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第2話『ゲームスタート』

 ふと、目が覚める。

 目の前には、なぜか廃墟のように古ぼけている俺の部屋があった。

 

 白い壁は粗削りの石壁に変わり、燭台の炎が部屋を照らしている。

 ゲーミングデスクは重厚な木製の机に、モニターは『ホロクラ』の全体マップを描いた羊皮紙に置き換わっている。

 

 床に整然と並べられていた必要最小限の生活用品は木製の食器に。

 クローゼットの清潔なビジネスカジュアルは――むごいことに――『ホロクラ』の初期防具である『粗末なボロ』になっていた。

 

 机の上には、いつものワイヤレスキーボードの代わりに、鞘に納められた短剣が転がっている。

 

【――始まりの塔――】

 

 視界の上部に、冗談抜きに親の顔より見た『ホロクラ』の地名を表示する文字列が表示されていたのだ。

 さらに、視界の左上のほうには、HPとMP(魔力)の残量を表す、緑と青のバーが伸びている。

 

(夢、か)

 

 地名の表記を見た瞬間、俺の身体が勝手に動いていた。

 回れ右をして、後方へ全力ダッシュ。

 

 当然、その先には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ガッシャアアアアアン!

 だが、俺の身体がぶち当たったのは、古びた木の柵ではなく、壁一面を覆う窓ガラスだった。

 

(? なんでガラス? まあ、夢だから整合性は期待しても無駄か。

 『転落スキップ』ができるならなんでもいい)

 

 粉々に割れたガラスの破片とともに、俺は()のてっぺんから飛び降りる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『ホロクラ』においては、スタート地点から、バカ正直に真っ直ぐ進んでしまうと、長ったらしい戦闘チュートリアルが始まってしまう。

 

 しかし、柵オブジェクトの隙間に存在する、わずかな隙間を通り抜けて『始まりの塔』から転落することで、それをスキップできるのだ。

 

 眼下に地上数十メートルからの絶景を望みながら、俺はほぼ無意識でステータス画面を起動した。

 

(えーと、初期ポイントは2だけ残して敏捷(AGI)ぶっぱ。

 残りポイントで『軽業』獲得っと)

 

 ひょい、と空中に浮かんだ半透明のウィンドウ上で指をタップすると、身体に力が宿ったような感覚を覚える。

 

 と、ここで俺は初めて状況を整理した。

 

(夢の中で『ホロクラ』ができている。驚異的だ)

 

 地上は、実に興味深いことになっていた。

 高層ビル群の輪郭はそのまま。

 

 だが、コンクリートや鉄骨は、粗削りの石材と木材に置き換わり、まるで中世の巨大要塞のようになっている。

 

 コンビニやファミレスの看板も、文字が刻まれた石板に。

 駐車場のアスファルトは、石畳になっていた。

 

 『ホロクラ』の荒廃した王都と現代東京が融合したような、異様で壮観な街並みが、ぐんぐんと迫ってくる。

 

(俺の脳の情報処理能力から、こんなハイクオリティな出力が得られるとは……)

 

 自分の脳のスペックを客観評価しつつ、俺は地面がちゃんと実在していることを確かめ、『受け身』の準備をした。

 

(ステージはちゃんとスタート地点から地上まで地続き。完全なオープンワールドと思えばいいか。

 なら、『集合墓地』突破後のチャートに則れそうだな)

 

 頭から石畳に突っ込む寸前で、俺は背中を丸めて『前転回避』を行う。

 

 思ったより衝撃は強かったが、起き上がってHPバーを確認するも、一切減少していなかった。

 

(よし、『受け身』成功。手癖で敏捷(AGI)振りして正解だったな)

 

 『ホロクラ』においても、スタート地点から着地するまでの間にステ振りをすませるのは定石だったので、勝手に手が動いたのだ。

 

(うお! てかスタミナゲージないじゃん! てことはスタミナ無限!? 神ゲーだな!)

 

 俺は内心で喜びつつ、走りながらマップを喚び出した。

 視界の隅に、羊皮紙を思わせる色合いの、古風な地図が表示される。

 

 だが、可視化されているのは、俺の住む渋谷近辺だけで、それ以外の地域は黒塗りされており、見ることはできない。

 

 それでも、ざっくりとした地形は読み取れた。

 

(『ホロクラ』のマップを、現実の東京に置き換えたって感じか。

 渋谷、っていうか俺のマンションが『始まりの塔』なのは、論理性に欠けるが……まあ、夢だからな)

 

 そういえば、『ホロクラ』の全体マップは、東京を参考に作られた、なんて話が設定資料集Ⅱに載っていた気がする。

 だとすると、ある程度整合性はとれる。

 

(そろそろ『木の枝』が拾えるはず……よっと。さて、次の十字路を右に曲がって――)

 

 もはや目をつぶっていてもタイミングがわかるくらい、拾いまくった初期武器の『木の枝』を、立ち止まらずにぱしっと地面からすくい取る。

 

 その瞬間、目の前にステータス情報が浮かび上がる。

 

 ◯ ◯ ◯

 『壊れた傘』

 攻撃力:5 耐久度:5/5 重量:0.8kg

 攻撃速度:普通 リーチ:中

 特殊効果:なし

 「誰かが捨てていった雨傘。骨が何本か折れている」

 ◯ ◯ ◯

 

(ビニール傘か。まあ、ステータスは『木の枝』と同じだな。ならいいか。チャート修正の必要なし)

 

 なるほど、全部が全部、『ホロクラ』に置き換わっているわけではないと。

 

 しかし、根本の部分で変わりがないなら、それでいい。

 俺は気にせずビニール傘を装備し、軽く素振りしてみる。

 

(重量バランス、振り心地……まあ、及第点だな。どうせすぐ捨てる)

 

 ちなみに、『始まりの塔』にあった『古びた短剣』が、本来の初期武器だが、『木の枝』にも劣るゴミなので放置が安定だ。

 

 理由は簡単。耐久値が無限の代わりに、攻撃力が低すぎて、ゲーム中で最弱の小鬼(ゴブリン)すら、四発も殴らないと倒せないから。

 

「いやあああ! 誰か! 助けて!」

「ママああああ!」

 

 マンションのすぐ近くにある、コンビニ――だった廃墟のほうから、悲鳴が聞こえてくる。

 

 見れば、三体の小鬼(ゴブリン)が、幼い少女と、恐らくその母親の女性を取り囲んでいた。

 

 むっとするような血の臭いが鼻を突いた。

 足元には、頭から血を流した男性が倒れている。あの一家の父親だろう。

 

 手には折れた角材が握られている。

 きっと、家族を守るため、小鬼(ゴブリン)たちに立ち向かったに違いない。

 

 そんな光景を目にした瞬間、目の前にウィンドウがポップアップした。

 

 ◯ ◯ ◯

 クエスト:小鬼(ゴブリン)を討伐せよ

 特別報酬ミッション:民間人の犠牲を出さない

 チャレンジしますか? YES/NO

 ◯ ◯ ◯

 

(お、出たな)

 

 俺は一瞬だけ検討した。

 特別報酬ミッションにチャレンジし、成功すれば、ただクエストをクリアするよりも、格段に美味いアイテムが手に入る。

 

 ただし、失敗すれば、即死亡。

 RTAなら再走確定のやらかしとなる。

 

 ただ、俺はなにも小鬼(ゴブリン)ごときに遅れを取る心配をしているわけではない。

 

(どっちにするかな。Any%《パー》クリアか。100(パー)クリアか)

 

 前者のAny%クリアというのは、簡単にいうと『プレイ内容はどうでもいいから、とにかくエンディングに到達すること』を目的としたタイムアタックのこと。

 

 ボス戦をスキップするために『壁抜け』や『ワープ』を駆使したり、時にはステージそのものをすっ飛ばしたりと、豪快な時間短縮が見られる、RTA界隈では主流のレギュレーションだ。

 

 一方、100(パー)クリアというのは、『ホロクラ』RTA独自の用語のこと。

 『ホロクラ』には、メインストーリーのほかに、様々なやりこみ要素がある。

 

 ボスやダンジョンの攻略。

 アイテム収集。

 サイドクエスト。

 

 そして、NPCの救出率。

 

 これらの達成率が、ゲームクリアしたあとでわかるようになっている。

 中でも、最後の『NPC救出率』を100%にするのは至難の業である。

 

 なぜなら、基本的に『ホロクラ』は、NPCを囮にしてモンスターを倒すのが、一番効率的な戦い方だからだ。

 

 敵が一体なら、正々堂々と戦ってもいいのだが、複数いるとなると、さすがに対処しきれなくなる。

 

 そこで、プレイヤーは自らの良心を試されるわけだ。

 モブを犠牲にしてスマートに勝つか。

 それとも、ロールプレイ重視で苦しい戦いを挑むか。

 

 まあ、大半のプレイヤーは前者を選ぶわけだが。

 そこで、あえて茨の道を進むのが、『達成率100(パー)クリア』レギュレーションなのだ。

 

(Any%にはAny%の面白さがある。ただ……)

 

 どっちが難しいかと聞かれれば。

 どっちが技術的に興味深いかと聞かれれば。

 

(100(パー)だな)

 

 せっかくの夢だ。より困難で技術的挑戦のある方を選ぼう。

 俺は空中に浮かんだウィンドウの『特別報酬ミッションへのチャレンジ』にYESを選択した。

 

 その途端、視界上部に古風なフォントの、見慣れた文字列が出現する。

 

『|THE DIE IS CAST《さいは投げられた》』

 

 何度見ても美しいフレーズだ。

 数千年の時を経て、語り継がれてきただけのことはある。

 さあ。100(パー)ランの始まりだ。

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