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第5話『完璧にして最速の攻略』


 「……これで全員か」


 「そのようですね……」


 109周辺の生き残りは4名。老人と女子供ばかりで、戦力としてはノーカウント。

 特に高齢夫婦2人が問題だった。

 人並みに走るどころか、瓦礫やひび割れだらけの街をまともに歩くことすらままならない。


 (お年寄りを連れてうろつき回るのは現実的じゃないな)


 「ギシロー様。これからどうしましょう?」


 「籠城しよう」


 俺は蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされた109の建物を顎で示した。

 立地、構造、防御力。全てにおいて申し分ない。


 「あそこなんかいいんじゃないか?」


 「ええ。私も同意見です。非戦闘員を守りながらの移動は、合理性に欠けます」


 話が早くてなによりだ。

 一応、俺は生き残りたちにも了解を取る。


 「皆さん、それで構いませんか?」


 反対された場合の回答もいちおう用意していたが、会話は予想外の方向へ転がっていった。


 高齢夫婦の男性が、奥さんらしき女性と顔を見合わせ、小さく口を開いた。


 「あ、あの……わたしらみたいな年寄りは、置いていってくだすって結構です」


 「?」


 なにを言ってるんだ?

 俺は一瞬だけ思考が固まってしまう。


 「わたしは今年で80になります。お若い方々の足手まといになってまで、生き長らえようとは思いません」


 「どうか、皆さんだけで行ってください。あたしらのことはお気になさらず」


 「そんな……」


 リリアナが迷うように視線をさまよわせる。

 だが、俺は即答した。


 「冗談じゃない。そんなことはしない」


 「「「え?」」」


 民間人全員の生存――それが100%クリアの必須条件だ。

 

 (人生最初で最後のリアル100(パー)ラン。絶対に成功させてやる)

 

 俺は胸を拳で叩いた。


 「『ギシロー』の名にかけて、皆さんは俺が守ります。

 だから、とっとと中に入ってください。急いでいますので」


 「あ、ありがとうございます……」


 涙ながらに頭を下げる老夫婦を、女子高生とおばさんが支えながら109へ向かう。

 俺は一足先に、建物内部への侵入を試みた。


 ガラスの自動ドアは白い糸で完全封鎖。

 当然、開かない。そこで新装備の出番だ。


 俺は『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』から入手した武器を取り出す。


 ◯ ◯ ◯    

 『ヴェノムナイフ』  

 - 攻撃力:18  

 - 重量:1.2kg

 - 攻撃速度:速い  

 - リーチ:短  

 - 耐久度:40/40  

 - クリティカル率:+15%


 特殊効果:

 - 毒付与:攻撃時30%の確率で毒状態を付与(持続ダメージ5/秒×10秒)

 - 対人特効:人型モンスターに対してダメージ+10%

 - 軽量特性:AGI+3、回避距離+10%


 説明:「『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』から抽出した毒を刃に染み込ませたダガー。その一刺しは巨人をも屠る劇毒となる」


 ◯ ◯ ◯


 単純な攻撃力とクリティカル率も魅力的だが、真に強力なのは『対人特効』だ。

 人型モンスターという緩い条件で無条件10%バフは破格の性能である。


 (おまけに、オブジェクト破壊にも使用可能)


 ブチ、ブチブチ!


 ドアを封鎖する蜘蛛糸を、ナイフから滲み出る毒液で溶解させながら引き裂く。背後からリリアナが追いついてきた。


 「……私、恥ずかしいです」


 「何が?」


 「即答できませんでした。『足弱(あしよわ)であっても守ってみせる』と」


 足弱。古風な言い回しだ。

 確か、足腰の弱い女子供や老人という意味だったか?


 外見といい、言葉遣いといい、異世界出身というのもあながち間違いではないのかもしれない。

 

 リリアナが恥じ入るように唇を噛む。


 「なぜ、ギシロー様は迷わず断言できたのですか?」


 「100(パー)クリアのため」


 「ひゃ、ひゃくぱー?」


 おっと、これじゃ通じないか。

 俺はなるべくわかりやすい表現を選んだ。


 「生き残りを全員助けて、敵を全滅させる。それが俺の目的だからだ」


 「理解できません」とばかりに首を振るリリアナ。


 「ギシロー様は……失礼ながら、市井(しせい)のお生まれのはず。なのに、どうしてそのような使命感をお持ちなのですか?」


 「使命感なんてもんじゃない。ただ、俺がそうしたいからってだけだ」


「なるほど……そういう星のもとに生まれついた、と」


「まあ、そんなところだ」


 細かく説明するのも面倒だったので、適当なところで会話を切り上げる。


 ブチッ! ギギギ……


 扉の隙間から建物内部に侵入する。


 かつて若者で賑わっていたであろう1階ロビーが完全に魔窟化している。

 大理石の床は不気味な紫色に変色し、燐光を放つ。

 天井から垂れ下がる無数の蜘蛛糸。

 壁面には生きているかのようにうごめくツタ状植物。


 (『穢れた娼館』の内装と同じ。予想通りだ)


 そして最も注目すべきは、エスカレーター吹き抜けを貫いて鎮座する巨大樹木。

 幹の太さは大人数人でも届かない威容。


 (無駄に高画質になりやがって。気色悪いな)


 表皮はヌメヌメとした暗緑色で腐肉のような悪臭。

 幹の至るところに人間の顔のようなコブが浮かび上がり、時折痙攣(けいれん)していた。


 『血吸の妖樹(ブラッドフィード)グリーモア』


 『穢れた娼館』の1階ボス。奴を撃破しなければ上階への進行は不可能だ。


 「ひどい……」


 俺の横からひょこっと顔を出したリリアナが、悲痛そうに眉をひそめる。無理もない反応だ。


 グリーモアの根元には10体以上の人間死体が散乱している。

 サラリーマン風男性、ショッパーを持った女性、学生カップル。

 

 数時間前まで普通に生活していた人々が、全身に木の根が絡みつき、干からびてミイラのような有り様に成り果てている。


 彼らのそばで数体の小鬼(ゴブリン)が作業している。


 「ゲッゲッ」


 「ゲギャ! ゲギャ!」


 109内で発見した新たな死体を運搬中だ。


 ドサッ


 土のう袋のように、ワイシャツ姿の若い男をグリーモアそばに投棄する。


 ズズズ……


 樹木の根っこがうごめき、死体を捕縛。


 ドクン、ドクン……


 根の先端を突き刺された死体から何かが抽出される。

 しばらくするとグリーモアの枝に咲いた毒々しい赤い花から、ポタリと蜜がこぼれ落ちた。


 「ギャギャギャ!」


 ゴブリンたちが奪い合うように床から舐め取る。

 グリーモアに養分供給する見返りとしての蜜分泌。

 『ホロクラ』と同じシステムだ。


 分析完了。俺はリリアナに声をかける。


 「リリアナ。先ほどの爆発を、あいつにぶち込んでくれ。恐らくそれで片付く」


 『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』に対するリリアナの魔法ダメージを基準にすれば、火属性弱点のグリーモア程度なら一撃撃破可能だ。


 しかし、リリアナは眉をひそめ、葛藤するようにうつむく。


 「どうした?」


 「あの木に取り込まれた方たちは……まだ生きているかも……」


 「ああ」


 彼女はグリーモアの樹皮に浮かぶ人型コブを指している。

 確かに「タスケテ」「クルシイ」などとつぶやいているが、あれは擬態だ。

 むしろ、あのコブこそがグリーモアの弱点なので積極的に破壊する必要がある。


 だが、そんな事情説明をしている時間はない。


 ◯ ◯ ◯

 

 クエスト:『血吸の妖樹(ブラッドフィード)グリーモア』を討伐せよ。


 特別報酬ミッション:

 ・20秒以内にクリアする

 チャレンジしますか? YES/NO

 

 ◯ ◯ ◯


 20、19……


 ミッションウィンドウが既にポップ。カウントダウンは進行中で残り時間20秒を切っている。一秒でも早い着手が必要だ。


 (しかし、なにも言わずに倒すのもなー。誤解されても面倒だ)


 俺は妥協案を提示した。


 「援護を頼む。小鬼(ゴブリン)を全て撃破してくれ。俺がグリーモア本体を処理する」


 「あ……!」


 返事を待たずに俺は駆け出した。

 うねりながら襲い来る枝を避けながら、壁や床を這っている根っこをズタズタに斬り裂いていく。


「――――!」


 グリーモアが地鳴りのような唸り声を漏らす。

 ほぼフロア全体を覆い尽くしているグリーモアの根っこ。

 

 これらには全て当たり判定があり、攻撃を加えれば奴のHPを削ることができる。

 だが、真の目的は削りを入れることではない。


 ぐるりとグリーモアの周りを一周したところで、今度は人型コブ目掛けて、ジグザグに走る。

 少しでもタイムを縮めるため、武器はもちろん収納済みだ。


「ゲギャギャ!」


「ゲギャ!」


 途中、小鬼(ゴブリン)たちが襲いかかってくるが、


「【|猛る炎の蜂群は、途切れることなく飛び立った《サハ・アスラ・ヴァーナ、アグニ・クローダ》】!」


 高速で飛来した矢が、的確に小鬼(ゴブリン)たちの眉間を射抜いた。

 完璧な精度だ。


「ナイス、リリアナ!」


 本来なら――小鬼(ゴブリン)はグリーモアを倒せば自動的に死滅するため――ここは小鬼(ゴブリン)からの攻撃は被弾前提で突っ込むものだが、リリアナのアシストのおかげでスムーズに進行できた。

 これで、コンマ数秒だがタイム短縮が見込める。素晴らしい。


 近づくにつれ、密度を増す枝や根っこによる攻撃。

 だが、先ほど傷つけておいた部分からは、攻撃がこない。

 そこに空いた隙間に潜り込むようにして、弾幕をかいくぐっていく。


 一瞬で、俺はグリーモアの樹皮に飛びついた。

 

 「タスケテ……タスケテ……」


 コブが恨めしそうにつぶやくが、構わずヴェノムナイフを振り下ろす。


 ザクッ!


 「ギャアアア!」


 グリーモアが絶叫を上げ、樹体が激しく震える。

 俺はヴェノムナイフを逆手に持ち直し、高々とナイフを振りかぶった。


 ドシュッ!


 毒ダメージの蓄積込みで、ジャストのダメージが入ったはず。


(いける)

 

 予想通り、毒が一気に巡り、グリーモアの樹体全体が紫色に変色した。


「ヒトゴロシ……」


 コブがやかましい恨み言を残して、巨大な樹木は崩れ落ちた。

 荘厳なSEが鳴り響く。


 『|TRIAL OVERCOME《試練克服》』


 ◯ ◯ ◯


 『樹皮のローブ』

 - 防御力:+12

 - 重量:2.1kg

 - 装備部位:胴体

 - 耐久度:60/60


 特殊効果:

 - 自動回復:戦闘終了後、HP10%回復

 - 毒無効:毒状態に完全耐性

 - 軽量特性:移動速度+5%


 説明:「グリーモアの樹皮を編み込んだローブ。生命力を宿しており、着用者の傷を癒す力がある」


 『血樹の指輪』

 - 防御力:+3

 - 重量:0.1kg

 - 装備部位:指

 - 耐久度:∞


 特殊効果:

 - 魔法強化:INT(魔法)+5。魔法威力上昇

 - 魔力回復:魔法で与えたダメージの5%の魔力回復


 説明:「グリーモアの木片で作られた指輪。戦闘で奪った生命力の一部を着用者に還元する」


 ◯ ◯ ◯


(『樹皮のローブ』はいいけど……『血樹の指輪』は微妙だな。俺には必要ない)


 今回のチャートでは、魔法に頼る予定ないし。

 そう考え、俺はリリアナのほうを振り返った。


「リリアナ。これ、よかったら――」


 ぎゅっ


「!?」


 駆け寄ってきたリリアナに、とつぜん右手を両手で握られ、俺はぎょっとする。

 な、なんだ!? 何事だ!?


「リリアナ? なにを……」


「ごめんなさい……辛い役目を押しつけてしまって……」


 リリアナの緑色の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「わたしは……聖女失格です……」


 よくわからないが、誤解に誤解が重なってしまっているようだ。

 早く次の階に移動したいところだが、パーティメンバーのメンタルケアも重要だ。

 リリアナはNPCじゃなく、生きてる人間なんだからな。

 俺はなるべく優しげな声を出した。


「リリアナ。落ち込むのはあとだ。このビルを掌握して、生き残りの人たちの安全を確保しなくちゃいけない」


「ギシロー様……」


「俺なら平気だ。こんなのは慣れてる。もう、何度同じことをしたかわからないくらいだ」


 ざっくりだが、1000回くらいは練習したはずだ。

 当時最速のチャートを3ヶ月かけて成功率9割近くに仕上げた翌日、チャートが更新されたときは泣きたくなったが。

 

 だから大丈夫、と続けようとしたところで、リリアナが再び目をうるませた。


「それほどの強さを得るために……あなたは、どれだけのものを捧げてきたのですか……!」


「時間だよ。時間がすべてを解決してくれた」


 俺の『ホロクラ』プレイ時間は、今日の時点で56212時間。

 これでも、コミュニティじゃ少ないほうだ。

 あそこは10万時間超えのニート……もとい猛者がゴロゴロいるからな。


 そんなヌルゲーマーの俺でも世界記録を出せたのは、ひとえに運がよかったから、というほかない。


 リリアナはゴシゴシと目元をぬぐい、赤くなった目で俺を見上げた。


「私も……あなたみたいになりたいです、ギシロー様」


「やめといたほうがいい」


 ゲームで世界記録とったからって、一円にもならないし。

 出来上がるのは、ただの廃人ゲーマーだけだ。


 そう言い残し、俺は2階へ続くエスカレーターを駆け上がろうとした、そのときだった。


 突然、不穏な警告音とともに目の前に真っ赤なウィンドウが出現する。


 ◯ ◯ ◯


 警告:この先のエリアの推奨レベルを大きく下回っています。

 現在レベル:3

 推奨レベル:25

 先に進みますか? YES/NO


 ◯ ◯ ◯


 「ギシロー様?」


 不意に立ち止まった俺に、リリアナが不思議そうな視線を向ける。


 『ホロクラ』にもレベルの概念があり、獲得したスキルやステータスの合計によって数値が決定される。

 普通に攻略するなら、『穢れた娼館』に挑むのはまだ早い。


 グリーモアを撃破し装備を回収してから、退散する。それが企業wikiやYouTuberが紹介している『正攻法』だ。


 だが――そんな正攻法では、決してたどり着けない領域がある。それが俺の目指す場所だ。


 (推奨レベルを恐くてRTAができるか)


 俺は払いのけるように『YES』を選択した。


 その瞬間――


 ドオン!


 「うわあっ!」


 「ひいいっ!」


 エスカレーターの隔壁が閉じられ、退路を断たれる。同時に2体のオオカミのような獣が天井の穴から降下してくる。


 ◯ ◯ ◯


 クエスト:『双牙の番犬アルゴス、ライカオン』を討伐せよ。


 特別報酬ミッション:

 ・民間人の犠牲を出さない

 ・2体同時に撃破する

 チャレンジしますか? YES/NO

 

 ◯ ◯ ◯


 向かって左手の真っ黒な方がアルゴス。異常に発達した筋肉と鋭い爪が特徴的。見た目通りのパワー型だ。


 右手の白いオオカミがライカオン。アルゴスとは対照的に病的に痩せているが、縦長の瞳は爛々と輝き、周囲には人魂のようなものが浮遊している。


 「ギシロー様! 私が黒いオオカミを抑えます! その間に、もう片方を!」


 「いや、不要だ。リリアナは他の人たちを守っていてくれ」


 「!? なぜ……?」


 一見強そうなアルゴスを引き受けようとしてくれたのは評価するが、丁重に固辞する。

 俺はヴェノムナイフを手の中で回転させ、パシッと掴み直した。


 「そっちのが早いから」



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