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第7話『敗北の聖女』

「はい、降ろしますよ」


「すまないねえ……」


 六階までのボスを討伐し、七階にやってきた俺は、背中におぶっていたお爺さんを床に降ろした。


 電気が止まっているので、当然エスカレーターもエレベーターも動かない。

 かといって、一階に置いてくるわけにもいかないので、俺とリリアナは二人で高齢者二人を上階に移動させていた。


 戦闘に入る前に、手近なベンチを引きずってきて、お爺さんを座らせる。

 動作が今までにもまして緩慢で、杖を握っている手がプルプルと震えている。

 この極限状況下に置かれたことで、精神的・体力的に限界が近いのだろう。

 急がなければ。


「申し訳ない……足手まといには、なりたくなかった……」


「足手まとい? そんなことはありませんよ。むしろ、皆さんには助けられています」


「え?」


 驚いたように顔を上げる老人。

 別に、嘘でも慰めでもなんでもない。

 

 ここまでの戦いの中で検証したのだが、『ガラハッドの誓約』の効果は、守っている民間人が多ければ多いほど、バフ量が増すようなのだ。


 しかも、高齢者や子どものような、肉体的に弱い存在であれば、なおさら。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいなのである。


 俺は老人の手を握り、力強く告げた。


「お爺さんや皆さんがいるからこそ、俺はベストな状態で戦えるんです。本当に感謝していますよ」


「あ、ありがとう……本当に、優しいねえ……」


 涙ぐむお爺さん。

 この老人は、単体で俺に対し、DPSにしておよそ5%前後の貢献をしてくれている。


(バフ量はなにと相関関係にある? 年齢? 性別? 持病の有無?

 調べたい! 検証したい! だが、今は目の前の敵を倒すことが先決……悩ましい!)


 俺は断腸の思いで、フロアで待ち構えているボスへと向き合った。


「ブブブブブ……」


 生理的不快感を煽る、巨大な甲虫の羽音。

 ゴキブリが飛んでくるときの音を、百倍にしたような感じだ。


(でも見た目はイカしてるんだよな……)


 コーカサスオオカブトのように湾曲した三本角。

 軽自動車くらいある胴体から伸びる、刃物のように尖った六本足。

 身体を覆う甲殻は、近未来的な鋭角状だ。

 昆虫好きには、たまらないフォルムである。


「あの、ギシロー様。本当に、装備はそれでよいのでしょうか?」


 恐る恐るといった感じで、リリアナが尋ねてくる。

 彼女が疑問に思うのは当然。


 なぜなら、今俺が装備しているのは、軽量ビルドに合った『ヴェノムナイフ』ではなく、よりにもよって『巨人の破城篭手タイタン・シージ・ガントレット』だからだ。

 

 身につけたことで幾分サイズが縮まったものの、全身を襲う強烈な重量感で、動きが重い。

『ホロクラ』だったら、重量制限オーバー状態を示す、真っ赤なオーラに覆われていることだろう。


「ああ、これでいい。リリアナは今回も、一般の人たちの護衛を頼む」

 

「り、了解しました!」


 緊張した面持ちで返事をするリリアナ。

 俺がフロアに一歩足を踏み入れた瞬間、壮大な鐘の音とともに、ミッションウィンドウがポップした。


  ◯ ◯ ◯


 クエスト:『風切り刃(ウィンド・カッター)ケラティノス』

を討伐せよ。


 特別報酬ミッション:

 ・民間人の犠牲を出さない。

 ・地形ダメージでHPをゼロにする。

 チャレンジしますか? YES/NO

 

 ◯ ◯ ◯

 

 地形ダメージ。

 これが今回のバトルのキモであり、ひいては109の最上階にいるであろう、大ボス戦への布石となる。


『|THE DIE IS CAST《さいは投げられた》』

 

 YESを選択すると、SEが鳴り響く。

 同時に、ケラティノスが一直線にこちらへ突っ込んできた。


 ビュオッ!

 

 速いは速いが、見てから反応できるレベルだ。

 というか、反射で動いてもかわせるくらい、素直な挙動なので、『ホロクラ』モンスターのディレイモーションに慣らされた身からすると、逆に避けづらいまである。


 ひょいとステップ回避して、柱の裏側に隠れると、


「ふん!」


 ドゴォ!


 すかさず()を殴りつける。

 ビキビキ! と、もともとボロボロだった柱にひび割れが走った。


(よし、次次)


 俺はケラティノスの不規則な突進をかわしながら、フロアに配置された柱を打撃していく。


(身体が重い。意識と動きに若干のラグがあるな。重量オーバーのせいか)


 だが、ケラティノスの攻撃パターンは、すべて頭に入っている。

 ラグがあるなら、ある前提で早めに動けば問題ない。

 そういう細かいアドリブは得意分野だ。


 ……古のオンラインゲームは、とにかくラグがひどかった。

 対人ゲーなんかだと、ほんの数フレームの差で勝敗が決まるのに、平気で1秒、2秒のズレが生じるものだから、もうそれに適応しないとまともに遊ぶことすらままならなかったのだ。


『ホロクラ』にも、まるで水中にいるかのように死ぬほどラグい環境で走る、その名も『深海レギュレーション』なんてものがあったっけな。


(こいつで、ラスト!)


 ドゴン!

 

 何本目かの柱を殴ると同時に、フロアの天井にヒビが入り始めた。

 ちょうど、その真下を通る軌道で、ケラティノスが突進してくる。

 

 ガラガラドッシャーン!

 

 崩落。

 大量の瓦礫がケラティノスの頭上へ降り注いだ。

 灰色の粉塵がフロア一帯を覆い尽くし、自分の手も見えなくなる。


「ギシロー様! ご無事ですか!?」


「大丈夫! そっちは!?」


「問題ありません!」


『天井落とし』

『ホロクラ』100(パー)RTAにおいては必須のテクニックであり。

 ケラティノス単体(・・)討伐RTAにおいては、まず採用されないテクニックだ。


 100(パー)RTA、つまり全てのボスを倒すことを条件としたレギュレーションでは、この『天井落とし』が最適解となる。


 なぜなら、最上階に鎮座する、109の大ボスを、天井の崩落に巻き込んで、大ダメージを負わせられるからだ。


(そんでもって、そのために必要なのが『巨人の破城篭手(こいつ)』なんだな)


 『巨人の破城篭手タイタン・シージ・ガントレット』の持つ特殊効果『破城打撃:建造物に対してダメージ+800%』


『ヴェノムナイフ』だと、一本の柱を破壊するのに、乱数込みで12,3発殴らないといけないが、『巨人の破城篭手タイタン・シージ・ガントレット』なら一発で余裕だ。


 だが、ケラティノスだけを倒すために、そんなことをするのは非効率極まりない。

 普通に軽量武器で殴り倒したほうが百倍早いからだ。


(これで八階にボスがいなかったりしたらお笑いなんだが……)


 土埃の向こうで、人影が動くのを見て取り、俺は一安心した。


(その心配はなさそ――いや、ちょっと待て)


 ()()

 八階のボスは、四足歩行のドラゴンだったはず。

 人の形なんかしているわけがない。


(じゃあ、あそこにいるのはなんだ――?)


「ギシロー様!」


 鬼気迫るリリアナの警告と同時に、閃光が瞬く。


「っ!」


 とっさに首を振ると、一瞬前まで顔があったところを、青白い稲妻のようなものが駆け抜けていった。

 

 ドン!!!


 背後の壁が爆ぜ、109全体が鳴動する。

 見れば、コンクリートが鉄筋もろとも溶解し、ドロドロの溶岩のようになっていた。

 

 背中を冷たいものが走る。

 もし、直撃していたら、即死だ。


()誰かと思えば、リリアナ、貴様か。哀れなる敗残者よ」


 鼻が詰まったような気取った声。

 土埃が一瞬で吹き払われ、見通しの悪かったフロアの空気が一掃される。


 だが、決して空気が良くなったとは思えない。

 むしろ、吐き気を催す悪臭が満ちたような気さえする。

 

 端正な面立ちを怒りに歪ませ、リリアナが唸る。

 

「スペルヴィア……!」


「ン【虚栄公(ヴァニドゥーク)】と、つけるのを忘れるな小娘」


 そう吐き捨てるように言うと、スペルヴィアと呼ばれた男――先ほどの声の主が、俺のほうへ向き直った。

 

 「……ンおっと、名乗りが遅れたな、()()()よ。

 我が名は【虚栄公(ヴァニドゥーク)】スペルヴィア。冥土の土産に持ち帰るといい……」


 まるで舞台俳優のように、芝居がかった仕草で一礼するスペルヴィア。

 金ピカの燕尾服に、白銀の手袋。

 演芸の前座でもやっているのかと思うくらい、やたらと派手な装いだ。


 こめかみから捻じくれた角が生えており、白目に当たる部分は黒く染まっている。

 この状況で、コスプレした一般人なわけはない。


 緊張で心音が高まり、かっと身体が熱くなるのを感じる。

 

「リリアナ。こいつは?」


「聞いていなかったのか? 我が名はスペルヴィア」


「それは知ってる」


 そんなフレーバーテキストに興味はない。

 俺が知りたいのは、こいつが()()から来た()なのかということだ。


 リリアナは敵意に満ちた視線をスペルヴィアに向けたまま、簡潔に答えた。


「魔王軍に七十二体存在する幹部、『魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダー』の七十二位です」


「そして、貴様ら軟弱なる人類に、最期の手向けをくれてやった者の一人でもある……そうだな、『敗北(・・)の聖女』リリアナ?」


 リリアナがひどく動揺した様子で、目を見開いた。


 

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