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第9話『未知との遭遇』

 『|TRIAL OVERCOME《試練克服》』

 

 俺はじょじょに戻りつつある視界の中、くっきりと浮かび上がるこの文字列を凝視する。

 さっき、鼓膜が麻痺していたにもかかわらず、SEが鳴っていたのも気がかりだ。

 

(物理的に音や文字が出てるわけじゃない?)

 

 つまり、これも俺のスキルの範疇ってことか。


(なんにせよ、これでようやくゆっくり検証ができるな)


 俺はナイフを懐に収め、息を抜いた。


 そのときだった。


 ドンガラガッシャーン!


「っ!?」


 とつぜん、外壁を突き破って、なにかがこのフロアに飛び込んできた。


 くそ、なんだ? 耳はともかく、まだ目がよく見えない。

 俺は必死に目をこすり、視力の回復に努める。


 ふと、背筋がぞわりと寒くなった。


「うおっ!」


 バクッ!


 とっさに前跳びして転がると、さっきまで俺がいた場所を、巨大な顎が()んでいた。

 あのまま突っ立っていたら、上半身がこの世に別れを告げていたところだ。


「――なぜ避けられたのでしょう。完全に気配を絶っていたつもりなのに。不思議ですね。不愉快ですね」

 

(なんだ、こいつ……!?) 


 俺の目の前で、不満げに唸っている生き物は、強いて言うならオオカミに似ていた。

 だが、アルゴスやライカオンよりも、さらに二回りは大きい。

 四本脚で立っている状態で、見上げるほどの体高がある。


 非ユークリッド的とでもいうのだろうか。

 まるで騙し絵のように、角度によって配置が変わって見える目鼻立ち。

 脚は通常と逆方向に折れ曲がり、異様に盛り上がった背中から、四本の鋭い爪が生えた触手が伸びている。

 首元には、毛皮と癒着したドッグタグのようなものがぶら下がっていた。


(こいつ、強い)


 俺の肌感覚が告げている。

 こいつは、スペルヴィアなど比較にならないほどの魔力を秘めていると。


(さすがにこのクラスと連戦はきついぞ……!? いや、でもやるしかない!)


「お前も魔王軍か!?」


 俺は痛む右腕をかばいながら、ナイフを構える。

 スペルヴィアの【雷弩(アルク)】を受けた影響だろうか。

 

 治療が必要そうだが、その暇はない。

 絶望的な状況だったが、幸いにもオオカミの化け物は首を振った。

 

否定(ネガティヴ)。私は立花三佐にお仕えする補佐官、ベータであります。以後、そのように呼びなさい」


「三佐? お前、自衛隊なのか?」


「正確には、()ですがね」


 どういうことだ?

 自衛隊はいつの間にこんな化け物を手なづけていたんだ?

 

 混乱していると、階下から足音が聞こえてきた。

 ベータが口惜しそうに舌打ちする。


「チッ、間に合いましたか」


 エスカレーターを駆け上がってきたのは、自衛隊の戦闘服を身に着けた中年男性だった。

 右手には、『ホロクラ』の世界観には合わない、SFチックなデザインのアサルトライフルを抱えている。

 男性はやってくるなり、険しい顔つきで怒鳴った。

 

犬神一尉(いぬがみいちい)! 再び命令する! 決して人を食べるな!」


 犬神と呼ばれたオオカミの化け物、ベータが不服そうに異議を唱えた。

 

「……誓って食べておりません、立花三佐。噛みつきによって危険因子の排除を試みただけです」


「同じことだ! 以後、二度とするな! これは命令だ!」


「承知いたしました」


 意外にもあっさりと、ベータは(こうべ)を垂れた。

 立花と呼ばれた男が、大きなため息をつく。

 

「まったく、いきなり飛んでいったからなにかと思えば……。

 ……君、うちの部下が大変失礼な真似をしてしまい、申し訳なかった。怪我はないか?」

 

「え、ええ。大丈夫です。それより、あなたたちは……」


「おっと、すまない。私は立花誠司(たちばなせいじ)という。

 早速だが、君たちと協力関係を築きたい。現状の混乱を抑え、一人でも多く生存者を助けるためだ」


「それは構いませんが……」


 俺はちらっとベータのほうを見やった。

 この化け物を、立花は犬神一尉と呼んでいた。

 つまり、こいつはもともと人間だったのか?


 なら、なぜこんな姿に?

 わからないことだらけだ。


「一度、情報の整理と共有をさせてください」


「無論だ。こちらもそのつもりだった」


 立花がうなずいた。


 「まず、質問させてください。自衛隊はどうなったんですか?」


 いまいちど109の全域を精査し、安全が確保されたことを確認したあと。

 モンスターに見つかりにくい七階のフロアに車座を組んで座った俺たちは、情報交換を行っていた。


 俺が気になっていたのは、自衛隊の安否についてだ。

 彼らが機能していれば、事態の収束はぐっと楽になる。

 だが、立花は苦渋の面持ちで首を振った。

 

「朝霞、習志野、横須賀、横田……関東防衛の要となる基地は完全に沈黙している。

 私がいた駐屯地も壊滅した。生き残りは、私とここにいる犬神だけだ」


「それについても、詳しく。こいつが犬神――」


 って言いましたけど、と言いかけたところだった。

 再び怖気を覚え、反射的に首を前に倒す。

 すると、後ろ髪が数ミリ、通り抜けた刃によって切り裂かれた。

 

「私のことを、犬神と呼んでいいのは立花三佐だけ。極めて不快です。不愉快です」


「犬神! やめろ!」


「失礼。ですが、どうしてか許しがたいのです。私の名を、私が決めたルールに沿わず呼ばれることが。不可解です。不条理です」


 特段悪びれる様子もなく、ベータが(かぶり)を振る。

 こいつの中の『ルール』とやらは知らないが、気をつけたほうがよさそうだ。

 立花がすまなそうに戦闘帽を脱いだ。


「うちの部下がたびたび申し訳ない、阿甲くん。

 いや、ごめんで済む話ではないのはわかっているが……」


「いえ。……ベータのことを犬神と呼んでいましたが、あれはいったい……?」


「気になるだろうな。彼は姿形こそ変わり果てているが、紛れもなく私の部下である犬神一(いぬがみはじめ)だ。

 今回の騒動――『襲来』とでも呼ぼうか。『襲来』の後、再会したときには、すでにこうなっていた」


「魔王軍の誰かに変身させられたとか?」


否定(ネガティヴ)。そのような事実はありません。気がついたら、この姿になっていました」


 つまり、街の建物が変形したのと同じように、『襲来』に際して勝手に変化したということだろうか。

 俺はリリアナに意見を仰いだ。


「リリアナ。なにか知っていることはないか?」


 リリアナは眉をひそめ、顎に手をやった。

 

「……物体を転移させたとき、転移先にあったものと融合してしまうのは、よくある現象です。

 しかし、世界を渡るほどの転移となると、前例がないので断言はできませんが……イヌ――ベータさんの見た目には、見覚えがあります」


「そっちの世界で、見たことがあるのか?」


「はい。といっても、壁画や伝承で見聞きしたのみですが……」


 そう前置きし、リリアナはおごそかな口調で続けた。

 

「名を『鋭角魔犬(えいかくまけん)ティンダロス』

 この世とあの世の狭間、『幽世』と呼ばれる世界に存在する、非常に強力な魔物です。

 過去に二度、私たちの世界で出現が確認されており、そのたびに国一つを単独で滅ぼしたとされています」


「穏やかじゃないな、それは……そのティンダロスってのに、ベータが似てると」


「はい。恐らく、魔王が行った世界規模の転移の影響で、幽世にいたティンダロスが、ベータさんと融合してしまったのではないかと。

 あくまで、仮説に過ぎませんが」


「いや、助かる。つまり、俺が知りたいのは、こいつが魔族なのかそうじゃないのかってことだ」

 

「ティンダロスは魔族ではありません。

 魔族とは、魔王が自ら生み出した生命体のことですから」


「なるほど。なら安心だな」


 皮肉をこめて言うと、ベータが少なくとも三つある目を細めた。


「どういう意味でしょう。気になります。知りたいです」


「お前みたいな危ない奴が、腹に一物抱えてる心配をしなくて済むんだから、当然だろ」


「それはそうですね。理解しました。納得しました」


 そう言って、ベータはゆったりと腰をおろした。

 二度も殺されかけて、頭にきていたから売った喧嘩を買われたものと思っていたので、拍子抜けだ。


 しかし、理解不能な原理で行動する危険な奴であることに変わりはない。

 

「立花さん。共同戦線を張るとは言いましたが……正直、ベータがいると困ります。

 いきなりわけもわからず殺しにかかってくる奴なんかとは居られません。

 失礼ですが、もう少し制御できませんか? それができないなら……」


 言葉尻を濁したが、立花には伝わったようだった。

 立花が苦渋の面持ちで頭をかく。

 

「君の気持ちは痛いほどわかる。だが、現状把握できている限りでは、もうベータが君を襲うことはない」


「その根拠は?」


「ベータが人を襲うときはルールがある。

 一つ、初見の強者と出会ったとき。

 二つ、『ベータ』以外の名で呼ばれたとき。私は例外だが。

 三つ、強者との戦闘で高ぶったとき。

 君はすでに顔見知りだから、一つ目のルールには当てはまらない。

 二つ目のルールは、破りさえしなければ無害だ」


「三つ目のルールは?」


「ベータを戦闘に出すタイミングは、適切に判断する。

 彼の優れた五感をもってすれば、探索や斥候においても十分な役割を果たせるはずだ」


 つまり、基本的に戦力にはカウントせず。

 本当にどうしようもないときだけ、スポット参戦させると。


 うーん……どうしたものか。


「そのルールとやらは、絶対なんですか? ほかにルールはないんですか?」


「立花三佐のご命令は必ず遵守いたします。私は決して嘘をつかない。私が自らのルールを破ることは、死に等しい恥であります」


 きっぱりとそう言い切るベータ。

 しかし、こいつはさっき、立花の指示を拡大解釈して、俺を食おうとしていたではないか。

 どうにも信用ならない。


 俺はかたわらのリリアナに意見を求めた。

 

「リリアナ。どう思う?」

 

 彼女はほっそりとした顎に手をやって、思慮深げにつぶやいた。

 

「変異者――魔物と融合してしまった方は、なんらかの強いこだわり――ルールを持つことが多いです。

 たとえ自らが死に至るとしても、そのルールを破ることはないとか」


「でも、こいつさっき、命令無視して俺のこと食い殺そうとしたぞ」

 

「命令の仕方の問題ではないでしょうか。

 『噛みつきで人を害することを禁ずる』と予め命令しておけば、防げたかと」


「なるほど。では、改めて命ずる。ベータ、今後私の許可なくして、噛みつきで人を害することを禁ずる」


「承知いたしました」


 すんなりとかしずき、異形の頭を下げるベータ。

 本当にこれでいいんだろうか。

 若干のしこりが残るが、あまりここでグダグダしているわけにもいかない。

 

 俺が頷いてみせると、立花がコホンと咳払いする。


「話を戻そう。ベータがこの姿になったのと同じように、私にもまた不思議な力が宿っていた。

 それが、これだ。

多弁なる友よ(ヴァーヴォーズ)】」


 そう唱えた瞬間、立花の手には、先ほどのSFチックな意匠のアサルトライフルが握られていた。

 この上なく洗練されているようで、なぜか古代の石槍のような、無骨な殺意を感じさせる見た目だ。

 そう思わせるのは、使い手の立花自身が放つ気迫のためだろうか。


「魔法……ですよね」


「知っているか。映画やアニメなんかでよくあるあれだよ。

 呪文を唱えると、私の中にあるリソース――魔力とでも言うのかな。

 それが消費され、呪文に応じて決まった効果を発揮する。

 私の魔法は『銃召喚』弾切れも弾詰まり(ジャム)もなく――これが一番大事だが、整備の必要がない、まさに理想の銃器を生成できる」


「ほう」


 俺は早くも期待感でウズウズしてきた。

 もし、そんな完璧な銃を量産できたとしたら?

 あるいは、呪文を唱えるだけで、誰もがこの魔法を使えるとしたら?

 

 すぐにでも検証を始めたいところだったが、今は現状把握のほうが優先だ。

 俺はジリジリしながら立花の話の続きを待った。


「この力を使い、私は非戦闘員たちを保護し、駐屯地からの脱出を試みた。

 だが……無理だった」


 立花は銃を消し、苦渋の面持ちで拳を握りしめる。


魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーを名乗る魔族が現れ、毒ガスのようなものを散布してきた。

 私や犬神は無事だったが、非戦闘員たちは耐えられなかった。

 そいつはなんとか倒せたが、彼らは長く苦しんでから死んだ……」


 立花はそう言って、指で目尻に浮かんだ涙をぬぐった。

 俺はなんと言っていいかわからず、口をつぐむ。

 

 俺が魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダー戦を死亡者ゼロで乗り越えられたのは、リリアナが民間人を守っていてくれたおかげだ。

 

(俺一人だったら、守りきれなかった)


 そう考えると、やはりリリアナは100(パー)RTAにおいては必須の人材だ。

 最優先で生かすべきは彼女。

 ほかにも、他者を防御できるスキル持ちがいたら、積極的に仲間に加えていきたい。


 そこで、リリアナがおずおずと口を開いた。


「あの、その魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーの名前は……?」


「確か……【叫喚公(クラモール)】ガゼウスとか名乗っていたな」


「彼の序列は六十位。魔法を覚えたての状態で勝てたのは、奇跡に等しいと思います。

 あなたとベータさんは最善を尽くし、最大限の戦果を挙げられました。

 どうか、ご放念ください」


「……ありがとう。そう言ってもらえると、救われる」

 

 リリアナの真摯な励ましで、立花の表情が、少しだけ明るくなった。

 

(すごいな、リリアナは)


 俺は心からそう思った。

 意気消沈する立花に、俺はなんの言葉もかけてやれなかったというのに。

 やはり、『聖女』と呼ばれていただけのことはある。


 戦えるとか、有用なスキルや魔法があるとか……そういう指標でしか、俺は人を測れない。

 たぶん、一生この欠落は埋められないだろう。


「今後の方針について話しましょう、立花さん、リリアナ」

 

 空気を変えるため、俺はあえて平静な声を出した。


「109を解放したことで、渋谷区はほぼ制圧できたと見ていいと思います」


「なぜそう思う?」


 目を赤くした立花が、鋭く突っ込みを入れてくる。

 思考こそ冷静なようだが、まだ声が震えていた。


「この世界は、俺がやり込んだ『ホロクラ』というゲームに酷似しています。

 実際、出てくるモンスターやシステムは、『ホロクラ』に準拠していることは確認済みです。

 事実、俺はなんの魔法も使えませんが、システムの力だけで、ここ109をリリアナと攻略できました」


「それは興味深いな。……ああ、遮ってすまない。ぜひ後ほど詳細を聞かせてくれ」

 

「もちろんです。……よって、次は隣の新宿――東京都庁を攻めようかと」

 

「その理由は?」


「『ホロクラ』においては、新宿にラスボスのダンジョンがあるからです」


 そう断言すると、立花は困惑したように眉尻を下げた。


「……すまない。あまりゲームには詳しくないのだが……普通、ラスボスは最後に倒すものではないのかな?」


「普通はそうです」


「なら、なぜ今から……?」


「もし『ホロクラ』通りなら、本来ならゲームクリア後でないと手に入らない装備が入手でき、今後おおいに役に立つからです」


「いや、しかし……倒せないだろ? 普通は」


「普通はそうです。ですが、俺ならやれます」

 

「???」


 頭に疑問符を浮かべまくっている立花に、俺の発言の正当性を説くにはいくばくかの時間を要したが、最終的には合意に至った。


「安全マージンを取ろう。もし少しでも、『ホロクラ』とやらと違う部分があったら、即座に撤退する。

 それでいいな、阿甲くん、リリアナさん」


「ええ。俺もそう考えてました」


「し、承知しました……!」

 

 俺はスペルヴィアを倒して手に入れたニューウェポンを手に取り、眺め回した。


 ◯ ◯ ◯


 『虚栄の雷剣(ヴァニティダガー)

 

 攻撃力:45

 耐久度:150/150

 重量:0.2kg

 攻撃速度:早い

 リーチ:短

 属性:雷


 付帯効果

 雷撃付与:攻撃時に追加雷ダメージ+15

 連鎖放電:クリティカル時に周囲の敵にも雷ダメージ

 迅雷の輝き:戦闘開始時にAGI+10(3分間)


「見よ、この美しき刃を! 誰もが羨む完璧なる武器!」

 造形こそ優美だが、やや実用性に欠く。

 

 ◯ ◯ ◯


 攻撃力、重量、その他諸々のステータスが、完全に『ヴェノムナイフ』の上位互換だ。

 おまけに、雷属性はラスボスの弱点でもある。

 

 通常プレイでは、雷属性武器がこのタイミングで手に入ることはありえないので、アドリブにはなるが、やってみる価値はあるだろう。


 それに、隣接する新宿の敵戦力を分析するという意味でも、早めに偵察に行っておきたかった。


 ……とまあ、いろいろ理屈を並べてはみたが、結局のところ、


(こいつがあれば、グリッチなしの最速ラスボス討伐タイムが出せるかもだ。やらない理由はない)

 

 いざ新宿。待ってろよラスボス。俺の最速攻略の糧となるがいい。

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