種田山頭火、十六句の風景 第6話:風の吹くまま(終)
作者のかつをです。
第十四章の最終話です。
放浪の俳人・山頭火。彼の人生と彼が遺した句が、現代の私たちにどう繋がっているのか。
そんな、時間と空間を超えた魂の交流を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
種田山頭火は、その後も死の直前まで旅をやめることはなかった。
彼は、生涯をかけて風のように、雲のように、日本中を放浪し続けた。
そして、その足跡の一つ一つに、数えきれないほどの自由律俳句を遺していった。
彼の句は、決して高尚なものではない。
むしろ、その多くは酒に酔い、どうしようもない孤独に打ちひしがれた、一人の弱い人間の魂の呟きだった。
しかし、だからこそ彼の句は、時代を超えて多くの人々の心を打ち続けるのかもしれない。
生きていくことの、どうしようもない悲しみ。
しかし、その悲しみの中にも、ふと顔を上げた瞬間に見える空の青さや、道端の草花の美しさ。
彼は、そのささやかな生きる喜びを私たちに教えてくれる。
彼が、かつて一夜の宿を求めたあの瀬野の地。
善助の家がどこにあったのか、今となってはもう誰も知らない。
彼が詠んだ十六句の風景も、その多くは開発の波にのまれ失われてしまった。
しかし、もしあなたが秋晴れの日にこの土地を歩くなら。
空を見上げてみてほしい。
そこには、きっとあの日のように、もりもりと湧き上がる白い雲が浮かんでいるはずだ。
その雲の、向こう側へ。
あてのない自由な旅を続けた、一人の風のような俳人の、飄々とした足音が聞こえてくるかもしれない。
◇
……現代。上瀬野。
古民家を改装した、小さなカフェの壁。
そこに、一枚の色紙が飾られている。
「もりもりもりあがる雲へあゆむ 山頭火」
それは、このカフェの主人が郷土のささやかな誇りとして飾ったものだ。
その力強い筆跡を、一人の旅の青年がじっと見つめている。
彼は、人生に少しだけ迷っていた。
自分が、どこへ向かえばいいのかわからなくなっていた。
しかし、その一つの句が彼の心を軽くしてくれた。
そうだ。
難しく、考えることはない。
ただ、あの雲の向こうへ、一歩踏み出してみればいいのだ。
彼はコーヒーを飲み干すと、静かに立ち上がった。
そして、新しい旅へと歩き出す。
その足取りは、ここへ来た時よりもほんの少しだけ力強くなっていた。
山頭火が遺した言葉の種は、時代を超えて今も誰かの心をそっと後押しし続けている。
(第十四章:乞食と俳句と瀬野の柿 了)
第十四章「乞食と俳句と瀬野の柿」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
種田山頭火の、飾らない人間味あふれる生き様は、今も多くの人々を魅了してやみません。彼の句集や日記は、今でも簡単に手に入れることができます。興味を持たれた方は、ぜひその魂の呟きに触れてみてください。
さて、風流な文化人の物語でした。
次なる物語は、再び近代化の光と影。
鉄道建設の裏側にあった、悲しい事件の伝説に迫ります。
次回から、新章が始まります。
**第十五章:枕木の上の鎮魂歌 ~「三人斬り岩」と鉄道工夫の叫び~**
鉄道の便利さの、その礎の下には、名もなき労働者たちの血と汗、そして涙が埋もれています。
瀬野に伝わる、少し怖い伝説の裏側にある悲しい真実とは。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十五章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




