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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第3部:近代・現代編 ~鉄道と戦争の記憶~
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種田山頭火、十六句の風景 第2話:一夜の宿

作者のかつをです。

第十四章の第2話をお届けします。

 

今回は、放浪の俳人・山頭火が、瀬野の名もなき農家の温かいもてなしを受ける場面を描きました。

人の何気ない優しさが、どれほど疲れた心を癒すことか。

そんな普遍的なテーマを感じていただければ幸いです。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

男は、上瀬野で畑仕事をしている善助と名乗った。

山頭火の、あまりにもみすぼらしい姿を見かねて声をかけてくれたのだ。

 

「こんな雨の中、行き倒れられては寝覚めが悪い。さあ、汚い家だが、今宵はうちに泊まっていくといい」

 

その、思いがけない親切な申し出に、山頭火は戸惑った。

彼は、人との深い関わりを避けるように旅を続けていたからだ。

しかし、この雨と寒さには抗えなかった。

 

「……かたじけない」

 

彼は、小さな声でそう言うと、善助の後についていった。

 

善助の家は、街道から少し入った小さな茅葺屋根の農家だった。

囲炉裏には暖かな火が燃え、家の奥からは子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

そこには、山頭火がかつて自らの手で捨ててきた、ささやかな家庭の温もりがあった。

 

善助の妻は、最初は山頭火の乞食のような姿に少し警戒していた。

しかし、夫の頼みとあらばと、彼に温かい風呂と乾いた着物を用意してくれた。

 

風呂で冷え切った身体を温めると、張り詰めていた心の糸がふっと緩むのを感じた。

 

夕餉の膳には、麦飯と芋の煮っ転がし、そして自家製の粗末な漬物が並んだ。

しかし、それは山頭火にとってここ何日も口にすることのなかった、温かい人の手の入った料理だった。

 

彼は、夢中でその飯をかきこんだ。

涙が、こぼれそうになるのを必死でこらえた。

 

食後、善助は濁り酒を勧めてくれた。

酒にだらしのない山頭火は、断ることができなかった。

 

杯を重ねるうちに、彼の重い口も少しずつ滑らかになっていった。

彼は、自らのどうしようもない人生をぽつりぽつりと語り始めた。

故郷の造り酒屋に生まれたこと、事業に失敗しすべてを失ったこと、そして今はただ乞食坊主としてあてのない旅を続けていること。

 

善助は、ただ黙って相槌を打ちながらその話を聞いていた。

同情するのでもなく、軽蔑するのでもなく。

ただ、一人の人間の物語として。

 

そのさりげない優しさが、山頭火のささくれ立った心を優しく包み込んでいくようだった。

 

その夜、彼は何ヶ月ぶりかで柔らかい布団の中で眠りについた。

雨音は、いつしか止んでいた。

窓の外からは、静かな虫の音だけが聞こえていた。

それは、彼にとって奇跡のような穏やかな夜だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

山頭火の日記には、この夜のことについて、「親切な家で、お風呂に入れてもらい、お酒もたくさんいただいた」という喜びの記述が残されています。彼にとって、本当に忘れられない一夜だったのでしょう。

 

さて、温かいもてなしを受けた山頭火。

翌朝、彼はその感謝の気持ちを彼らしい形で伝えようとします。

 

次回、「村人との対話」。

彼の、もう一つの顔が現れます。

 

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