種田山頭火、十六句の風景 第3話:村人との対話
作者のかつをです。
第十四章の第3話をお届けします。
今回は、乞食坊主として蔑まれていた山頭火が、「旅人」として村人たちに受け入れられていく、その心温まる交流を描きました。
人は、肩書や身なりではなく、その人が持つ物語によって繋がるのかもしれません。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
翌朝、山頭火は久しぶりに心地よい目覚めを迎えた。
雨はすっかり上がり、障子の向こうは秋晴れの柔らかな光に満ちていた。
善助の妻が用意してくれた、温かい粥をありがたくいただく。
その米の優しい甘さが、身に染みた。
「お坊様、よろしければもう一日ゆっくりしていきなされ。旅のお疲れもまだ残っておられるでしょう」
善助の、そのありがたい申し出に、山頭火は静かに首を横に振った。
「……いや、ご厚意、身に染みるが、わしは行かねばならぬのです。雲のように、水の流れるように。それが、わしの性分なので」
彼は、深々と頭を下げた。
「この、一夜の御恩は生涯忘れません。何かお礼をと言いたいところですが、見ての通りわしは無一文の乞食。何もお返しできるものがない」
そう言って、彼は少し寂しそうに笑った。
その時だった。
家の戸口ががらりと開き、村の子供たちが何人か顔を覗かせたのは。
「善助おじちゃん、昨日のお坊さん、まだいる?」
子供たちは、物珍しそうに山頭火を遠巻きに眺めている。
それを見た善助の妻が、優しく言った。
「お坊様。もしよろしければ、子供たちに何かお話を聞かせてはいただけませんか。この子たちは村の外のことなど何も知りませんので」
山頭火は、少し戸惑った。
自分は、人に何かを教えられるような立派な人間ではない。
しかし、子供たちのキラキラとした好奇心に満ちた目を見ていると、断ることができなかった。
彼は、囲炉裏のそばに座り直した。
そして、ゆっくりと語り始めた。
旅の道中で見た、様々な風景のこと。
雄大な、阿蘇の山々のこと。
荒れ狂う、関門海峡の潮の流れのこと。
彼の話は、決して上手ではなかった。
しかし、そこには自らの足で歩き、自らの目で見た者だけが語れる確かな実感がこもっていた。
子供たちは、目を輝かせながらその話に聞き入っていた。
やがて、その噂を聞きつけた村の大人たちも、一人、また一人と善助の家に集まってきた。
いつしか、そこには小さな人だかりができていた。
山頭火は、もはやただの乞食坊主ではなかった。
遠い、まだ見ぬ世界の物語を運んできてくれた稀有な旅人として、村人たちに迎えられていたのだ。
その温かい眼差しに、山頭火は少し照れくさそうに、しかし、まんざらでもないという顔で応えていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
山頭火は、その風貌からしばしば怪しい人間として警察に尋問されることもあったそうです。しかし、一度心を開いて語り合えば、そのユーモアと深い教養に多くの人が魅了されたと言われています。
さて、村人たちとの思いがけない交流。
その中で、山頭火の俳人としての魂が静かに揺さぶられます。
次回、「柿の実一つ」。
彼が、この瀬野の地で何を見、何を感じたのか。
その、句作の原風景に迫ります。
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