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第4話『さいは投げられた』


 ◯ ◯ ◯ 

 

 エリートエネミー討伐報酬

 『ガラハッドの大剣』


 攻撃力:25

 重量:4.2kg

 攻撃速度:遅い

 リーチ:極長

 耐久度:50/50

 特殊効果:攻撃時10%の確率で衝撃波発生。

 説明:「ガラハッドが愛用していた大剣。重いが絶大な威力を誇る」


 特別報酬ミッション達成報酬

『ガラハッドの誓約』


 防御力:+15

 重量:0.2kg

 装備部位:アミュレット

 耐久度:∞

 特殊効果:民間人が近くにいるとき、全ステータス+20%。

 説明:「弱き者を守らんとする真の騎士にのみ与えられる加護。

 ――在りし日の彼が、胸に刻んだ不変の誓い。その尊き意志は、今もなお、守護者に力を与え続ける」


 ◯ ◯ ◯


(『ガラハッドの誓約』()っつ!!! これよ、これこれ! これがほしかったんだよ俺は!)


 俺は思わず小躍りしてしまう。

『ガラハッドの誓約』は、『ホロクラ』RTAにおいて、早期入手が絶対条件とされるほどの、超強力なアミュレットだ。


 数字を見ればわかると思うが、20%の全ステータスバフというのは、破格すぎる。

 しかも、装備しているだけで、だ。


 これが拾えるかどうかで、タイムがまるっきり変わってきてしまうため、同じ100(パー)クリアRTAの中でも、『ガラハッドの誓約』なしのレギュレーションが存在するくらいである。


(こーれヤバい! ガチで新記録ある! 激アツ!)


 次のボスがいるであろう、109前にダッシュしながら、俺は心の中で快哉を上げた。

 

『ガラハッドの誓約』を装備し、ステータスを確認する。

 民間人が近くにいなくても、基礎防御力+15の恩恵は大きい。


 具体的には、あるボスの攻撃を、一発までならわざと受けるという選択肢が取れるようになる。

 

 109前のスクランブル交差点が見えてきたあたりから、人々の悲鳴や絶叫が聞こえてきた。

 

「うわあああ!」

 

「助けて!誰か!」

 

 予想通り、そこには絶望的な光景が広がっていた。

 体長4メートルはあろうかという巨大な蜘蛛が、スクランブル交差点の中央に陣取っている。

紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』だ。


 その周囲には、白い糸に絡め取られ、身動きが取れないでいる、数人の老若男女。


(おっと、さっそく『誓約』くんが仕事しちまうなー)

 

 俺は石のナイフを構えた。

 その動作だけで、さっきよりも数段力がみなぎっているのを感じる。

 

 紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)が俺の接近に気づいた。

 大型トラックのような巨体。

 槍のように鋭い爪の生えた、八本の脚がうごめき、こちらを向く。

 その獰猛な大顎からは、紫色の毒液が滴り、アスファルトを溶かしていた。

 

 その時、俺の視界にクエストウィンドウがポップアップした。


  ◯ ◯ ◯

 

 クエスト:『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』を討伐せよ。

 特別報酬ミッション

 ・民間人の犠牲を出さない。

 ・異世界の聖女を援護する。

 ・魔王軍の侵攻を阻止する。

 チャレンジしますか? YES/NO

 

 ◯ ◯ ◯

 

「ん?」

 

 俺は一瞬足を止めた。

 なんだ、このミッション?


(異世界の聖女? 魔王軍? なんの話だ?)


 どちらも、『ホロクラ』の舞台設定にはまったくそぐわないし、もちろん登場もしない。

 

 別のゲームが混ざってるのか?

 でも、これだけリアルに忠実な夢なのに、ここだけオリジナリティ出してくるのもおかしな話だ。


(……いや、ていうか)


 これ、本当に夢か――?


 少し前から、引っかかっていた疑念が膨らんでいく。

 夢にしたって、現実味がありすぎるのだ。


 恐怖に怯える子どもの叫び声。

 倒れ伏した男性の、生々しい血の臭い。

 敵を斬り裂いたときの、手に残る嫌な感触。


(もしかして。ここって、現実なんじゃ――)


 背筋がぞわりと寒くなった瞬間、


 「【|赤き獅子の一噛みで、巨人は腕を失った《ナルバーズ・アスラ・バーフ・ナシュタ》】!」


 ドッゴオオオン!


「っ!?」


 とつぜん、目を灼くような閃光が走ったかと思うと、途方もない爆音が轟いた。


(なんだ!?)


 見れば、『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』の背中から、もうもうと黒煙が立ち上り、体表がごっそりと焼け落ちている。


(魔法!? いや、『ホロクラ』にあんな魔法はない……なにがどうなってんだ!?)


 混乱のるつぼに叩き落される俺。

 そこへ、凛とした少女の声が響き渡る。


「皆さん、一箇所に固まって! 動かないで! この魔物は私が対処します!」


 109ビルの屋上から、一人の少女が軽々と交差点へ降り立ち、メイスを振りかざした。


 金色の長い髪が風になびき、白と青を基調とした、聖女風の装束が陽光に映える。

 整った顔立ちもさることながら、その立ち居振る舞いには、確かな威厳と気品があった。


「――――」


 俺は、思わず言葉を失う。

 東京に住んでいれば、一度や二度くらい、芸能人を目にすることはある。

 だが、彼女はまるで別格だった。


 絵に描いたような美しさ、なんて言い回しがあるが、あの少女は絵画のモチーフそのものだ。

 神話や聖書から抜け出してきた、と言われても違和感がない。


「キシャアア――――!」


「【燃え盛る猟犬の群れ(カールティケーヤ)――】」


 怒った『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』が、一瞬動きを止め、顎をカチカチと鳴らす。

 対する少女は、メイスをかざしながら、何事か唱え始めている。

 

紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』が様子見をしていると思ったのだろう。

 

 だが、それは違う!


(間に合う!)


 俺は確かな確信を持って、少女と大蜘蛛の間に割り込み、即座にナイフを振るった。


 直後。


 パキィン!


 なんの予備動作もなしに、『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』が、拍手をするように、両前足で少女のいる場所を薙いだ。


 通称『猫だまし』

 一見、ぼけーっとしているようにしか見えないので、初見だとまず確実に食らってしまう攻撃だ。

 

 さすがは『ホロクラ』十指に入るクソモンス。

 隙がない。


 しかし、見事にパリィ成功。

『猫だまし』の攻撃判定が消失し、俺も少女も無事だった。


「っ!? あなたは……?」


「下がってろ! 俺がやる!」


 どこの誰かは知らないが、『猫だまし』を知らない初心者が、『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』に勝てるわけがない。

 下手にウロチョロされてタゲが散ると、かえってやりづらいしな。


(20秒……いや、『誓約』があるから3秒は縮まるな。最速狙うか)

 

 俺はナイフを握り直し、『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』に突撃した。

 

「キシャアッ!」


 バシュッ! バシュッバシュッ!

 

 大蜘蛛が俺に気づき、毒液を吐きかけてくる。

 一発目は即発射。二発目、三発目は絶妙にディレイがかかっている。

 

 もちろん、俺には当たらない。

 反射的に身体が動くので、もはや当たりに行かないと食らわないレベルだ。

 

 シュッ!


 予備動作のない右前足による切り裂き。

 腰を落として回避。

 続いて左前足、また右前足。

 

 パキン! パキン!


 二度連続でパリィを決めると、『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』は無様にダウンした。


 尻の先が露出し、弱点である内臓が覗いている。

 そこに、渾身の『痛撃』をぶちこんだ。


 ドシュッッッ!!


(お。クリティカル(クリ)引いた)


 手応えで、『痛撃』のダメージがアップしたことを実感した俺は、そのまま何度も『痛撃』を与え続ける。


 『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』は、初見殺しの豊富さがウリのクソモンスターだ。

 だが、反面『よろけ』にさえできれば、ほぼ一方的に倒せてしまうモロさを併せ持つ。


(まあ、行動パターン把握してないと、無理してパリィ狙って死ぬんだけどな)


 四度目の『痛撃』を叩き込んだところで、『紫毒の織手(ヴェノム・スパイダー)』は哀れっぽい断末魔の叫びを上げながら、黒い塵へと還っていった。

 荘厳なSEが響く。

 

『|TRIAL OVERCOME《試練克服》』


(12秒フラット。TASの理論値ぶっちぎってんな。さっきの魔法のおかげか?

 あれを差し引くと、17秒くらい……まあ人力の限界はこんなもんだな)


 いや、被弾覚悟で殴ればもうコンマ五秒くらいは……。

 ……うん、無理だな。変わらん。

 むしろ、今後のランに悪影響を及ぼす可能性すらある。


 そう結論づけ、いそいそとドロップアイテムを拾いに行こうとしたとき、


「どなたかは存じませんが、助太刀、感謝いたします。

 私はリリアナ。よろしければ、お名前をお伺いしても?」


 こちらに駆け寄ってきた少女――リリアナが、ぺこりと頭を下げ、助力を請うてきた。


 うっ。か、可愛い!

 近くで見ると、顔整い度が段違いだ!

 

 雪みたいに白く、毛穴一つ見えない白磁の柔肌。

 顔は俺の拳くらいしかないんじゃないかってほど小さくて、バッチバチのまつ毛に縁取られた目は、くりっとして愛らしい。

 

 おまけに、頭一つ背が低いのに、俺より腰の位置が高い。

 なんつースタイルのよさだ。ここまで造形美で敗北していると、同じ種の生き物とは思えない。


「? どうかされましたか?」


 つい見とれていたせいで、リリアナに怪訝な顔をされてしまう。

 

「あ、いや。悪い。俺はギシロー……」


 って、バカ! ギシローはハンドルネーム(ハンネ)だろ!

 くそー、本名よりこっちを名乗ることのほうが多いせいで間違えてしまった。


 すぐに訂正しようとした俺だったが、


「ギシロー様ですね。先ほどの戦いぶり、お見事でした」


「あ、どうも……」


 リリアナにすんなりと受け入れられてしまい、タイミングを逃してしまう。

 ……まあ、どっちでもいいか。名前なんて。

 俺だってギシローって呼ばれるほうが好きだし。


 そう思い直し、俺は会話を打ち切ることにした。


「悪いけど、俺先急ぐからさ……」

 

 リリアナと話していても、一向にミッション画面がポップしない。

 つまり、これはクエストでもなんでもないイベントムービーのようなもの。

 言い方は悪いが、時間の無駄だ。


「待ってください!」


 ぱしっ


「っ!?」


 (きびす)を返そうとしたところで、リリアナに手を掴まれる。

 その指の細さと柔らかさに、心臓がドクンと一拍すっ飛ばした。


「民間人の方々を、安全なところまで避難させたいんです! お力を貸してくださいませんか?」


 うわっ、めんどくせえ。護衛クエストかよ。


(いくらこんな可愛い子の頼みとはいえなー)


 なんの報酬ももらえないのに、そんな話を飲む理由はない。

 だいたい、リリアナは『ホロクラ』には存在しない、いわば俺の夢の中の登場人物だ。


 クエストなんて発注してくるわけがない。

 俺は心を鬼にして、リリアナの手を振り払おうとしたのだが、


 ◯ ◯ ◯


 クエスト:リリアナの依頼を達成せよ

 特別報酬ミッション:民間人の犠牲を出さない

 チャレンジしますか? YES/NO


 ◯ ◯ ◯


 ……え?

 俺はしばらく呼吸も忘れて、ポップしたウィンドウを凝視した。


 クエスト名に、リリアナの名前が入っている。

 つまり、彼女は明確にゲーム上に存在しているということだ。

 

 いや、そんな次元の話ではないかもしれない

 俺は頬を指でつまんで、思い切り引っ張った。

 

 ぐいー


「な、なにをされているのですか?」


「……リリアナ。検証したいことがある」


「け、検証?」


「俺の顔を引っ(ぱた)いてくれ」


「なぜ!?」


「いいから頼む! 必要なんだ! 手加減はいらない!」


 俺の必死さが伝わったのか、リリアナはごくりと細い首を鳴らし、右手を振りかぶった。


「わ、わかりました……失礼します!」


 バッッッッヂイン!!!


 サッカーのミドルシュートを顔面で受けたような衝撃。

 俺はもんどり打って倒れ、這いつくばりながら悶絶した。


(く、首もげたかと思った……これ、歯折れてないよな?)


 しかし、あれだけ痛かったのに、不思議と唇一つ切れていなかった。

 俺の体が頑丈なのか、それともリリアナの手加減がうまかったのか。


「だ、大丈夫ですか? いろいろと……」


「大丈夫……いや、大丈夫じゃないけど……」


 もしかして、今おれ頭の心配をされたか?

 そんな懸念はさておき、重要な事実が判明した。


 生まれたての子鹿のように、プルプル震えながら立ち上がる俺に、リリアナが手を貸してくれる。

 

「それで、検証というのは……」


「ああ。うまくいったよ」


 検証によって判明する事実は、必ずしも検証者にとって都合のいいものとは限らない。

 だが、仮説が証明されたのなら、その結果には価値がある。


 俺はジンジン痛む頬をつりあげ、興奮に胸を躍らせた。

 

(この世界は――夢なんかじゃない。現実だ!)

 

 俺はジンジン痛む頬をつりあげ、頭の中で整理していく。

 

(any%なら余裕でクリアできそうだが……)


 any%クリアは単純だ。

 民間人なんて無視して、ボスを倒しまくって、最短でゴールを目指せばいい。

 そんなのは、簡単すぎてつまらない。

 

 だが、100(パー)クリア――全ての民間人を救助しながら攻略するのは、格段に難易度が上がる。

 予測不能な民間人の動き、複数同時救助の困難さ、敵AIの変化……。

 

 ゆくゆくは、生存者コミュニティが形成され、その維持に携わることにもなるだろう。

 衣食住と安全の確保、リソース管理、人員配置、生存圏の拡大に向けた遠征。他のコミュニティとの折衝……。

 

(ああ……面倒くさすぎる! 最高だ!)

 

 俺はおもむろに、ミッション画面の『YES』をタップした。ひときわ大きなSEとともに、文字列が出現する。

 

『|THE DIE IS CAST《さいは投げられた》』

 

 俺はいつか、こんな日が来るのを待っていたような気がした。

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