第3話『最初の試練』
「ゲギャギャ!」
俺の接近に気づいた小鬼たちが、つばを飛ばしながら牙をむく。
外見は、小柄な小学生くらいの体格をした緑色の化け物。
鋭い爪を構え、『さあ今からジャンプしますよ』と言わんばかりにかがんだあと、俺に飛びかかってきた。
(『飛びかかり』ここでパリイ)
振り下ろされた爪を、傘の持ち手部分で払いのける。
パキン!
小気味よい金属音とともに、火花が散る。
小鬼は大きくのけぞったあと、片膝をついた。
『よろけ』状態。
一定回数のパリイを決めることで、『ホロクラ』の敵はダウンして隙だらけになる。
小鬼のような雑魚なら、一発だ。
ドスッ!
俺は間髪入れず、小鬼の喉元に、フェンシングのように振りかぶった傘の先端を突き刺した。
『痛撃』
『よろけ』中にのみ繰り出せる特殊アクションで、通常攻撃よりも2倍近く威力が高い。
「ゲッ……」
傘を引き抜きながら蹴倒した小鬼は、わずかに身悶えしたのち、黒いチリとなって消滅した。
(よし。余裕でワンパンできるな)
間髪入れず、次の小鬼が飛びかかってくる。
やること自体はさっきと同じ。
だが、攻撃パターンが違う。
パキン! パキン!
左右の腕を振り回してくる、通称『みだれひっかき』を、俺は冷静に連続でパリイする。
二連撃なので、うっかり一撃目をパリイしたあとに『痛撃』をしようとすると、二撃目に被弾してしまうので要注意。
『ホロクラ』の戦闘システムを理解しだした初心者を苦しめる『初見殺し』の一つだ。
「ゲゲッ」
二体目が『よろけ』になったので、いざ『痛撃』!
といいたいところだが、俺は振り向きざまに背中側へ傘を叩きつけた。
パキン!
こっそり俺の背後へ忍び寄っていた小鬼の腕が弾かれる。
『痛撃』中は無敵なので、別に2体目を倒してから3体目を相手してもいいのだが、それをやると数秒のロスが出る。
俺は膝くずれになり、恨めしげに見上げてくる小鬼へ、無造作に傘を振り上げた。
ザクッ! ドシュッ!
『痛撃』の二連打で、小鬼たちにとどめを刺す。
すると、荘厳なSEが鳴り、メッセージが表示された。
『|TRIAL OVERCOME《試練克服》』
地面の上に、小鬼を倒したときにドロップした銀色の光を放つ通常報酬に加え、紫色の特別報酬アイテムが出現する。
「あ、あの、ありがとうございま――」
奥さんのほうが、恐る恐るお礼を言ってきたが、俺はアイテムを回収すると、さっさと走り出した。
報酬さえ手に入れば、用はない。会話シーンなんて時間の無駄だ。
(さーて、なにが落ちたかなっと)
俺はステータス画面から、ドロップアイテムの詳細を走りながら確認する。
◯ ◯ ◯
通常ドロップアイテム:『小鬼の爪』
攻撃力:+1
重量:0.1kg
耐久度:10/10
特殊効果:なし
説明:「小鬼の鋭い爪。武器の材料として使える原始的な素材」
特別報酬アイテム:『石のナイフ』
攻撃力:8
重量:0.6kg
攻撃速度:早い
リーチ:短
耐久度:25/25
特殊効果:クリティカル率+5%
説明:「粗削りながら実用的な石製のナイフ。軽量で扱いやすい」
◯ ◯ ◯
(『石のナイフ』はアツいな。軽量だから敏捷特化と相性もいい。妥協案の中量装備チャートは破棄できる)
『小鬼の爪』は、コモン武器の強化に使えるアイテムだ。
次に『鍛冶場』――武器を強化できるポイントにいったら、『石のナイフ』を強化するのに使おう。
(ここまでは順調。次は『荒廃した広場』……109あたりまで行って|『紫毒の織手』をしばいて――)
走りながら今後の戦略を練っていたそのとき。
ゴオオオオン……ゴオオオン……。
重厚に響く、古い教会の鐘のような警報音が空気を震わせる。
同時に、俺の視界に、赤い警告表示が浮かび上がった。
『WARNING:ELITE ENEMY APPROACHING《嵐の前触れ》』
「クッソ、マジかよ」
思わず、悪態が口をついて出る。
こんな序盤でエリートエネミークエストが出現するとはついてない。
(今の装備でエリートはきつい……が)
俺は『壊れた傘』を放り捨て、『石のナイフ』を握りしめた。
手に馴染む適度な重量感と、石とは思えないほど鋭利な刃。
(俺ならやれる)
目の前に新たなウィンドウがポップする。
◯ ◯ ◯
クエスト:『堕落騎士』ガラハッドを討伐せよ。
特別報酬ミッション:民間人の犠牲を出さない。
チャレンジしますか? YES/NO
◯ ◯ ◯
ノータイムでYESをタップ。
周囲を見渡し、さっきの親子以外に護衛対象がいないことを確認。
脳内で戦術を組み立てながら、俺は警戒しつつ前進した。
すると、角の向こうから響く、重い足音と金属音。
ガシャン……ガシャン……。
(来たか)
ナイフを構えると同時に、曲がり角から、そいつは姿を現した。
身長3メートルを超える巨大な甲冑騎士。
青白い炎が隙間から漏れる、漆黒の甲冑。
人の背丈ほどもある巨大な大剣を、軽々と携えている。
『堕落騎士ガラハッド」』
円卓の騎士の名を冠する魔物は、おもむろにその剣を構え――投擲した。
ブン!
「おっと」
ブーメランのように回転しながら飛んできた大剣を前転回避。
さらに、もう一度、今度は少し歩いてから、別の方向へ転がる
すると、背後から追尾してきた凶刃が、空を切ってガラハッドの手元へ戻った。
(残念。俺には当たんねーよ)
ガラハッドの今の攻撃は、妙に遅らせがかかっているので、反射的に回避すると、被弾してしまう。
『剣を持っているんだから、まずは普通に斬りかかってくるだろう』
そんな思い込みをいきなりぶち壊してくるのが、このガラハッドだ。
まったく、騎士の風上にも置けない奴である。
(初手で『ブーメラン』してきたってことは、次は……)
「オオオオオオ!」
咆哮を上げ、今度こそ大上段から斬りかかってくる――。
と思いきや。
寸前で急停止し、ガラハッドが思い切り地面を踏みつけた。
ドン!
大地がひび割れ、土埃と石畳の破片が飛んでくる。
(『四股踏み』だよな。パターン通り)
一見、全方位に判定がありそうな攻撃だが、実はガラハッドの正面にいなければ当たらない。
事前にダッシュで間合いを詰めていた俺は、ステップだけで『四股踏み』の衝撃波を回避する。
ザクザクザクッ!
ガラハッドの背後に回り込み、連続で鎧の隙間を突き刺す。
ここで、俺はわずかに考えた。
三発まで入れた段階で回避しておけば、その後の反撃は余裕で避けられる。
しかし、理論値的には四発入れるのが正しい。
(四発だな)
ハイリスク・ハイリターン。
俺の好きな言葉だ。
だいたい、せっかく見られた超リアルな『ホロクラ』の夢なのに、最大を狙わないでどうする。
「オオッ!!」
怒ったガラハッドが、横ざまに大剣を薙ぎ払う。
ブオン!
重い風切り音を頭上に聞きながら、俺はギリギリで前転回避に成功した。
(よっしゃ、決まった!)
歓喜にニヤつきながら、ガラハッドの右膝裏――鎧で覆われていない部分を斬り刻む。
さあ、次が勝負だ。
「オオオオ――!」
耳朶が震えるような咆哮とともに、ガラハッドがとんでもない連撃を繰り出してくる。
(一、二、三、四、五六、七……)
パリィと回避を織り交ぜて攻撃をいなしながら、俺はガラハッドの攻撃回数を数える。
と、猛攻が止まり、バックステップしたガラハッドが、居合の構えのような体勢をとった。
(ここ!)
ゴオッ!
振り放たれた光の斬撃が地を裂く。
物理ではなく、魔法攻撃なので、パリィはできない。
もちろんガードも不可。
今の装備とステータスで食らったら即死だ。
だが、俺はすんでのところで斬撃をかわし、猛ダッシュでガラハッドへ迫る。
『エクスカリバー』――この攻撃のあと、奴は極端に隙を晒すからだ。
(食らえっ!)
がら空きの土手っ腹に、ナイフを叩き込む。
「オオ……」
すると、ガラハッドが『よろけ状態』に移行したので、すかさず『痛撃』
全体重をかけて、うなじにナイフを突き立て、引き抜きざまに蹴り倒した。
「グオオオオ……」
堕落騎士の巨大な甲冑が崩れ落ち、黒いチリとなって消滅した。
再び、荘厳なSEが響く。
『|TRIAL OVERCOME《試練克服》』
よしよし。
今のは、パーフェクトといっていい動きができたのではなかろうか。
切り抜いて、動画として投稿サイトにアップしたいくらいだ。
ガラハッドの死体があった場所には、黄金の光と、虹色の光を放つ柱が二本立っている。
エリートエネミークエストと、特別報酬ミッションを突破した、ゴージャスな報酬が落ちているはずだ。
(さーて、なにが出たかなっと)
ワクワクしながらアイテムを調べる。
「……お?」
俺はドロップアイテムの詳細を見て、思わず声が出た。
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