種田山頭火、十六句の風景 第4話:柿の実一つ
作者のかつをです。
第十四章の第4話をお届けします。
今回は、山頭火がいかにしてその独特な句を生み出していったのか、その創作の秘密に少しだけ迫ってみました。
何気ない日常の風景の中にこそ、詩は眠っているのかもしれません。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
村人たちとの話が、一段落した頃。
善助が、庭先で採れたという見事な柿の実を、盆に乗せて持ってきた。
秋の日差しを浴びて、つやつやとオレンジ色に輝いている。
「お坊様、こんなものしか、ございませんが」
山頭火は、その柿の実を一つ手に取った。
ずしりとした重み。
ひんやりとした感触。
彼は、その柿をじっと見つめていた。
その一つの柿の実に、彼は見ていたのかもしれない。
この瀬野の豊かな自然の恵みを。
そして、自分のような見ず知らずの旅人にさえ温かい手を差し伸べてくれる、この村の人々の素朴な真心の色を。
彼は、懐から小さな手帳と鉛筆を取り出した。
そして、そこに何かを書きつけ始めた。
村人たちは、何事かと遠巻きにその手元を覗き込んでいる。
さらさらと、鉛筆が紙の上を走る音だけが、静かな昼下がりに響いていた。
彼が、何を書いていたのか。
それは、彼の日記であり、そして彼がこの瀬野の地で、その瞬間に感じた風景の断片だった。
「朝の柿の葉のかがやく」
昨晩の雨に洗われ、朝日を浴びて輝く柿の葉。
その生命力に満ちた美しさ。
「まつすぐな道でさみしい」
これから、また一人で歩いていく西国街道。
そのどこまでも続く一本の道に感じる、旅人の根源的な孤独。
「笠にとんぼをとまらせてあるく」
秋晴れの空の下、自分の笠の先にふと舞い降りた赤とんぼ。
そのささやかな生き物との一期一会。
彼の句は、難しい言葉を一切使わない。
ただ、目の前にあるありのままの風景を、ありのままの言葉で切り取るだけ。
しかし、そのあまりにもシンプルで飾らない言葉の中に、彼の魂の深い呟きが凝縮されていた。
彼は、句をひねり出すのではない。
句が、向こうからやってくるのだ。
彼は、ただそれを記録する書記官にすぎない。
彼は手帳を閉じると、満足げに息をついた。
そして、手に持っていた柿の実を実に美味そうに一口かじった。
その優しい甘さが、彼の渇いた心にじんわりと染み渡っていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この物語に登場した句は、すべて山頭火が実際にこの瀬野を訪れた際に日記に残している句です。彼が、この土地のどんな風景に心を動かされたのか、その足跡を辿ることができますね。
さて、心も体も、そして創作意欲も満たされた山頭火。
いよいよ彼が、この地を去る時がやってきます。
次回、「日記と十六句」。
彼は、この村に何を遺していったのでしょうか。
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