも捜索を打ち切ってしまうし、
探偵も長期間の調査は断られて……」
「あなたしかいないんです!お願いします!」
その話を聞き、
“影”と関係がありそうだな、と考えた。
「わかりました。
昭弘さん捜索の依頼、引き受けましょう」
――面倒な依頼だな。
心の中で、そう呟いた。
夜の調査のためにバイクを借り、
幽霊つづらへ向かう道中、休憩がてら崖下を覗く。
ザー……と、
崖下を流れる音が、ここまで響いてくる。
なるほど。
捜索が打ち切られる理由は、これか。
崖下には、
近づけば飲み込まれそうな急流があった。
それから幽霊つづらへ入り、バイクを走らせる。
道は荒れ、ところどころへこみがある。
背後からエンジン音が聞こえ、
ミラー越しに後ろを確認する。
ミラーの中で、“影”が迫ってきていた。
速い。
異常な速度だ。
“影”は俺の後ろに張り付き、
どんどん距離を詰めてくる。
エンジン音が、耳を打つ。
バイクが接触してもおかしくない距離まで詰め寄られた。
“影”と接触しないよう、速度を上げる。
速度が上がるたび、ハンドルから体へ振動が伝わる。
幽霊つづらに入る前に見た、
崖下の光景が脳裏をよぎる。
カーブに差しかかった瞬間、
車体が浮く感覚がした。
――曲がりきれない。
そう直感し、
ガードレールを蹴ってバランスを整え、再び加速する。
エンジン音は遠ざかり、
“影”は、いつの間にか姿を消していた……。
――翌朝
足首が痛む。
昨日、“影”から逃げる際に捻ったのだろう……。
だが、間違いなく“影”だった。
このことは、由美子さんには説明できない。
そう考えながらスマホを取り、由美子へ連絡する。
「由美子さん。
昨夜、つづら道を調査しましたが、
何の手がかりもありませんでした」
すると由美子さんは、声を荒げる。
「そんなはずありません!
今夜、一緒にもう一度、つづら道へ行ってくれませんか!」
電話越しに、
依頼時とは違う様子を感じ取り、動揺しながらも了承した。
再びバイクを走らせ、
俺の後ろに由美子さんを乗せ、つづら道へ向かう。
警戒しながら走行していると、
ミラー越しに“影”が見えた。
しかも、昨日よりはっきりと形を成している。
――この足で、逃げ切れるか?
「由美子さん!気をつけて!」
叫ぶと、“影”は由美子さんの背後に張り付き、
つかず離れずの距離を保っていた。
由美子さんは、なぜか俺の背中で泣いていた。
「昭弘……
私を見守ってくれているんだね……」
呟く声が、耳に届く。
どういうことだ。
この“影”は、いったい……。
それからも、ミラー越しに何度か“影”を確認する。
“影”は、つづら道を抜けるまで姿を現し続けていた。
休憩所に着き、由美子さんに問う。
「由美子さん……
あなた、薄々気づいていたんじゃないですか?」
「だから、俺に依頼をした」
由美子さんは、泣きながら言った。
「昭弘は、よく言っていたんです。
仮に死んでも、お前を見守ってやるって……」
「私は……
昭弘は生きているって、信じたかった……」
そう言って、再び泣き崩れた。
こういう時、どうすればいいのかわからず、
俺は視線を逸らしながら考える。
今回の“影”は、
由美子さんの思いと、ネットの噂が形を成したものだろう……。
……いや、そう考えるしかない。
ならば、
死の直前の言動や思いが“影”を作る。
そう考えれば、説明はつく。
――そう、思いたい……。
だが――
「姉」の時は、違った。
なら、
何が、あの影を生んだ?
ノートを閉じながら、
俺はその問いだけを残した。




