「三人斬り岩」と鉄道工夫の叫び 第1話:タコ部屋
作者のかつをです。
本日より、第十五章「枕木の上の鎮魂歌 ~「三人斬り岩」と鉄道工夫の叫び~」の連載を開始します。
今回の主役は、明治の鉄道建設をその底辺で支えた「工夫」と呼ばれる労働者たちです。
瀬野に伝わる、少し怖い伝説の裏側に、どんな悲しい真実が隠されていたのか。
歴史の闇の部分に、光を当てていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
山陽本線、瀬野駅と八本松駅の間。車窓から、線路脇にそびえる一つの巨大な岩壁を見ることができる。
その岩には、いつの頃からか不気味な名が付けられていた。「三人斬り岩」。
かつて、鉄道の敷設工事の際、この場所で三人の工夫が斬り殺されるという凄惨な事件があったのだという。
これは、近代化という華やかな光の陰で、名もなきまま土に埋もれていった労働者たちの声なき叫びの物語である。
◇
明治二十年代。
日本は、「富国強兵」のスローガンの下、近代化へとひた走っていた。
その国家的な大事業の一つが、鉄道網の建設だった。
瀬野の地にも、文明開化の象徴である「鉄の馬」を走らせるべく、山陽鉄道の敷設工事が急ピッチで進められていた。
しかし、その現場は地獄だった。
全国から、半ば騙されるようにして集められた貧しい農家の次男坊や、食い詰めた者たち。
彼らは、「タコ部屋」と呼ばれる劣悪な飯場に押し込められ、人権など存在しない過酷な労働を強いられていた。
朝は夜明け前に叩き起こされ、夜は月が出るまでツルハシを振るう。
食事はわずかばかりの麦飯と、塩辛いだけの汁物。
逃げ出そうとすれば、容赦ない暴力が待っている。
病や怪我で働けなくなれば、文字通り山に捨てられた。
そんな絶望の淵で、若者たちは獣のように生きていた。
その中の一人に、佐吉というまだ二十歳にもならない青年がいた。
彼は、東北の貧しい村の出身だった。
口減らしのためにこの仕事にやってきたが、待っていたのはこんな地獄の日々だった。
(いつか、必ず、ここから逃げ出してやる……)
その思いだけが、彼の折れそうな心をかろうじて支えていた。
その日も、佐吉は仲間たちと共に固い岩盤を、鑿と槌だけで砕いていた。
「セノハチ」の、急峻な地形。
その山を切り崩し、谷を埋める気の遠くなるような作業。
監督の、怒声が飛ぶ。
「何を、ぐずぐずしておるか! 手を動かせ、この穀潰しどもが!」
監督は、元士族だというプライドだけが高い男だった。
彼は、工夫たちを人間とは見ていない。
ただの使い捨ての道具としか思っていなかった。
カン、カン、という乾いた金属音。
飛び散る、汗。
そして、時折聞こえる誰かの苦しそうな呻き声。
ここには、希望などひとかけらもなかった。
ただ、暴力と絶望だけが澱のように溜まっていく。
やがて、その澱が一つの悲劇的な事件の引き金となることを、まだ誰も知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十五章、第一話いかがでしたでしょうか。
明治時代の、大規模な土木工事は、しばしば「タコ部屋労働」と呼ばれる、非人道的な労働環境の下で行われました。日本の近代化は、こうした名もなき人々の多大な犠牲の上に成り立っていたのです。
さて、地獄のような日々を送る、主人公・佐吉。
そんな彼らの、唯一の心の支えとは何だったのでしょうか。
次回、「鉄路を敷く」。
絶望の中の、ささやかな絆を描きます。
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